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中国海南島産ブルーサファイアの特徴 宝石学会(日本)2025年オンライン講演会より

2025年9月PDFNo.70

リサーチ室 趙政皓 江森健太郎 北脇裕士

ブルーサファイアは良く知られた宝石であり、その美しい青色ゆえに古くから珍重されてきた。その産地は多く、著名なスリランカやタイなどのほか、あまり知られていない産地も多数存在している。その中、中国海南島で産出するブルーサファイアは、まだ学術的な知見が限られているが、埋蔵量が大きいため将来有望な原産地になりうると考えられている。本稿では、海南島産ブルーサファイアの地質的背景と鉱物学的特徴を調査し、他産地との比較を通じてその特性を明らかにする。
ブルーサファイアは、酸化アルミニウム(Al2O3)を主成分とする鉱物コランダムの一種で、鉄(Fe)とチタン(Ti)を含むことで美しい青色を呈する。その原産地は世界各地に分布しており、地質学的な成因により、ブルーサファイアは変成岩起源と火成岩起源の二種類に大別できる(図1)。代表的な産地として、カシミール、スリランカ、ミャンマー、マダガスカルなどは変成岩起源であり、タイ、カンボジア、オーストラリアなどが火成岩起源である。中国の山東省でも火成岩起源のブルーサファイアが産出しており、現地で関連する博物館が建設されるなど、中国の宝石業界ではよく知られている。なお、ブルーサファイアの著名な原産地についての情報はCGL通信58号「ブルー・サファイアの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について」に詳しく書かれている
(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/58/101.html)。

図1. 世界各地のブルーサファイア原産地。1.ナイジェリア、2.エチオピア、3.タンザニア、4.マダガスカル、5.スリランカ、6.カシミール、7.ミャンマー、8.タイ/カンボジア、9.中国・山東省、10.オーストラリア、11.アメリカ・モンタナ州。

本文で紹介する海南島は中国の最南部に位置しており、東西約300 km、面積は四国と九州の中間程度である。交通の便の良い南国の島だけに、欧米からも観光客が多く訪れる有名なリゾート地となっており、「中国のハワイ」と呼ばれることもある。現在ではリゾート地としてだけでなく、東南アジア方面への貿易中枢とするための港湾都市開発が進められており、経済特区として中央政府からも様々な優遇政策の対象となっている。ブルーサファイアが産出する文昌市蓬莱地域は海南島の東北部に位置しており、リゾートの中心となる南部海岸地帯から離れている。当地のサファイアは明確な鉱脈が見つからず、風化した新生代アルカリ玄武岩の堆積物の二次鉱床から発見されており、火成岩起源と考えられる。

図2. 東アジアに位置する中国海南島。つるはしのシンボルでマークする場所が文昌市蓬莱地域。

 

図3. サファイアを採取できた新岭園村の郊外とその土壌。

2024年の夏頃、筆者の1人(趙)は自身の故郷である海南島に帰省した折にサファイアが採取できるという場所を訪れた。知人を通じて、新岭園という村の郊外を現地の方に案内していただいた。図3に示すように、村の周辺には畑があり、その畑や近くの道端の土壌からサファイアを採取することができる。土壌には金属光沢を持つ黒い石が多数見られた。これらについて蛍光X線分析装置で元素分析を行った結果、主成分として鉄(Fe)、チタン(Ti)、酸素(O)が検出され、イルメナイト(FeTiO3)である可能性が高い。イルメナイトは火成岩起源ブルーサファイアの包有物として一般的に見られる鉱物であり、サファイアの成因とも深い関連があると思われる。

先行研究(Wang 1988)および現地の人の話によれば、この地域のサファイアは1960年代に初めて現地の農民によって発見されたとのことだ。その後、1980年代初頭には地方政府によって商業的採掘を目的とした調査が実施され、埋蔵量が豊富で、有望な原産地になる可能性が示された。しかし、農用地の減少や環境への影響を懸念した住民らが反対し、また、上級政府からも開発の許可が下りなかったため、本格的な採掘には至らなかった。それにもかかわらず、農作業の過程などで容易にサファイアを採取できるため、将来の販売を見据えて貯える人が多くいたようである。実際、一時期タイのディーラーが現地に買取に訪れ、サファイアをタイに持ち帰って研磨・加熱などの加工が行われていたとのことである。その加工された石の一部は市場で流通していたようである。

 

図4. 現地の人が所有する石。 (左)カボションカットの石1点(加熱かどうか不明)と大きいサイズ(おそらく10 ct以上)の原石2点。 (右)ファセット加工されたジルコンとサファイア。上の赤褐色と黄緑色の2点はジルコンで、青と黄色の4点はサファイアである。ファセットカットされたサファイアは加熱処理されたもの。この他にBe拡散処理されたものもあるとのこと。

現地の人が収集したという石を図4に示した。左の写真のケースには高品質ではないがおそらく10ct以上の大きいサイズのサファイアが含まれている。右の写真のケースには、サファイアとともに採取されたジルコンも収められている。これらのサファイアはすべて加熱されたものであるが、この他にベリリウム(Be)拡散加熱処理されたものもあるという。これらの石の加工は現地ではなく、知人に頼んで海南島外で加工されたようである。カット・研磨は前述した山東省でも可能であるが、Be拡散処理は中国国内ではなく、タイで行われたとのことである。図5は筆者の1人(趙)が採取したサファイアとジルコンであり、サイズは大きくないが、風化土壌の中から比較的容易に見つけることができた。

図5. 筆者の1人(趙)が現地で採取した石。ブルーサファイア2点と赤褐色のジルコン2点である。丸く見えるのは自然風化の影響であり、加工はされていない。

 

図6. 今回のサンプルとなる現地で入手したサファイア原石4点。重量は①3.11 ct、②1.80 ct、③ 1.95 ct、④ 0.85 ct。

今回、現地で入手したブルーサファイアの原石4点について宝石学的検査を行った。サイズは、0.85~3.11 ctですべて非加熱である(図6)。これらの石は、比較的に明るい青色から黒く見えるほどの濃青色を呈する。サンプル④以外は透明度が非常に低く、特にサンプル①と③は可視光の透過率が著しく低かった。
紫外-可視反射スペクトルの測定結果により、いずれのサンプルにおいても鉄(Fe)関連の吸収が強く、火成岩起源の特徴を示していた(図7)。特に、860 nm中心のFe2+/Fe3+イオン対の強い吸収が火成岩起源を示唆する特徴である。比較のため、CGLが所有するタイ産のブルーサファイア原石のスペクトルも共に示した。両産地のサファイアは同じ火成岩起源のためスペクトルが類似している。

図7. サンプルと参照用のタイ産原石の紫外-可視反射スペクトル。青線はサンプルで、赤線はタイ産原石である。データは見やすくするためにオフセットしている。

 

図8. サンプルフーリエ変換赤外吸収スペクトル。Ti-OHとカオリナイトによる吸収が見られる。データは見やすくするためにオフセットしている。

フーリエ変換赤外吸収スペクトル(FTIR)では、すべてのサンプルにおいて3309 cm-1付近のTi-OHに起因する吸収が確認された(図8)。さらに、いずれのサンプルにもカオリナイトインクルージョンによる吸収が観察された。カオリナイトの吸収自体は原産地鑑別の指標にはならないが、大抵の場合は非加熱の特徴となることが知られている。
ヨウ化メチレンに浸液し、ファイバー光を用いて拡大観察を行ったところ、クラウドによる乳白色の縞模様が確認された(図9)。この種のインクルージョンは他の火成岩起源ブルーサファイアにも見られるが、海南島産ブルーサファイアの重要な特徴の一つだと考えられる。その他、微細な液体インクルージョンや双晶面なども観察された(図10-11)。残念ながら、今回のサンプルから鉱物種を同定できる結晶インクルージョンは発見されなかった。

図9. サンプル④、③、②に見られる乳白色縞模様。

 

図10.サンプル②に見られる微小液体インクルージョン。

 

図11.サンプル④に見られる双晶面。

LA-ICP-MS·による微量元素分析の結果からも、海南島産ブルーサファイアが火成岩起源であることが裏付けられた。図12に示すGa/Mg-Feプロット図において、海南島産ブルーサファイアのプロットは他の火成岩起源ブルーサファイアと同じ領域に位置している。また、火成岩起源ブルーサファイアの中でも、ガリウム(Ga)の含有量が高いという特徴があり、他の産地からの火成岩起源ブルーサファイアと比較的良く分離できることがわかった(図13)。

図12. LA-ICP-MSによる分析結果を用いたGa/Mg-Feプロット図は変成岩起源と火成岩起源のブルーサファイアの分別によく用いられる。赤い×印が海南島産サファイアを示す。

 

図13. LA-ICP-MS分析結果を用いたFe-Gaプロットは海南島産ブルーサファイアを他の火成岩起源のブルーサファイアから比較的良く分離できる。赤い×印が海南島産サファイアを示す。

微量元素分析について、もう一つ注意すべき点がある。前述したように、海南島産ブルーサファイアは色が非常に濃い傾向があるため、青色を軽減するためにBe拡散加熱処理が施される可能性がある。そのため、加熱の兆候が見られる石についてはBeの有無を調べる必要がある。Emori et al. (2024)によると、天然起源のBeが火成岩起源サファイアのナノインクルージョンに由来すると考えられ、スリランカイトや未知の鉱物中にチタン(Ti)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)などの元素と同時に存在すると報告されている。今回分析した海南島産ブルーサファイアは非加熱であり、Be拡散加熱処理は施されていないにもかかわらず、Beが検出され、同時にNb、Taも検出された。これらの元素の濃度が示すは線形的な相関関係は、この石に含まれるBeは天然起源であることを強く示唆する(図14)。

図14. LA-ICP-MSによる海南島産ブルーサファイアが含有するBe、Nb、Ta濃度の関係性。

海南島産ブルーサファイアは現在商業的な開発は行われていないものの、その豊富な埋蔵量によって将来的には有望な産地となる可能性が十分に秘められている。火成岩起源を示す特徴が多く認められる上、高いGa含有量などの微量元素特徴もあり、他の産地のサファイアと分離できる有効な指標は多い。また、Be拡散加熱処理される可能性も高いが、鑑別する際はBeと同時に検出されるNbやTaとの濃度関係に注意し、検出されたBeが天然起源なのか人為的な拡散により導入されたものか慎重に判断する必要がある。今後は現地での採掘状況や市場流通の進展を見据え、引き続き詳細な調査とデータの蓄積が求められる。

参考文献
  • Furui Wang. (1988). The sapphires of Penglai, Hainan Island, China. Gems & Gemology, 24(3), 155-159.
  • Guang-Ya Wang, Xiao-Yan Yu & Fei Liu. (2022). Genesis of Color Zonation and Chemical Composition of Penglai Sapphire in Hainan Province, China. Minerals, 12(7), 832.

