アレキサンドライトの原産地鑑別

2025年8月PDFNo.69

リサーチ室 趙政皓 江森健太郎 北脇裕士

ブラジル産アレキサンドライト1.65 ct、左:自然光下、右:白熱灯下*

アレキサンドライトはクロム(Cr)を含有し、変色効果を有するクリソベリルの変種である。19世紀ロシアで発見されて以来、注目の宝石となった。変色効果はアレキサンドライトの一番の特徴であり、太陽光では寒色(緑色系)、白熱光では暖色(赤色系)を呈する。そのため、「昼はエメラルド、夜はルビー」とも言われ、独特な美しさを有する希少な宝石である。19世紀から現在に至るまで、最初の原産地であるロシアの他、ブラジル、スリランカ、インド、タンザニアなどでもアレキサンドライトが発見されている。加えて昨今の流通の透明性などに対する社会的欲求のため、アレキサンドライトの原産地鑑別の重要性が急速に高まっている。宝石の原産地鑑別には原産地毎のサンプル収集し、データベースの構築が不可欠であるが、アレキサンドライトは基本的に他の鉱物を採掘する際の副産物として産出するため、出所が明確なサンプルを収集するのが難しい。
本稿では、原産地情報が既知のサンプルから、アレキサンドライトの原産地と産地別特徴について概要を説明する。

アレキサンドライトの形成

クリソベリルの化学組成はBeAl2O4であり、ベリル(Be3Al2Si6O18)と同じくベリリウム(Be)を含有する鉱物の一種である。そして、アレキサンドライトの色とその変色効果もエメラルドの緑色と同じく微量元素として含まれるクロムイオンCr3+によるものである。Beは大陸地殻、Crは海洋地殻や上部マントルに濃縮しやすいため、両者が共存することができる地質学的条件は限定されている。特にアレキサンドライトとエメラルドは両者ともにBeとCrが共存する地質環境で形成されるため、同じ鉱山で採掘されることがある(図1)。その場合、エメラルドは主成分にケイ素(Si)を含むため、よりケイ素に富むペグマタイトに近い位置に形成し、アレキサンドライトはペグマタイトから遠い位置に形成する。アレキサンドライトの形成にはケイ素に乏しくベリリウムに富むというエメラルドよりも限定された条件が必要なため、アレキサンドライトはエメラルドよりも希産となる。

図1.アレキサンドライトの典型的な形成過程。片岩ホスト型エメラルドの形成過程とほぼ一致する。(片岩ホスト型エメラルドの形成過程についてはCGL通信 vol. 62、67号に詳しく掲載されています)

かなり限定された条件で形成されるため、アレキサンドライトは希産であり、基本的にエメラルドや他の種類のクリソベリルの鉱山で副産物として産出される。図2では、現在世界中の重要なアレキサンドライト原産地を示しており、アレキサンドライトを主として採掘するための鉱山はブラジルの一部にしか存在しない。以下にアレキサンドライトの主要な原産地の特徴について紹介する。

図2. 世界中に存在する商業的な重要なアレキサンドライトの原産地。

ロシア

ロシアのウラル山脈地区に位置する鉱山は1830年代、アレキサンドライトが最初に発見された場所である。現在でも重要な産地であり、ロシア産アレキサンドライトは非常に人気が高い。アレキサンドライトという名前は発見当時の皇太子、後の皇帝アレクサンドル二世に由来するとされている。アレキサンドライトは主にエメラルドを含むベリルを採掘するための鉱山において副産物として雲母片岩脈から産出していた。この地区のアレキサンドライトは品質が良く、ロシアは長らくアレキサンドライトの最も重要な産地になっていた。しかし、20世紀に入ってからは鉱山が衰退しはじめ、やがてソビエト連邦の崩壊と同時期にアレキサンドライトの採掘は停止された。近年では、ロシア国内と海外の企業が協力して再開発を努めているようである。

