CGL通信 vol16 「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状 ー平成25年宝石学会(日本)よりー」

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CGL通信 vol16 「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状 ー平成25年宝石学会(日本)よりー」

中央宝石研究所 研究室 江森健太郎、北脇裕士、岡野誠 

サファイアのベリリウム拡散加熱処理は最初に報告されてから10年以上経過するが、いまなお市場で確認されている。本研究は2012年の一年間にCGLで鑑別を行ったサファイアを系統的にまとめ、近年報告がある天然起源のBeを含有するサファイア等の分析結果もまじえ、ベリリウム処理サファイアの現状を報告する。

1. 研究の背景

2001年9月頃より、高彩度のオレンジレッド、オレンジ色、ピンク色および黄色のサファイアが宝石市場に広くみられるようになった。中でもオレンジピンクからピンクオレンジのいわゆる「パパラチャ」のバラエティーネームで知られるサファイアが大量に出現したため業界中の関心事となった。これらのサファイアには従来の加熱処理には見られない外縁部にカット形状に沿った色の層(カラードリム)が分布しており、その生成に疑問が持たれた。国際的な鑑別ラボによる精力的な調査の結果、この加熱手法は外来添加物であるクリソベリル起源のベリリウム(Be)を高温下でコランダム中に拡散させるという新たな手法であることが判明し、ベリリウム拡散加熱処理(以下Be処理)と呼ばれるようになった(文献1)。その後、バイオレット、グリーン、ブルー等の色調のサファイアやルビーにもこのBe処理が施されたものが出現している。

Beは軽元素であり、拡散している濃度も極めて低いため、鑑別ラボで従来使用されていた蛍光X線元素分析装置等では検出が不可能で、SIMSやLA-ICP-MSといった高感度の質量分析装置が必要となった。今日、先端的なラボではLA-ICP-MSが導入され、日常のBe処理鑑別に活用されている(文献2)。

Be処理が確認された当初は、未処理の天然サファイアおよびルビーにはBeは内在しないと考えられていたため、LA-ICP-MSでBeが検出されればBe処理であると考えられてきた(文献3)。しかし、近年、Be処理が行われていない天然サファイアにもBeが検出される事例が複数報告され(文献4)、Be処理の鑑別を困難にしている。

2. 研究の目的

本研究では、(1) 現在、日本国内の宝飾市場に流通するBe処理サファイアの実態を調査するとともに、(2) LA-ICP-MSによる詳細な分析において天然起源のベリリウムを含有するサファイア等の諸特徴を捉え、Be処理鑑別の精度をより向上させることを目的とした。

3. 使用した試料と実験手法

表1:LA-ICP-MS分析の分析条件

表1:LA-ICP-MS分析の分析条件

2012年の一年間にCGLに鑑別に供されたサファイアおよびルビーのうち、一般的な鑑別手法でBe処理の疑念が持たれ、LA-ICP-MS分析を行った1,000個以上を研究対象とした。これらの試料は現在市場で流通するサファイアおよびルビーを代表するものと考えられる。また、これらに加えて、CGL研究室の産地鑑別プロジェクトで集積した各産地の天然サファイアについてもLA-ICP-MS分析を行い、天然起源のBeと微量元素についての関係性を調べた。

本研究ではLA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP-213を、ICP-MSはAgilent 7500aを使用した。分析を行った条件は表1に記した。レーザーアブレーションにおけるCrater sizeは、Beの定性分析では15mm、Beおよび他の元素についての定量分析には30mmを使用して測定を行い、定量分析には標準試料としてNIST612を使用した。


4. 結果と考察

4-1 Be処理サファイアの存在割合およびBe含有量について

2012年、CGLに鑑別に供されたサファイアおよびルビーの色別比率とBe処理サファイアの色別比率を図1に示す。鑑別に供された個数はルビーやブルーサファイアが多いが、Be処理コランダムとしてはピンクからオレンジ系(パパラチャ含む)やイエロー、ゴールデン系が多いことが判る。

図1:2012年CGLに鑑別として持ち込まれたコランダムについて

図1:2012年CGLに鑑別として持ち込まれたコランダムについて

次に色系統別に、「LA-ICP-MS分析の結果Be処理であると判断されたもの」「一般的な鑑別方法でBe処理であると判断されたもの」「石のセッティングや顧客都合等で分析が行われなかったもの」「Be処理でないもの」の割合を図2に示す。Be処理である絶対数はピンクからオレンジ系のものが一番多いが、色別に調べるとBe処理である割合はイエローが一番高いことが判る。