日本鉱物科学会2025年年会・総会参加報告

2025年9月PDFNo.70

リサーチ室 北脇裕士

去る2025年9月10日(水)から12日(金)までの3日間、山口大学吉田キャンパスにて日本鉱物科学会2025年年会・総会が開催されました。Covid19の影響で2020年と2021年はオンラインでの開催のみ、2022年~2024年は現地とオンラインのハイブリッドで開催が行われました。2025年は研究交流をより活発にするためと現地LOC(Local Organizing Committee)の負担軽減のため現地開催のみとなりました。CGLリサーチ室からは筆者が参加し、口頭発表を行いました。以下に概要を報告致します。

山口市のシンボル国宝瑠璃光寺五重塔
奈良県の法隆寺と京都府の醍醐寺にある五重塔とともに日本三名塔と言われている。

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science、JAMS)は、鉱物や岩石およびそれらをキーワードとした様々な分野の学問の発展と普及を目的とした学術団体です。2007年に「日本岩石鉱物鉱床学会」と「日本鉱物学会」が合併して発足し、2016年に一般社団法人化しました。元々、日本岩石鉱物鉱床学会では、岩石学、鉱物学,鉱床学,およびこれらと密接に関連した諸科学の発展と普及を目的とした研究等が行われておりました。また、日本鉱物学会は、元来、日本地質学会の一部として活動をしておりましたが、鉱物学のさらなる進歩・発展のため、日本地質学会から独立をし、鉱物学の基礎的テーマに加え、鉱産資源やセラミックスに代表される無機材質など応用分野での最先端の課題や社会的テーマにも取り組んできました。日本岩石鉱物鉱床学会と日本鉱物学会の合併により、学術雑誌(和文誌・英文誌)の刊行や研究集会の開催などの学会活動の拡充や、学術領域の拡大が進められてきました。年に1度の年会(成果発表会)では、地球外物質や火山、環境問題など、従来の岩石学・鉱物学の分野を超えた様々な視点からの討論が繰り広げられています。そのほか、講演会や一般普及を目的としたイベントや行事の企画・開催にも力をいれています。2016年10月の一般社団法人化以降の年会・総会は、2017年愛媛大学、2018年山形大学、2019年九州大学で開催されました。2020年は東北大学、2021年は広島大学で開催が計画されていましたが、Covid-19の影響でオンラインのみでの開催となりました。2022年は新潟大学、2023年は大阪公立大学、2024年は名古屋大学でそれぞれ現地とオンラインのハイブリッド形式で開催されました。そして2025年は山口大学で現地開催のみとなりました。

山口大学山口地区吉田キャンパス正門

 

正門に掲げられた教育理念

山口大学は、長州藩士「上田鳳陽」によって、1815年に創設された私塾「山口講堂」を起源とし、明治・大正期の学制を経て、1949年に地域における高等教育および学問研究の中核たる新制大学として創設されました。2015年には山口講堂の創設から創基200周年を迎えています。山口大学は9学部、8研究科を擁し、学生1万人以上が在籍する基幹総合大学です。「発見し・はぐくみ・かたちにする 知の広場」を理念として、地域の知の拠点として、地方創生に貢献しています。また、明治維新を成し遂げた、新たな世界へのチャレンジ精神を受け継ぎ、12万人以上の卒業生が全国各地、世界各国の幅広い分野で活躍しています。

山口大学は山口地区の吉田キャンパスの他に宇部地区には医学部と工学部が、光地区には教育部の付属小学校と中学校があります。
今回会場となった吉田キャンパスには新幹線の新山口駅から山口線に乗り換え6つ目の湯田温泉駅が最寄り駅となります。駅からは徒歩でも可能ですが、バスで15分ほどの距離感です。
山口市は山口県のほぼ中央に位置し、西の京と呼ばれています。アメリカのニューヨーク・タイムズ紙が発表した「2024年に行くべき52カ所」で、世界各地の旅行先の中で日本から唯一山口市が選ばれ3位となりました。 記事内では、国宝瑠璃光寺五重塔(香山公園)や陶芸工房、コーヒーショップ、郷土料理をカウンターで提供する店、湯田温泉が挙げられています。湯田温泉はけがをした白狐が傷を癒していたという伝説が伝わることから「白狐の湯」とも呼ばれ、街のあちこちに白狐をモチーフにしたオブジェがあります。幕末には高杉晋作や伊藤博文等の維新志士たちが逗留した地としても知られています。

湯田温泉駅前の巨大な白狐のモニュメント

講演会について

2025年の年会は、吉田キャンパスの共通教育棟において8つのレギュラーセッション(R1-R8)と3つのスペシャルセッション(S1-S3)に分かれて3日間行われました。R1の「鉱物記載・分析評価「のセッションは宝石学会(日本)と、R7の「岩石・鉱物・鉱床」のセッションは資源地質学会と、S1の「火成作用のダイナミクス」のセッションは日本火山学会とそれぞれ共催です。筆者は2010年の島根大学で行われた年会から参加しており、2011年の年会からはR1のセッションでの口頭発表を継続しています。R1の「鉱物記載・分析評価」のセッションは、鉱物の記載・評価およびそれらを可能にする分析手法に関する研究が対象です。鉱物の様々な特徴(産状・形態・内部組織・結晶構造・組成・流体包有物・固相包有物・結晶欠陥など)、新鉱物記載、宝石鑑別、およびそのための鉱物の分析手法・解析手法の開発についての発表が募集されています。2020年以降、宝石学会(日本)と共催セッションとなり、宝石学会(日本)の会員もこのセッションへの参加が可能となりました。筆者も微力ながらコンビーナーとしてこのセッションの運営に協力しています。

講演会の会場となった共通教育棟

 

会場への案内板

今年のR1セッションには14件の口頭発表と19件のポスター発表がありました。これらの内、宝石学会(日本)の会員は3件の口頭発表と1件のポスター発表を行いました。以下に宝石学会(日本)会員の発表内容を紹介します。
神田久生氏は「アポフィライトの条線について」という演題で、アポフィライトの条線が劈開面に直角なのはなぜかという疑問を自身の合成ダイヤモンドの製造経験を踏まえて口頭発表されました
筆者は「IIb型とI型(ホウ素と窒素のカラーセンタ)が混在する特異な天然ダイヤモンド」という演題で口頭発表を行いました。Ⅱb型は本来窒素のないⅡ型の中でもホウ素を含有することで電気伝導を有するものですが、赤外分光においてホウ素と窒素が共存するダイヤモンドを分析した結果を報告しました。
阿依アヒマディ氏は「ジンバブエ産天然ダイヤモンドの特徴及び成長環境についての考察」という演題で口頭発表されました。2000年以降、ジンバブエクラトンからダイヤモンドが発見され、マランゲとムロワ地域から採掘されています。特にマランゲからは六八面体の自然放射線を強く蒙った暗緑色から黒色のものを多く産出しています。
川崎雅之氏が「群馬県南牧村の鉱物」についてポスター発表をされていました。南牧村中西部の砥沢附近にはデイサイト質斑岩(砥沢岩体)が貫入しており、これに伴う熱水活動により生成したと考えられる自然金、輝安鉱、鶏冠石など多くの鉱物が紹介されました。

賑わいを見せたポスターセッションの様子

総会および受賞講演について

総会は2日目の朝9時より大会場にて行われました。総会は定足数 (会員859名の10分の1)以上が必要となりますが、今回の総会は当日参加者98名、オンライン8名(総会はオンライン参加が可能)、委任状26名と定足数を超え、無事成立となりました。総会に先立ち物故会員への黙祷が捧げられ、広島大学の井上徹会長の挨拶の後、2024年度の事業報告、2025年度の事業計画、収支予算が報告され、決議事項を経て無事終了しました。報告事項の和文誌:岩石鉱物科学(GKK)編集報告の中で鉱物名の表記についての説明がありました。宝石学における鉱物名表記の指針となると思われますので紹介します。「現在、鉱物の正式な和名は決定されておらず、決定する機関もないことが問題提起された。もともと理科の教科書で表記が統一されていないという問題があり、GKKとしての方針も決まっていなかったことから、まずはGKKの方針を決定した。近日中に鉱物の和名表記ルールを投稿規定に追記予定である。また鉱物の正式な和名をどのように決定するかについて議論された結果、新鉱物国内委員会のメンバーに、理事会のメンバーを数名加えたWGを立ち上げることが承認され、今後の方針を議論していくこととなった。議論の結果、鉱物名の表記は、以下の方針に従うことを推奨する。本文中では、初出時に和名と英語名を併記する。以降は英語名の使用を避け、和名を用いる。広く使用されている和名が存在する場合は、原則として漢字表記を用いる。漢字が読みづらいと判断される場合は、ひらがなでの表記も可とする。和名が存在していても広く使用されていない場合、または漢字表記がない場合、あるいは和名が存在しない場合は、名前の由来になった原語の発音に近い片仮名表記を用いることを基本とする。なお、通称や別称の使用は避ける。また,本文中では鉱物名の表記を統一し、異なる表記の混在は避ける。」

大会場で行われた総会の様子

総会の後、小休憩を挟んで授賞式および受賞講演が行われました。授賞式では、日本鉱物科学会賞、渡邉萬次郎賞、日本鉱物科学会論文賞、日本鉱物科学会研究奨励賞、日本鉱物科学会応用鉱物科学賞、櫻井賞、JMPS学生論文賞の各賞が授与されました。各受賞者が登壇され、井上会長より授賞理由が述べられ栄誉が称えられました。
各賞は研究内容や提出された論文が審査の対象となりますが、渡邉萬次郎賞は長年の鉱物科学に対する功績が称えらえます。第41回の受賞者は周藤賢治永年会員で、長年にわたる岩石学、特に火成岩岩石学の研究により日本海拡大のテクトニクスの確立に大きく貢献したこと、学生指導など研究教育にも多大な貢献をしたことが授賞理由となっています。筆者は周藤永年会員が新潟大学在職29年間の間にご指導いただいた49名の卒業生の第一期生となります。先生の学問に対する情熱と厳しさは生涯忘れることができません。この度の受賞を心よりうれしく思っております。

渡邉萬次郎賞を受賞された周藤賢治永年会員(右)
と井上徹会長(左)

授賞式に引き続いて各賞受賞者による受賞講演が4件行われました。日本鉱物科学会賞第31回受賞者の富岡尚敬会員(海洋研究開発機構高知コア研究所)による「高温高圧下における惑星物質の相転移と変形の挙動解明」、日本鉱物科学会賞32回受賞者の宇都宮聡会員(九州大学大学院理学研究院化学部門)による「福島第一原発事故で放出された高濃度放射性セシウム含有微粒子に関する先導的研究」、日本鉱物科学会研究奨励賞第37回受賞者の大柳良介会員(国士館大学理工学部理工学科)による「沈み込み帯や海洋底における岩石―水相互作用プロセスの解読」、則竹史哉会員(山梨大学大学院総合研究部)による「原子モデルに基づくけい酸塩溶融体の粘性支配因子の解明」の発表がありました。

毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物科学に関する研究が発表されています。宝石学は鉱物学と密接な関係があり、このような学術会議に参加・聴講することで最先端の知識を得られる他、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深め、宝石学の研究を進めるため新たな活力を得ることができます。CGLリサーチ室からも毎年日本鉱物科学会年会に参加して研究発表を行っています。
鉱物科学会年会での研究発表は毎年10以上のセッションに分かれて行われますが、R1の「鉱物記載・分析評価」のセッションは宝石学会(日本)と共催となっています。宝石学会(日本)の会員であれば一般会員としてR1セッションに参加(講演を含む)可能です。
次年度の鉱物科学会年会・総会は2026年9月24日(木)~9月26日(土)東京大学で開催される予定です。R1セッションでは宝石学関連の招待講演も検討されています。日本鉱物科学会の年会は鉱物科学と宝石学を繋ぐ貴重な機会となっています。宝石学会(日本)の会員の方々にもぜひ参加をしていただきたいと思います。

CGLにおける色石の原産地鑑別

2025年9月PDFNo.70

CGLでは現在「コランダム」と「パライバ・トルマリン」「エメラルド」の原産地鑑別サービスを行っており、2025年11月より新たに「アレキサンドライト」の産地鑑別の受付も開始予定です。原産地鑑別サービスは、通常の鑑別書に加え、分析結果報告書を付随させるという形で提供させていただいています。
原産地についての結論は、中央宝石研究所が保有する既知の標本およびデータベースとの比較、現時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたものです。このレポートに記した地理的地域は、検査した宝石の出所を保証するものではなく、最も可能性の高いとされる起源を記述した中央宝石研究所の意見です。いくつかの産地においては極めて類似した特徴を示すことがあり、特定の産地を記述できないケースもあります。また、記述された産地は宝石の品質や価値を示唆するものでもありません。
また、原産地の鑑別にはLA-ICP-MS分析を必要とする場合があり、LA-ICP-MS分析同意書が必要となります。

