Gemmy 146 号 「平成20年宝石学会(日本)「累帯構造を示すグリーンダイヤモンドについて」」

Gemmy


Gemmy 146 号 「平成20年宝石学会(日本)「累帯構造を示すグリーンダイヤモンドについて」」

間中 裕二
山本 正博

はじめに

“ウォーターメロンダイヤモンド”の商品名を付けられた、累帯構造を示すグリーンダイヤモンドの鑑別をする機会を得た。このダイヤモンドの外観は、中央部が透明な濃い緑色で外縁部は半透明で緑色の濃淡を呈する。形状は縦横が4.71×5.41mmに対し厚さ0.69mmのスライス状で、片面に浅い角度であるがファセットが付けられ(表面とする)、反対側は平坦(裏面とする)となっていて、重量は0.218カラットである(写真1・2)。
グリーンのダイヤモンドは、色の起源が天然か照射処理か判別が難しいもののひとつである。当該石は可視分光において通常であれば処理石と判断されるほどの明瞭なGR-1(741nm)吸収を示し放射線の影響を受けているのは明らかであるが、拡大検査では一般的な照射処理ダイヤモンドのような「表面近くだけが濃色」や「褐色の成長線」といった特徴は確認できず、さらに中央の透明な部分では内部に緑の色むらが観察されるため、安易に人工的な照射とは断定できない。

写真1 表面

写真1 表面

写真2 側面

写真2 側面


そこで今回の発表は、[1]結晶的な観点、[2]Diamond・View TM から見た構造的な関連性、[3]分光的な特徴、特にラマン分光器を用いたフォトルミネッセンス(PL)等から当該石の色起源について検査した結果を報告した。

[1]結晶・形態的特徴

暗視野照明下で観察すると、中央部は基本的に四角形でダイヤモンドの基本形である八面体の断面を示唆し、外縁部はその四角形に沿った累帯構造であることが分かる(写真3・4)。また、辺の部分が膨らんでいることも特徴的で、写真3の左下部分を見ていただくとダイヤモンドのもう一つの基本形である六面体に成りかけている形状を示していることが分かるであろう。

写真3 暗視野照明下

写真3 暗視野照明下

写真4 同上・拡大

写真4 同上・拡大

外周自然面

写真5 外周部

写真5 外周部

ガードル部分は非研磨でラフな状態である。写真3の矢印方向からの観察では四角形の積み重なりがわかる。この四角形はダイヤモンドの100面に現れる結晶面で、八面体の111面に現れる三角形でもなく、十二面体の110面に現れる平行な模様もしくは菱形でもないことを示す(写真5)。図1は「出光科学叢書3宝石の話」砂川一郎、鹿子木昭介/出光書店(1971)からお借りした様々な形状を示す天然ダイヤモンドの結晶図だが、右下の立方体を基本とする結晶の100面中に現れる成長模様と一致することが分かる。同時にこの石が天然起源であることを示唆している。

図1 宝石の話(1971)より

図1 宝石の話(1971)より

次に、ヨー化メチレンに浸液し結晶内部の観察をすると、外縁部の累帯構造だけでなく、中央部の四角形の中にも累帯に沿った濃淡が見られる。多くの部分は濃い緑色であるが一部に青味のある緑色の領域が存在する。また、ファセットエッジに色溜りは見られない。(写真6・7/左右180度回転)

写真6 表面(浸液)

写真6 表面(浸液)

写真7 裏面(浸液)

写真7 裏面(浸液)

[2]Diamond・View TM

ダイヤモンドビューの長所は可視光像を観察してそのまま蛍光像を捕らえることができる点である。もちろんこの蛍光像は表面的ではあるが、それは内部を反映した情報である。
まずは、ファセットを付けられた面を見ると中央の領域はI型に見られる青色蛍光を基本とし、一部に発光の弱い領域が存在し、その部分が前項の浸液したときに見られた青緑色部にも対応していることが分かる。また浸液だけでは見えない微妙な発光むらも観察される。さらに外縁部は累帯構造を反映しながらも全体的に発光が弱くやや緑色の蛍光像が見られる。(両サイドの光っている部分はファセットの反射である。ダイヤモンドビューの光源が構造上左右から照射されることと完全な紫外線ではないことに起因する。)次に、裏側の平坦な面の蛍光像では中央部右上に発光の弱い部分があり、こちらも浸液した写真とほぼ対応し、同様に成長の履歴を反映した細かい発光むらも観察される(写真8・9)。

