オーストラリアのサファイア

2026年3月PDFNo.72

リサーチ室 北脇裕士

はじめに

オーストラリアでは1850 年頃のゴールドラッシュでサファイアが発見されて以降、主に大陸東部のアルカリ玄武岩の噴出地域に500 箇所以上の産出地が発見されて来ました。これらのうち商業的に重要な産地は3か所で、北から南へクイーンズランド(QLD)州北部のラバープレインズ(Lava plains)、クイーンズランド(QLD)州中部のルビーベイル(Ruby vale)/アナキー(Anakie)地域、そしてニューサウスウェールズ(NSW)州北部のインベレル(Inverell)/グレンイネス(Glen Innes)地域です(図-1)。

図‐1:オーストラリアの代表的なサファイア鉱区と玄武岩の噴出地(褐色部)

オーストラリアは1970 年代~ 1980 代の最盛期には全世界のサファイアの生産量の70%近くを産出していたと言われています。しかし、当時はタイのディーラーによって品質の良いものはスリランカ産やタイ/カンボジア産として販売され、色やクラリティの悪いものがオーストラリア産として供給されていました。そのためオーストラリア産には低品質というイメージが付きまといましたが、近年はオーストラリアのディーラーが自国のサファイアをプロモートし(写真-1)、世界のジュエリー・マーケットに供給しています(写真-2)(写真-3)。

本稿では、2025年7月に筆者が訪れた現在最も採掘が盛んなアナキー地域の情報を含めて、オーストラリアのサファイアの現状について報告します。

写真-1:オーストラリアのサファイア販売に50年以上の経験を持つTerry Coldham氏(左)と妻のSangla Stedman氏(右)

 

写真-2:オーストラリアの国花に因んだワトル・サファイア(イエロー主体のパーティカラー)

 

写真-3:オーストラリア産の典型的な濃色のブルー・サファイア4.22ct(非加熱/アナキー産)

オーストラリアのサファイアの歴史

1.発見と初期の歴史(1850年代〜1900年代初頭)

* 偶然の発見

オーストラリアでサファイアが初めて発見されたのは、1851年のことです。ニューサウスウェールズ州のゴールドラッシュの際、カッジガング(Cudgegong)川やマッコーリー(Macquarie)川で金を探していた坑夫たちが、偶然サファイアを見つけたのが始まりです。
* 主要産地の発見

1854年にニューサウスウェールズ州のインベレル付近で金の採掘者たちによってサファイアが発見されました。しかし、金鉱夫たちにとってサファイアは興味の対象ではなく、商業採掘がはじまったのは半世紀も経った1919年でした。

1875年にはクイーンズランド州のルビーベイル/アナキー周辺で大規模な鉱床が見つかりました。アーチボルド・ジョン・リチャードソン(Archibald John Richardson)は鉄道敷設の測量中に偶然サファイアを発見し、パートナーたちとともに宝石を採掘する会社を設立して1880年に商業採掘を開始しました。1881年~1890年頃は、干ばつなどの悪条件や需要の低迷によりサファイアの採掘は伸び悩んでいましたが、1889年にイギリスのロンドンでオーストラリア産の宝石が展示されたことで認知度が高まりました。

* ロシア貴族との関わり

19世紀末から20世紀初頭にかけて、認知度の上がったオーストラリア産サファイアの多くはドイツの宝石商を通じてヨーロッパへ渡りました。また、当時のロシア貴族やロシア皇室の宝飾品に、オーストラリア産の深い青色のサファイアが多く使われています。これは、クイーンズランド州の宝石鉱山で働く採掘者の多くが元々ロシア出身だったことも影響しているようです。

2.停滞期(1910年代〜1950年代)

* 市場の崩壊

順調だったサファイア産業は、世界情勢の影響で一時衰退します。第一次世界大戦の勃発(1914年)とロシア革命(1917年)により、主要な顧客であったヨーロッパ市場とのつながりが絶たれ、需要が激減しました。
* ドア・ストッパーの伝説

1930年代、当時12歳の少年がクイーンズランド州で巨大な黒い石を見つけましたが、価値がわからず10年以上もの間、このサファイアを家の「ドア・ストッパー」として使われていました。これが後に世界最大級のスター・サファイア(733カラット)である「ブラック・スター・オブ・クイーンズランド」と判明しました。

3.黄金時代と機械化(1960年代〜1980年代)

* 機械化の導入

1960年代に入ると、技術革新によってオーストラリアは世界最大のサファイア生産国へと躍進します。それまでの手掘りから、ブルドーザーや大規模な選別機を使った機械化採掘へと移行し、生産量が劇的に増加しました。この頃、クイーンズランド州北部のラバープレインズも鉱山が開発され、活発に採掘が行われていたようです。
* タイとの関係

タイの業者が加熱処理技術を向上させたことで、それまで「色が濃すぎる」と敬遠されていたオーストラリア産の石が、美しいブルーに改善され、世界市場で広く流通するようになりました。1970年代になるとタイのバイヤーがオーストラリアを訪れ、品質の低いブルー・サファイアを大量に購入し、市場を独占していました。
* 世界シェア70%

1980年代には、世界のブルー・サファイアの約7割がオーストラリア産(主にニューサウスウェールズ州とクイーンズランド州)であったと言われています。しかし、1980年代以降は、タイのカンチャナブリー(Kanchanaburi)やチャンタブリー(Chanthaburi)のサファイアの産出量が増加したため、オーストラリア産のサファイアの需要は低下していきます。

4. 現代(1990年代〜現在)

* 他産地の台頭

現在は、かつてのような圧倒的なシェアはないものの、オーストラリア産のサファイアは根強い人気を誇っています。しかし、マダガスカルやアフリカ諸国(ナイジェリア、カメルーン、エチオピアなど)での新鉱山の発見、またオーストラリア国内の採掘コストの上昇により、商業的なシェアは低下しました。
* 大規模採掘への期待

後述するFURA Gemsの参入により、アナキー地域でサファイアが大規模に開発されています。鉱山から市場までの責任ある追跡可能なルートを確保することに重点が置かれており、オーストラリア産サファイアが再び脚光を浴びる可能性があります。

* フォシッキング(観光採掘)

現在、多くの古い鉱山地域(ラバープレインズやインベレルなど)は観光地化されており、一般の人が趣味でサファイア掘りを楽しむ「フォシッキング(fossicking)」(写真-4)が人気のアクティビティとなっています。