◆アレキサンドライトの原産地鑑別NEW

アレキサンドライトはクロム(Cr)を含有し、変色効果を有するクリソベリルの変種です。変色効果はアレキサンドライトの一番の特徴であり、太陽光下では寒色(緑色系)、白熱灯下では暖色(赤色系)を呈します。そのため、「昼はエメラルド、夜はルビー」とも言われ、独特な美しさを有する希少な宝石です。アレキサンドライトの原産地鑑別は2025年11月より開始します。通常の宝石鑑別書に加え、原産地を記載した分析報告書が付属します。

(アレキサンドライトの原産地鑑別は、CGL通信69号「アレキサンドライトの原産地鑑別」/https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/69/123.html)に詳しく書かれています)

記載可能な産地(例):
ブラジル、ロシア、インド、スリランカ、タンザニア、マダガスカル

アレキサンドライトの産地鑑別レポート

◆コランダムの原産地鑑別

ルビー、ブルーサファイアの原産地鑑別は、「非加熱コランダムレポート」サービスに追加する形で行っております。「非加熱コランダムレポート」サービスでは通常の宝石鑑別書に加え、そのコランダムが加熱されていない(非加熱)か、加熱されているかを示した分析報告書が付随します。
原産地鑑別の結果は、この分析報告書に記載することが可能となっております。

記載可能な産地(例)
ルビー: ミャンマー、ベトナム、モンザビーク、マダガスカル、スリランカ、タンザニア、タイ、カンボジア、タジキスタン、グリーンランド、等
ブルーサファイア:スリランカ、ミャンマー、マダガスカル、カシミール、タイ、カンボジア、ナイジェリア、タンザニア、オーストラリア、モンタナ、等

原産地の記載は原則国名ですが、伝統的な通称名がある場合はその限りではありません。
例:モンタナ、カシミール、東アフリカなど

非加熱コランダムレポートに原産地を記載した分析報告書

◆エメラルドの原産地鑑別

エメラルドの原産地鑑別につきましては通常の宝石鑑別書に加え、原産地を記載した分析報告書が付属します。エメラルドノンオイルレポートを用いる場合は、ノンオイルレポート(分析報告書)に原産地を記載します。

記載可能な産地(例):
コロンビア、ザンビア、ブラジル、ロシア、エチオピア、ナイジェリア、ジンバブエ、マダガスカル、パキスタン、アフガニスタン等

エメラルドの産地鑑別レポート

 

エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート

◆パライバ・トルマリンの原産地鑑別

現在、パライバ・トルマリンは、銅が主たる色の原因であるブルー~グリーンの宝石トルマリンのことを言い、ほとんどがエルバイト・トルマリンです(一部リディコータイト)。パライバ・トルマリンの産出当初、原産地はブラジルに限定されていましたが、現在ではナイジェリア、モザンビークにおいても同様のトルマリンが産出されています。
パライバ・トルマリンの名称は、分析報告書に限定されており、原産地鑑別はパライバ・トルマリン分析報告書に追加で記載する形を取っています。

記載可能な産地(例)
ブラジル、モザンビーク、ナイジェリア

パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書

◆LA-ICP-MS分析とは

宝石鉱物は母岩や産出環境といった地質学的な環境情報を保持しています。宝石鉱物の構成成分を分析することは、その母結晶の地質環境、産状を特定することに繋がるため、原産地鑑別における重要な情報となります。
LA-ICP-MSはLA(レーザーアブレーション)装置とICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析)の2つの装置を組み合わせた分析装置です。LAは宝石にレーザー光を照射し、そのエネルギーで宝石の極微小領域を微粒子化する装置です。ICP-MSはLAで生成された微粒子を、約9,000Kに達するプラズマをイオン化源として測定する
質量分析器です。蛍光X線元素分析装置では測定不可能なLi(リチウム)、Be(ベリリウム)といった軽元素の測定ができる他、非常に高感度(数百ppb~)の分析能力を有します。
CGLではLA-ICP-MSを用いて依頼されたサンプルの微量元素含有量を分析し、原産地毎の微量元素データベースと比較することで原産地鑑別に役立てています。
LA(レーザーアブレーション装置)で分析する際、宝石のガードル部分に55 mmの分析痕が残ります(右写真参照)。これは日本人女性の平均的な髪の毛の細さ80 mmよりも細く、宝石を扱う際によく用いられる10倍のルーペでは発見が困難なサイズとなります。

CGLで使用しているLA-ICP-MS。NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP-MS)

 

ブルーサファイアのガードルにおけるLA-ICP-MS分析痕

アレキサンドライトの原産地鑑別

2025年8月PDFNo.69

リサーチ室 趙政皓 江森健太郎 北脇裕士

ブラジル産アレキサンドライト1.65 ct、左:自然光下、右:白熱灯下*

アレキサンドライトはクロム(Cr)を含有し、変色効果を有するクリソベリルの変種である。19世紀ロシアで発見されて以来、注目の宝石となった。変色効果はアレキサンドライトの一番の特徴であり、太陽光では寒色(緑色系)、白熱光では暖色(赤色系)を呈する。そのため、「昼はエメラルド、夜はルビー」とも言われ、独特な美しさを有する希少な宝石である。19世紀から現在に至るまで、最初の原産地であるロシアの他、ブラジル、スリランカ、インド、タンザニアなどでもアレキサンドライトが発見されている。加えて昨今の流通の透明性などに対する社会的欲求のため、アレキサンドライトの原産地鑑別の重要性が急速に高まっている。宝石の原産地鑑別には原産地毎のサンプル収集し、データベースの構築が不可欠であるが、アレキサンドライトは基本的に他の鉱物を採掘する際の副産物として産出するため、出所が明確なサンプルを収集するのが難しい。
本稿では、原産地情報が既知のサンプルから、アレキサンドライトの原産地と産地別特徴について概要を説明する。

アレキサンドライトの形成

クリソベリルの化学組成はBeAl2O4であり、ベリル(Be3Al2Si6O18)と同じくベリリウム(Be)を含有する鉱物の一種である。そして、アレキサンドライトの色とその変色効果もエメラルドの緑色と同じく微量元素として含まれるクロムイオンCr3+によるものである。Beは大陸地殻、Crは海洋地殻や上部マントルに濃縮しやすいため、両者が共存することができる地質学的条件は限定されている。特にアレキサンドライトとエメラルドは両者ともにBeとCrが共存する地質環境で形成されるため、同じ鉱山で採掘されることがある(図1)。その場合、エメラルドは主成分にケイ素(Si)を含むため、よりケイ素に富むペグマタイトに近い位置に形成し、アレキサンドライトはペグマタイトから遠い位置に形成する。アレキサンドライトの形成にはケイ素に乏しくベリリウムに富むというエメラルドよりも限定された条件が必要なため、アレキサンドライトはエメラルドよりも希産となる。

図1.アレキサンドライトの典型的な形成過程。片岩ホスト型エメラルドの形成過程とほぼ一致する。(片岩ホスト型エメラルドの形成過程についてはCGL通信 vol. 62、67号に詳しく掲載されています)

かなり限定された条件で形成されるため、アレキサンドライトは希産であり、基本的にエメラルドや他の種類のクリソベリルの鉱山で副産物として産出される。図2では、現在世界中の重要なアレキサンドライト原産地を示しており、アレキサンドライトを主として採掘するための鉱山はブラジルの一部にしか存在しない。以下にアレキサンドライトの主要な原産地の特徴について紹介する。

図2. 世界中に存在する商業的な重要なアレキサンドライトの原産地。

ロシア

ロシアのウラル山脈地区に位置する鉱山は1830年代、アレキサンドライトが最初に発見された場所である。現在でも重要な産地であり、ロシア産アレキサンドライトは非常に人気が高い。アレキサンドライトという名前は発見当時の皇太子、後の皇帝アレクサンドル二世に由来するとされている。アレキサンドライトは主にエメラルドを含むベリルを採掘するための鉱山において副産物として雲母片岩脈から産出していた。この地区のアレキサンドライトは品質が良く、ロシアは長らくアレキサンドライトの最も重要な産地になっていた。しかし、20世紀に入ってからは鉱山が衰退しはじめ、やがてソビエト連邦の崩壊と同時期にアレキサンドライトの採掘は停止された。近年では、ロシア国内と海外の企業が協力して再開発を努めているようである。

図3. ロシア産アレキサンドライトに見られる結晶インクルージョンの一種。

ロシアのアレキサンドライトではしばしば結晶インクルージョンや液体インクルージョンなどが観察できるが、これらは他の産地でも観察されており、原産地特徴とはなりにくい(図3-4)。先行研究(Sun et al. 2019)によると、トルマリンの一種であるドラバイトはロシア産アレキサンドライトに特有の結晶インクルージョンであるが、めったに観察されない上、他のトルマリン結晶と混同する恐れもある。我々の観察ではロシアの石にのみ大きな二相インクルージョンが観察されているが、観察できる頻度が低く、原産地鑑別の指標となるかどうかは継続した調査が必要である(図5)。

図4. ロシア産アレキサンドライトに見られる液体インクルージョン。

 
図5. ロシア産アレキサンドライトに見られる大きい二相インクルージョン。

ブラジル

ブラジルには複数のアレキサンドライト鉱山があり、その大多数はミナス・ジェライス州に集中している。その中で最も有名なのはヘマチタである。ヘマチタは世界有数のアレキサンドライト鉱山であり、副産物としてではなく、アレキサンドライトを採掘する目的の鉱山である。国際市場において、ヘマチタが代表するブラジル産アレキサンドライトはロシア産と同程度の評価を得ている。その他、他国の鉱山と同じく、アレキサンドライトを副産物として産出している鉱山が複数ある(例えば、エメラルド鉱山であるバイーア州のカルナイバや、クリソベリル鉱山であるゴイアス州のセラ・ドウラダなど)。

ヘマチタも創業当初はアレキサンドライトではないクリソベリルを採掘するための鉱山であった。1975年から1988年にかけてアレキサンドライトが採掘されており、1980年代初頭にその採掘量はピークに達した。その時期はロシア産などの他の供給源がほぼ衰退または枯渇していたため、ブラジルは世界最大のアレキサンドライトの供給源であり、ヘマチタ産の高品質なアレキサンドライトは日本にも多く輸入されていた。アレキサンドライトを扱うディーラーによると、現在ヘマチタ鉱山は規模が大幅に縮小され、小粒のものが限定的に生産されているらしい。

図6. ブラジル産アレキサンドライトに見られる結晶インクルージョンと微小液体インクルージョン。

 
図7. ブラジル産アレキサンドライトに見られる金属光沢の黒い鉱物インクルージョン。

ブラジル産のアレキサンドライトにはしばしば結晶インクルージョンや微小液体インクルージョンが観察できるが、こちらも他の原産地の石にも見られるため原産地特徴にはならない(図6)。金属光沢を有する硫化物インクルージョンは一定の頻度で観察できる原産地特徴ではあるが(図7)、他の産地においても観察されることがある。観察される頻度は少ないが、八面体のフルオライトの結晶はブラジル産の特徴となる(図8)。その他、平行に並ぶクラウド(図9)や鉄錆びを含むチューブインクルージョン(図10)がよく観察される。

図8. ブラジル産アレキサンドライトに見られる八面体のフルオロライト。

 