図2:コランダムの色別結果内訳

図2:コランダムの色別結果内訳

LA-ICP-MSで分析したBe処理サファイアのBe濃度を色別にプロットした結果を図3に、各色の平均値を表2に示す。各色の平均値はそれぞれおよそ10ppmであり、この値は2002年と2007年にタイのバンコクの処理業者から直接入手した各色Be処理コランダム計20個の平均値9.74ppmと非常に近い数値であった。またBe処理が施された試料は最低でも2ppm程度以上が検出されている。

図3:コランダム各色のBe濃度

図3:コランダム各色のBe濃度

表2:色系統別Be濃度の平均値

表2:色系統別Be濃度の平均値

4-2 天然起源のBeを含有するサファイアの例

4-2-1 ゴールデンサファイアの例
天然起源のBeを含有するサファイアとして16.95ctのゴールデンサファイア(写真1)の分析事例を紹介する。この試料は一般鑑別検査の結果、加熱処理と判断されるが、カラードリムなどのBe処理の特徴は有しない試料である。LA-ICP-MSで測定した微量元素の分析値を表3に示す。

写真1:16.95ctのゴールデンサファイア外形写真

写真1:16.95ctのゴールデンサファイア外形写真

表3:当該コランダムのLA-ICP-MS分析結果

表3:当該コランダムのLA-ICP-MS分析結果


Beの濃度が1.42ppmより7.14ppmと測定箇所(8箇所)による顕著な差があるのに加え、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)が付随して検出されている。Shen等は同様の事例を報告しており、BeとZr、Hfの間に相関関係があり、これらの元素を天然起源としている(文献5)。図4に当該試料の各測定箇所におけるBeとZrおよびHfの含有量の関係を示す。BeとZrおよHfには直線的な非常によい相関関係が認められる。

図4:Sample 1のBeとZr、Hfの相関関係を示すグラフ

図4:Sample 1のBeとZr、Hfの相関関係を示すグラフ


写真2:Beが検出されたコランダム

写真2:Beが検出されたコランダム
上段:Pailin(カンボジア) 産、
中段:Mabira(ナイジェリア) 産、
下段:Huai-Sai(ラオス)産

4-2-2 ブルーサファイアの例
天然起源のBeを含有するブルーサファイアの分析事例を紹介する。写真2に示す試料は産地鑑別のプロジェクトで収集した、カンボジア、ナイジェリア、ラオス産のブルーサファイアである。LA-ICP-MSによる分析結果を表4に示す。これらはBe処理が施されていない試料であるが、すべての試料から測定部位(各試料につき5箇所)による濃度差があるもののBeが検出されている。


表4:Beが検出されたブルーサファイアの分析結果

表4:Beが検出されたブルーサファイアの分析結果

また、Beと同時に、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)が検出されており、各測定箇所におけるBeとNbおよびTaの含有量の関係を図5に示す。BeとNbおよTaには直線的な非常によい相関関係が認められる。

図5:Sample2のBeとNb、Taの相関関係を示すグラフ

図5:Sample2のBeとNb、Taの相関関係を示すグラフ

ゴールデンサファイアおよびブルーサファイアの事例で示したとおり、天然起源のBeを含有するサファイアには
(1)Be処理の視覚的特徴であるカラードリムが認められないこと。
(2)LA-ICP-MSで検出されたBe濃度は測定部位によるばらつきが非常に大きく0ppm~10ppm程度の範囲内である。
(3)Beに付随してイエローサファイアの場合はZr、Hf、W、ブルー系はNb、Ta、Th等といった元素が検出され、Be濃度と相関関係がある。
という特徴が確認された。

図6:元素の親和性を表した表(文献6より)

図6:元素の親和性を表した表(文献6より)

元素には親気性(atomophile、ガス状元素)、親石性(lithophile、ケイ酸塩相に濃集)、親銅性(chalcophile、銅のように硫化物相に濃集)、親鉄性(siderophile、金属相に濃集)の4種類の親和性が知られている。Zr、Nb、Hf、Ta、W、Thはこの中でも親石性に属する元素で、ケイ酸塩相に濃集する傾向にある(図6)。

また、Zr、Nb、Hf、Ta、W、Thといった元素は液相濃集元素であり、HFSE(High Field Strength Element、高結晶場強度元素)と呼ばれる元素で、マグマから結晶が晶出する際、結晶に取り込まれにくく最後まで液相として残る元素であることが知られている。今回分析を行ったカンボジア、ナイジェリア、ラオス産などのマグマティックな(玄武岩起源)コランダムでは、結晶に取り込まれにくい親石性のHFSEが濃集し、Beを伴った状態でコランダムに入り込んでいると推測される。

4-3 二次汚染によるBeを含有するサファイアの例
写真3:Sample 3の浸液写真

写真3:Sample 3の浸液写真

二次的にBeが混入したと考えられる5.55ctのイエローサファイアの事例を紹介する。当該試料は拡大検査の所見において加熱の痕跡は認められたが、Be処理の特徴は有していない。浸液検査の結果、結晶成長に伴った明瞭なカラーゾーニングが観察される(写真3)。


