Gemmy 130 号 「ラボトピックス「水熱合成バイカラーベリル」」

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Gemmy 130 号 「ラボトピックス「水熱合成バイカラーベリル」」

水熱合成バイカラーベリル

大阪支店 山根 千恵  

写真1

先日、レッドとグリーンの色相をもつバイカラーの石(写真1)を鑑別する機会がありました。鑑別及び分析の結果、水熱法による合成ベリルであることがわかりました。以下、当該石の鑑別特徴を報告します。

はじめに

1990年代以降、アクワマリン、レッドベリルなどの水熱合成ベリルや水熱合成エメラルドが大量に育成され、市場でも容易に入手できるようになりました。またそれらについての文献も多く発表され、詳細な情報を得ることができます。しかし、今回のような水熱合成バイカラーベリルは非常に珍しく、みることはありませんでした。ロシアでは、実験的に水熱合成エメラルドの種板に水熱合成レッドベリルを成長させ、水熱合成バイカラーベリルを育成させた例はあるものの、商業的には育成されていないようです。

当該石がロシア製かどうかは定かではありませんが、レッドの色相部分は水熱合成レッドベリルでグリーンの色相部分は水熱合成エメラルドです。そして両方の境界部分は明瞭に分かれ張り合わさっているようにもみえますが、実際はそうではなく成長過程で環境を変化させ異なった色相を得ている様子が観察出来ました。

図2

写真2

図2

写真3

図2

写真4

鑑別特徴

当該石は、重量1.713ct、サイズは9.06×6.92×4.15mm、エメラルドカットが施されたルースでした。色調は、合成レッドベリル部分はレッドからオレンジィレッド、合成エメラルド部分はブルーイッシュグリーンでどちらも透明度が高く鮮やかでした。屈折率は、合成レッドベリル部分は1.571-1.578、合成エメラルド部分は1.577-1.584でした。カルサイト二色鏡を用いて多色性を観察したところ、合成レッドベリル部分は中位から強いオレンジィレッド/パープリッシュレッドの二色性、合成エメラルド部分はグリーンブルー/イエローイッシュグリーンの二色性でした。カラーフィルターで検査すると、両方の色に差はなく鮮やかな赤色を示しました。紫外線蛍光反応では、長波短波ともに不活性でした。

顕微鏡による拡大検査では、全体的に山形やV字形の成長模様が顕著に観察されました(写真2)。また合成エメラルド部分には、フェナカイトと思われる結晶が確認されました(写真3)。そのほか全体的にグロースゾーニングや白色微小包有物(写真4)が観察できました。これらは水熱合成ベリルにみられる一般的な包有物でした。

次に、フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)で天然レッドベリルと合成レッドベリル部分とを分析し比較した結果、天然と合成とでは全く異なる吸収特徴を示しました。天然レッドベリルには特徴的な吸収がほとんどなく、それに対し合成レッドベリル部分は多くの吸収が出現しました。特に5500cm-1~5050cm-1、4200cm-1~3200cm-1の範囲に見られる吸収はH2O(水)で、天然レッドベリルにはみられません(表1)。水をほとんど含まない理由として、通常天然ベリルはペグマタイト中で発見されることが多いですが、天然レッドベリルの産状は特殊で、流紋岩中から発見されるためです。
合成レッドベリルは、水熱法による育成のため水の吸収が多くみられます。一方、合成エメラルド部分は、天然エメラルドのチャートに全体的に近似していますが、詳細にみると天然エメラルドを示唆する2292cm-1は観察されず、逆に、ロシア製水熱合成エメラルドにみられることが多い4375cm-1、4052cm-1吸収が観察されました。またベリルは製造下におけるアルカリイオンの有無が関係し、水分子の方向を変えタイプ I、タイプ II に分けられます。この水熱合成バイカラーベリルは両方ともタイプ I を示唆する5460 cm-1 、5097cm-1とともに、タイプⅡを示唆する5271cm-1の吸収が上記2つの吸収より強く検出されました。従ってこの水熱合成バイカラーベリルはタイプ II と考えられます。

表1

表1

紫外可視分光光度計では(表2)、合成レッドベリル部分のチャートが特徴的でした。
コバルト(450nm付近、525,545,560,570,585nm)、ニッケル(410nm)、鉄(370nm)の吸収が出現しました。合成エメラルド部分ではクロム(680nm)、 鉄(370nm)の吸収がありました。

表2

表2

蛍光X線による元素分析の結果、合成レッドベリル部分には色因となるマンガンの含有が認められ、分光光度計の結果を裏付けるようにコバルト、ニッケルが検出されました。これらコバルトとニッケルの吸収は天然レッドベリルには観察されません。一方、合成エメラルド部分にはクロム、鉄、ニッケルが認められ、天然エメラルドに必ずあるナトリウム、マグネシウムは認められませんでした。

今後、新しいタイプの水熱合成バイカラーベリルとして市場で販売されるようになるかもしれません。