図9. ブラジル産アレキサンドライトに見られる平行で並ぶクラウド。

 
図10. ブラジル産アレキサンドライトに見られる鉄さびを含むチューブ。

インド

インドもアレキサンドライトを数多くの鉱山から産出しており、それらはウッタル・プラデーシュ州、チャッティースガル州、オリッサ州、アーンドラ・プラデーシュ州、タミル・ナードゥ州、ケーララ州の複数の州に分布している。これらは主にクリソベリルや、クリソベリル・キャッツアイなどを採掘するための鉱山である。アレキサンドライトは採掘物の中に混入しており、それらはペグマタイトとぺリドタイトの間の黒雲母片岩内から産出する。比較的よく知られているのは2000年から採掘がスタートしたチャッティースガル州の鉱山であるが、2004年12月鉱山が浸水のため閉鎖され、現在は事実上生産が停止している。インド産アレキサンドライトは色変化の弱いものが多いが、稀にロシアやブラジル産に匹敵する高品質な素材も産出している。インド産のアレキサンドライトは産出量が多く世界中に流通していると考えられているが、ブラジルやスリランカなど他の国で研磨されることも多いため、他国産のアレキサンドライトとして流通することがあるので注意が必要である。

インド産アレキサンドライトは他の産地と比べ緑味が強いため、見た目からある程度推測することも可能である。インド産アレキサンドライトはバナジウム(V)の含有量が他の産地よりも多く、また鉄(Fe)の含有量が低いことが緑味の原因であると考えられる。他の原産地でもよく見られるようなインクルージョンの他には、小さな楕円形と針で構成されるインクルージョンが高い頻度で観察できるため、原産地鑑別の有力な指標となりうる(図11)。ただ、針のみのインクルージョンは他の原産地にも見られるため混同しないように注意する必要がある。

図11. インド産アレキサンドライトに見られる小さな楕円と針で構成されるインクルージョン。

スリランカ

スリランカにおいてアレキサンドライトを採掘できる鉱床は遥か昔から存在していたとも考えられているが、1920年代以前の状況について信頼できる情報はない。採掘可能な鉱山は複数存在していたようだが、どの鉱山も漂砂鉱床であり、出所の母岩は不明である。スリランカにおいてもっとも重要なのはラトゥナプラであり、ここではコランダムやクリソベリルなども産出されている。ここでは1980年代終わりまで供給が続いていたが、現在はほぼ枯渇している。
大多数のスリランカ産アレキサンドライトの色変化はロシアやブラジル産よりは弱く、太陽光下でも白熱光下でも黄色味が強く帯びる傾向にあるが、色変化が顕著なものも産出されることがある。スリランカ産アレキサンドライトはクラリティが高く、サイズも大きいものが多く採掘されるため国際市場での注目度は高い。しかし、本稿を纏めるにあたってスリランカ産であると出所が確認できる石は少なく(以下に記すタンザニア産の一部がスリランカ産として流通している可能性が高い)、情報収集は困難であった。スリランカ産のアレキサンドライトには白い繊維や微粒子で構成されるクラウドのようなインクルージョンと折り曲がるようなセクターバウンダリーが観察された (図12-13)。

図12. スリランカ産アレキサンドライトに見られる白い繊維と微粒子で構成されるインクルージョン。

 
図13. ヨウ化メチレンに浸液することで観察できるスリランカ産アレキサンドライトの曲がったセクターバウンダリー。

タンザニア

タンザニアにはアレキサンドライトを産出する地区がタンザニア北部アルーシャ州マニャラと南部ルヴマ州トゥンドゥルの2箇所あり、それぞれから異なった特徴を有するアレキサンドライトが産出している。そのうちの1つアルーシャ州マニャラはエメラルドの原産地の一つであり、アレキサンドライトはエメラルドと共に一次鉱床から採掘される。1980年代初頭に大量に産出され以来、現在も産出が続いているようである。もう1つの南のルヴマ州トゥンドゥルは有名なバナジウムクリソベリルの産地ではあり、色変化が乏しいアレキサンドライトを産出している。この地域の鉱床は二次鉱床であり、採掘が比較的容易だった地域ではすでに枯渇しているようである。また、トゥンドゥルの他の地域はアクセスの困難や環境への懸念などのため2000年後半から採掘が停止しているようである。
マニャラ産のアレキサンドライトにはアクチノライト、雲母、丸みを帯びたメタミクト ジルコンのインクルージョンが報告されているが、特徴あるインクルージョンが存在しないことも多くある。トゥンドゥル産のアレキサンドライトは褐色の色帯が頻度高く観察され、この色帯によって石全体も濃い褐色を帯びた色になっていることが多い(図14)。

図14. タンザニア・トゥンドゥル産アレキサンドライトに見られる褐色色帯。

マダガスカル

マダガスカルはエメラルドも産出する一次鉱床であるマナンジャリと、クリソベリルが主に産出る二次鉱床のイラカカの二つの産地がある。しかし、アレキサンドライトの産出に関する詳細な情報がなく、採掘の経緯と状態は詳しく知られていない。ただ、近年流通量が増えているようである。数多くないが、これまでに検査したマダガスカル産のアレキサンドライトには平行に並ぶ微小インクルージョンが観察された (図15)。

図15. マダガスカル産アレキサンドライトに見られる平行に並ぶ微小インクルージョン。

スペクトル分析

スペクトル分析を用いてアレキサンドライトの原産地を決定することは極めて難しいが、分光特徴を理解することで原産地を絞り込むことが可能である。宝石の鑑別の現場でよく使われているフーリエ変換赤外(FTIR)スペクトルでは、主にロシア産とブラジル産の一部の石を他の産地のものと区別することができる。図16では例としてロシア産とインド産アレキサンドライトのFTIRスペクトルを示しているが、両者共に3225 cm-1前後の位置に吸収がある。この吸収の位置は測定する石の方位によって変化することはなく、原産地によって特徴があり、表1のように2グループに大別できる。吸収位置が低波数側(3225 cm-1以下)にあるのはロシアとブラジル・ヘマチタ産の石であり、吸収位置が高波数側(3225 cm-1以上)にあるのはその他の原産地の石となる。

図16. ロシア産とインド産アレキサンドライトのFTIRスペクトル。3235 cm-1付近の吸収の位置に違いがある。

 

紫外-可視-近赤外(UV-Vis-NIR)スペクトルは主にインド産アレキサンドライトの一部を特定することに有用である。図17に示したようにアレキサンドライトのUV-Vis-NIRスペクトルには主にCr3+とFe3+による吸収バンドが見られる。しかし、インド産アレキサンドライトは鉄含有量少なく、一部の石ではFe3+による吸収観察されない。また、V含有量が高いため、420 nmと580 nm付近のバンドの中心位置が他の産地の石と異なる。

図17. ロシア産とインド産アレキサンドライトのUV-Vis-NIRスペクトル。380 nm付近のFe3+吸収が大きな違いがある。

微量元素分析

先行研究でも報告されている(e.g. Sun et al. 2019)ように、アレキサンドライトの原産地鑑別にはLA-ICP-MSを用いた微量元素分析は極めて有効な手段である。特にガリウム(Ga)とスズ(Sn)の二次元プロットはアレキサンドライトの原産地鑑別に極めて有効であり(図18)、他の元素の組み合わせの二次元プロットと併用することで原産地を決定することができる。

図18. LA-ICP-MSによる微量元素のプロット図の一つであり、5つの産地のデータを示している。横軸がスズ(Sn)、縦軸がガリウム(Ga)である。

まとめ

アレキサンドライトは世界の限られた場所で産出する希少な宝石であり、その原産地によって市場の評価が大きく変わる。アレキサンドライトの原産地鑑別には、顕微鏡を用いた拡大検査、FTIRスペクトルとUV-Vis-NIRスペクトルはある程度の有効性を示しているが、より正確な原産地決定にはLA-ICP-MSによる微量元素分析が必要である。
本稿では、アレキサンドライトの原産地として市場性の高いロシア、ブラジル、インド、スリランカ、タンザニア、マダガスカルを紹介したが、他に知名度の低い産地も存在しており、その原産地鑑別には注意深く行う必要がある。

参考文献

[1] Alexandrite world occurrences & mining localities (n.d.) Alexandrite Tsarstone Collectors Guide, https://www.alexandrite.net/localities/index.html
[2] K. Proctor. (1988) Chrysoberyl and alexandrite from the pegmatite districts of Minas Gerais, Brazil. G&G, Vol. 24, No. 1, pp. 16–32, http://dx.doi.org/10.5741/GEMS.24.1.16
[3] Z. Sun, A. C. Palke, J. Muyal, D. DeGhionno, & S. F. McClure. (2019) Geographic origin determination of alexandrite. G&G, Vol. 55, No. 4, pp. 660–681, http://dx.doi.org/10.5741/GEMS.55.4.660

*…画像提供:(有)ワイティーストーン

宝石学会(日本)参加報告

2025年8月PDFNo.69

リサーチ室 趙政皓

令和7年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月14(土)岩手県岩手大学銀河ホール、懇親会が同大学中央食堂にて開催され、6月15日(日)には見学会が実施されました。中央宝石研究所からは8名が参加し、うち2名が発表を行いました。以下に概要を報告します。

岩手大学について

岩手大学は岩手県唯一の国立総合大学であり、1876年設置された盛岡師範学校を起源とします。1949年に岩手師範学校、岩手青年師範学校、盛岡農林専門学校、盛岡工業専門学校を統合して、岩手大学として設置されました。1902年に設置された日本初の高等農林学校である盛岡高等農林学校(第二次世界大戦中に盛岡農林専門学校と改名)を前身とし当校の卒業生として詩人・童話作家である宮沢賢治を輩出したことから大学内に「宮澤賢治センター」が設けられました。盛岡市にある本部や上田キャンパスに加えて、釜石キャンパス、立教大学と共同で設置した陸前高田グローバルキャンパス、その他研究所やサテライト・エクステンションセンターなどを持ち、総敷地面積は全国の国立大学で7番目の広さになります。今回の会場となった上田キャンパスはJR盛岡駅から約2 km、徒歩25分、バス利用でも10分程度とアクセスは良好で、市街地にありながら、緑に囲まれた広大な自然公園を思わせるキャンパスとなっています。

岩手大学正門

 
会場となった銀河ホール

総会・講演会

今年度の講演会は、1件の特別講演と20件の口頭発表が行われ(色石関連10題、ダイヤモンド2題、パール6題、その他1題)、参加者は57名でした。CGLリサーチ室からは「中国海南島産ブルーサファイアの特徴(趙政皓)」、「真珠鑑別におけるX線蛍光イメージングの定量化(江森健太郎)」の2題の発表を行いました。これらについては別途CGL通信にて詳細な報告を行う予定ですが、本会で発表された21件のうち一部抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に○)。

特別講演: 久慈産琥珀に秘められた健康機能性と地球の歴史

木村賢一(岩手大学農学部 名誉教授)
岩手大学農学部の木村賢一名誉教授は健康医療関連の分野における久慈産琥珀の特性と機能について講演いただきました。琥珀は無機物ではなく、太古の植物の樹脂の化石であり、世界各地で産出されますが、起源樹、年代と環境によって見た目や性質が大きく異なります。生物由来のため、生物活性物質を含み、医薬品や機能性食品への応用で期待できます。なかでも久慈産琥珀は多くの新規生物活性物質を含むため注目されています。それらの物質が多く形成された理由として、バルト海産などの琥珀より埋没環境が強いものの、スペイン産ほどは過激ではない、適度な埋没環境であったためと考えられます。これまでに、鼻づまり抑制効果が期待できるkujigamberolなどが発見されて、商品化が期待されています。将来的に、放射光を用いた分析なども検討しており、琥珀の可能性はまだあるとのことです。