図3. ロシア産アレキサンドライトに見られる結晶インクルージョンの一種。

ロシアのアレキサンドライトではしばしば結晶インクルージョンや液体インクルージョンなどが観察できるが、これらは他の産地でも観察されており、原産地特徴とはなりにくい(図3-4)。先行研究(Sun et al. 2019)によると、トルマリンの一種であるドラバイトはロシア産アレキサンドライトに特有の結晶インクルージョンであるが、めったに観察されない上、他のトルマリン結晶と混同する恐れもある。我々の観察ではロシアの石にのみ大きな二相インクルージョンが観察されているが、観察できる頻度が低く、原産地鑑別の指標となるかどうかは継続した調査が必要である(図5)。

図4. ロシア産アレキサンドライトに見られる液体インクルージョン。

 
図5. ロシア産アレキサンドライトに見られる大きい二相インクルージョン。

ブラジル

ブラジルには複数のアレキサンドライト鉱山があり、その大多数はミナス・ジェライス州に集中している。その中で最も有名なのはヘマチタである。ヘマチタは世界有数のアレキサンドライト鉱山であり、副産物としてではなく、アレキサンドライトを採掘する目的の鉱山である。国際市場において、ヘマチタが代表するブラジル産アレキサンドライトはロシア産と同程度の評価を得ている。その他、他国の鉱山と同じく、アレキサンドライトを副産物として産出している鉱山が複数ある(例えば、エメラルド鉱山であるバイーア州のカルナイバや、クリソベリル鉱山であるゴイアス州のセラ・ドウラダなど)。

ヘマチタも創業当初はアレキサンドライトではないクリソベリルを採掘するための鉱山であった。1975年から1988年にかけてアレキサンドライトが採掘されており、1980年代初頭にその採掘量はピークに達した。その時期はロシア産などの他の供給源がほぼ衰退または枯渇していたため、ブラジルは世界最大のアレキサンドライトの供給源であり、ヘマチタ産の高品質なアレキサンドライトは日本にも多く輸入されていた。アレキサンドライトを扱うディーラーによると、現在ヘマチタ鉱山は規模が大幅に縮小され、小粒のものが限定的に生産されているらしい。

図6. ブラジル産アレキサンドライトに見られる結晶インクルージョンと微小液体インクルージョン。

 
図7. ブラジル産アレキサンドライトに見られる金属光沢の黒い鉱物インクルージョン。

ブラジル産のアレキサンドライトにはしばしば結晶インクルージョンや微小液体インクルージョンが観察できるが、こちらも他の原産地の石にも見られるため原産地特徴にはならない(図6)。金属光沢を有する硫化物インクルージョンは一定の頻度で観察できる原産地特徴ではあるが(図7)、他の産地においても観察されることがある。観察される頻度は少ないが、八面体のフルオライトの結晶はブラジル産の特徴となる(図8)。その他、平行に並ぶクラウド(図9)や鉄錆びを含むチューブインクルージョン(図10)がよく観察される。

図8. ブラジル産アレキサンドライトに見られる八面体のフルオロライト。

 

図9. ブラジル産アレキサンドライトに見られる平行で並ぶクラウド。

 
図10. ブラジル産アレキサンドライトに見られる鉄さびを含むチューブ。

インド

インドもアレキサンドライトを数多くの鉱山から産出しており、それらはウッタル・プラデーシュ州、チャッティースガル州、オリッサ州、アーンドラ・プラデーシュ州、タミル・ナードゥ州、ケーララ州の複数の州に分布している。これらは主にクリソベリルや、クリソベリル・キャッツアイなどを採掘するための鉱山である。アレキサンドライトは採掘物の中に混入しており、それらはペグマタイトとぺリドタイトの間の黒雲母片岩内から産出する。比較的よく知られているのは2000年から採掘がスタートしたチャッティースガル州の鉱山であるが、2004年12月鉱山が浸水のため閉鎖され、現在は事実上生産が停止している。インド産アレキサンドライトは色変化の弱いものが多いが、稀にロシアやブラジル産に匹敵する高品質な素材も産出している。インド産のアレキサンドライトは産出量が多く世界中に流通していると考えられているが、ブラジルやスリランカなど他の国で研磨されることも多いため、他国産のアレキサンドライトとして流通することがあるので注意が必要である。

