CGL通信 vol23 「宝石鑑別に応用される分析技術とその発展」

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CGL通信 vol23 「宝石鑑別に応用される分析技術とその発展」

2014年11月No.23

リサーチルーム 室長 北脇裕士

④フォトルミネッセンス(PL) 分析法

◆フォトルミネッセンス(PL)分析とは

フォトルミネッセンス(PL)とは、物質に光を照射し、励起された電子が基底状態に遷移する際に発生する光のことです。

Fig.1
Fig.1 フォトルミネッセンスの原理(コスモ・バイオ(株)HPより)

Fig.1の①を基底状態、②を励起状態といいます。励起状態は不安定なため、通常発熱などで少しエネルギー順位の低い③の状態に一時的に移行します。③から元の基底状態④に戻る際に発光します。②から③へ移行する際にエネルギーのロスがありますから、励起させる光の波長(②-①のエネルギーに相当)よりも長い波長の光(③-④のエネルギーに相当)が発光します。この発光は物質の不純物や欠陥に影響を受けやすいため、発光を分光し詳細に解析をすることによって、物質中の欠陥や不純物の情報を得ることが可能となります。PL分析は、主に超格子構造や半導体結晶の構造解析などに用いられています。結晶中の不純物や欠陥に起因した発光の強度分布を測定し、結晶の均一性や欠陥の分布状況を高い分解能で評価します。この手法の特徴として、測定の際に試料を破壊することがなく、また特殊な前処理を必要としないことが挙げられます。装置は前回( C G L 通信No.21)でご紹介した顕微ラマン分光装置と併用することができます。ラマン分光は既述のとおり、レーザー光を照射した際に発生する微弱なラマン散乱を検知しますが、その際の発光を検知するのがPL分析です。励起源のレーザーも検出器も併用できますが、分析結果の表示が異なります。ラマン分光法では単位はcm–1を用いますが、PL分析ではnmで表記します。

Fig.2
Fig.2 顕微ラマン分光装置(PL分析も同装置で行う)

測定方法は波長と強度の関係を観察するためのスペクトル測定が一般的ですが、近年では試料から放出される様々な発光の強度分布を測定するマッピング測定も可能になりました。
PL分析では、励起する波長の種類において発光するピークの種類や強度も異なります。従って、期待される発光センタに応じた励起波長を選択することが重要となります。
例えば、ダイヤモンドのPLを測定する場合、N3センタ(415.2nm)や491センタ等の検出には325nm(UV)波長のHe/Cd laserが、H3センタ(503.2nm)、3Hセンタ(503.5nm)及びH4センタ(496.1nm)等の検出には488nm波長のArイオンlaser(青色)が有効となります。また、NV0センタ(575nm)、NVセンタ( 6 3 7 n m )及びG R 1 センタ( 7 4 1 n m )の検出には514nm波長のArイオンlaser(緑色)が、737センタ(Si-V)等の検出には、633 nm波長の He-Ne laser(赤色) が有効です。近年ではレーザー源の発展もめざましく、多くの波長で半導体固体レーザーが使用されるようになり、サイズもコンパクトで寿命も長くなりました。弊社では2台の装置に上記4種波長、計6本のレーザーを目的に応じて有効に使用しています。

Fig.3
Fig.3 PL分析で用いるレーザー発信機:左から488nm,515nm (半導体励起固体レーザー),325nm(He/Cd laser)

また、存在する可能性のあるPL特徴をすべて適切に分解するには低温条件が必要なため、冷却測定には専用の冷却ステージを用いています。
宝石学分野におけるPL分析は、2000年以降のダイヤモンドのHPHT処理がきっかけとなりその有効性が確認されました。当初は看破が不可能と言われていたHPHT処理の検出がこのPL分析によりかなりのレベルまで可能となり、ダイヤモンドの天然・合成起源、HPHT処理及び放射線照射処理の検出に必要不可欠となっています。具体的な分析例については次項でご紹介します。

⑤フォトルミネッセンス(PL) 分析法の実際

◆HPHT処理の目的と背景

ダイヤモンドの品質改善の目的でダイヤモンドを高圧下で熱処理する手法があり、高温高圧(High Pressure-High Temperature)処理と呼ばれています。古くは1970年代後半にはGE社やデビアス(現Element Six)の工業用ダイヤモンド部門において、それぞれ独自にHPHT処理関連の特許が取得されています。1994年には、GE社によるCVD合成ダイヤモンドのHPHT処理を用いた “靭性の改善”及び“結晶欠陥の軽減”等に関する一連の米国特許が出願され受理されています。近年では電子デバイス用の高品質ダイヤモンドの必要性から、CVD合成ダイヤモンドに対するHPHT処理が精力的に行われています。