“日本産” トラピッチェ・ガーネット: 奈良県二上山産ガーネット(金剛砂)の宝石学と鉱物学

〇三浦真・任杰(GIA Tokyo)
GIA東京の三浦真氏は奈良県二上山産ガーネットについて発表しました。奈良県二上山のガーネットは、古くから研磨剤の「金剛砂」として知られています。小さくて宝飾用として向かないかもしれませんが、色合いが濃く均質で綺麗です。今回調べたサンプルは展示会で入手したものと現地で採取したものの二グループがあり、両者で色合いが異なっていました。これは、二上山のガーネットには二種類の起源があることが原因かも知れません。展示会で入手したサンプルには珍しいトラピッチェ・ガーネットもあり、非常に微小ですが、日本国内でもトラピッチェ・ガーネットを採取できる可能性を示唆します。

トラピッチルビーの結晶成長過程についての考察

〇高橋泰(宝石美術専門学校)、渥美俊哉・山中淳二・有元圭介・山本千綾・篠塚郷貴・河村隆之介(山梨大学)、安保拓真(HORIBA)
宝石美術専門学校の高橋泰氏がトラピッチルビーの結晶成長過程について発表しました(トラピッチと上文のトラピッチェとは同じ言葉のため、以下はトラピッチェで表記します)。トラピッチェ結晶は歯車タイプと柱状タイプの二種類があり、どちらもコアと歯車部がありますが、柱状タイプの歯車部の間にデンドリティック・アームと呼ばれる部分があります。トラピッチェ結晶の成長過程に関する仮説はいくつかありますが、今回はラマン分光、EPMAなどを用いてトラピッチェ・ルビーの各部位を比較した結果、その成長過程はコア、歯車、アームの順で成長する可能性が最も高いことがわかりました。

最近、鑑別したレアストーンについて

〇鳴瀬善久(株式会社GSTV宝石学研究所)、阿依アヒマディ(Tokyo Gem Science合同会社&GSTV宝石学研究所)
GSTV宝石学研究所の鳴瀬善久氏がグリーン・アウイナイト、オレンジ・ソーダライト、ヴェイリネナイトの3種類のレアストーンについて発表しました。グリーン・アウイナイトはアフガニスタン産で、通常のドイツ産アウイナイトと比べてNa+や水の含有が多く、410 nmに吸収が強い特徴があります。オレンジ・ソーダライトは同じくアフガニスタン産で、ハックマナイトのようにフォトクロミズムがあり、紫外線照射すると赤味が強くなります。その赤みが白熱光や時間経過で弱くなります。ヴェイリネナイトはBeを含有するリン酸塩鉱物であり、Mn2+によって綺麗なピンク色を表します。その鑑別にはラマン分光が有効で、UV-Vis-NIRスペクトルにもMn2+の吸収が顕著です。

有機質宝石素材としての真珠貝の靭帯組織

〇桂田祐介(GIA Tokyo)、Artitaya Homkrajae・Amiroh Steen (GIA Carlsbad)
GIA東京の桂田祐介氏が新たな宝石素材として真珠貝の靭帯組織について発表しました。靭帯組織というのは、二枚貝の貝を繋げる部分とのことです。今回は38年前香港で購入したシロチョウガイの靭帯組織を研磨したものについて、調査を行いました。軽くて黒色不透明ですが、繊維状の美しい干渉色を示します。ラマン分光、UV-Vis-NIR、FTIRやX線マイクロラジオグラフィーなどではアミノ酸が検出され、同種貝(シロチョウガイ)の真珠と同じくMnが少なくSrが多く検出されるという特徴がありました。また、マトリックスはタンパク質で、繊維状組織はアラゴナイト結晶であるとわかりました。

X線照射により発する蛍光を用いた淡水産真珠の判別法について

〇矢﨑純子・佐藤昌弘(真珠科学研究所)、渥美郁男(東京宝石科学アカデミー) ・江森健太郎・北脇裕士(中央宝石研究所)
真珠科学研究所の矢﨑純子氏がX線蛍光観察を用いた淡水養殖真珠と海水養殖真珠(アコヤ養殖真珠)の判別について発表しました。一般的に、それらの鑑別には目視観察、紫外線蛍光、拡大検査、EDXRFによる微量元素分析が用いられていますが、ネックレス等の全量検査には時間がかかります。そこで、淡水養殖真珠が含有するMnがX線照射により緑色の蛍光を発するという特性を利用し、両者を判別する方法について検討しました。淡水養殖真珠はMnを含有するため、緑色の蛍光を発しますが、アコヤ養殖真珠も同様の蛍光を発する場合があります。アコヤ養殖真珠は、淡水産の核を使用しており、Mnを含有するため、真珠層の巻き厚が薄いと核の蛍光を反映した緑色の蛍光を発することが原因です。そのため、アコヤ養殖真珠は真珠層の厚さによって緑色の蛍光が見える場合がありますが、X線蛍光観察は淡水産真珠とアコヤ養殖真珠を判別する粗選別に有効であることがわかりました。

ブルー系アコヤ真珠の特徴と判別法

〇高石浩平・長谷川優・田澤沙也香・矢﨑純子(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の高石浩平氏がブルー系アコヤ真珠について発表しました。近年では、ブルー系アコヤ真珠は天然有機物によるナチュラルブルーの他、染色による着色ブルー、放射線照射ブルーおよび少量の放射線照射と染料による着色の両者が施されたブルーがあり、その鑑別が重要となっています。本研究では、目視観察、紫外線蛍光、光透過法、レントゲン、紫外線可視分光、蛍光分光を合わせた鑑別法が有効だと判断し、比較指標を作成しました。これらの目視と機器分析を組み合わせた鑑別手法は主にナチュラルブルーは未漂白であることに基づいたものであり、比較指標を用いることでより鑑別の精度が向上すると考えられます。

総会

6月14日(土)、宝石学会(日本)2025年度総会が開催されました。総会は、昨年度の活動報告や会計報告、今年度の活動予定、予算などについての報告が行われました。事業報告の後、宝石学会奨励賞の発表がありました。奨励賞はこれまでの研究発表を評価し、将来的に宝石学を担っていく若手に対して与えられるもので、本年度は、これまでに発表した「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析(2022年、オンライン)」「Cr含有赤色マスグラバイトの分析(2023年、フォッサマグナミュージアム、新潟)」「エメラルドの原産地鑑別における問題点(2024年、オーラム、東京)」「中国海南島産ブルーサファイアの特徴(2025年、岩手大学、岩手)」が評価され、筆者が受賞させていただきました。

奨励賞を受賞した筆者と宝石学会(日本)神田会長

懇親会参加報告

6月14日(土)、総会・講演会終了後、岩手大学中央食堂にて、懇親会が行われました。42名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。

懇親会の様子

見学会

 6月15日(月)、総会・講演会の翌日に見学会が実施され(1)マリンローズパーク野田川 (2)久慈琥珀博物館の2箇所の見学が行われ、宝石学会(日本)会員・賛助会員・非会員合わせて36名の参加がありました。前日の天気予報では、曇り~雨の予報でしたが、当日は快晴で非常に素晴らしい見学会日和となりました。

(1)マリンローズパーク野田川
 岩手県野田村にあるマリンローズパーク野田川では、かつて日本有数のマンガン鉱床だった「野田玉川鉱山」を観光坑道として公開しています。バラ輝石(ロードナイト)は野田村特産の美しいピンク色の鉱石で「マリンローズ」の名前は、このバラ輝石から来ています。全長1.5 kmの坑道を歩きながら採掘の歴史を学べる他、世界中から集められた1,200点以上の鉱石や化石が展示されています。またマンガンボーイズと称したアイドル風のマネキン達が館内を案内してくれるユニークな演出も魅力となっています。坑道内は年間通して10~12℃と非常に涼しく、夏の避暑や、ワインの貯蔵庫としても活躍しています。

野田玉川鉱山地下博物館入口

 
坑道内の様子

 
バラ輝石の展示

 
マンガンボーイズの皆様

(2)久慈琥珀博物館
 久慈琥珀博物館は、岩手県久慈市にある日本唯一の琥珀専門博物館で、約9,000万年前の白亜紀後期に形成された久慈産琥珀を中心に展示や体験が楽しめる施設です。琥珀の展示を見ることができる博物館の他、かつての採掘坑道も公開、そして実際に白亜紀の地層を掘って琥珀を探す琥珀採掘体験もあります(発掘した琥珀は一部持ち帰りが可能です)。今回の見学会では炎天下、見学会の参加者全員で琥珀採掘体験に参加しました。残念ながら大粒の琥珀は採掘できませんでしたが、小粒の琥珀を採掘することができました。また、琥珀博物館ではすばらしい琥珀の標本の数々を見ることができ、参加者一同満足の行く見学会でした。

久慈琥珀博物館全景

 
琥珀採掘体験の様子

 
久慈産琥珀大団塊

 
琥珀採掘につかわれた坑道跡

ツーソン・ジェム・ミネラル&化石ショーを訪問して

2025年4月PDFNo.68

CGL リサーチ室 江森健太郎

2025年2月3日より7日にかけて、筆者はツーソン・ジェム・ミネラル&化石ショー(以下ツーソンショー)に参加しました。ツーソンショーは、世界最大の宝石・鉱物・ジュエリー・化石の展示会です。本稿ではツーソンショーへの参加方法、ツーソンショーの歴史・魅力や世界の宝石・鉱物市場の状況、現地で出会った研究者たちとの交流を報告します。

アリゾナ州といえばサボテン。
街中のあらゆるところに生えています。

◆ツーソンショーに参加するには

ツーソンショーは、毎年1月下旬から2月にかけてアメリカ合衆国アリゾナ州ツーソン市の複数の場所で開催されます。2025年は1月23日から2月18日にかけて開催されました。日本からアリゾナ州ツーソン市までは飛行機の直行便はないため、乗り継ぎが必要になります。乗り継ぎの空港は、ロサンゼルス国際空港またはサンフランシスコ国際空港を利用することが一般的です。今回筆者はサンフランシスコ国際空港で乗り継ぎを行いました。フライトの時間は合計11~12時間程度ですが、ツーソンと日本の時差は16時間あります。筆者は2月2日17時のフライトで成田空港を出発しましたが、ツーソンに到着したのは現地時刻の2月2日の17時でした!
また、アメリカに渡航するために必要な準備として、最大90日間のアメリカ旅行の際にビザ免除プログラムに基づき、ESTA(Electronic System for Travel Authorization)の申請が必要になります。このESTAは米国国土安全保障省(DHS)より2009年から義務化されており、この申請をしないと航空機の搭乗やアメリカへの入国が拒否されます。ESTAは公式サイトで申請することが一般的で、21 US$(アメリカドル)かかりますが、ESTAの申請を仲介するサービス業者を使用してしまうと何倍もの費用がかかるので注意が必要です(google等でESTAと検索すると仲介業者のサイトが検索上位に表示され、アメリカのESTA登録公式サイトと間違うようなWebサイトとなっています)。
ツーソンショー自体の参加には、一部事業者登録が必要なもの(後述するAGTAジェムフェアー・ツーソンやGJXショー等)もありますが、それ以外は、事前登録は不要(必要な場合は現地の受付で登録が可能です)なものが多く、ツーソンに到着してしまえば、ショーを楽しむことが可能です。

◆ツーソンショーの歴史と魅力

ツーソンショーは、先述の通り、アリゾナ州ツーソン市内の複数の場所で開催される宝石、鉱物、化石の展示会です。世界中からコレクター、ディーラー、愛好家が集まり、多種多様な宝石、鉱物、化石が展示・販売されます。メインショーと呼ばれる「ツーソン・ジェム&ミネラルショー」は1955年に一番初めに開催されたショーであり、今年で70周年という記念の年になります。「ツーソン・ジェム&ミネラルショー」は小学校で開催された小規模なイベントでしたが、年々規模が拡大し、現在では世界最大の宝石と鉱物の展示会の一つとなっています。