インド産アレキサンドライトは他の産地と比べ緑味が強いため、見た目からある程度推測することも可能である。インド産アレキサンドライトはバナジウム(V)の含有量が他の産地よりも多く、また鉄(Fe)の含有量が低いことが緑味の原因であると考えられる。他の原産地でもよく見られるようなインクルージョンの他には、小さな楕円形と針で構成されるインクルージョンが高い頻度で観察できるため、原産地鑑別の有力な指標となりうる(図11)。ただ、針のみのインクルージョンは他の原産地にも見られるため混同しないように注意する必要がある。

図11. インド産アレキサンドライトに見られる小さな楕円と針で構成されるインクルージョン。

スリランカ

スリランカにおいてアレキサンドライトを採掘できる鉱床は遥か昔から存在していたとも考えられているが、1920年代以前の状況について信頼できる情報はない。採掘可能な鉱山は複数存在していたようだが、どの鉱山も漂砂鉱床であり、出所の母岩は不明である。スリランカにおいてもっとも重要なのはラトゥナプラであり、ここではコランダムやクリソベリルなども産出されている。ここでは1980年代終わりまで供給が続いていたが、現在はほぼ枯渇している。
大多数のスリランカ産アレキサンドライトの色変化はロシアやブラジル産よりは弱く、太陽光下でも白熱光下でも黄色味が強く帯びる傾向にあるが、色変化が顕著なものも産出されることがある。スリランカ産アレキサンドライトはクラリティが高く、サイズも大きいものが多く採掘されるため国際市場での注目度は高い。しかし、本稿を纏めるにあたってスリランカ産であると出所が確認できる石は少なく(以下に記すタンザニア産の一部がスリランカ産として流通している可能性が高い)、情報収集は困難であった。スリランカ産のアレキサンドライトには白い繊維や微粒子で構成されるクラウドのようなインクルージョンと折り曲がるようなセクターバウンダリーが観察された (図12-13)。

図12. スリランカ産アレキサンドライトに見られる白い繊維と微粒子で構成されるインクルージョン。

 
図13. ヨウ化メチレンに浸液することで観察できるスリランカ産アレキサンドライトの曲がったセクターバウンダリー。

タンザニア

タンザニアにはアレキサンドライトを産出する地区がタンザニア北部アルーシャ州マニャラと南部ルヴマ州トゥンドゥルの2箇所あり、それぞれから異なった特徴を有するアレキサンドライトが産出している。そのうちの1つアルーシャ州マニャラはエメラルドの原産地の一つであり、アレキサンドライトはエメラルドと共に一次鉱床から採掘される。1980年代初頭に大量に産出され以来、現在も産出が続いているようである。もう1つの南のルヴマ州トゥンドゥルは有名なバナジウムクリソベリルの産地ではあり、色変化が乏しいアレキサンドライトを産出している。この地域の鉱床は二次鉱床であり、採掘が比較的容易だった地域ではすでに枯渇しているようである。また、トゥンドゥルの他の地域はアクセスの困難や環境への懸念などのため2000年後半から採掘が停止しているようである。
マニャラ産のアレキサンドライトにはアクチノライト、雲母、丸みを帯びたメタミクト ジルコンのインクルージョンが報告されているが、特徴あるインクルージョンが存在しないことも多くある。トゥンドゥル産のアレキサンドライトは褐色の色帯が頻度高く観察され、この色帯によって石全体も濃い褐色を帯びた色になっていることが多い(図14)。

図14. タンザニア・トゥンドゥル産アレキサンドライトに見られる褐色色帯。

マダガスカル

マダガスカルはエメラルドも産出する一次鉱床であるマナンジャリと、クリソベリルが主に産出る二次鉱床のイラカカの二つの産地がある。しかし、アレキサンドライトの産出に関する詳細な情報がなく、採掘の経緯と状態は詳しく知られていない。ただ、近年流通量が増えているようである。数多くないが、これまでに検査したマダガスカル産のアレキサンドライトには平行に並ぶ微小インクルージョンが観察された (図15)。