写真-4:インベレルでのフォシッキング(観光採掘)の様子(インベレル観光案内より)

オーストラリア産サファイアの特徴

1.地質

オーストラリア産サファイアの鉱床は、ほとんどすべてが6500万年前―50万年前の新生代に活動したアルカリ玄武岩の大規模な噴火と密接に関連しています。このタイプの鉱床は世界中の多くの地域で発見されており、タイ/カンボジア、ベトナム、中国、ナイジェリア、カメルーン、エチオピアなどに見られます。

実際、ラバープレインズの鉱床の中で最も新しいものは、わずか2万年から300万年前の玄武岩に関連していますが、アナキー鉱床の玄武岩は1500万年前から8100万年前のものです。最近の研究によると、インベレル/グレンイネス地域のサファイアに包有されているジルコン結晶のU-Pb平均年代が3500-3700万年とされており、サファイアもこの時期に生成したものと考えられています。

これらのサファイアの起源については依然として多くの謎が残されていますが、多くの研究者により、サファイアは玄武岩中の捕獲結晶(ゼノクリスト)であり、玄武岩マグマから直接結晶化したものではないと考えています。サファイア自体は、閃長岩などのアルカリに富むマグマの貫入によって、地殻とマントルの境界付近で形成された火成岩起源であり、玄武岩は、これらを地表まで運搬する役割を果たしたとされています。

2.サファイアの色調

*ブルー・サファイア

オーストラリア産のサファイアは、玄武岩関連起源で鉄分を多く含むため、一般的に「インクのような深い青」が特徴です(写真-5)。オーストラリアで商業的に産出するサファイアの70-90%は濃青色のサファイアです。その他にブルーグリーン、グリーン、イエローなどが見られます(写真-6)。

写真-5:インクのような深い青色のサファイア(非加熱/アナキー産)

 

写真-6:オーストラリア/アナキー産サファイア原石

*パーティカラー・サファイア

近年では、単色のブルー・サファイア(写真-7)だけでなく、グリーンやイエローの色調と複合的に混ざり合ったパーティカラー(写真-8)が見られます。パーティカラーはその唯一無二の美しさから世界中のデザイナーや若者に再評価されています。特にイエローを主体としたパーティカラーはオーストラリアの国花であるゴールデンワトル(Golden Wattle)(写真-9)に因んでワトル・サファイア(Wattle Sapphire)と呼ばれ(写真-2)(写真-10)、オーストラリアの国民的な宝石となっています。

写真-7:ブルー・サファイア原石/アナキー産

 

写真-8:パーティカラー・サファイア原石/アナキー産

 

写真-9:オーストラリアの国花でもあるゴールデンワトル(Wikipediaより)

 

写真-10:現地でワトル・サファイアと呼ばれるイエロー主体のパーティカラー・サファイア

*ティール・サファイア

一般にサファイアと言えば青色が連想されるため、かつて緑味の強いブルー・サファイアは人気がありませんでした。しかし、近年はブルー~グリーンのサファイアはコガモ(Eurasian teal)の頭部の色(写真-11)になぞってティール・サファイア(写真-12)(写真-13)としてプロモートされており、世界的なトレンドとなっています。

写真-11:コガモ(Eurasian teal)(Wikipediaより)

 

写真-12:グリーンブルーのティール・サファイアの原石

 

写真-13:ブルーグリーンのティール・サファイアの原石

3.加熱処理

オーストラリア産サファイアは歴史的にもほとんどのものがタイに送られ、「色調の改善」や「透明度の向上」のために加熱処理が施されています。オーストラリア産のブルー・サファイアは色調が濃いだけでなく、多くは曇った外観の原因となるクラウド状の微小包有物を多数内包しています。サファイアは一軸性の結晶で、結晶に入った光は複屈折を示します。その際、通常光(ω)はブルー、異常光(ε)はグリーンイシュブルーの多色性を示します。そのためブルー・サファイアは、理想的には美しいブルーが得られるように光軸に垂直にテーブル面が取られます。しかし、微小包有物が光を散乱させると、どの方向にオリエンテーションを取っても、ブルーにグリーンが混じった好ましくない色調になってしまいます。そのため、ほとんどのオーストラリア産のブルー・サファイアは透明度を向上させるために還元雰囲気で加熱されます。グリーン、イエロー、パーティカラーなどは非加熱のものもありますが、しばしば色調の改善のために酸化雰囲気で加熱されたり、透明度の改善のために還元雰囲気で加熱されたりしています。また、グリーンやブルーが混じったような不均一なイエローの石は、テリのある均一なイエローにするためにBeを用いた拡散加熱処理が施されることがあります。

ルビーベイル/アナキー地域

1.位置と交通

クイーンズランド州中部のサファイア鉱区であるルビーベイル/アナキー地域はシドニーから北北西に直線距離で1200km、ブリスベンから北西に直線距離で700kmに位置しています。この地域はセントラル・ハイランド地方の農村地域ですが、サファイアが発見されたことに因り、ジェムフィールズと呼ばれるようになりました。ジェムフィールズ地域内にはルビーベイル、アナキー、サファイアの3つの町がありましたが、2020年にクイーンズランド州政府により区画整理が行われ、ルビーベイル、アナキー・サイディング、サファイア・セントラルの3つの地域に置き換えられました。

交通手段として、アナキー・サイディングから東方40kmのエメラルドという町まではブリスベンから国内線による空路が複数便/日あります。エメラルドは人口15000人ほどの町ですが、ホテル、レストラン、スーパーマーケットがあり、ジェムフィールズ滞在の拠点となります。エメラルドからは車で路線番号A4のカプリコン・ハイウェイを利用して(写真-14)、40分ほどでサファイア鉱区のあるアナキーの町に到着します(写真-15)。ハイウェイは舗装されており、快適な道のりですが、鉱山が近くなると未舗装の道が続きます(写真-16)。道中は、オーストラリアだけあってカンガルーや野生動物に注意の標識が出ています(写真-17)。カンガルーは夜行性で、突然ジャンプして道路を横切るため、夜間の走行は危険が伴います。実際、所々に衝突の痕跡(遺骸)が残されています。カンガルーとの衝突は車への被害も大きくなるため、地方を走行する車のほとんどにはカンガルー・バーと呼ばれる車体を保護する装備が付けられています(写真-18)。