アメリカ合衆国の地図とアリゾナ州ツーソンとサンフランシスコ、ロサンゼルスの位置関係

2025年は小規模な展示会から大規模な展示会まで合わせてあわせて46の展示会が行われており、うち2つが今年スタートした展示会です。また、ほとんどの展示会は一般公開されていますが、一部の展示会(GJX、AGTA) は事業許可証の登録が必須となっています。宝石、鉱物、化石、ジュエリーなどの展示と販売が行われるだけでなく、教育プログラムやワークショップも提供されています。ツーソン全体がこのイベントに参加し、街中が展示会場となるため、訪れる人々にとっては一大イベントとなっています。メインショーであるツーソン・ジェム・ミネラル&化石ショーの開催期間の最後の週の開催(2月13日~2月16日)であったため、筆者は参加できませんでしたが、期間中数多くのショーを見ることができました。

◆ツーソンショーガイド

ツーソンショーでは沢山の展示会が行われていますが、今回筆者が訪れた展示会の中からピックアップして、その展示会の様子と特徴を紹介します。なお、写真として掲載したブースの写真またはサンプルの写真はすべてブースのオーナーから許可をいただいております。

今回紹介する主要な展示会のリストとその位置
(A)AGTA ジェムフェアー・ツーソン

ツーソンにおける一部の宝石ディーラーたちは既存のショーへの参加条件に不満を持っていました。彼らには独自のショーが必要であり、ディーラーの利益をはぐくむ協会が必要でした。そのディーラー達によりAGTA(American Gem Trade Associationの略)が設立され、1991年にAGTAとAGTAが主催するジェムフェアー・ツーソンが誕生することになりました。AGTAはアメリカとカナダの宝石業界の色石と養殖真珠産業の長期的な安定を促進することを目的としています。教育プログラムや広報活動、業界イベント、政府および業界との関係、出版物を通じ、その目標を追求しています。現在ではアメリカとカナダで1200以上の会員を持つ大規模な組織で、業界内で最も高い倫理基準を維持しています。
ジェムフェアー・ツーソンは、ツーソン・コンベンションセンターで開催されます。入場に必要となる登録会場は、例年人が非常に多く、列に並ぶため登録に時間がかかると聞いていましたが、ストレスなく登録を終え、会場にスムーズに入ることができました。後に聞いた話では、今年は来場者が非常に少ないとのことです。筆者が今年訪れた他の展示会場においても、人が多くなかなか見ることができない、といった場所はありませんでした。

AGTAジェムフェアー・ツーソンの会場入り口

 
ツーソン・コンベンションセンターの登録会場の様子

ジェムフェアー・ツーソンの会場では、合成石(合成ダイヤモンド等)の販売は完全にシャットアウトされており、販売されているものは天然の色石、ダイヤモンド、養殖真珠とそれらを用いたジュエリーになります。販売されている色石の原産地は、ブルーサファイアであればスリランカ、ルビーであればミャンマーかモザンビーク産、エメラルドはコロンビアまたはザンビア産、パライバ・トルマリンはブラジル産といったものが大多数を占めます。サイズが大きいものに関しては他の原産地のものもみかけますが、相対的にブランドイメージが高い原産地のものが多く並べられているという印象です。


AGTAジェムフェアー・ツーソンの会場の様子(上:メイン会場、下:ボールルーム)

ジェムフェアー・ツーソンでは、GIA、SSEF、Gübelinといったラボが出張鑑別ラボを出展している他、AGTAセミナー・シリーズと称して16件のセミナーが行われました。筆者はGIAのリサーチフェローであるJames E. Shigley氏の「The Changing World of Gemology: A Look Back and a Look Forward」、GIAのAaron Palke、INSTORE誌のマネージングエディターであるEileen McClelland、AGTA、Rapapot、INSTORE、Professional Jeweler誌のJennifer Heebner、GEM-A発行のThe Journal of Gemmology誌編集のBrendan Laurs誌によるパネルディスカッション「From Science to Social Media: How Trade Media Engages With & Covers the Jewelry Industry」の2件を聴講しました。ツーソンショーに訪れている方々は宝石、鉱物を探しにきている方が多いからか、セミナー会場にはあまり人がいませんでしたが、内容は非常に濃いものでした。前者「The Changing World of Gemology: A Look Back and a Look Forward」は宝石学の歴史、それは1920年代の真珠裁判による天然真珠と養殖真珠の鑑別の話に始まり、現代まで、そして近代使用されるようになった新しい機器分析についての使用されるにいたった経緯、そして現在の宝石学において解決しなければいけない諸問題(天然・合成や、処理の看破が難しいもの等)について語られました。また、後者の「From Science to Social Media: How Trade Media Engages With & Covers the Jewelry Industry」は宝石業界、宝石学に関する情報をソーシャルメディアでどう伝えていくかといったことについて4名の意見が交わされていました。宝石業界、宝石学に関する様々な雑誌が発行されていますが、雑誌を発行する諸団体の会員に対するメリットの保護と、オープンアクセスに関する問題、また情報をそれぞれの雑誌がどのような形でソーシャルメディアに発信しているかの意見交換が行われました。

講演を行うJames E. Shigley氏

 
パネルディスカッションの様子

(B)GJX (Gem & Jewelry Xchange) ショー

AGTAジェムフェアー・ツーソンが行われているツーソン・コンベンションセンターを道路で挟んで反対側の大きなテントで運営されているのがGJX (Gem & Jewelry Xchange、以下GJX)ショーです。GJXは1994年にわずか35ブースで初開催されましたが、現在ではカーペットが敷かれ、空調設備が整った超大型施設に700近くのブースが設置されており、ツーソン・ジェムショー史上最も急成長を遂げた宝石ショーと言われています。GJXショーは「業界向け卸売りのみ」のショーで、完成品のジュエリー、貴石および半輝石、宝石彫刻、宝石関連機器とパッケージに限定されており、入場は資格のあるバイヤーにのみ許可されていますが、入場に厳格な審査があるAGTAの入場バッジを有していれば、そのバッジにシールを一枚貼ってもらうことで入場可能になります。
GJXで取り扱う宝石は、AGTAジェムフェアー・ツーソンと同様、メジャーな原産地のものが多いのですが、それ以外の原産地のものもしっかり揃っているという印象を受けました。ブースに並べていなくても、ブースを出している方と直接話をすることで、在庫として持っているサンプルを見せていただけることが多くありました。写真としては掲載していませんが、トランプ大統領のカットが施された合成ダイヤモンド(https://lgdusallc.com/で閲覧可能です)は、筆者がブースを訪れた際は展示されていなかったものですが、ブースの運営者と会話する流れで見せていただきました。

GJXのテントのエントランス

 
GJXメインテントの様子。訪問客が非常に少ないことがわかります。

 
合成ダイヤモンドを取り扱うブースにて。アルファベットのデザインにカットされたCVD合成ダイヤモンド

 
合成ダイヤモンドを取り扱うブースにて。様々なカラーのCVDまたはHPHT合成ダイヤモンド。サイズは0.2ctよりも大きい。
 

オーストラリア産の宝石を取り扱うブースにて、様々な色をしたオーストラリア産サファイア。

 
ジオラマ風のディスプレイで目を引くブース。

(C)プエブロ ジェム&ミネラルショー

Puebloジェム&ミネラルショーは、ツーソンで毎年開催される宝石と鉱物の展示会の一つで、比較的歴史の長い展示会です。会場となるホテルの名称は何度か変更されていますが、現在は「Ramada by Wyndham」という名称です。この展示会場はAGTAジェムフェアー・ツーソンやGJXのテントから徒歩5分の距離でアクセスもしやすい場所にあります。
ホテルを丸ごと一つ使う展示会で、ホテルのロビーや中庭、会議室、さらには屋外のテントまで、広範囲にわたる展示スペースがあります。誰でも事前登録なしに入場可能で、ホテルのゲートをくぐると、いきなり目の前に巨大な鉱物を販売するブースが広がっています。宝石や鉱物の他、スピリチュアルグッズや民族工芸品など幅広い商品が陳列されていますが、主力商品は鉱物、鉱物加工品、ジュエリー、ビーズといったもので、ファセットカットされたルース石の販売は数が少なく、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドといった四大宝石以外のもの、例えばトルコ石やクォーツ類(アメシスト等)のアイテム数が多い印象がありました。

Ramada by Wyndhamで開催されているPueblo ジェム&ミネラルショーの入口に設置された巨大な看板

 
会場入り口付近に設置された巨大な鉱物オブジェ。

 
入口付近は巨大な鉱物を取り扱うブースが並びます。

 
ホテルの会議室を利用して作られた展示会場

 
中庭に設置された巨大なテント

(D)22nd ストリートミネラル&化石ショー

22nd ストリートミネラル&化石ショーは、ツーソンショーの中でも特に注目されるイベントの一つです。このショーはEons Expos社によって運営されています。Eons Expos社は2009年設立のアメリカ各地で宝石・鉱物・化石の大規模な展示会を運営している企業です。そして、この22nd ストリートミネラル&化石ショーはアメリカで最も来場者数の多いショーとされています。一般に開放されており、誰でも登録なしに開場に入ることができます。会場の正門はGJXショーやAGTAジェムフェアー・ツーソンの会場からは徒歩20~30分ほどかかりますが、この22nd ストリートミネラル&化石ショーの会場は南北に非常に長く、北側にある裏門(正門は南側にあります)は、GJXやAGTAから徒歩10分以内で到着可能だということを知っておくと便利かもしれません。
メインテントとショーケースの2つの大きなテントが建てられており、ショーケースはブースのサイズが大きく、メインテントに比べより高級品が扱われています。どちらも、宝石、鉱物、隕石、ジュエリー、ビーズや恐竜標本まで幅広いアイテムが展示されています。宝石に関してはレアストーンなども売られており、珍しい標本を探すのであれば、訪れる価値ありといった場所です。


22nd ストリートミネラル&化石ショーのショーケース(左)、メインテント(右)の入口。両者は向かい合っています。ショーケース側は入口が1つのみで警備員が常駐しています。

 
メインテントの中の様子

 
販売されている恐竜標本

 
ショーケースで販売されていたベニトアイト。最大のものが0.99 ctで8500 USD、最小のものが0.75 ctで4125 USDでした。

 
メインテントで売られていた蛍石。段ボールに大量に詰め込まれて販売されている様子はツーソンショーの各所で見られました。

(E)JOGSジェム&ジュエリーショー

JOGSジェム&ジュエリーショーは、注目度の高い展示会の一つです。JOGSは「Jewelry, Ornament, Gemstones, and Supplies」の略であり、この展示会が扱う商材を示しています。宝石、ジュエリー、鉱物、化石、ビーズ、民族工芸品など、幅広い商品が展示されている他、ワークショップ等も開催されているようです。多くの展示会が集まる中心部から離れていますが、ツーソンショーでは定期的にシャトルバスが運用しており、JOGSジェム&ジュエリーショーと中心部をつなぐシャトルバスは30分に1本程度運行されているため、アクセスに不便は感じません。一般に開放されているイベントですが、入場には登録が必要であり、入場料が20USD必要でした(筆者が訪問した展示会の中で入場料を徴収されたのは、このJOGジェム&ジュエリーショーだけです)。
このショーでは、マスグラバイトといったレアストーンを中心に販売する業者の他、コランダム、エメラルド、アレキサンドライト等の合成石を販売する業者、メレサイズ合成ダイヤモンド等、さまざまな宝石類を見ることができました。写真で紹介はしていませんが、ミャンマー産のルビーや様々な産地のブルーサファイア等も販売されており、いろんなものがバランスよく揃った会場でした。