図15. マダガスカル産アレキサンドライトに見られる平行に並ぶ微小インクルージョン。

スペクトル分析

スペクトル分析を用いてアレキサンドライトの原産地を決定することは極めて難しいが、分光特徴を理解することで原産地を絞り込むことが可能である。宝石の鑑別の現場でよく使われているフーリエ変換赤外(FTIR)スペクトルでは、主にロシア産とブラジル産の一部の石を他の産地のものと区別することができる。図16では例としてロシア産とインド産アレキサンドライトのFTIRスペクトルを示しているが、両者共に3225 cm-1前後の位置に吸収がある。この吸収の位置は測定する石の方位によって変化することはなく、原産地によって特徴があり、表1のように2グループに大別できる。吸収位置が低波数側(3225 cm-1以下)にあるのはロシアとブラジル・ヘマチタ産の石であり、吸収位置が高波数側(3225 cm-1以上)にあるのはその他の原産地の石となる。

図16. ロシア産とインド産アレキサンドライトのFTIRスペクトル。3235 cm-1付近の吸収の位置に違いがある。

 

紫外-可視-近赤外(UV-Vis-NIR)スペクトルは主にインド産アレキサンドライトの一部を特定することに有用である。図17に示したようにアレキサンドライトのUV-Vis-NIRスペクトルには主にCr3+とFe3+による吸収バンドが見られる。しかし、インド産アレキサンドライトは鉄含有量少なく、一部の石ではFe3+による吸収観察されない。また、V含有量が高いため、420 nmと580 nm付近のバンドの中心位置が他の産地の石と異なる。

図17. ロシア産とインド産アレキサンドライトのUV-Vis-NIRスペクトル。380 nm付近のFe3+吸収が大きな違いがある。

微量元素分析

先行研究でも報告されている(e.g. Sun et al. 2019)ように、アレキサンドライトの原産地鑑別にはLA-ICP-MSを用いた微量元素分析は極めて有効な手段である。特にガリウム(Ga)とスズ(Sn)の二次元プロットはアレキサンドライトの原産地鑑別に極めて有効であり(図18)、他の元素の組み合わせの二次元プロットと併用することで原産地を決定することができる。

図18. LA-ICP-MSによる微量元素のプロット図の一つであり、5つの産地のデータを示している。横軸がスズ(Sn)、縦軸がガリウム(Ga)である。

まとめ

アレキサンドライトは世界の限られた場所で産出する希少な宝石であり、その原産地によって市場の評価が大きく変わる。アレキサンドライトの原産地鑑別には、顕微鏡を用いた拡大検査、FTIRスペクトルとUV-Vis-NIRスペクトルはある程度の有効性を示しているが、より正確な原産地決定にはLA-ICP-MSによる微量元素分析が必要である。
本稿では、アレキサンドライトの原産地として市場性の高いロシア、ブラジル、インド、スリランカ、タンザニア、マダガスカルを紹介したが、他に知名度の低い産地も存在しており、その原産地鑑別には注意深く行う必要がある。

参考文献

[1] Alexandrite world occurrences & mining localities (n.d.) Alexandrite Tsarstone Collectors Guide, https://www.alexandrite.net/localities/index.html
[2] K. Proctor. (1988) Chrysoberyl and alexandrite from the pegmatite districts of Minas Gerais, Brazil. G&G, Vol. 24, No. 1, pp. 16–32, http://dx.doi.org/10.5741/GEMS.24.1.16
[3] Z. Sun, A. C. Palke, J. Muyal, D. DeGhionno, & S. F. McClure. (2019) Geographic origin determination of alexandrite. G&G, Vol. 55, No. 4, pp. 660–681, http://dx.doi.org/10.5741/GEMS.55.4.660