写真8 表面(D・V)

写真8 表面(D・V)

写真9 裏面(D・V)

写真9 裏面(D・V)

[3]分光

紫外可視分光(UV-Vis)

図2 UV-Vis 中央部

図2 UV-Vis 中央部

図3 UV-Vis 重ね描き

図3 UV-Vis 重ね描き

外縁部をマスキングして中央の緑色部分の分光を測定した(図2)。明瞭なGR-1(741nm)およびN3(415nm)が確認される。これは天然起源のI型で照射の影響を受けた分光パターンであり、さらにN3およびそれに伴う吸収等が強すぎると見ることのできないND1シリーズと呼ばれる394、383、375 nmの吸収も現れている。ND1シリーズは照射による格子間原子の存在と考えられている。中央をマスキングした外縁部の測定では、弱いGR-1とN3が観察される(図3・重ね描きの淡緑色)。ただし、よく知られているようにGR-1の存在だけで人工的な照射と断定することはできない。

赤外分光(FT-IR)

図4 FT-IR

図4 FT-IR

IaAを示す1282cm-1の吸収、IaBを示す1180 cm-1付近のややブロードな吸収、プレートレット(1365cm-1)、水素関連(3107cm-1)などが現れている。照射の痕跡であるH1a(1450 cm-1)は小さな吸収であり、照射の根拠としては不十分である(図4)。
※1450 cm-1の吸収は十分に深いときに照射の有効な根拠となるが、天然でも現れることがあるため絶対ではない。

フォトルミネッセンス(PL)

写真10 PL測定位置

写真10 PL測定位置

UV-Vis、FT-IRでは照射処理の根拠としては十分ではないと判断されたため、それぞれの領域で顕微ラマン分光器を用いたPL分析(514nm)を試みた。分析箇所はファセットが付けられている表面の中央淡青緑色部を[a]、中央緑色部を[b]、外縁部淡緑色部を[c]とし、ファセットの付けられていない裏面の対応する箇所をそれぞれ[a]’、[b]’、[c]’とした。なお、分析に際し、当該ダイヤモンドを液体窒素に直接浸し、-196℃に近づけ、余計な発光を抑えるように測定を行った(写真10)。

[a]中央淡青緑色部

図5 PL[a]

図5 PL[a]

非常に強いGR-1発光が見られる。ダイヤモンドのラマン線は552nmにあるが、その比率は30倍以上である。また、647nmにピークが見られる。この発光は強い照射を受けた濃い緑色の処理石に表れるピークである。このピークの存在から照射処理であるとほぼ確信できる。裏面の[a]’もほぼ同様であった(図5)。

[b]中央濃緑色部

図6 PL[b]

図6 PL[b]

552nmのラマン線に対するGR-1強度は17倍と下がるが、通常の天然石に比べると極めて高い数値である。また特徴的なことは647nmの発光がGR-1なみに強くなっていることである。裏面も同様である(図6)。

[c] 外縁淡緑色部

図7 PL[c]

図7 PL[a]

全体的な発光強度は下がり、552nmに対するGR-1強度も小さくなっている。しかし、647nmの発光強度はGR-1より強くなっていることが観察された。裏面も同様であった(図7)。

まとめ

PL測定では、領域によって照射の痕跡に相違が見られるが、いずれにしろGR-1の発光が極端に強いか、GR-1発光が弱い場合には647nmに強い発光が観察され、グリーンダイヤモンドの鑑別において有効な手段であることが分かった(表1)。
また、ダイヤモンドの鑑別に際して(ダイヤモンドとは限らないが)正しい結果を導き出すには、結晶の成長履歴等を踏まえた上での観察並びに正確で有効な機器測定が重要である(表2)。

表1

表1

表2

表2

謝辞

本研究に際し、快くサンプルを寄贈ならびに貸し出しをしていただいた瑞浪鉱物展示館に対して、ここに深く感謝の意を表します。