JOGS ジェム&ミネラルショーの会場入り口

 
ショーの様子

 
2.02 ctのマスグラバイト

 
エメラルド原石(大きい!)とカット石を販売する業者

 
合成コロンビア風エメラルドという名前の付けられた商材を出品する業者(フラックス法合成エメラルドです)

 
様々なカラーのメレサイズ合成ダイヤモンド(販売者によるとすべてCVD合成とのことです)

(F)G&LW ツーソン・ジェムショー/Gem Mall & Holidome

上に紹介したJOGSジェム&ジュエリーショーの近く(といっても徒歩で20分程度かかります、シャトルバスも有)で開催されていたG&LW ツーソン・ジェムショー/Holidomeは50年以上の歴史を持ち、世界中のバイヤーや出展者が集まる場として有名です。筆者が見た限り、ツーソンショーの中で最大の規模で、Cactus、Fiesta、Ball RoomとMarket、Holidomeの巨大な4つのテントがあります。入場には、Tax IDが求められましたが、海外からの来訪者はパスポート番号の提示でもよいらしく、筆者はパスポート番号を受付で記入し、入場することができました。出展内容は宝石、半貴石、ビーズ、ジュエリーですが、会場のほとんどがビーズを販売するブースで占められていました。

テントのうちの一つ、Fiestaテント。

 
会場の中ではビーズ商品で溢れかえっています。

 
ビーズを販売するブースが殆どを占めるが、ジュエリーを扱うブースも存在。

 
ハーキマーダイヤモンド(クォーツ)専門のブース。10 ct未満のサイズのものは10 pcs 30 USDで購入できました。

(G)RMGMツーソンミネラル&化石ショー

RMGM(Rocky Mountain Gems and Mineral)による55のブース小規模な展示会です。中心部から北に3 kmほど離れており、シャトルバスもありませんでしたが、この周辺では10の展示会が行われており、その中でもこのRMGMツーソンミネラル&化石ショーは最大のものでした。完全に一般開放されており、誰でもテントの中に入ることができ、展示物としては鉱物、化石、宝石、隕石、彫刻、ジュエリーです。中心部から離れた小規模な展示会場では、巨大な鉱物標本か、安価なジュエリー、お買い得な鉱物等を多く見かけることができます。狙ったアイテムを探しに行くのには不向きですが、気軽に入場でき、販売業者の方もフレンドリーな印象です。他、中心部ではあまりみかけないアフガニスタン産アウィンの原石(非加熱)を見ることができました。

RMGMツーソンミネラル&化石ショーのテント外観

 
会場内の様子。来場者は非常に少なく閑散としている。

 
巨大な化石標本を販売する業者

 
巨大なアメシストのガマや群晶

 
グリーン~ブルーのアフガニスタン産アウィン

 
様々な鉱物が量り売りのような形式で販売されているところ

(H)GIGM/ Red Lion Innジェム&ミネラルショー

GIGM (Globex International Gem & Mineral Show)ショーはMotel 6、Quality Innそして紹介するRed Lion Innの3か所で行われています。すべてホテルを使用した展示会で、ホテルの部屋、中庭等を用いて様々な鉱物・宝石・化石・ジュエリーが展示されています。完全に一般開放されており、フリーに入場できます。インドの業者が多く入っており、インド産の鉱物をたくさん見ることができました。

(左)Red Lion Innの外観

 
GIGM/ Red Lion Innジェム&ミネラルショーにて中庭の様子。大量のトルコ石の原石が並べられています。

 
インド産のカバンサイト

 
アメシストのガマに止まる蝶(クォーツ)

 

大量に投げ売りされているアリゾナ産ペリドット(上、下)

(I)グラナダギャラリー/グラナダミネラルショーケース
(J)ファインミネラルインターナショナルショー
(K)ツーソンファインミネラルギャラリー

グラナダギャラリー/グラナダミネラルショーケース、ファインミネラルインターナショナルショー、ツーソンファインミネラルギャラリー、この3か所は「鉱物標本の展示会場」です。宝石・ジュエリーの展示ではありませんが、本当に美しい鉱物標本が複数展示されています。AGTAやGJXがある場所からは徒歩20分ほどかかりますが、この3つの展示場は非常に近い場所にあり、訪れる価値はあります。

グラナダギャラリー/グラナダミネラルショーケースよりカルサイトとクォーツ

 
グラナダギャラリー/グラナダミネラルショーケースよりアズライトとマラカイト

 
ファインミネラルインターナショナルショーよりモルガナイト

 
ファインミネラルインターナショナルショーよりフルオライト

 
ツーソンファインミネラルギャラリーより巨大なクンツァイトの結晶

 
ツーソンファインミネラルギャラリーより巨大なトルマリン単結晶のスライス

(L)アリゾナ大学アルフィー・ノーヴィィル宝石鉱物博物館

ツーソンのダウンタウンにあるピマ郡庁舎の中に設置されたアリゾナ大学アルフィー・ノーヴィィル宝石鉱物博物館は2021年に開設された宝石と鉱物の博物館であり、GJX (Gem & Jewelry Xchange)の創始者であるアルフェナ”アルフィー“ノーヴィルに因んで命名されました。AGTAやGJXの会場から徒歩5分でアクセスでき、1200 m2のスペースを誇る展示会場には世界中から集められた100%寄付と貸出による3000点以上の標本が展示されています。展示は大きく「鉱物の進化」「アリゾナ産鉱物」「宝石」の3つのギャラリーに分かれており、インタラクティブなデジタルコンテンツ(ビデオ、写真、オーディオ)も多数あります。「鉱物の進化」では、地球の歴史でどのような鉱物が順に形成されてきたか、という地球史的な展示方法が行われている点が大変ユニークです。地球の鉱物だけではなく、アポロ15の月面着陸で得たサンプルや、オサイリス・レックスが入手した小惑星ベンヌのサンプル等も展示されています。また、宝石ギャラリーでは大粒のパライバ・トルマリンのネックレスの他、見事なアクアマリンのカービング等を見ることができました。毎年20%程度ローテーションされているとのことですので、ツーソンを訪れる際には、寄っていただきたいスポットだと思います。

博物館の名前の由来であるアルフェナ”アルフィー“ノーヴィルの肖像画

 
アリゾナ産ウルフェナイト

 
オサイリス・レックスによる小惑星ベンヌのサンプル

 
美しいアクアマリン結晶

 
大きなクォーツの日本式双晶、(右)

 
パライバ・トルマリンを使用したジュエリー展示

 
ドム・ペドロ・アクアマリンと名付けられたアクアマリンの見事なカービング

◆現地で出会った研究者の皆さん

ツーソンショーは、世界で一番大きい宝石・鉱物のショーであり、国際的に活躍する有名なジェモロジスト達も数多く訪れています。筆者もツーソンショーの訪問期間中、彼らと出会うことができました。彼らとの交流により宝石に関する情報交換や今後の宝石学についての意見交換等を行うことができ、非常に有意義な時間を過ごすことができました。ここでは、出会ったジェモロジスト達について紹介します。

IGC(International Gemmological Conference、以下IGC)のExective Committeeでもある、オランダのナチュラリス生物多様性センター地質学部門のJ. C. Hanco Zwaan博士(右)とスリランカのMincraft Companyを運営、ICA(International Colored Gemstone Association)のコングレス・コミュニティー委員会、またスリランカ大使を務めるGamini Zoysa氏(中央)。

 
IGCメンバーであり、Gemmological Association of Australia(オーストラリア宝石学会)の主催でオパールに関しての教育に力を入れているTerry Coldham氏(左)。彼はGJXにオーストラリア産鉱物を専門に取り扱うブースを所有していました。オーストラリア産鉱物についての情報は彼に聞くのが間違いないというくらい情報通で、頼りになる方です。

 
Emmanuel Fritsch教授はIGCのExective Committeeの一人でフランス・ナント大学で宝石学を教える大学教授です。先日筆者がGem-A発行のに2024年12月発刊のThe Journal of Gemmology誌に掲載された筆者の論文「Nano-inclusions Associated with Beryllium in Untreated Blue Sapphires from Diego Suarez, Madagascar」についてのコメントをいただいた他、美しい鉱物標本の展示を見ることができるスポット等教えていただきました。

Lore Kiefert博士(右)は、世界的に有名なジェモロジストで、SSEF、AGTA、グベリンで働いた経歴があります。現在はDr. Lore Kiefert Gemology Consultingを設立、彼女が有する莫大な宝石に関する知識・情報を業界に提供しています。

 
GEM-A発行のThe Journal of Gemmology誌編集Dr. Brendan Laurs。The Journal of GemmologyではCGLから複数の論文を出版しています。今後投稿予定の論文の話や、現在投稿中の論文についての話、また、宝石の原産地についての情報交換を行いました。
 

香港と中国でCentre for Gemmological Research (宝石学研究センター、CGR)の設立者のMiro Ng博士(左)とLotus Gemologyを運営しているRichard W. Hughesの娘であるE. Billie Hughes(右)と再会しました。二人ともIGCメンバーで、合成石の在り方や宝石のレポートについての意見交換を行いました。

◆最後に

筆者は、今回2025年、はじめてツーソンショーを訪れました。過去の盛況ぶりを見たことがないのですが、来訪者の数はかなり少なかったように見えました。しかし、展示されている宝石や鉱物の多様性や、その展示されている量はかなりのもので、世界一のショーを見ることができ、また、数多くのジェモロジスト達と交流することができたこともよい経験になりました。
日本国内では入手困難で、このツーソンショーに行かなければ出会うことが困難な鉱物・宝石とも多く出会うことができます。それらを入手することが宝石の鑑別の技術向上、また、CGLで現在行っている原産地鑑別で用いるデータベースのアップデートに繋がります。
来年以降もショーに参加し、引き続き情報を集める予定です。

アウインを含有するソーダライトの分析

2025年4月PDFNo.68

CGL リサーチ室 趙政皓・江森健太郎
CGL 色石鑑別課 岡野誠・胡昱瑩・間中裕二

図1. 3.762 ctの無色のソーダライト。
中には大量の青色のアウインインクルージョンが含まれている。

最近、多量の青いインクルージョンを含む無色透明石(図1)が鑑別依頼のため東京支店に持ち込まれた。この石は、無色の主体部分がソーダライト、青色のインクルージョンはアウインであることが明らかになり、鑑別結果はアウインインソーダライトである。アジューライトインソーダライトという当該石と類似した外観の石は知られているが、アウインインソーダライトは我々の知る限り宝石学的な文献がない。本稿は、当該石について詳細に分析を行ったので、その結果を報告するものである。

ソーダライトとアウインはともにソーダライトグループに属する立方晶系のケイ酸塩鉱物であり、ソーダライトの化学組成は Na4(Si3Al3)O12Cl、アウインは Na3Ca(Si3Al3)O12(SO4)2-である。両者の構造については、Na+ と Ca2+は同じサイトを占め、Clと SO42-は同じサイトを占める。ミャンマー産のアウインとソーダライトの混合物はGrobon & Hainschwang (2006)が報告されているが、今回調査した石は無色透明のソーダライト中にアウインのインクルージョンを含むという点で非常に興味深い。

ソーダライトの屈折率は1.450-1.487、比重は2.26-2.44であり、アウインの屈折率は1.498-1.507、比重は2.46-2.48であることが知られている。当該石は屈折率1.490、比重2.28であり、屈折率はソーダライトに近く、比重はソーダライトの比重の範囲内でアウインの比重とは大きく離れていることがわかった。また、前文で言及したミャンマー産のアウインとソーダライトの混合物は屈折率1.50、比重2.50であり、当該石とは大きく異なっている。

水に浸漬して観察したところ、明白に無色の主体と青色のインクルージョンにわかれており(図2)、青色のインクルージョンは丸みを帯びた薄片状であった (図3)。

図2. 水に液浸した本サンプルの拡大写真。主体のソーダライトが無色で、インクルージョンのアウインのみが青色を呈することが明らかである。

 