*…画像提供:(有)ワイティーストーン

宝石学会(日本)参加報告

2025年8月PDFNo.69

リサーチ室 趙政皓

令和7年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月14(土)岩手県岩手大学銀河ホール、懇親会が同大学中央食堂にて開催され、6月15日(日)には見学会が実施されました。中央宝石研究所からは8名が参加し、うち2名が発表を行いました。以下に概要を報告します。

岩手大学について

岩手大学は岩手県唯一の国立総合大学であり、1876年設置された盛岡師範学校を起源とします。1949年に岩手師範学校、岩手青年師範学校、盛岡農林専門学校、盛岡工業専門学校を統合して、岩手大学として設置されました。1902年に設置された日本初の高等農林学校である盛岡高等農林学校(第二次世界大戦中に盛岡農林専門学校と改名)を前身とし当校の卒業生として詩人・童話作家である宮沢賢治を輩出したことから大学内に「宮澤賢治センター」が設けられました。盛岡市にある本部や上田キャンパスに加えて、釜石キャンパス、立教大学と共同で設置した陸前高田グローバルキャンパス、その他研究所やサテライト・エクステンションセンターなどを持ち、総敷地面積は全国の国立大学で7番目の広さになります。今回の会場となった上田キャンパスはJR盛岡駅から約2 km、徒歩25分、バス利用でも10分程度とアクセスは良好で、市街地にありながら、緑に囲まれた広大な自然公園を思わせるキャンパスとなっています。

岩手大学正門

 
会場となった銀河ホール

総会・講演会

今年度の講演会は、1件の特別講演と20件の口頭発表が行われ(色石関連10題、ダイヤモンド2題、パール6題、その他1題)、参加者は57名でした。CGLリサーチ室からは「中国海南島産ブルーサファイアの特徴(趙政皓)」、「真珠鑑別におけるX線蛍光イメージングの定量化(江森健太郎)」の2題の発表を行いました。これらについては別途CGL通信にて詳細な報告を行う予定ですが、本会で発表された21件のうち一部抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に○)。

特別講演: 久慈産琥珀に秘められた健康機能性と地球の歴史

木村賢一(岩手大学農学部 名誉教授)
岩手大学農学部の木村賢一名誉教授は健康医療関連の分野における久慈産琥珀の特性と機能について講演いただきました。琥珀は無機物ではなく、太古の植物の樹脂の化石であり、世界各地で産出されますが、起源樹、年代と環境によって見た目や性質が大きく異なります。生物由来のため、生物活性物質を含み、医薬品や機能性食品への応用で期待できます。なかでも久慈産琥珀は多くの新規生物活性物質を含むため注目されています。それらの物質が多く形成された理由として、バルト海産などの琥珀より埋没環境が強いものの、スペイン産ほどは過激ではない、適度な埋没環境であったためと考えられます。これまでに、鼻づまり抑制効果が期待できるkujigamberolなどが発見されて、商品化が期待されています。将来的に、放射光を用いた分析なども検討しており、琥珀の可能性はまだあるとのことです。

“日本産” トラピッチェ・ガーネット: 奈良県二上山産ガーネット(金剛砂)の宝石学と鉱物学

〇三浦真・任杰(GIA Tokyo)
GIA東京の三浦真氏は奈良県二上山産ガーネットについて発表しました。奈良県二上山のガーネットは、古くから研磨剤の「金剛砂」として知られています。小さくて宝飾用として向かないかもしれませんが、色合いが濃く均質で綺麗です。今回調べたサンプルは展示会で入手したものと現地で採取したものの二グループがあり、両者で色合いが異なっていました。これは、二上山のガーネットには二種類の起源があることが原因かも知れません。展示会で入手したサンプルには珍しいトラピッチェ・ガーネットもあり、非常に微小ですが、日本国内でもトラピッチェ・ガーネットを採取できる可能性を示唆します。