写真-14:カプリコーンハイウェイ(A4)の案内標識

 

写真-15:アナキーの町にサファイアの採掘をあしらった看板

(左奥には野生のカンガルーが三匹)

写真-16: アナキー地域の鉱山近くは未舗装道路

 

写真-17: 野生動物に注意の標識

 

写真-18:カンガルー・バーと呼ばれる車体の保護装備が装着された車

* 町の名称

この地域にはサファイア・セントラル、ルビーベイル、エメラルドなど宝石に因んだ町の名称が多く見られます。サファイア・セントラルはその名前の通り、実際にサファイアが採掘される場所に因んでいます。しかし、エメラルドは宝石のエメラルドが産出されたわけではなく、実際はグリーンサファイアを当初はエメラルドと考えて町の名前となったようです。同様にルビーベイルでもルビーが産出されたわけではなく、ガーネットやジルコンなどの赤色石をルビーと誤認して町の名前となったようです。

2.採掘の現状

オーストラリア産サファイアの鉱床は、アルカリ玄武岩の大規模な噴火と密接に関連しています。サファイアは、玄武岩溶岩の中に直接見つかるのではなく、火山砕屑岩中やそれらが風化・浸食され、現在の河川沿いあるいは過去の河川跡に二次的に堆積した沖積砂礫層中に存在しています。サファイアを含む二次鉱床は地元では「Wash: ウォッシュ」と呼ばれ、通常、1~3mの表土の下に存在しています。含サファイア堆積物の厚さは場所によって大きく異なります。現在でも小規模な機械化採掘者と手工具による採掘者が生産を行っていますが、2021年以降、FURA Gemsにより大規模な露天掘りによる採掘が行われています(写真-19)。

写真-19:FURA Gemsの横断幕(事務所前)

* FURA Gems

FURA Gemsは、エメラルド、ルビー、サファイアなどのカラーストーンを生産する世界的な鉱山会社です。2017年に設立され、アラブ首長国連邦のドバイに本社があります。

同社によると、2018年にコロンビアのコスケス・エメラルド鉱山、2019年にモザンビークのモンテプエズのルビー採掘権を取得しており、2021年には約600万カラットのモザンビーク産ルビーと約30万カラットのコロンビア産エメラルドを管理しています。そして、2020年にはオーストラリアのクイーンズランドにあるグレートノーザン鉱山とカプリコーンサファイア鉱山の所有権を得て活発に操業されています(写真-20)。年間600万カラットが生産されており、現在オーストラリアで産出されているサファイアの約80%を占めているとしています。さらに近年は、マダガスカルのイラカカのサファイア鉱山も手掛けているとのことです。

* 探査と採掘

FURA Gemsによるサファイア鉱床の探鉱には最新の技術も使われています。重力異常の観測や航空磁気探査による広域的な地質構造の解明、衛星画像を用いて赤色酸化鉄の痕跡(風化した玄武岩は鉄分が多く赤っぽい土となる)の確認などが行われます。そして現地踏査を行い、地形や堆積環境の調査によりある程度の候補地を選定します(写真-21)。候補地ではグリッドごとに深さ30mほどのボーリング調査が行われ、サファイアを含む層の有無や層厚が調べられます(写真-22)。候補地が絞られると重機を用いた露天掘りによる試掘が行われ(写真-23)、経済的に採掘可能かが見積もられます。この地域は乾燥地帯のため、選鉱に必要な水を確保するために年に2回ほどある大雨の時期に試掘跡に水を貯めています(写真-24)。

写真-20:FURA Gems DirectorのSuminda Galketiya氏(左)と現場責任者のJacques Beytell氏(右)

 

写真-21:鉱山敷地内の草原にエミューの群れ

 

写真-22:ボーリングによる含サファイア層の調査

 

写真-23:露天掘りによる新たな鉱脈の試掘

 

写真-24:選鉱に必要な水の確保は重要

FURA Gemsはこの地域に現在2つの巨大なプラントを稼働させています(写真-25)(写真-26)。採掘された土砂は大型のショベルカーで運ばれ(写真-27)、大型鉱石洗浄機に掛けられます(写真-28)。ここでは水とともに回転ドラムで粘土や不要物が除去され、振動スクリーンを通して重鉱物が分別されていきます(写真-29)。この段階ではサファイアの他にスピネル、ジルコン、イルメナイト、マグネタイト、オリビン、パイロキシン、アンフィボールなどの鉱物も残ります。その後は磁気選別(写真-30)により、イルメナイトやマグネタイトなどの磁力のある鉱物を取り除き、目視選別(写真-31)を経てサファイアが分離されます。分別されたサファイアは二次鉱床のためやや丸みを帯びた形状を示します(写真-32)。鉱山責任者のSuminda Galketiya氏によると、大型トラック一杯あたり10トンの土砂を一日に1200トン処理して最終的に多い日で8-10kgのサファイアが得られるそうです(写真-33)。採取されたサファイアはサイズや色ごとに分別されます(写真-34)。多くのものは濃色で黒っぽく見えますが、透過光では美しいブルーです(写真-35)。グリーンやイエローの他に稀にオレンジ色やピンク色も見つかります(写真-36)。その後、多くのものはタイに送られ加熱処理が施されます。

写真-25:大型重機が並ぶFURA Gemsの巨大なプラントA

 

写真-26:ショベルカーによる掘削中のFURA Gemsの巨大なプラントB

 

写真-27:巨大なショベルカーによる土砂の運搬

 

写真-28:大型鉱石洗浄機による鉱石の洗浄と分別

 

写真-29:振動スクリーンを経て回収された重鉱物

 

写真-30:磁力を用いた選別

 

写真-31:目視によるサファイアの選別

 

写真-32:分別されたやや丸みのあるサファイア原石

 

写真-33:回収されたサファイア原石(右下のオレンジ色の結晶はジルコン)

 

写真-34:色やサイズによる原石の選別

 

写真-35:多くのものは黒っぽく見えるが透過光は美しいブルー

 

写真-36:稀に見つかるピンク色の結晶

インベレル/グレンイネス地域

1.位置と交通

インベレルはニューサウスウェールズ州北部に位置する地方都市で、地域全体でサファイアが発見されたため「サファイア・シティ(The Sapphire City)」として知られています。ブリスベンからは南西に直線距離で320km、シドニーからは北へ直線距離で460kmに位置しています。1848年に牧畜地として開かれ、インベレルの名称はゲール語の「白鳥の集う場所」に由来しています。

