アコヤ養殖真珠と淡水養殖真珠の母貝鑑別には、通常、目視検査(顕微鏡による表面観察を含む)、長波紫外線下での蛍光観察、蛍光X線元素分析が用いられている。特に蛍光X線元素分析は有効な手法であり、真珠層に含まれるマンガン(Mn)やストロンチウム(Sr)の濃度を測定することで両者の分別が可能である。淡水養殖真珠はMnを多く含み、海水産真珠であるアコヤ養殖真珠はMnを殆ど含まず、Srを多く含む。しかしながら蛍光X線元素分析は真珠の個体1点ずつの分析となるため、連などの製品で全数検査を行うには時間がかかりすぎるという問題がある。
特定の物質はX線を照射することで可視光の蛍光を呈することが知られており(これをX線蛍光という)、特にMnを含む物質はX線を照射することで緑色に蛍光することが知られている。つまり、Mnを有する淡水養殖真珠の真珠層はX線照射により緑色に蛍光するが、Mnを殆ど有さない海水産のアコヤ養殖真珠の真珠層は緑色の蛍光を呈さないという性質がある(Hänni et al., 2005 、Singbamroong et al., 2013)。しかし、多くの海水産であるアコヤ養殖真珠では淡水産貝の貝殻を成型した核を利用している。淡水産貝の貝殻核は、Mnを含むため、X線照射により緑色に蛍光する(図2)。この蛍光は、真珠層がある程度厚い場合は外部から観察することは殆どできない。しかし、真珠層が薄い場合、つまりサイズの小さなアコヤ養殖真珠の場合は、外部からの観察に影響を与え、その真珠が淡水養殖真珠かアコヤ養殖真珠かの判断を難しくする(矢﨑他、2025)。本研究では、そういった事情を踏まえ、X線蛍光画像をデジタル解析することで淡水養殖真珠かアコヤ養殖真珠か判断することが可能か調査を行った。
本研究ではアコヤ養殖真珠97点と淡水養殖真珠14点が混在した連(図1)(標準的な鑑別検査と個別の蛍光X線分析において確定済)をサンプルとして用い、軟X線透過装置としてSoftex M-100とカメラ撮影にはCanon EOS Kiss X7を用いた。X線は90 kV、3 mAの条件で照射を行い、カメラ撮影はISO6400、f4.0、シャッタースピード30秒で行った。画像の切り出しにはGIMP 2.10.30を用い、得られた画像の解析には独自に開発したソフトウェアを用いた。ソフトウェアによる計算アルゴリズムについてはカコミ「蛍光強度の数値化について」に記載してある。
海水産真珠(アコヤ養殖真珠)の連に淡水養殖真珠が混入する事例が報告されており、その簡易的な鑑別方法が求められている。X線蛍光イメージング法は、母貝鑑別 (海水 vs. 淡水)に有力な方法と知られている。本研究では、そのX線蛍光イメージング画像による蛍光強度を数値化し、判定を用意にする方法を試み、この手法は両者の分別に有効であることを示した。しかし、巻き厚が0.3mm以下の薄い真珠は、淡水産核の蛍光を受けるため、海水産養殖真珠と淡水養殖真珠の間で蛍光強度がオーバーラップする部分もあるので注意が必要である(矢﨑、2025)。今後は測定方法や解析手法をブラッシュアップし、より精度の高い判別法を目指していく予定である。
参考文献
Hänni, H.A., Kiefert, L. and Giese, P., 2005. X-ray luminescence, a valuable test in pearl identification. Journal of Gemmology, 29(5/6), 325-329.
Sutas S. and Nazar A., 2013. Digital SLR camera applied to investigation of X-ray luminescence of pearls. IGC2013 Proceedings, 73-74
2025年9月8日(月)、9日(火)にThe 8th International Gem and Jewelry Conference(第8回国際宝石・宝飾品学会、通称GIT2025)がタイのバンコクで開催されました。CGLからは筆者が参加し、発表を1件行いました。また、9月5日(金)~7日(日)に先立って開催されたPre Conference Excursion(会議前の巡検)にも参加しましたので、あわせて以下に概要を報告します。
International Gem and Jewelry Conferenceとは
International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)はGIT (The Gem and Jewelry Institute of Thailand)が主催する国際的に有数の宝飾関連学会の1つです。2006年に第1回が開催され、第2回2009年、第3回2012年、第4回2014年、第5回2016年、第6回2018年、第7回2022年と開催され、今年2025年は第8回目としてGIT2025がバンコクで開催されました。GITはLMHC(Laboratory Manual Harmonization Committee、ラボマニュアル調整委員会)に属する国際的にも著名な宝石検査機関で、CGLとは科学技術に関する基本合意を締結し、密接な技術交流を諮っています。本学会はGITが主催していますが、TGJTA(タイ宝石・宝飾品協会)、CGA(チャンタブリ宝石・宝飾品協会)、チュラロンコン大学、国家商工省、鉱物資源局などが後援しており、まさに国を挙げての国際会議といえます。また、カンファレンス運営のため、組織委員会として18名、諮問委員会として14名、技術委員会として33名が結成されており、当研究所の堀川も諮問委員としてその一役を担いました。
9月5日(金)朝7時バンコク市内集合、昼過ぎまで車で移動、バンコクから約280 km北に位置するオーストラリアの資源会社Kingsgate Consolidated Limitedの子会社であるAkara Resources Public Company Limited(以下Akara社)が運営するChatree Gold Mine(チャトリー金鉱山)へ視察に向かいました。