トラピッチルビーの結晶成長過程についての考察

〇高橋泰(宝石美術専門学校)、渥美俊哉・山中淳二・有元圭介・山本千綾・篠塚郷貴・河村隆之介(山梨大学)、安保拓真(HORIBA)
宝石美術専門学校の高橋泰氏がトラピッチルビーの結晶成長過程について発表しました(トラピッチと上文のトラピッチェとは同じ言葉のため、以下はトラピッチェで表記します)。トラピッチェ結晶は歯車タイプと柱状タイプの二種類があり、どちらもコアと歯車部がありますが、柱状タイプの歯車部の間にデンドリティック・アームと呼ばれる部分があります。トラピッチェ結晶の成長過程に関する仮説はいくつかありますが、今回はラマン分光、EPMAなどを用いてトラピッチェ・ルビーの各部位を比較した結果、その成長過程はコア、歯車、アームの順で成長する可能性が最も高いことがわかりました。

最近、鑑別したレアストーンについて

〇鳴瀬善久(株式会社GSTV宝石学研究所)、阿依アヒマディ(Tokyo Gem Science合同会社&GSTV宝石学研究所)
GSTV宝石学研究所の鳴瀬善久氏がグリーン・アウイナイト、オレンジ・ソーダライト、ヴェイリネナイトの3種類のレアストーンについて発表しました。グリーン・アウイナイトはアフガニスタン産で、通常のドイツ産アウイナイトと比べてNa+や水の含有が多く、410 nmに吸収が強い特徴があります。オレンジ・ソーダライトは同じくアフガニスタン産で、ハックマナイトのようにフォトクロミズムがあり、紫外線照射すると赤味が強くなります。その赤みが白熱光や時間経過で弱くなります。ヴェイリネナイトはBeを含有するリン酸塩鉱物であり、Mn2+によって綺麗なピンク色を表します。その鑑別にはラマン分光が有効で、UV-Vis-NIRスペクトルにもMn2+の吸収が顕著です。

有機質宝石素材としての真珠貝の靭帯組織

〇桂田祐介(GIA Tokyo)、Artitaya Homkrajae・Amiroh Steen (GIA Carlsbad)
GIA東京の桂田祐介氏が新たな宝石素材として真珠貝の靭帯組織について発表しました。靭帯組織というのは、二枚貝の貝を繋げる部分とのことです。今回は38年前香港で購入したシロチョウガイの靭帯組織を研磨したものについて、調査を行いました。軽くて黒色不透明ですが、繊維状の美しい干渉色を示します。ラマン分光、UV-Vis-NIR、FTIRやX線マイクロラジオグラフィーなどではアミノ酸が検出され、同種貝(シロチョウガイ)の真珠と同じくMnが少なくSrが多く検出されるという特徴がありました。また、マトリックスはタンパク質で、繊維状組織はアラゴナイト結晶であるとわかりました。

X線照射により発する蛍光を用いた淡水産真珠の判別法について

〇矢﨑純子・佐藤昌弘(真珠科学研究所)、渥美郁男(東京宝石科学アカデミー) ・江森健太郎・北脇裕士(中央宝石研究所)
真珠科学研究所の矢﨑純子氏がX線蛍光観察を用いた淡水養殖真珠と海水養殖真珠(アコヤ養殖真珠)の判別について発表しました。一般的に、それらの鑑別には目視観察、紫外線蛍光、拡大検査、EDXRFによる微量元素分析が用いられていますが、ネックレス等の全量検査には時間がかかります。そこで、淡水養殖真珠が含有するMnがX線照射により緑色の蛍光を発するという特性を利用し、両者を判別する方法について検討しました。淡水養殖真珠はMnを含有するため、緑色の蛍光を発しますが、アコヤ養殖真珠も同様の蛍光を発する場合があります。アコヤ養殖真珠は、淡水産の核を使用しており、Mnを含有するため、真珠層の巻き厚が薄いと核の蛍光を反映した緑色の蛍光を発することが原因です。そのため、アコヤ養殖真珠は真珠層の厚さによって緑色の蛍光が見える場合がありますが、X線蛍光観察は淡水産真珠とアコヤ養殖真珠を判別する粗選別に有効であることがわかりました。