ルビーベイル/アナキー地域からは路線番号A7、A55のカーナーヴォン・ハイウェイとB76のグイディル・ハイウェイなどを利用して970kmの道のりです(写真-37)。夜間の走行は野生動物(カンガルー)との接触が危険なので、日が昇ってから出発します。地方の道はほぼ渋滞が無いので1時間あたり100㎞の走行が計算できます。途中休憩を入れても日が沈むまでにインベレルに到着可能です。

写真-37:グイディル・ハイウェイ(B76)の案内標識

2.採掘の現状

インベレル/グレンイネス地域は1970年代には100を超えるサファイアの採掘事業が行われており、オーストラリアのサファイア生産量の大部分を占めていました。その後、需要の弱まりと以前は豊富であった沖積鉱床の枯渇により、1980年代にはその数は大幅に減少し、近年、この地域で商業的に活動している鉱山はごくわずかとなりました。機械採掘を行っている代表的な企業としてWilsons Gems &Investmentsが知られており、2015年のGIA Field reportにおいて試掘の様子が紹介されていますが、残念ながら現在は操業を停止されているようです。1970年代に活躍されていた採掘業者は高齢化や資金不足などにより、今では多くが廃業されています。

現在、インベレル/グレンイネス地域のサファイア産業は、フォシッキングと呼ばれる観光採掘が主流で、地域経済の重要な収入源となっています(写真-4)。フォシッキングのやり方は施設によって異なるようですが、実際に採掘跡で観光客が手作業で砂礫を掘る場合とウォッシュと呼ばれるサファイアを含む砂礫層の砂利を購入してサファイアを探す場合があります。いずれにしても砂利を水洗して比重の大きい鉱物をより分けます。これらにはブルー・サファイアの他にパーティカラー・サファイア、ジルコン、ガーネットなどが含まれています。代表的な近隣のフォシッキング施設にBillabong Blue Sapphire Fossicking Park(写真-38)とInverell Sapphire Fossicking Parkなどがあります。

写真-38:Billabong Blue Sapphire Fossicking Parkの案内

* インベレル観光案内所

インベレルの中心地、キャンベル通り沿いの中央ビジネス地区近くにインベレル観光案内所(visitor information center)があります(写真-39)。ここでは地元や地域の地図やパンフレットに加え、宝石や鉱物のコレクションも展示されています(写真-40)。特に「サファイア・シティ」と呼ばれるだけあって(写真-41)、インベレル/グレンイネス地域のサファイア採掘の歴史に関する資料(写真-42)(写真-43)や標本石(写真-44)(写真-45)が多数展示されており、この地域のサファイアに関する知識を得ることができます。また、この地域で採掘されたサファイアのルース(写真-46)やアクセサリーも販売されています。その他、レストランや無料の給水施設、大型車の駐車施設もあり、インベレル訪問の際に最初に立ち寄りたい場所です。

写真-39:インベレル観光案内所

 

写真-40:観光案内所には地図やパンフレットの他、サファイアに関する展示品も充実

 

写真-41:The Sapphire Cityと呼ばれるインベレルの案内板

 

写真-42:インベレル/グレンイネス地域のサファイア採掘の歴史に関する資料の展示

 

写真-43:1920年当時の鉱山の様子を撮影した展示写真

 

写真-44:展示されているインベレル/グレンイネス地域で採取されたサファイア

 

写真-45:インベレル/グレンイネス地域で採取されたサファイア原石(濃青色のものが多い)

 

写真-46:販売されているサファイアのカット石

まとめ

オーストラリアはアルカリ玄武岩関連の火山砕屑岩およびそれらの二次堆積物中からサファイアが産出されています。19世紀の半ば頃のゴールドラッシュの際に発見され、19世紀後半から採掘が開始されます。20世紀前半の停滞期を経て1970年代に機械化により生産量が急増します。1970年代~1980年代はタイでの加熱処理を経て日本国内にも大量に輸入されています。当時、良質なものはタイ/カンボジア産、スリランカ産として、品質の悪いものはオーストラリア産として販売されたため、オーストラリア産のサファイアは低品質のイメージがありました。

ニューサウスウェールズ州のインベレル/グレンイネス地域は、かつてオーストラリア最大のサファイア産地でしたが、現在は商業的な採掘はほとんど行われておらず、フォシッキングと呼ばれる観光採掘が主流となっています。クイーンズランド州のルビーベイル/アナキー地域は現在、FURA Gemsが大規模な開発を行っており、大量のブルー・サファイアの他、パーティカラー・サファイアやブルー~グリーンのサファイア(ティール・サファイアと呼ばれる)を産出しています。近年は自国のディーラーによってオーストラリア産のサファイアがプロモートされ、個性的な色を求める世界の宝石市場で再評価されています。

主な参考文献

Coldham T. (1985) Sapphires from Australia. G&G, Vol. 21, No.3, pp.130-146

Facer R., and Stewart R. (1995) Sapphires in New south Wales. Department of Mineral Resources, Sydney

Sutherland F. L., and Abduriyim A. (2009) Geographic typing of gem corundum: a test case from Australia. JoG, Vol.31, No.5-8, pp.203-210

阿依アヒマディ., Sutherland F. L., and Coldham T. (2010) オーストラリア産サファイアとルビーの過去、現在および未来①. Gemmology, Vol.41, No.488-489, pp5-10

阿依アヒマディ., Sutherland F. L., and Coldham T. (2011) オーストラリア産サファイアとルビーの過去、現在および未来②. Gemmology, Vol.41, No.490, pp21-25

Hsu T., Lucas A., and Pardieu V. (2015) Seeking the Legacy of Australian Sapphire. GIA Field report

Sudarat S., Wim V., and Arron P. (2021) Sapphires from Anakie, Australia: a closer look at blue, yellow, green and bicolor sapphires. GIA News from research.

