Gemmy 139 号 「平成19年宝石学会「ベリリウムを含むインクルージョンを持つブルーサファイアについて」」

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Gemmy 139 号 「平成19年宝石学会「ベリリウムを含むインクルージョンを持つブルーサファイアについて」」

2006年宝石学会(日本)ではベリリウム拡散加熱処理が行われたブルーサファイアについて発表しました(詳細はGEMMY 133号をご覧ください)。ベリリウム拡散加熱処理が行われたブルーサファイアに対してLA-ICP-MS分析を行うと、同元素が検出されるのはもちろんのことですが、そういった処理が行われていない天然ブルーサファイアでも元々ベリリウムを含有しているものがある、とGIAなどの最近の研究で報告されています。
今回は、そういった未処理ブルーサファイアでありながらLA-ICP-MS分析を行うとベリリウムが検出された例を2つ紹介します。

ベリリウムを含むインクルージョンを持つブルーサファイア

写真1-1 観察に用いたブルーサファイア

写真1-1 観察に用いたブルーサファイア

今回、調査に用いたブルーサファイアは、ラウンドミックスカットで重量0.321ct、サイズ4.13-4.17x2.60mmのタイ(カンチャナブリ)産ブルーサファイアです(写真1-1)。
まず、拡大検査にて、このブルーサファイアのガードル付近には 写真1-2 で示したような結晶質と思われるインクルージョンが観察されました。左の写真はガードル側から、右の写真はパビリオン側から撮影したものです。

写真1-2 今回観察したブルーサファイアに含まれたインクルージョン

写真1-2 今回観察したブルーサファイアに含まれたインクルージョン

このインクルージョンが何であるか調べるために、インクルージョン断面が出るように切断を行い、電子顕微鏡(SEM:HITACHI S3000H, EDX:HORIBA )を用いて検査をしました(図1-1図1-2表1-1)。その結果、このインクルージョンは、トリウム(Th)、セリウム(Ce)、ランタン(La)を含む燐酸塩鉱物であるモナザイト(monazite)であることが判明しました。

図1-1 インクルージョンの後方散乱電子像(BEI)と測定箇所

図1-1 インクルージョンの後方散乱電子像
(BEI)と測定箇所

図1-2 SEM-EDXの測定チャートの一例

図1-2 SEM-EDXの測定チャートの一例
 


表1-1 詳細な分析結果(SPOTの番号は図に対応)

  SPOT 1 SPOT 2 SPOT 3 SPOT 4 SPOT 5
元素 質量濃度
13 Al 1.11 0.33 0.66 0.69 0.36
14 Si 0.66 0.55 1.77 1.93 2.16
15 P 13.84 11.55 14.00 11.63 12.12
20 Ca 2.62 2.65 2.35 1.86 2.18
57 La 5.98 4.97 3.46 3.28 3.23
58 Ce 17.15 14.64 15.29 14.35 13.81
59 Pr 2.66 2.30 2.64 2.46 2.62
60 Nd 5.91 5.69 6.19 6.09 6.10
90 Th 26.25 26.61 33.51 33.49 37.41
8 O 29.68 25.28 30.93 27.66 28.87
Total 105.87 94.58 110.79 103.44 108.88
原子数(O=24で規格化)
13 Al 0.53 0.19 0.30 0.36 0.18
14 Si 0.30 0.30 0.78 0.95 1.02
15 P 5.78 5.67 5.61 5.22 5.21
20 Ca 0.85 1.00 0.73 0.64 0.73
57 La 0.56 0.54 0.31 0.33 0.31
58 Ce 1.58 1.59 1.36 1.42 1.31
59 Pr 0.24 0.25 0.23 0.24 0.25
60 Nd 0.53 0.60 0.53 0.59 0.56
90 Th 1.46 1.74 1.79 2.00 2.15
8 O 24.00 24.00 24.00 24.00 24.00

更に、このモナザイト(monazite)インクルージョンに対してLA-ICP-MSによる微量元素の分析を行った結果、ベリリウム(Be)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)が検出されました(図1-3)。

図1-3 LA-ICP-MSによる測定チャート

図1-3 LA-ICP-MSによる測定チャート
(左:ベリリウム(Be)、右上:ニオブ(Nb)、右下:タンタル(Ta))