ブルー系アコヤ真珠の特徴と判別法

〇高石浩平・長谷川優・田澤沙也香・矢﨑純子(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の高石浩平氏がブルー系アコヤ真珠について発表しました。近年では、ブルー系アコヤ真珠は天然有機物によるナチュラルブルーの他、染色による着色ブルー、放射線照射ブルーおよび少量の放射線照射と染料による着色の両者が施されたブルーがあり、その鑑別が重要となっています。本研究では、目視観察、紫外線蛍光、光透過法、レントゲン、紫外線可視分光、蛍光分光を合わせた鑑別法が有効だと判断し、比較指標を作成しました。これらの目視と機器分析を組み合わせた鑑別手法は主にナチュラルブルーは未漂白であることに基づいたものであり、比較指標を用いることでより鑑別の精度が向上すると考えられます。

総会

6月14日(土)、宝石学会(日本)2025年度総会が開催されました。総会は、昨年度の活動報告や会計報告、今年度の活動予定、予算などについての報告が行われました。事業報告の後、宝石学会奨励賞の発表がありました。奨励賞はこれまでの研究発表を評価し、将来的に宝石学を担っていく若手に対して与えられるもので、本年度は、これまでに発表した「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析(2022年、オンライン)」「Cr含有赤色マスグラバイトの分析(2023年、フォッサマグナミュージアム、新潟)」「エメラルドの原産地鑑別における問題点(2024年、オーラム、東京)」「中国海南島産ブルーサファイアの特徴(2025年、岩手大学、岩手)」が評価され、筆者が受賞させていただきました。

奨励賞を受賞した筆者と宝石学会(日本)神田会長

懇親会参加報告

6月14日(土)、総会・講演会終了後、岩手大学中央食堂にて、懇親会が行われました。42名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。

懇親会の様子

見学会

 6月15日(月)、総会・講演会の翌日に見学会が実施され(1)マリンローズパーク野田川 (2)久慈琥珀博物館の2箇所の見学が行われ、宝石学会(日本)会員・賛助会員・非会員合わせて36名の参加がありました。前日の天気予報では、曇り~雨の予報でしたが、当日は快晴で非常に素晴らしい見学会日和となりました。

(1)マリンローズパーク野田川
 岩手県野田村にあるマリンローズパーク野田川では、かつて日本有数のマンガン鉱床だった「野田玉川鉱山」を観光坑道として公開しています。バラ輝石(ロードナイト)は野田村特産の美しいピンク色の鉱石で「マリンローズ」の名前は、このバラ輝石から来ています。全長1.5 kmの坑道を歩きながら採掘の歴史を学べる他、世界中から集められた1,200点以上の鉱石や化石が展示されています。またマンガンボーイズと称したアイドル風のマネキン達が館内を案内してくれるユニークな演出も魅力となっています。坑道内は年間通して10~12℃と非常に涼しく、夏の避暑や、ワインの貯蔵庫としても活躍しています。

野田玉川鉱山地下博物館入口

 
坑道内の様子

 
バラ輝石の展示

 
マンガンボーイズの皆様

(2)久慈琥珀博物館
 久慈琥珀博物館は、岩手県久慈市にある日本唯一の琥珀専門博物館で、約9,000万年前の白亜紀後期に形成された久慈産琥珀を中心に展示や体験が楽しめる施設です。琥珀の展示を見ることができる博物館の他、かつての採掘坑道も公開、そして実際に白亜紀の地層を掘って琥珀を探す琥珀採掘体験もあります(発掘した琥珀は一部持ち帰りが可能です)。今回の見学会では炎天下、見学会の参加者全員で琥珀採掘体験に参加しました。残念ながら大粒の琥珀は採掘できませんでしたが、小粒の琥珀を採掘することができました。また、琥珀博物館ではすばらしい琥珀の標本の数々を見ることができ、参加者一同満足の行く見学会でした。

久慈琥珀博物館全景

 
琥珀採掘体験の様子

 
久慈産琥珀大団塊

 
琥珀採掘につかわれた坑道跡