Chatree Gold Mineはピチット県、ペチャブン件、ピッサヌローク県にまたがる地域にあり、埋蔵量は金35,000 kg、銀280,000kgと推定されています。2016年末、地元住民やNGOが「鉱山周辺で健康被害や環境汚染が起きている」と訴え、2017年に当時の首相プラユット氏が憲法44条*を行使し、環境汚染の懸念から鉱山の操業を停止しました。しかし、科学的根拠の不十分さや透明性の欠如が国際的に問題視され、親会社Kingsgate社がタイ政府を相手に国際仲裁を申し立て、最大1200億円の損害賠償を請求しています。
2023年、政府から10年間の操業許可がおり、操業再開、2024年5月までに約77億円を投じ、機械と製錬施設をアップグレード、現在はフル稼働状態に復帰しています。仲裁問題に関しては2025年9月を目途に解決を目指していましたが、現時点では解決の報告はなされていません。
*タイの憲法44条は国家平和秩序維持評議会(NCPO)の議長(=首相)に、国家安全・秩序・経済・公共利益のために立法・行政・司法を超える権限を与える条項であり、いわゆる「超法規的措置」が可能。
また、Akara社は持続可能性と地域社会への責任を掲げ、鉱山廃棄物の再資源化等にも取り組んでいます。金の精製には水銀アマルガム法と呼ばれる水銀を使用する方法がかつて用いられていましたが、Akara社では金の精製には電気分解を用いており、水銀は使用していないとのことです。
セミナー室でのAkara Resourcesの会社説明
鉱山を視察する参加者達
金鉱山全景
廃液を廃棄するための池
化学プラント(岩石を粉砕し金を生成する)
電気分解前の鋼材(金1;銀9)、10 kg
Phra Buddha Chinnarat(プラ・ブッダ・チンナーラート)
金鉱山の視察後は、Phra Buddha chinnarat(プラ・ブッダ・チンナーラート)にお参りにいきました。これはタイ北部ピッサヌローク県、ナーン川沿いの「ワット・プラ・シー・ラッタナー・マハータート」寺院内にある高さ約3.5m、幅約2.9mの青銅製仏像で、スコータイ様式、色に輝く荘厳な姿が特徴です。Chinnarat(チンナーラート)はタイ語で勝利の王を意味し、タイ国内で最も美しい仏像ともいわれています。
Sukhothai Historical Park (スコータイ歴史公園)
スコータイ県のシー・サッチャナーライ地区にあるシー・サッチャナーライ歴史公園、スコータイ歴史公園を訪問しました。この公園は1991年に「スコータイと関連する歴史都市群」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されています。城壁内外に200以上の遺跡が点在しており、タイのスコータイ王朝(13世紀~14世紀)の歴史を感じることができます。タイのスコータイ王朝は、タイ族による初の統一国家であり、タイ文字や仏教文化の発展の中心地でした。また、シー・サッチャナーライとは「City of good people(善良な民の街)」という意味で、1250年代にスコータイ王朝第2の都市として建造され、13世紀と14世紀には皇太子の住居があったそうです。
Responsible Sourcing Jewelry, ethical, policy and good governance issue(倫理、ポリシー、ガバナンスを考慮した責任あるジュエリー製造)
Gem and precious metal deposits, exploration, mining and trading(宝石と貴金属の産地、鉱山、トレーディング)
Innovative Identification and Characterization(革新的な鑑別方法と特性評価)
Innovative Identification, characterization and treatment(革新的な鑑別方法、特性評価、そして処理)
Innovative identification, characterization and gem quality standards(革新的な鑑別方法、特性評価、宝石の評価基準)
で構成されており、2つの会場に分かれ同時進行しました。基調講演7件、招待講演15件、一般講演23件のエントリーがありました。今回は「Responsible Gem & Jewelry supply chain (責任ある宝石とジュエリーのサプライチェーン)」がテーマであり、宝石、ジュエリー産業の倫理問題やサステナビリティに関する発表が多く、基調講演はすべてこのテーマに沿ったものでした。
CGLからは筆者が「Innovative identification, characterization and treatment」のセッションで「Color origin determination of blue Akoya cultured pearl using photoluminescence(フォトルミネッセンス分析を用いたブルー系アコヤ養殖真珠の色起源の決定)」の発表を行いました。
GIT(The Gem and Jewelry Institute of Thailand)は2~3年に1度国際宝石・宝飾品学会を開催しており、次回(第9回)は2027年に開催するというアナウンスがありました。CGLとして、次回も参加し、各国の研究者たちと交流、発表を行う予定です。
以下に今回行われた発表の中から興味深かったものを一部紹介します。
(カンファレンスの要旨集はhttps://gitconference.git.or.th/en/homeからダウンロード可能です)
ステージで発表を行う筆者
開会式
メイン会場(ボールルームの様子)
第2会場の様子
9月8日夜に行われたディナーパーティーの様子
GIT2025参加者の皆様で撮影したグループ写真
Gemological Characteristics of Jade Deposits in Nabire, Central Papua, Indonesia(インドネシア、中部パプア州ナビレ産ひすいの宝石学的特徴)
From Trace Elements to Transparent AI: Explainable Machine-Learning for Magmatic Sapphire Origin
Classification Tasnara Sripoonjan(微量元素分析から透明性の高いAIへ:マグマ関連サファイアの産地鑑別における説明可能な機械学習)