定量測定には、このモナザイト(monazite)インクルージョンの厚みは薄すぎ、レーザーを照射するとこのインクルージョンを5秒ほどで貫通してしまうこと(照射時間は15秒)、内標準元素であるアルミニウム(Al)の濃度が均一でないという理由から厳密な定量とは言えませんが、4箇所ほど分析した結果、ベリリウムは0.80ppm程度、またニオブ(Nb)、タンタル(Ta)はそれぞれ1.2ppm、0.90ppm程度検出されました。また、このモナザイトインクルージョンの周辺のコランダム層を分析した結果、ベリリウムは検出されず、このモナザイトインクルージョンからのベリリウムの拡散は確認されませんでした。

ベリリウムを微量元素として含むサファイア

写真2-1 ベリリウムが検出されたブルーサファイア原石

写真2-1 ベリリウムが検出された
ブルーサファイア原石

次に、ベリリウムをインクルージョン中に含むのではなく、元々の微量元素としてベリリウムを含有するブルーサファイアについて紹介します。
今回検査したのは重量が0.697ct、サイズが5.30×4.42×3.04mmのマダガスカル産のブルーサファイアで、未処理の原石です(写真2-1)。
このブルーサファイアを紫外可視分光光度計(UV-VIS)、フーリエ変換型赤外分光装置(FT-IR)、エネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDS)で分析した結果、特に異常な特徴は有りませんでした(図2-1表2-1)。また、インクルージョン等にもめだった特徴はなく、一般的なサファイアのように見えました。

図2-1 各計測機器による計測チャート

図2-1 各計測機器による計測チャート
(左:UV-VISによる測定チャート、中:FT-IRによる測定チャート、右:EDSによる測定チャート)

表2-1 EDSによる測定データ

化学式 質量% モル%
Al2O3 99.8669 99.8722
TiO 0.0446 0.0712
Cr2O3 0.0039 0.0026
Fe2O3 0.0847 0.0541
Ga2O3 n.d. n.d.
PbO n.d. n.d.

このブルーサファイアにLA-ICP-MSによる微量元素の分析を数箇所行った結果、ほとんどの箇所でベリリウム(Be)の存在を確認しました。その濃度は検出限界以下程度から最高0.48ppmまでであり、先の報告でモナザイトインクルージョンに検出されたニオブ(Nb)とタンタル(Ta)は全く検出されませんでした(図2-2)。

図2-2 LA-ICP-MS分析

図2-2 LA-ICP-MS分析
(左:レーザーで穴を開けた痕、右:ベリリウムが検出されているチャート)

以上の調査結果から、天然で未処理のコランダム原石にもベリリウムが存在し、ベリリウム拡散加熱処理が行われたサファイアと同様にベリリウムが検出されることがあることがわかりました。

結論

今回の研究結果より、ベリリウム(Be)拡散加熱処理が行われていないサファイアでも、LA-ICP-MS等による微量元素分析を行った際、ベリリウムが検出されるものがあり、GIAが発表しているとおり自然界でベリリウムを取り込んだサファイアが存在することを確認しました。更に、このベリリウムが検出されるサファイアには、インクルージョンにベリリウムを含む場合と元々ベリリウムを微量元素として格子中に含む場合、の2パターンが存在することもわかりました。LA-ICP-MS等の微量元素を測定する手法は、点分析(狙った微小な1点を分析する方法)に過ぎないため、「できるだけ複数の箇所を測定する」「インクルージョン及びインクルージョン付近は避ける」、「定量精度を上げる」、「天然でベリリウムがどこまで含まれるかの詳細なサンプリングを進める」等が必要であると思われます。
今回の実験では、京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻地質学鉱物学教室鉱物学研究室の北村雅夫教授、下林典正助教授、三宅亮助教授の協力により、走査型電子顕微鏡「S-3000H(HITACHI)」とエネルギー分散型X線検出装置「EMAX-7000(HORIBA)」を使用、および研究上重要な助言をいただきました。 また、実験装置使用に関しては、同研究室の大井修吾氏に手伝っていただきました。また、サンプル石の研磨には同技術職員の堤久雄氏に協力していただきました。ご協力下さいました皆様に感謝申し上げます。