1970年代末に取得されたそれぞれの特許の満期や90年代の工業用ダイヤモンドにおけるHPHT処理の研究が、宝飾用ダイヤモンドへの応用の布石となっているようです。また、一部には近年台頭してきた中国等の安価な工業用合成ダイヤモンド製品との競合が困難となったため、ダイヤモンド合成に関わる企業が宝飾用天然ダイヤモンドのHPHT処理に事業転換したとも言われています。

1999年4月、ペガサス社(アントワープに設立されたLKIの出資会社)が、GE社により処理されたダイヤモンドを販売すると発表しました。LKI社によると、『この処理はダイヤモンドの色、光沢、輝きの質を改善するもので、恒久性があり、看破は不可能』とされました。処理方法については、“ある種の褐色を無色化する”ことのみが伝えられ、具体的には公表されませんでしたが、後にⅡ型の褐色ダイヤモンドがHPHT処理されたものであることが確認されました。

その後、1999年12月にNovaDiamond社によるHPHT処理ダイヤモンドが公表されました。これは、先に発表されたGE社の製品がⅡ型なのに対し、Ⅰ型の褐色ダイヤモンドを独自のHPHT処理技術により黄色~緑色に改変したものです。NovaDiamond社はNovatek社の完全出資会社で、HPHT処理されたダイヤモンドを宝石市場に提供する目的で設立されています。H P H T 処理はダイヤモンドを合成する高圧発生技術があれば可能です。従って処理を公表しているGE社及び、NovaDiamond社以外にも設備と技術があれば処理を行うことが可能です。

2011年4月、ドバイで開催された世界ダイヤモンド取引所連盟(WFDB)のプレジデントミーティングにおいて、H P H T 処理された石が適切な情報開示なしに意図的に鑑別ラボに持ち込まれている件が話題となりました。WFDBではHPHT処理ダイヤモンドを詐欺的に取り扱った業者には罰則を加えることや、鑑別ラボにも依頼者の公表が求められたようです。

◆HPHT処理の検出

1999年3月に行われたLKIの発表では、宝石ダイヤモンドに施されたHPHT処理の検出(看破)は不可能とされ、宝飾ダイヤモンドの業界関係者を不安にさせました。その後、国際的な宝石鑑別機関では各国の大学等の研究施設との連携による研究が開始され、現在ではかなりのレベルまで処理の検出が可能となっています。

【Ⅱ型】
窒素をほとんど含有しない(通常、分析で使用されるFTIRなどの赤外分光法で検出できない1ppm以下)ダイヤモンドはⅡ型に分類されます。Ⅱ型はさらに他の不純物も含まないⅡa型とホウ素を含有するタイプⅡbに細分されます。Ⅱa型のダイヤモンドは本来無色で、Ⅱb型は青色ですが、地中において塑性変形をこうむることにより褐色を帯びています。この宝石としては好ましくない褐色味を除去する目的でHPHT処理が施されます。処理の程度によってはⅡa型の褐色は無色ではなくピンク色になることがあります。また、Ⅱb型の褐色は褐色味が除去されるとともにホウ素が機能して青色になることが知られています。従って、Ⅱ型に分類される無色、ピンク色及び青色ダイヤモンドはすべてHPHT処理された可能性を考慮する必要があります。

現在、Ⅱ型ダイヤモンドのHPHT処理の検出に最も有効な分析手法がPL分析です。PL法はダイヤモンドに含まれる原子レベルのわずかな欠陥を高感度で捕らえることが可能で、その欠陥の種類や程度、あるいは組み合わせを解釈することによって処理・未処理の判断に応用できます。

例えば、HPHT処理されたⅡ型のダイヤモンドに637nmや575nmのNVセンタ(炭素原子を置換した窒素と炭素原子が抜けた空孔による欠陥)が検出される場合、その強度は637nm>575nmになることが知られています。637nmセンタは電子を捕獲して負の電荷を帯びた状態で、575nmセンタは電荷を持たないノーマルな状態です。赤外分光では検出されない程度のAセンタ(それぞれが炭素を置換したペアをなす窒素)がHPHT処理によって解離し、Cセンタ(炭素を置換した単原子窒素)が形成される際に遊離した電子がNVセンタに捕獲される結果、637nm>575nmになると考えられます。また、535nmセンタのようにHPHT処理によって軽減もしくは消滅する欠陥からも処理の有無に関する情報が得られます。

Fig.4

Fig.4 II型褐色ダイヤモンドのHPHT処理前後のPLスペクトル(514nm Laser)

