Gemmy 141 号 「小売店様向け宝石の知識「アンティークジュエリー9」」

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Gemmy 141 号 「小売店様向け宝石の知識「アンティークジュエリー9」」

アンティークジュエリー・Antique Jewellery 9

ジュエリーに限らず何でもそうですが、マンネリ化して同じようなデザインが長く続くとき、とくに機械生産で大量生産されるようになると、人々は同じものにうんざりへきえきして「退屈だ」と必ず飽きてきます。ジュエリー史上で燦然と輝くヴィクトリアン期後半にも、反動としてアーツ・アンド・クラフト運動という新しい芸術が起こっています。いつも人々は芸術に新しい風を求めます。デザインの風向きが変わります。デザインや作り方に必ず革新というか変化が起こります。この芸術革新の新風がアール・ヌーヴォーであり、アール・デコです。ここに次世代の新しいアーツが登場してきます。

アール・ヌーヴォー(Art Nouveau)とは、1890年世紀末から1910年代にかけて西欧を中心として展開された新しい芸術運動をいいます。主義主張をもった芸術運動で、始まったかと思うと短期間に終わってしまった流行というか様式です。デザインの基本をジャポニカ・日本の美術工芸文物に強く影響を受け、流れるような曲線、左右非対称の構図、奇抜なデザインモチ―フの多用が特徴です。流行は短期間でしたが、この様式のデザインは、いま現在も金持ちや一部のデザイナーに根強い人気をたもっています。

このアール・ヌーヴォーのジュエリーを創ったもっとも才能のある人物は、ルネ・ラリックです。このほかヴェヴェール兄弟、ジョルジュ・フーケ、ジャン・ガイヤールなどがいます。また、アール・ヌーヴォーを代表するポスター装飾画家ミュシャもジョルジュ・フーケの宝飾店のためにジュエリーデザインをしています。アール・ヌーヴォーが流行する以前は、ジュエリーは王侯貴族の淑女用であり、かつ夜会用が中心でした。そのためにデコルテといわれる肩や背や胸など肌があらわな夜会服用に、首飾りやブレスレットなど肌の上で輝くものが主流でした。しかし、この新風芸術では、外出着などの服装に合うようにブローチやペンダントが多く作られました。そのため瑪瑙,珊瑚、水晶、象牙、琥珀が使われるようになり、さらに色彩をほどこすために金の上にエナメル(七宝)が焼き付けられることが流行しました。またジュエリーの面白さを出すためにスズラン、スイレンといった植物、トンボ、ツバメ、孔雀、蝶、魚といった親しみのある動物がモチーフとして使われるようなりました。図柄の構成も非対称、曲線、大胆で繊細、かつ単純化され、楽しいジュエリーが創作されました。これらルネ・ラリックなどに代表されるアール・ヌーヴォーのジュエリー作品は、パリのオルセー美術館、装飾美術館、プチ・パレ美術館に公開展示されています。ジュエリーデザイナーにとって必見です。

アール・デコ(Art Deco)は、第一次大戦(1914~18)が終わって世の中に傷跡がいまだ残る1925年に「パリ アール・デコ展」が開催されたのが皮切りです。出品条件は、モダンスタイル、明快な丸、三角、四角、楕円などの幾何模様に、直線的なデザインと日本や中国の東洋的なモチーフが一堂に会し、大好評となりました。その頃から女性の社会進出も活発化してきました。そのためジュエリーも服装に合わせて機能的なデザインが流行し、ジュエリーがほんとうに女性の必需品になる時代となってきました。

アール・デコは、従来の綺麗すぎるアート、大量生産のアート、機械加工のアート、無思想のアートなどマンネリにうんざりし、ここから脱皮し超越して新出してきた芸術運動です。デザインは直線と曲線の幾何学模様で、しかも使いやすい作品が多いのが特徴です。

アール・デコのジュエリーを好んで身に付ける現代人も多い。「時間とか効率」などの採算を考えずに、技術とデザインのすべてをつぎ込んでジュエリーを作っていたのが、アール・デコの時代。現代でも同じ技術を持っている職人がいたとしても、いまの時代に無尽蔵に時間や経費をかけられないし、非常に高額になってしまう。アール・デコ時代のジュエリーは、現代ではとても作りえない質の高さを持っています。アール・デコのジュエリーの精緻な技術とデザインに特別の敬意を払う愛好家も少なくありません。ティファニーを始めカルティエなどの欧米の有名宝石店は、当時こぞってアール・デコ調のジュエリー作品を世に送り出しており今も好事家の垂涎の的となっています。因みにパリ・メトロの幾つかの駅入口はアール・ヌーヴォー装飾様式であり、大丸心斎橋の本館正面玄関はアール・デコ装飾様式でつくられています。これら芸術様式は現在も我々の身近で多く見られます。

「楽しいジュエリーセールス」
著者 早川 武俊