北脇裕士., 江森健太郎., 岡野誠. (2021) サファイアの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について. CGL通信, No.58, pp1-25

IGC参加報告

2026年3月PDFNo.72

リサーチ室 江森健太郎

去る2025年10月20日~10月24日、ギリシャのアテネにて第38回国際宝石学会(International Gemmological Conference, IGC)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者が出席し、本会議において口頭発表を行いました。以下に概要を報告致します。

 

ギリシャのシンボル、アクロポリスのパルテノン神殿(左)、リカヴィトスの丘より見たアテネ市(右)

国際宝石学会(IGC)とは

国際宝石学会(以下IGC)は国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されます。この会議は1952年ドイツで第1回会議が開催されてから、今年で38回目の開催となります(Covid19の影響によるオンライン開催を含めると39回)。

IGCはクローズド・メンバー制が守られている点が他の一般的な学会とは異なります。メンバーは、デレゲート(Delegate)とオブザーバー(Observer)で構成されています。オブザーバーとは、宝石学分野で論文等を発表している国際的なジェモロジストにのみ与えられる資格で、デレゲートの推薦もしくはエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)の過半数の投票によりIGC会議に招待されます。デレゲートは、オブザーバーとして3回以上IGCで優れた発表をしたとエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)に推薦されたものが毎回のIGCビジネスミーティングにて昇格します。こういったクローズド・メンバーのおかげで、IGCは非常にアットホームな雰囲気であり、技術・知識交流が活発であり、また発表のレベルが担保された学会であると言えるでしょう。毎回の本会議においては、時々の先端的なトピックス(ひすいの樹脂含浸、コランダムのBe処理、ハイブリッドダイヤモンドなど)、産地情報、分析技術などが報告されます。

今回の第38回IGCではメンバー(デレゲート)とオブザーバー、そしてゲストを合わせて約80名が会議に出席しました。日本からはデレゲートとして参加した筆者以外に、エグゼクティブコミッティのAhmadjan Abdriyim氏とデレゲートの古屋正貴氏、オブザーバーとして大久保洋子氏が会議に出席しました。

IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(http://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)

開催地、アテネについて

アテネはギリシャ南部アッティカ地方に位置し、約3,000年の歴史を誇る世界最古級の都市です。古代ギリシャ時代には哲学・芸術・民主主義の中心地として栄え、現在もその面影を残すパルテノン神殿やアクロポリス遺跡が街を象徴しています。人口は約300万人で、政治・経済の中枢としても機能しています。石畳の街並みが美しいプラカ地区では、伝統料理を味わいながら歴史の息吹を感じることができます。

2010年にはギリシャ政府が巨額の債務返済に行き詰まり、EUとIMFからの金融支援を受ける事態に陥りました。この一連の流れが「ギリシャ危機」と呼ばれ、ユーロ圏全体に波及する深刻な経済不安を引き起こしました。このことによりギリシャの治安は大幅に低下したと言われていますが、この影響はプラカ地区を含むメジャーな観光地域ではあまり感じることはありません。

交通手段ですが、日本からギリシャ、アテネ国際空港への直行便はありません。筆者は、イスタンブール国際空港を経由してアテネ国際空港まで向かいました。日本からイスタンブールは約12時間、イスタンブールからアテネへ1時間半ほどのフライトです。アテネ国際空港から、中心部へは、地下鉄で40分ほどです。

考古学博物館に展示されているアテナ像

 

パルテノン神殿

 

第1回近代オリンピックの会場

第38回国際会議

今回のIGCは、過去のIGC同様Pre-Conference Tour(会議前の巡検、10/17(金)~10/19(日))、本会議(10/20(月)~10/24(金))、Post-Conference Tour(会議後の巡検、10/24(金)~10/27(月))の3本立てで行われました。本会議前後のPre-またはPost-Conference Tourでは、開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地・博物館等を訪れます。筆者は、今回は本会議にのみ参加し、1件の口頭発表を行いました。

開会式とオープンセッション

本会議は、アテネ商工会議所(Athens Chamber of Commerce and Industry, ACCI)で10/20(月)開催されました。初日20日(月)、9時半より開会式が行われ、IGC2025のオルガナイザーを務めるギリシャ、テッサロニキ大学のStefanos Karampelas教授が開会宣言を行い、スポンサー紹介を行います。引き続き、エグゼクティブコミッティを代表してDr. Jayshree Panjikar氏がIGCの歴史についてのプレゼンテーションを行いました。その後、20日(月)午前中はオープンセッションと称して「宝石学とギリシャ」というタイトルでギリシャの研究者または学生による5件の発表が行われました。

開会式

 

本会議の様子

本会議

本会議は20日(月)午後より開催され、24日(金)の閉会式まで、一般講演計44件(うちコランダム11件、ダイヤモンド6件、ひすい3件、こはく3件、エメラルド2件、スピネル2件、ジャスパー1件、ガーネット1件、ゾイサイト1件、ユークレース1件、クォーツ1件、蛍石1件、トルマリン1件、真珠1件、ハールバット石1件、ラリマー1件、歴史と博物学4件、着色原因全般1件、変成岩関連宝石全般1件、文献検索1件)が行われました。今回は、本来予定されていた4件の発表者がビザ申請の問題で参加することができませんでした。また、今回の本会議では、例年行われているポスターセッションは行われず、すべて口頭発表で行われました。

弊社リサーチ室からは筆者がダイヤモンドのセッションで「Identification of melee size synthetic coloured diamond for jewellery (宝飾用に用いられるメレサイズ合成カラーダイヤモンドの鑑別)」というタイトルで発表を行いました。本稿の最後に今回のIGCで興味深かった発表を紹介します。

ショートトリップ

22日(水)は、一般講演は行われず、全参加者でショートトリップに向かいました。行先は4つ、(1) ソリコス劇場(Theatre of Thorikos)、(2)ラヴリオン鉱物博物館(Mineralogical Museum of Lavrion)、(3) ラヴレオティキ・ユネスコ世界ジオパーク(Lavreotiki UNESCO Global Geopark)、(4)スニオン岬(Cape Snion)です。

(1) ソリコス劇場

ソリコス劇場は、現存する世界最古の石造劇場で、紀元前6世紀末に建設されたギリシャ・アッティカ地方ヴェラトゥリ丘にある歴史的遺跡で、楕円形の構造、長方形の舞台を有していました。現在は21列の石造ベンチがそのまま残されています。この地域は、鉱業とともに栄え、ラヴリオン鉱山(鉛、銀を産出)の管理拠点だったそうです。

