Gemmy 131 号 「小売店様向け宝石の知識「ジェット」」

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Gemmy 131 号 「小売店様向け宝石の知識「ジェット」」

ジェット・Jet(黒玉)

ジェットは独特のぬくもりと気品ある有機質宝石です。格調高くしっとりとした“漆黒の輝き”(Deep glossy black gem)、黒色の純粋さを持ち、肌にやさしい感触、日常のおしゃれ場面にもなじむ、親しみやすい宝石です。ただし強い酸に触れると表面は鈍くなり、宝石商のトーチの熱で燃えて不愉快な臭いを発するので丁寧な取扱いが必要です。
ジェットは1億8千年前のジュラ紀に生息していた松柏科の樹木が化石化したもので、石炭層から見つかります。
摩擦により帯電する性質から「ブラック・アンバー」と呼ばれたりします。真珠と同じく人間によって発見された最初の宝石のひとつで長い間人類が使ってきました。各時代に応じて人気があります。ジェットはリグナイト(Lignite)(大部分が炭素)として知られる石炭の一種で、比較的柔らかく、細工がしやすいこと、美しい光沢が装身具の素材に適していたようです。さらに粘りと弾力性があり、輝くように磨き込むと、有機質素材独特の美しい艶・てりが出ます。スペイン、ドイツ、米国、カナダにも産出するが、最高品質のジェットを常に産出しているのは英国のウイットビーやヨークシャー付近の海岸やそこに近い頁岩中からです。初期のジェット工芸品は、南ドイツとスイスの旧石器時代の洞窟で発見された動物の形をした小さな魔除けで、紀元前1万年前のものといわれています。英国のヨークシャーでは、昔からたくさん発見され、紀元前よりジェットが装身具として使われていたことが分かっています。
ジェット独特の艶・てりは持続性があるので、4000年前の発掘品も、あたかも昨日作られたかのように美しい光沢を保持しています。中世には十字架のペンダント、腕輪、ブローチ、ロザリオなど教会に関連するジュエリーとして使われていました。
しかし、ジェットがその魅力を最大限に発揮し、流行しだしたのは19世紀に入ってからで、英国ではウイットビーを中心にジェット研磨加工場が作られ、とくにビクトリア時代には英国王室がモーニング・ジュエリーとして使ったことから、ジェットは大流行しました。1861年にアルバート公の死によって、ビクトリア女王は長く深い喪に服しました。その間、ビクトリア女王が自ら身につけたジュエリーがウイットビーで作成されたジェットでした。ビクトリア女王に謁見する女性たちも同じようにジェットを身につけることを言い渡されました。こうした時代背景のもと、ジェットはビクトリア時代に大流行したのです。モーニング・ジュエリーとは、喪に服する期間に、故人を追悼するために身につけられる装身具を指しますが、ヨーロッパでは英国を中心に15世紀から身につけたようです。現在、日本の皇室においてもジェットは、正式なモーニング・ジュエリーのひとつとして用いられています。
喪服の胸元に真珠の一連ネックレスに添えてつけるジェットのブローチは、女性に一層印象深さを与えます。
ジェットは、ビクトリア時代を背景にモーニング・ジュエリーとして歴史的に価値ある有意義な宝石です。黒いジュエリーは、ややもすると冷たい印象になりがちですが、ジェットはその素材がもつ独特の柔らかみのある艶・てりが反対に暖か味を感じさせます。最近、英国のウイットビーで研磨加工された、ビクトリア時代に流行した当時と全く同質のビクトリアン・ジェットが日本へも本格輸入されるようになりました。デザインにおいても貴重なアンテイ―ク感覚に再現され、人気を博し話題になっています。
ジェットは、葬儀の席に正式なモーニング・ジュエリーとして身につけることが許される数少ない宝石のひとつとなっています。古来日本では故人を偲ぶ習慣があり、そのような法事の席や弔問などの場合に、英国のビクトリアン・ジェットのネックレスやブローチを胸元につけるのも、十分故人を偲ぶモーニングを表現できます。
真珠とジェットを併用するのもよいでしょう。近年、パリ・コレクションを中心にアンテイ―クとしてジェト・ジュエリーがファッション・ジュエリーとして注目され、この美しい艶・てりをもつ黒いジュエリーが、流行の最先端のファッションを引き立て話題になりました。その後幾度となく、ジェットはコレクションやファッション誌に話題の宝石として登場しています。
ジェットは、これからもモーニング・ジュエリーの枠を越えて、個性的なファッション・ジュエリーとして幅広く愛用される宝石になるでしょう。

「楽しいジュエリーセールス」
著者 早川 武俊