LA-ICP-MSでガードル部を6箇所測定した結果を図7に示す。Beが0.47~1.29ppm検出されているが、濃度とカラーゾーニングに相関は認められない。また、Zr、Nb、Hf、Ta、W、Thなどの天然起源のBeに付随する微量元素は検出されていていない。

図7:Sample 3の分析結果

図7:Sample 3の分析結果

以上をまとめると、
(1)加熱処理の痕跡が認められるもののBe処理の特徴がない。
(2)Beが極低濃度であり(2ppm未満)、HFSEなどの天然起源のBeに付随する元素が検出されない。
このような試料中のBeはBe処理に用いたるつぼや炉の再利用からくる二次汚染であると考えられる。色変化に関与しない極低濃度のBeの拡散は、国際的なラボ間の共通認識においてBe処理とは判断されない。

4-4 リカットされたBe処理サファイアの例
写真4:2.46ctのピンクサファイアの外形写真

写真4:2.46ctのピンクサファイアの外形写真

最後にリカットによる特異な事例を紹介する。写真4に示す2.46ctのピンクサファイアを浸液検査したところ、オレンジ色の色むらが外縁部の一部に認められた(写真5左)。レーザートモグラフ像より、浸液検査でオレンジ色の色むらが認められた箇所が燈赤色に発光しているのが観察される(写真5右)。


写真5:2.46ctのピンクサファイアの浸液写真(左、黒で囲った部分がオレンジ色の色むらが確認された場所)とレーザートモグラフ像(右)

写真5:2.46ctのピンクサファイアの浸液写真
(左、黒で囲った部分がオレンジ色の色むらが確認された場所)とレーザートモグラフ像(右)

LA-ICP-MSによる分析結果を図8に示す。オレンジ色の色むら部からBeが検出されている(キューレットを含む)が、ピンク色の部位からは検出されていない。また、天然起源のBeを含有するサファイアに伴われる元素(Zr、Nb、Hf、Ta、W、Th)はどの部位からも検出されていない。

図8;Sample4の分析結果(オレンジ色の部分は色むらが存在した箇所)

図8;Sample4の分析結果(オレンジ色の部分は色むらが存在した箇所)

以上をまとめると、
(1)LA-ICP-MSで分析した結果Beが検出された箇所と未検出の箇所が存在すること。
(2)浸液検査およびレーザートモグラフ像においてカラードリムといったBe拡散跡が確認される。
などの特徴を有する試料はBe処理されたコランダムがリカットされたものと考えられる。

5. まとめ

Be処理サファイアが出現し、10年以上経過するが、Be処理サファイアは今なお鑑別で確認される処理である。 今回の研究報告は2012年の1年間にCGLに持ち込まれたコランダムの統計ではあるが、イエロー、ゴールデン系に関しては10%程度の試料がBe処理を施されていた。

Beの検出にはLA-ICP-MS分析を行うことが一般的である。Beが未検出のサファイアはBe処理が施されていないと判断されるが、Beが検出されたサファイアについては、天然起源のBeを含有するサファイアやBe処理に用いたるつぼや炉の再利用からくる二次汚染をうけたサファイアも存在するため、他関連元素の測定データやBeの濃度分布を参考にする等、慎重に判断を下す必要がある(表5)。

表5:注意すべきBe検出例

表5:注意すべきBe検出例

中央宝石研究所では、Be処理コランダムについて、常時情報収集、データの蓄積を行っており、最新の情報をもとに鑑別結果を出すよう心掛けております。

6. 文献

1. Emmett J.L., Scarrat K., McClure S.F., Moses T., Douthit T.R., Hughes R., Novak S., Shigley J.E., Wang W., Bordelon O., Kane R.E.「 Beryllium diffusion of Ruby and Sapphire (Gems & gemology, 39(2), 84-135,2013)」
2. Abduriyim A., Kitawaki H. 「Applications of Laser Ablation-Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry (LA-ICP-MS) to Gemology (Gems & gemology, 42(2), 98-118, 2006) 」
3. Emmett, J.E., Wang W. 「The Corundum group, Memo to the Corundum Group: How much beryllium is too much in blue sapphire – the role of quantitative spectroscopy. 26 August 2007」
4. Shen A., McClure S., Breeding C. M., Scarratt K., Wang W., Smith C., Shigley J. 「Beryllium in Corundum: The Consequences for Blue Sapphire (GIA Insider, Vol.9, Issue 2 (January 26, 2007)) 」
5. Shen, A., McClure, S., Scarratt, K. 「Beryllium in Pink and Yellow Sapphires. News from Research (April 3, 2009)」
6. Robin Gill「Chemical Fundamentals of Geology」