ソリコス劇場のベンチに座って説明を聞く参加者達

(2)ラヴリオン鉱物博物館

ラヴリオン鉱物博物館は、ギリシャ・ラヴリオン地域の鉱業と鉱物の豊かさを伝える博物館で1986年に設立されました。1875年に建造された鉱石洗浄施設の一部を改装しており、19世紀末の産業建築物になります。鉱物標本はこのラヴリオン地域のサンプルを中心に約600点が展示されており、総コレクションは約1400点、代表的な鉱物として、60-70cmもある巨大なアラゴナイトの結晶標本が展示されています。その他、鉱山道具や鉛インゴット、スラグ(鉱滓)といった鉱業の工程を示す資料も豊富です。

ラヴリオン鉱物博物館

 

博物館内部で熱心に標本を観る参加者達

 

博物館で一番有名(だと言われている)アラゴナイト標本

 

1800年代に使用された鉱山道具の数々

(3)ラヴレオティキ・ユネスコ世界ジオパーク

ラヴレオティキ・ユネスコ世界ジオパークは、ギリシャ・アッティカ地方に位置する地質・鉱業・文化の宝庫で、6000年にわたる鉱山史を持つユネスコ認定のジオパークで、厳密には上述したソリコス劇場、最後に紹介するスニオン岬もラヴレオティキ・ユネスコ世界ジオパークに該当します。この一帯は、混合硫化鉱床(銀・鉛・亜鉛など)で世界的に有名で、古代アテネの繁栄を支えた銀鉱山として重要な役割を果たしました。

我々が訪問したのは、鉱山中心部の坑道跡です。19世紀から20世紀にかけての採掘活動中に屋根を支えていた複数の地下採掘施設と柱そして古代の採掘作業の痕跡が今も残っています。背の高い小さな坑道や岩石の独特な形状からもそれが見て取れます。ここでは、アンナバージャイト(ニッケルとヒ素の鉱物でニッケル華とも呼ばれる)をはじめとして、エリスライト(これはコバルトとヒ素の鉱物でコバルト華とも呼ばれる)、スファレライト、ガレナ、セルピエライトが有名で、他にも73種類もの鉱物が採掘されることから世界的によく知られています。この近くにはこの地域で唯一の地下大理石採石場があり、この採石場は20世紀初頭に開設され、1980年代末まで操業していました。

坑道入口で集まる参加者達

 

坑道内部(中には照明等はありませんでした)

(4) スニオン岬

最後に我々が訪れたのは、ギリシャ・アッティカ半島最南端に位置し、エーゲ海を望むスニオン岬です。この岬は、ギリシャ神話において、アテーナイ王アイゲウスが息子テセウスの死を誤解し、身を投げた場所として知られています。エーゲ海の絶景と夕陽、アテネから日帰り可能な観光地として栄えています。そのスニオン岬に建てられているのが、ポセイドン神殿で、紀元前444年頃ペルシャ戦争後に再建されたとされています。元は高さ6 m超えの柱が34本あったそうですが、現在は17本しか残存していません。

スニオン岬

 

ポセイドン神殿

閉会式

最後に、本会議の最終日24日(金)の閉会式にて、次回の第39回IGCの開催地はブラジルであることが正式に発表されました。IGCは世界的に著名なジェモロジストが参加し、交流を深めることができます。この交流によって各国の状況や生の声を聞くことができます。また、今回はPostおよびPre Conference Tourには参加しませんでしたが、カンファレンス前後のツアーは宝石を研究する上で必要な原産地視察を行うことができ、貴重な体験となります。中央宝石研究所はこれからもこのような国際会議に積極的に参加し、情報を仕入れるよう努めていく予定です。◆

エグゼクティブコミッティとIGC Greece実行委員会の皆様

 

IGCフラッグは次回の開催地ブラジルに手渡された

 

IGC2025参加者の皆様

Fe-Ti charge transfers: A comprehensive review and its applications to minerals and gems (Fe-Ti電荷移動:包括的なレビューと鉱物および宝石への応用)

フランス、ナント大学のEmmanuel Fritsh教授がFe-Ti電荷移動(Charge Transfer)についての話をしました。Fe-Ti電荷移動は多くの天然鉱物や人工材料の色起源の説明に用いられてきましたが、包括的なレビューはありません。本発表ではFe2+/Fe3+とTi4+(Ti3+は自然界では稀)間の電荷移動が鉱物の色に与える影響を整理しました。Fe-Ti電荷移動は八面体サイト間(特に辺共有、面共有)で起こることが多く、100 ppm以下の微量な量でも色に影響を与えます。また、電荷移動に伴う吸収帯は広く、そして強く、温度上昇により強度が減少し、非等方性鉱物においては強い多色性を示します。吸収帯の位置(エネルギー)はFe-Ti間の原子間距離と相関しており、これは色の起源を特定する有力な手掛かりであるとしました。この結果、ブルー・サファイアには4種類のFe-Ti電荷移動バンドが存在し色の多様性を説明、デュモルチェライトにおいてはピンク、青の両方の色がFe-Ti電荷移動による可能性であること、ブラウンのベリルはAl-Si距離から推定される電荷移動吸収が可視領域の始まりに位置し、強い多色性を説明可能だとしました。また、ベニトアイトのブルーはFe-Ti電荷移動だとされてきましたが、吸収帯の位置や多色性の方向から電荷移動によるブルーであるかどうかは疑問が残る、としました。

A Convincing glass imitation of larimar (pectolite)(ラリマー(ペクトライト)のガラス模造品)

インド、ジャイプールのIIGJ LaboratoryのGagan Chouldhary氏はラリマー(ペクトライト)のガラス模造品について発表を行いました。ラリマーはドミニカ共和国産のブルーのペクトライトで白い網目状模様と波のような模様が特徴です。最近人気が向上しており、模造品が市場に出回っています。本研究では過去1年半にわたり、Gagan氏のラボに持ち込まれた模造品の特徴を記録・分析したものです。模造品はグリーニッシュブルーからブルーグリーンの色をしており、白い網目状模様をしています。カボションの形状をしたものは中心部が濃く、放射状の繊維状構造とシャトヤンシーを示します。断面は中心から放射状に広がる繊維構造を有し、表面には透明なガラス層と葡萄状の模様が見られます。模造品には繊維状の結晶インクルージョンが放射状に成長しており、ラマン分光の結果、ウォラストナイト(CaSiO3)であることがわかりました。また、ガラス部分はブロードな吸収を示し、典型的な非晶質ガラスのスペクトルを示します。この模造品は部分的に非常にラリマーに類似しており、誤認の可能性が高いと考えられます。高いSiとAl、低いCa含有量、針状結晶が識別の決め手になります。鑑別そのものは難しくありませんが、市場での誤認防止の啓発が重要だと語っていました。

