CGL通信 vol21 「宝石鑑別に応用される分析技術とその発展 ③顕微ラマン分光法」

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CGL通信 vol21 「宝石鑑別に応用される分析技術とその発展 ③顕微ラマン分光法」

リサーチルーム 北脇裕士

◆ラマン分光法とは

ラマン分光法とは、ラマン効果を利用して物質の同定や分子構造の研究を行う手法です。1 9 9 0 年代以降、レーザー光源や検出器の目覚しい発展によって工業・産業分野で実用的に用いられています。宝石学の分野では、特にレーザーの高い空間的分解能を利用した宝石内部の包有物の研究への応用が期待され、国際的な宝石鑑別ラボでは標準的な分析機器として活用されています。

◆ラマン分光の原理

ある物質に光を当てると、ほとんどの光は何も変化せずにそのままの波長の光が散乱します。これはレイリー散乱と呼ばれています。しかし、ごく一部の光は物質に衝突した際にエネルギーの授受が行われ、その物質に決まった量のエネルギー(すなわち波長)が変化した散乱光が生じます。これがラマン散乱です。このラマン散乱を測定し、物質の同定を行うのがラマン分光法です。ラマン散乱は通常極めて微弱であるため、強いレーザー光源と高感度の検出器が必要となります。ラマン分光法から得られる情報は、分子や格子の振動・回転に関するもので、赤外分光法と類似しています。

Fig1
Fig.1 ラマン散乱とレイリー散乱(日本分光HPより)
◆ラマン分光法の特長

ラマン分光法の特長は、その原理的なものやレーザー等の装置的なものまで数多くありますが、代表的なものとして以下のものがあげられます。

◇非破壊・非接触での分析
試料に対する前処理等の必要がなく、非破壊で分析が可能です。宝石のように非破壊が絶対条件となる分析に適していると言えます。

◇高分解能を持った状態分析
共焦点のレンズを有する顕微鏡と組み合わせて顕微ラマン分光測定を行うことでレーザー光を約1μmまで絞り、顕微鏡下で焦点のあった箇所のみの測定行うことができます。この特性を活かすことで微小試料や局所分析が可能となります。鉱物科学の分野においては、顕微鏡観察中における微小鉱物や流体包有物の分析に利用されています。2007年に日本で初めて発見されたダイヤモンドの同定もこの顕微ラマン分光法で行われました。

ラマン分光を行う際に、検出器は測定する物質(試料)からの蛍光(フォトルミネッセンス)を感知することがあります。通常のラマン分光分析ではこの蛍光が測定の妨げになりますが、ダイヤモンドのように線スペクトルとして蛍光を感知できる場合は、フォトルミネッセンス(PL)分析として利用することができます。PL分析については別途次回以降にご紹介します。

◆ラマン分光法の応用例

◇局所分析
ラマン分光法は、細く絞ったレーザ一光を励起光として用いており、微小な試料の測定や局所分析に適しています。

リングやペンダントなどにセッティングされた石の場合、検査方法が制限されるのでその鑑別には困難を伴うことがあります。特に脇石やメレサイズの石は検査が不可能なケースもあります。ラマン分光では、対象物にレーザ一光線が当たりさえすれば測定が可能であり、セッティングされたジュエリーや小粒石の鑑別が容易となります。局所分析の特性を活かした例としてはジェイダイトの測定が挙げられます。ジェイダイトはひすい輝石の結晶集合体ですが、時として他種鉱物を含有することがあります。ラマン分光によって、ジェイダイトに混入するオンファサイト、アルバイト、ネフェリン等の対象物をポイント的に測定できるのもラマン分光の利点です。

Fig.2
Fig.2 顕微ラマン分光装置

◇包有物の分析
ラマン分光は空間分解能が高いため、従来のいかなる分析方法でも不可能であった鉱物結晶内部の包有物の測定が可能となります。一見しただけでは判別が困難な包有鉱物は、ラマン分光による測定が鑑別の大きな助けとなり得ます。包有鉱物が同定できると天然・合成の起源が明らかとなります。

◇産地鑑別への応用
包有鉱物の同定が宝石鑑別に与えるアドバンテージは大きく、産地に特徴的な包有鉱物が同定できれば、母結晶の生成起源を知る重要な鍵とすることができます。例えばブルーサファイア中のアルカリ長石は一見、スリランカ産のジルコンへイローのように見えますが、ラマン分光分析で同定できれば、スリランカ産ではなくアルカリ玄武岩起源であることが確かめられます。

ブルーサファイア中のアルカリ長石インクルージョン
ブルーサファイア中のアルカリ長石インクルージョン