少し混みいった話になってしまいましたが、近年のダイヤモンド鑑別は極めて難しくなってきており、このような高精度の分析が占める重要性がお分かりいただければ幸いです。

⑥赤外分光分析(FTIR)-1-

◆赤外分光分析(FTIR)とは

物質に赤外線を照射すると、それを構成している分子が光のエネルギーを吸収し、振動あるいは回転の状態が変化します。従って、ある物質を透過(あるいは反射)させた赤外線は、照射した赤外線よりも、分子の運動の状態遷移に使われたエネルギー分だけ弱いものとなります。この差を検出することで、分子に吸収されたエネルギー、言い換えれば対象分子の振動・回転の励起に必要なエネルギーが求められます。分子の振動・回転の励起に必要なエネルギーは、分子の化学構造によって異なるので、照射した赤外線の波数を横軸に、透過率もしくは吸光度を縦軸にとることで得られる赤外吸収スペクトルは、分子に固有の形を示します。これにより、対象とする物質がどのような構造であるかを知ることができ、特に有機化合物の構造決定に利用されています。

Fig.5
Fig.5 赤外分光光度計[FTIR](右)と赤外顕微鏡(左)
FTIRはフーリエ変換赤外(Fourier Transform Infra-Red)の略称で、最も広く利用されている赤外分光分析の手法です。フーリエはフランスの数学者・物理学者でフーリエ級数を創始した人物です。FTIRは光源からの光を干渉計により合成波とし、サンプルに照射して得られた波形についてフーリエ変換と呼ばれる周波数解析を行うことで吸収スペクトルが得られます。回折格子を用いた分散型分光法に比べて、光学的に明るく、波数分解能が高く、スペクトルの形態を見るだけなら測定時間も極めて短いのが特長です。1965年頃に実用化され始め、70年代後半から急速に普及し、現在では赤外顕微鏡と組み合わせた顕微FTIRが広く利用されています。特に有機系の化学分野においては一般的な分析機器として標準装備されています。
宝石学の分野では、1990年代に入って出現した樹脂含浸ジェイダイトの看破をきっかけに主要な鑑別ラボに導入され始めました。近年ではダイヤモンドのタイプ分類には欠かせないもので、その他に含浸物質の検出や各種宝石素材の同定に広く活用されています。以下に代表的な応用例を紹介します。

◆ジェイダイト鑑別への応用

1990年代に入ってジェイダイトの樹脂含浸処理が出現しました。これは原石の表層に酸化鉄などが付着したジェイダイトを漂白し、安定化と透明度の改善のためにエポキシ系等の合成樹脂を含浸する処理です。透明な樹脂を含浸するとそれだけで色が濃く見え、処理後のジェイダイトは見かけの価値が大きく変化します。従って、樹脂含浸処理の有無を看破する必要がありますが、標準的な鑑別手法では限界があります。そこで弊社が着目したのが赤外分光分析です。赤外分光法では目には見えない樹脂が赤外吸収スペクトルにはっきりと現れます。赤外分光法は含浸された樹脂を検出するのに極めて有効で、以降すべてのジェイダイトが分析されるようになりました。

◆エメラルドの含浸物質の看破

“傷のないエメラルドはない”といわれるように、エメラルドはどこの産地のものでも一般に包有物を有しています。また、採鉱時にはすでにフラクチャーが生じたものも多く、カット・研磨、ジュエリー加工などの段階でこれらのフラクチャーが拡大する可能性があります。このようなエメラルドの表面に達する特徴を軽減するために透明材の含浸が慣習的に行われています。

氷を透明な水の中に浸漬するとその輪郭が見え難くなるように、エメラルドの屈折率の近い物質がフラクチャーに含浸されると目立ち難くなります。エメラルドの屈折率はおよそ1.57~1.59なのでこの屈折率に近似するオイルや樹脂が含浸されます。含浸物質には種々のものが知られていますが、伝統的に利用されているのがシダーウッドオイルです。このオイルは数種類の針葉樹、特にビャクシンから採取されています。また、1990年代から急速に普及したのがエポキシ樹脂です。オイルに比べると樹脂は屈折率がエメラルドにより近いため、見かけのクラリティ向上に効果があります。業界で知名度の高いオプティコンは商標名でエポキシ樹脂の一種です。

F T I R 分光装置では、F i g . 6に示す未処理のエメラルドとオイルが含浸されたエメラルドのFTIRのスペクトルのように、オイル含浸されたエメラルドにはオイルに起因する吸収が見られます。このピークの深さが含浸されたオイルの量にほぼ比例します。

Fig.6
Fig.6 未処理エメラルド(黒線)とオイル含浸されたエメラルド(赤線)