Bertrandite in Emeralds (エメラルド中のベルトランダイト)

アメリカ、GIAの研究者Shane F. McClure氏がエメラルドの亀裂中のベルトランダイトインクルージョンについての発表を行いました。最近、GIAにインクルージョンが非常に多い低品質のエメラルドが多く持ち込まれるようになりました。一部の石に見られる低リリーフの亀裂は、従来の樹脂充填とは異なる特徴を示すため、調査しました。これらの石は、通常の充填された石に見られるようなフラッシュ効果、気泡、紫外線蛍光、FTIRによる樹脂のピークが見らないが、充填されているようにみえる亀裂が存在し、一部の亀裂は褐色がかって見えたり、偏光下で干渉色を示したりします。それらについてラマン分光分析を行った結果、充填物は主にベルトランダイト(bertrandite)、一部フロゴパイト(phlogopite)であると判明しました。FTIRでは6981、6930 cm-1に弱いベルトランダイト由来のピークが確認されることもありますが、非常に微弱です。ベルトランダイトはBe(Si2O4)(OH)2、ベリリウム含有ケイ酸塩鉱物、屈折率1.59-1.61で高Fe含有エメラルド中では低リリーフに見えます。通常はペグマタイト中の後期鉱物として形成され、水蒸気の存在が必須になります。ベルトランダイトで満たされた亀裂は、当然クラリティエンハンスメントには当たりませんが、ベルトランダイトが存在しても、一部の亀裂にはポリマー(オイル、樹脂)も存在することもあるため、注意が必要で、石の外観に影響しているのがどの亀裂になるのか見極める必要があります。これらの石の提出者は、産地不詳と語っていたそうですが、GIAの微量元素プロットではロシアまたはザンビア産エメラルドに類似しているとのことでした。

Automated Data Processing of Raman Spectra for Supporting Spinel Origin Determination (スピネルの原産地鑑別のためのラマン自動データ処理)

タイのG-ID LaboratoriesのTasnara Sripoonjan氏がラマン分光分析を用いたスピネルの原産地鑑別とその自動化支援の研究について発表を行いました。本研究では、レッドスピネル(ミャンマー産、ベトナム産、タンザニア産)、ブルースピネル(ベトナム産、タンザニア産)について、ラマン分光分析を行った上で、そのデータについて自動処理(ピーク抽出処理)を行い、それらのデータを用いた原産地鑑別の可能性について調査を行いました。その結果、レッドスピネルでは、405 cm-1と665 cm-1、ブルースピネルでは415 cm-1、657 cm-1の半値幅のプロットを用いることで各産地のクラスターが形成され、原産地鑑別に利用することができることがわかりました。この手法は、小粒石やジュエリーにセットされた石にも適用可能ですが、スピネルは加熱処理を施すことでラマンピークの半値幅が広がるため、判別制度が低下する可能性があるとのことです。この手法は迅速で有用ですが、微量元素分析との併用が望ましいと考えられます。

HFSE-enriched sapphires of gem quality: A combined FTIR and trace element study and implications for heat treatment detection (HFSEを豊富に含む宝石品質のサファイア:FTIRと微量元素を組み合わせた研究と熱処理検出への影響)

スイス、SSEFの研究者Michael S. Kremnicki博士がHFSEを豊富に含むブルー・サファイアのFTIRスペクトルについて研究し、加熱処理の判別に有効かを検証しました。HFSEはHigh Field Strength Elementsの略でSn、Nb、Zr、Ta、Wといった元素です。HFSEを多く含む非加熱のスリランカ及びマダガスカル産のコランダムについてFTIRとLA-ICP-MSによる微量元素分析を組み合わせ、多くの試料で3300 cm-1付近に広い吸収帯を確認しました。これらはAl欠陥に関連するOH-グループに由来します。本研究では、Ta濃度が高いほど、3300 cm-1の吸収帯が強くなる傾向が見られました。一部試料は3385 cm-1に吸収がシフトしていましたが、この原因は未解明です。これらの非加熱サファイアはOH-に関連する小さなピーク(3182、3232、3308 cm-1)を示すものがあり、短波紫外線下での白濁蛍光も示します。両方の特徴は加熱処理された変成岩起源のサファイアでよく知られており、記載されていますが、これらの特徴は非加熱石にも見られることが明らかになりました。ベルベットのような外観と濁り味を有する変成岩起源サファイアの加熱/非加熱の単純な区別が誤りとなる可能性があるので注意が必要です。

Effects of Gamma Irradiation on Corundum: Towards a Potential Detection Method (コランダムへのガンマ線照射の影響:潜在的な検出方法の確立に向けて)

スイス、SSEFの研究者Hao A. O. Wang博士がコランダム(ルビー、サファイア)に対するガンマ線照射による色変化とその安定性を調査しました。この研究は2023年東京上野で開催された前回のIGC、IGC2023で発表した予備研究を発展させたものです。本研究では天然・合成コランダム29点について、微量元素濃度を測定、その後ガンマ線照射(33 kGy/70時間)、安定性試験(褪色試験(高輝度LEDによる)と再活性試験(長波紫外線下で10分、それでも識別可能な効果が選らなかったものについてはさらなる長波紫外線下(2時間)と短波紫外線下(1時間)、DiamondViewを用いた深紫外線による照射(10分))、最後の工程として350℃で20分の加熱を行いました。各工程の前後には紫外-可視-近赤外(UV-Vis-NIRの領域の分光データを取得しています。鉄・チタンを多く含むブルー・サファイアにおいてはガンマ線照射による不可逆的なブルーの減少が見られました。これは、一部のルビーで青紫色の要素が低下する原因の1つである可能性があります。また、天然のピンク/パープルのコランダムはガンマ線照射による色が不安定で可逆的なオレンジ色への色変化が見られました。また、TiやFeを含むパープルの合成コランダムは、褪色はするものの、なかなか再活性しない半安定的なオレンジ色の変化が見られました。最後に高濃度Crのみを含む合成コランダムはガンマ線照射に不活性でした。最後に、ガンマ線照射で色の変化が認められたサンプルは、穏やかな熱処理を施すことで元の色へ戻すことができました。結論として、コランダムにおけるガンマ線照射の影響は複雑であり、検出に課題があるものの、褪色試験、活性化試験前後でのUV-Vis-NIRの分光法による色変化を追うことは、高い診断可能性が期待できるとしました。

