CGL通信 vol36 「宝石学会(日本)シンポジウム報告」

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CGL通信 vol36 「宝石学会(日本)シンポジウム報告」

2017年1月No.36

リサーチ室 北脇  裕士

去る 2016年10月29日(土)にTKP上野ビジネスセンターにて宝石学会(日本)シンポジウムが開催されました。今回のテーマは「中国におけるダイヤモンドの高圧合成」で、中国吉林大学の賈暁鵬(Xiaopeng Jia) 教授が招聘されて講演されました。以下に概要をご報告します。

宝石学会(日本)は「科学者と、宝石界との良き協力関係を生み出し、両者が有無相通じ合うことによって宝石学を振興し、その成果を還元する公共的な媒体となる(趣意書の一部抜粋)」 ことを目的として、昭和49年(1974年)に設立されました。 以降、継続して毎年一回の講演会・総会が開催されています。2013年には評議員が改選され、新たな活動計画としてニュースレターの配布やシンポジウムの開催が発案されました。ニュースレターは2014年11月に第1号が発刊され、この原稿執筆時で既に第8号が発行されています。シンポジウムは2015年の12月に引き続いての開催となりました。

今回のテーマは「中国におけるダイヤモンドの高圧合成」です。最近、ジュエリーにも混入している合成ダイヤモンドのほとんどが中国製のHPHT合成ということもあって、きわめてタイムリーな話題といえます。

開会の挨拶をされる神田会長
開会の挨拶をされる神田会長

神田会長による挨拶と趣旨説明、そして賈暁鵬(Xiaopeng Jia) 教授の紹介が行われた後、筆者が「ジュエリー中の合成ダイヤモンド」と題して、現在の宝飾用合成ダイヤモンドの現状について以下のような前説をさせていただきました。

国内では昨年の9月以降、リングやペンダントなどのダイヤモンド・ジュエリーにHPHT合成が混入するという事例が見られるようになりました。海外においても同様で、中国深圳(シンセン)のNGTCラボからは昨年9月に検査したダイヤモンドのうち10%が合成であったと報告されています。このような合成石は中国で製造されたものと考えられており、ほとんどが0.01ct–0.1ctの小粒石です。これらの対策として種々の簡易的な判別機器が開発されており、判別器機の原理には主に2通りあります。ひとつはダイヤモンドの紫外線透過性に着目したもので、もうひとつは無色のHPHT合成ダイヤモンドの燐光を捕らえるものです。価格帯にはいろいろな選択肢がありますが、測定精度についても留意しておく必要があります。また、筆者は2016年3月に中国吉林大学に賈暁鵬(Xiaopeng Jia) 教授を訪ねておりますので、賈教授と国家重点実験室の施設についても紹介させていただきました。

講演中の賈暁鵬 教授
講演中の賈暁鵬 教授

続いて、中国吉林大学超硬材料国家重点実験室の賈暁鵬(Xiaopeng  Jia) 教授が「中国におけるダイヤモンドの高圧合成」のタイトルでおよそ80分の講演をされました。
賈教授は1980年代後半に来日され、90年代を日本で過ごされています。筑波大学で修士と博士の学位を取得され、外国人研究員として研究を続けられました。その後、無機材質研究所や金属材料技術研究所(どちらも現在の物質材料研究機構)で研究員として過ごされています。無機材質研究所時代には神田会長とも共同研究をされており、共著で論文発表もされています。その後、中国に帰国され、国家による特聘待遇により現職に就かれています。

賈教授の講演は通訳なしの日本語で行われました。そのため翻訳による時間のロスがなく、講演時間いっぱい熱弁をふるっていただけました。 まず、中国で発展してきた高圧装置について述べられました。中国では1964年に独自の立方体高圧装置(キュービック・プレス)が開発されましたが、その後しばらくは発展がありませんでした。しかし、1985年にピストンの直径が260-320mmのものが開発されると次第に大型化が進み、2000年以降はφ650、φ700などの大型プレスが次々と開発されました。この装置の大型化に伴い工業用の砥粒ダイヤモンドの生産も増加し、1990年代には年間生産量が1億ctであったものが、2015年には150億ctにまで達したそうです。
宝飾用に供される無色の単結晶ダイヤモンドは、2014年に鄭州華晶金剛石股份有限公司が2mm以下の結晶の量産を開始したのを端緒に複数の会社がそれに続きます。河南黄河旋風股份有限公司社では2015年前期から2~3mm程度の原石を量産しており、さらなる量産計画があるようです。現在、中国では宝飾用の合成ダイヤモンドの生産量が20万ct/月に達しているそうです。今後はさらに結晶の大型化が進むであろうと予測されていました。
賈教授の研究室でもさまざまな研究プロジェクトがあり、その一端をご紹介いただきました。高濃度の窒素を含有するⅠa型結晶の合成もそのひとつです。この話題は聴衆の興味を引き、その後の質疑応答の時間にいくつかの質問が寄せられていました。というのも、無色の合成ダイヤモンドは窒素を含有しないⅡ型であることが前提で種々の判別装置が作られているためです。ジェモロジストにとっては聞き逃せない話題であるわけです。賈教授の研究目的は、天然と判別できない宝飾用合成ダイヤモンドを作ることではなく、一般に合成よりも窒素濃度の高い天然ダイヤモンドの成因に関する地球科学的なアプローチです。 そして、このⅠa型ダイヤモンドの合成は実験室レベルの手法であり、量産できる技術ではありません。また、色も宝石に使用できる無色ではありません。したがって、現時点において日常の宝石鑑別における危惧はなさそうです。

講演会場の様子
講演会場の様子

さて、今回のシンポジウムでは質疑応答の時間が60分設けられており、聴衆からの質問に十分なディスカッションが行われました。合成方法や合成装置に関する技術的な話題になると、神田会長も自らマイクを持ちご自身の経験を踏まえたわかりやすい解説をされました。また、会場には賈教授の筑波大学時代の恩師である若槻雅男先生(筑波大学名誉教授)もお見えになっており、討論にご参加いただきました。若槻先生は1962年、東芝中央研究所時代に本邦で初めてのダイヤモンド合成を発表され、その後、筑波大学においてダイヤモンド合成法(触媒、結晶核形成制御、単結晶育成)と高温高圧発生制御に関する研究を精力的に遂行されてきた偉大な研究者です。多くの若手研究者を育成され、留学生らに対しても惜しみなく技術指導をされてきました。賈教授もその留学生の一人で、恩師との質疑応答にも筆者には非常にすばらしい師弟の信頼関係が見て取れました。
講演会の後、別室で懇親会が行われ、そこでも賈教授を囲んで活発な情報交換と参加者間の交流が行われました。◆