⑦赤外分光分析(FTIR)-2-

◆ダイヤモンドのタイプ

ダイヤモンドには紫外線を透過するタイプとそうでないものがあることが1800年代後半には知られていました。その後、赤外線のスペクトルも併せて前者をⅠ型、後者はⅡ型に分類されました。1950年代後半には、この型の違いが精力的に調査され、窒素の不純物に因るものと分かり、窒素を含有するものがⅠ型、含有しないものがⅡ型とされました。1952年には、窒素を含有しないⅡ型の中には極めてまれに電気を通す半導体の性質をもつものがあることが分かり、Ⅱb型に分類されました。さらに、1960年代には、窒素の存在の仕方において、窒素が凝集するものをⅠa型、置換型単原子窒素として存在するものをⅠb型とされました。

筆者の調査によると、天然ダイヤモンドの99.3%はⅠ型、0.7%がⅡ型に分類されます。また、高温高圧法合成ダイヤモンドは、通常黄色でⅠb型に分類されます。しかし、無色の合成ダイヤモンドは高温高圧法であってもCVD合成法であってもⅡa型に属します。

Fig.7 ダイヤモンドのタイプ分類
Fig.7 ダイヤモンドのタイプ分類

Fig.7に示すようにダイヤモンドを赤外分光(FTIR)で測定すると、1000~1500㎝–1付近に窒素不純物に因る吸収が見られます。そして窒素の凝集の相違により異なったスペクトルが検出されます。通常、FTIRの測定において窒素不純物による吸収が見られるものはⅠ型、 見られないものはⅡ型に分類されます。さらにⅠ型で窒素が置換型単原子として含まれるものはⅠb型、凝集した形態のものはⅠa型に分類されます。さらにⅠa型のうち、A凝集体として窒素が存在するものはⅠaA型、B凝集体として存在するものはⅠaB型に細分されています。

Fig.8 赤外分光(FTIR)で測定した各タイプのダイヤモンド
Fig.8 赤外分光(FTIR)で測定した各タイプのダイヤモンド
◆宝石ダイヤモンドの色とタイプ

Ⅱa型に分類される宝石ダイヤモンドは有意な窒素の含有がないため通常は無色で、カラーグレーディングにおいて多くはDカラーと判定されています。しかし、塑性変形(原子レベルのひずみ)をこうむったものは褐色味を帯び、宝石としての価値は低くなります。このようなⅡa型の褐色はHPHT処理の原材として利用されています。一方、Ⅱa型に分類されるものの中に稀にピンク色が存在します。歴史的に著名なピンクダイヤモンドはほとんどがこのⅡa型です。Ⅱb型はⅡ型の中でもさらに少なく、ダイヤモンド全体の0.002%程度です。Ⅱb型のダイヤモンドはホウ素を含むことで青色~灰色を呈しますが、塑性変形を蒙ったものは独特の灰褐色を呈しており、HPHT処理の原材とされています。

宝石質ダイヤモンドのほとんどはⅠ型に分類されます。無色~ほぼ無色のダイヤモンドもⅠa型のものがほとんどです。Ⅰa型には無色~ほぼ無色に続いて黄色、褐色、ピンク等が含まれています。
宝石ダイヤモンドにとってこのタイプの理解は以下の点において重要です。

  1. 天然ダイヤモンドの色はある程度タイプに関連を持つこと
  2. 合成ダイヤモンドの色もタイプと関連すること
  3. 放射線照射処理やHPHT処理における色の変化もダイヤモンドのタイプにある程度関連を持つこと

ダイヤモンドのタイプと地理学的な産地との関連を科学的に証明することは困難です。しかし、ある特定のものについては歴史的背景と産出状況において推測が可能といわれています。Ⅰa型のダイヤモンドはすべての主要なダイヤモンド鉱山から産出しますが、Ⅰa型の淡黄色ダイヤモンドは南アフリカ地域からの産出が良く知られています。そのため、宝石学では一般に淡黄色のダイヤモンドを南アフリカの地名に因んで“ケープストーン”と呼んでいます。Ⅰa型のピンクダイヤモンドはオーストラリアのArgyle鉱山産のものが90%以上と言われています。Ⅰb型の黄色ダイヤモンドも主要な鉱山からはどこからも産しますが、インド、ブラジル及び南アフリカの鉱山産のものが多いようです。Ⅱ型のダイヤモンドもほとんどの鉱山から産出しますが、インド、ブラジル、アフリカが重要な産地です。Ⅱa型のピンクダイヤモンドはインドのゴルコンダ地方が歴史的に良く知られた産地であり、Ⅱb型の青色ダイヤモンドは南アフリカのカリナン(以前はプレミアと呼ばれていた)鉱山が重要な産地として知られています。