Low Temperature Heat Treatment of Madagascar Sapphire (マダガスカル産サファイアの低温加熱処理)

タイ、Lotus GemologyのE. Billie Hughesがマダガスカル産サファイアの低温加熱処理とその検出可能性について発表を行いました。本研究は1200℃未満の低温加熱処理がマダガスカル産のブルー・サファイアに与える影響を調査し、加熱処理の検出に役立つ特徴を明らかにすることが目的です。12点のマダガスカル産ブルー・サファイアを800℃から1500℃で段階的に加熱しました。色変化に関しては900~1000℃で色は明るくなりましたが1300℃以降で濃色化、1500℃で多くの試料が著しく濃い色に変化しました。インクルージョンに関しては800℃で結晶インクルージョン中に亀裂が出現しはじめ、1100℃でその亀裂の縁が癒合しはじめることを観察しました。蛍光反応は1100℃でチョーキーな青色蛍光が出現しはじめ、1100℃で石全体に広がります。最後に1500℃に加熱後、880 nm付近に新たな吸収ピークが出現しています。低温加熱でも、色・包有物・蛍光・スペクトルに変化が生じ、低温加熱の看破にはインクルージョン、蛍光、分光データの複合的アプローチが有効であることを示しました。

Geographic Origin Determination of Natural Yellow Sapphires: The Preliminary Study (天然イエローサファイアの原産地鑑別:予備調査)

タイ、GITの研究者Montira Seneewong-Na-Ayutthaya氏がイエローサファイアの原産地鑑別についての発表を行いました。イエローサファイアの原産地鑑別は、従来のインクルージョン観察だけでは限界があり、より精度の高い判別方法が望まれています。本研究では151点(スリランカ、マダガスカル、タンザニア、タイ; すべて加熱処理、タイ産はBe拡散加熱処理されている)のイエローサファイアを用い、ラマン分光、紫外可視吸収スペクトル、LA-ICP-MS分析を用いて原産地鑑別の可能性を調査しました。顕微鏡による拡大特徴として、スリランカ産のイエローサファイアは、ジグザグ状のフィンガープリント、CO2を含むネガティブクリスタル、アパタイト、グラファイトといったインクルージョンが確認されました。また、マダガスカル産は丸いジルコン、ルチルの針、マイカが観察され、タンザニアはヘマタイトのシルク、ローズチャンネルが観察されました。タイ産は、高温処理による分離結晶、ブラウンのパーティクル、長石、ブルーのゾーンが確認されました。紫外可視吸収スペクトルにおいては、スリランカ産以外の産地はFe3+の濃度が高く、378、387、450 nmに吸収が確認されます。元素濃度に関しては、Feの濃度が各産地で異なり、Mg、Cr、Feを用いたプロット図で産地毎のクラスター分離が可能です。結論として、イエローサファイアの原産地鑑別は、Mg、Cr、Feの濃度と、インクルージョン観察が信頼の高い判別法として有望だと締めくくりました。

Challenges in the Detection of Ruby and Sapphire Treatment in the Thai Market (タイ市場におけるルビーとサファイアの処理における処理検出への挑戦)

タイ、GITの研究者Supparat Promwongnan氏が、タイ市場に流通するルビー、サファイアに施されている処理とその看破方法について発表を行いました。ルビー、サファイアの処理の検出は、市場価値、倫理的開示、消費者信頼に直結する重要な課題ですが、近年の処理技術の高度化により判別困難なケースが増加しています。現在流通しているルビー、サファイアに程される処理には、加熱処理、フラックス加熱、拡散加熱(Be, Ti, Cr)、ガラス充填、高温高圧処理、オイル・樹脂充填、染色、放射線照射といったものがあり、多岐に渡ります。それらの看破には、顕微鏡観察(インクルージョンの変化、フラックス残留等)、FTIR(加熱由来の吸収帯)、ラマン分光(ゲーサイトからヘマタイトへの変化等)、EDXRFおよびLAICPMS(Be、Pb、Ba、Biといった元素検出)、LIBS(Beの検出)、蛍光(加熱によるシルク変化やUV応答の違い)といった技術が使われています。現状直面している検出仮題としては、(1)低温加熱処理: インクルージョン変化が少なく、スペクトルによる特徴も不明瞭、(2)玄武岩起源のコランダム: 自然の熱によりうけた加熱と人工加熱の区別が困難な場合がある、(3)ガラス充填: 高透明度により亀裂が隠れ、X線や化学分析が必要な場合がある、(4)表面拡散処理: 色が表面に集中しすぎているため、液浸観察と化学分析が不可欠、(5)放射線照射: 色安定試験は可能だが、処理自体の検出は未確立、(6)オイル充填: 低粘度・無色のオイルは検出が難しく、複数技術の併用が必要、といったものがあります。結論として、処理の検出には複数の分析技術の組み合わせが不可欠で、処理技術の進化に対応するため、継続的な研究・手法開発・ラボ間の連携が重要だとしました。

Nitrogen aggregates in yellow HPHT and CVD synthetic diamonds (黄色HPHTおよびCVD合成ダイヤモンドにおける窒素集合体)

ロシア、モスクワ大学のYuri Shelementyev教授がイエローのHPHTおよびCVD合成ダイヤモンドにおける窒素凝集体について発表を行いました。N3センター(415 nm)は従来、天然ダイヤモンドの指標とされていましたが、今では合成石にも出現しています。天然ダイヤモンドにおけるN3センターは地質学的な時間をかけ形成されていますが、合成石においては、照射+アニーリングにより生成することが可能です。本研究では、イエローのHPHT合成ダイヤモンドとCVD合成ダイヤモンドに照射、アニーリングする実験を行いました。電子線照射処理を行った結果、GR1センター(741 nm)の出現を確認しました。また、1800℃によるアニーリングの結果、N3センターの出現をCVD合成、H3センター(503 nm)の出現をHPHT合成ダイヤモンドから確認しました。結論としてN3センターは合成ダイヤモンドでも形成可能であり、鑑別には注意が必要で、フォトルミネッセンス分析とFTIRの組み合わせが有効な鑑別手段となります。