図3. 当該石に含まれる青色を呈するアウインインクルージョン。丸みを帯びた薄片の形状をしている。

顕微FTIRを用いた赤外領域の反射スペクトルを測定した結果、無色の主体部分のスペクトルがソーダライト、青色のインクルージョンがアウインのスペクトルと一致した(図4)。また、顕微ラマンスペクトルを用いて、当該石のソーダライト主体とアウインインクルージョンそれぞれ測定した(図5)。その結果、アウインインクルージョンのラマンスペクトルからは青色発色団であるS3•-による強いピーク(Chukanov et al. 2022)が検出されたが、主体のソーダライト部分のラマンピークはS3•-によるピークが検出されなかった。これはソーダライトの部分が無色で、青色を呈するのはアウインインクルージョンのみという観察結果と一致している。


図4. 当該石の無色主体部分と青色インクルージョンの赤外領域の反射スペクトル。それぞれCGLの所有するソーダライトとアウインの参照データと比較した。サンプルのスペクトルは赤色、参照データのスペクトルは緑色で示している。データは見やすくするためにオフセットしている。

 
図5. 当該石の無色ソーダライト主体部分(緑)と青色アウインインクルージョン(赤)のラマンスペクトル。主たるピークはS3•-とSO42-によるもの。データは見やすくするためにオフセットしている。

蛍光X線元素分析EDXRFによる化学組成の分析により、当該石の化学組成はソーダライトの組成Na4(Si3Al3)O12Clに近いことが明らかになった。微量元素として、S、K、Ca、Brが含まれているが、Grobon & Hainschwang (2006)が報告した石と違い、Srは検出されなかった。このことから、当該石と先行研究で報告されたアウインとソーダライトの混合物は違う産地から産出した可能性が高いと推測される。

表1 EDXRFによる本サンプルの化学組成とソーダライト、アウインの参照データ

この石の産地・産状については不明であり、具体的な形成環境については知ることができない。ソーダライトとアウインを共に産出できる地域は知られているが、当該石のように無色のソーダライト中にアウインをインクルージョンとして含む宝石は我々が調べた限り報告がなかった。我々は今後も引き続きこのような石の情報を追跡し、より多くの情報を提供できように努める。

◆参考文献

Chukanov, N. V., Shendrik, R. Y., Vigasina, M. F., Pekov, I. V., Sapozhnikov, A. N., Shcherbakov, V. D., & Varlamov, D. A. (2022). Crystal chemistry, isomorphism, and thermal conversions of extra-framework components in sodalite-group minerals. Minerals, 12(7), 887.
Grobon, C., & Hainschwang, T. (2006). Massive haüyne-sodalite from Myanmar. Gems & Gemology, 42(1), 64-65.

エメラルドの原産地特徴と原産地鑑別における問題点

2024年10月PDFNo.67

CGL リサーチ室 趙 政皓・北脇 裕士・江森 健太郎

四大宝石の一つと言われているエメラルドは古くから貴重な宝石として珍重されてきた。16世紀以降、コロンビア産のエメラルドが最も高く評価されてきたが、近年は世界各地から高品質のエメラルドが産出するようになり、トレーサビリティの観点からもエメラルドの原産地鑑別の重要性が急速に高まっている。本稿では、エメラルドの原産地鑑別を行う上での基本的な考え方と標準的な鑑別手法についてまとめ、実際の鑑別ルーティンで見られた特殊な事例について紹介する。さらにLA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点についても言及する。

◆エメラルドの形成

エメラルドはベリルの一種であり、その主要な化学組成はBe₃Al₂(SiO₃)₆で表される。鮮やかな緑色を呈するのは、ベリルの主成分であるアルミニウムの一部がクロムやバナジウムに置換されることに起因する。エメラルドを構成する元素のうち、ベリリウム、クロムおよびバナジウムは地殻中にきわめて存在度の低い元素である。その上、ベリリウムは大陸地殻に、クロムとバナジウムは海洋地殻やマントルなど、それぞれ別の地質環境に存在しやすい。そのため、これらの元素が共存する環境は限定的であり、エメラルドは希少性の高い宝石になっている。
エメラルドはコロンビア産が最も良く知られているが、近年では、図1に示すように世界各地から品質の良いエメラルドが産出するようになった。先行研究によって、エメラルドは熱水変成型と片岩ホスト型に大別されている(文献1-3)。図1にて緑色で示したのが熱水/変成型であり、青く示したのが片岩ホスト/マグマ関連型である。

図1 世界中の宝石品質のエメラルドの原産地。

 

熱水/変成型エメラルドの代表はコロンビア産であり、その形成過程の模式図を図2に示す。苦鉄質岩を含む様々な岩石の粒子が海底で沈殿し、固結して形成した頁岩にはベリリウム、クロムおよびバナジウムが含まれている。そこに、亀裂から熱水が侵入すると、岩石内部の元素が移動してエメラルドを含む鉱脈が形成される。形成する地質環境の圧力が低いため、このタイプのエメラルドは屈折率が低くなる。また、成長する際に熱い濃塩水を取り込むため、冷却の過程において特徴的な三相インクルージョンを形成しやすくなる。
片岩ホスト/マグマ関連型(以下から片岩ホスト型と略す)エメラルドはブラジル、ザンビア・カフブ地域、ロシア・ウラル山脈など世界各地から産出している。その典型的な形成過程の模式図を図3に示す。苦鉄質岩(変質玄武岩など)、超苦鉄質岩(変質ペリドタイト、蛇紋岩など)と呼ばれる鉄やマグネシウム成分に富む岩石中にはクロムやバナジウムも含まれている。そこにベリリウムを含む花崗岩質マグマが貫入すると、境界付近では花崗岩質マグマの流体からベリリウムなどが供給され、苦鉄質岩が変成して形成した黒雲母片岩の中にエメラルドが形成する。母岩は圧力が高く、鉄分が豊富なため、このタイプのエメラルドは屈折率と鉄含有量が高くなる。流体インクルージョンも熱水/変成型と異なり、角型の二相インクルージョンが形成しやすい。
(エメラルドの形成過程とインクルージョンの詳しい内容について、CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください。)

図2コロンビア産熱水/変成型エメラルドの形成過程 の模式図(文献2に加筆)。

 

図3 片岩ホスト/マグマ関連型エメラルドの形成過程 の模式図(文献1に加筆)。

 

◆エメラルドの結晶構造

図4にc軸方向と側軸方向から見たエメラルドの結晶構造を示す。一つのセルに4つの中空のトンネル構造が見られる。このトンネルの中には周囲の環境や形成時の圧力に応じて水分子や金属イオン、特に一価の金属イオンが入る。また、トンネル中に入った水分子は、その隣の金属イオンの有無によって、図5に示すように向きが異なるタイプIとタイプIIに大別される。

図4 c軸方向(左)と側軸方向(右)から見たエメラルドの結晶構造。VESTAによる図(文献4)。

 

図5 エメラルドのトンネル構造中にある水分子。

 

◆エメラルドの原産地特徴

エメラルドは、産地により屈折率が異なることが知られている。これは取り込まれる微量元素の種類や水分子の量が異なることが原因の一つである。特に形成時の圧力が高いほど、水分子の含有量も高くなる。熱水/変成型であるコロンビア産エメラルドは地殻浅部の堆積岩中に形成するため、形成時の圧力が低く、置換元素なども少ない。それによって、コロンビア産エメラルドの屈折率は1.56~1.58となり、基本的に1.58を超える他の産地のエメラルドより明らかに低くなっている。

結晶構造のトンネルに入る2種類の水分子の比率によってエメラルドの赤外スペクトルが変化する。図6に熱水/変成型と片岩ホスト型エメラルドの赤外吸収スペクトルを示す。熱水/変成型のコロンビア産エメラルドはナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属の含有が少ないため、タイプIの水が優勢となり、5447 cm–1のピークが認められる。一方、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドはアルカリ金属の含有量が高いため、タイプIIの水による5582 cm–1のピークのみが存在する。

図6 熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の赤外吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

また、エメラルドの原産地を鑑別する際に紫外-可視吸収スペクトルも有用である。コロンビア産エメラルドの母岩である黒色頁岩は、比較的鉄の含有量が低い岩石である。その上、頁岩中の鉄は熱水中の硫黄と結合してパイライトとして沈殿するため、コロンビア産エメラルドの鉄含有量は極めて低い。このことによって、コロンビア産エメラルドの紫外-可視吸収スペクトルでは、二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がなく、片岩ホスト型のものと容易に区別ができる(図7)。このようにコロンビア産エメラルドはスペクトルの濃赤色部の吸収がないため、カラー・フィルターで赤く見えることは良く知られている。

図7 熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

顕微鏡観察は、宝石の成長履歴を知るための最も重要で伝統的な鑑別手法である。前述したように、熱水/変成型エメラルド中には三相インクルージョン、片岩ホスト型エメラルド中には二相インクルージョンが頻度高く観察される(CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください)。その他、コロンビア産エメラルドの特徴としてスペイン語で「油の滴」という意味のGota de Aceiteがある(図8)。本来は成長構造を示す言葉であったが、市場では高品質を示す意味に誤用されることがある。コロンビアのエメラルドディーラーが3世代にわたって使用してきたが、近年は油の意味がオイル含浸を思わせるため敬遠されるようになった。

図8-1 コロンビア産エメラルドに観察されたGota de Aceite (油の滴)と呼ばれる成長構造。

 

図8-2 コロンビア産エメラルドに観察されたGota de Aceite (油の滴)と呼ばれる成長構造。

 

コロンビア産とそれ以外の産地のエメラルドの一般的な特徴をまとめると、以下の表1になる:

表1エメラルドの一般的な原産地特徴

 

このようにコロンビア産エメラルドは他の産地とはいくつかの異なる特徴を有するため、原産地の特定は比較的容易である。しかし、中にはこれらの特徴に当てはまらない特異なものも存在する。以下には実際の鑑別ルーティンで見られた通常とは異なる特殊な例を紹介する。

◆鑑別ルーティンで見られた特殊な例

近年、アフガニスタンのパンジシールやザンビアのムサカシなど、コロンビア以外の産地からの熱水/変成型エメラルドも少しずつ流通するようになった。これらのエメラルドにもコロンビア産に一般的な三相インクルージョンが観察されることがある(図9)。したがって、三相インクルージョンの存在のみでコロンビア産と短絡的に決定することはできない。また、コロンビア産エメラルドの固有の特徴と思われていたGota de Aceiteもこれらの産地から報告されている (文献5-6)。さらに、熱水/変成型エメラルドはコロンビア産以外でも鉄含有量も低いため、紫外-可視吸収スペクトルにおいて二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がほとんど見られないものがある(図10)。

図9アフガニスタン産エメラルド中の三相インクルージョン

 

図10 同じ熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)とアフガニスタン産エメラルド(黄)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

一方で、片岩ホスト型に類似する特異なコロンビア産エメラルドも存在する。図11に示すように、このコロンビア産エメラルドの赤外スペクトルは、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドに類似している。タイプⅠの水に因る5447 cm–1のピークは不明瞭なショルダーになっており、タイプⅡの水に因る5582 cm–1のピークが見られる。また、図12に示すように、コロンビア産ではあるが、紫外-可視吸収スペクトルにおいて830 nm中心の吸収が強く、ブラジルやパキスタン産などの片岩ホスト型エメラルドと類似したものが見られた。このように顕微鏡観察や分光法など標準的な分析手法のみでは、コロンビア産エメラルドを他の産地と明確に識別するのが困難な場合がある。さらにコロンビア産以外のエメラルドの産地を特定するのは通常は難しい。そのため、エメラルドの原産地鑑別は、次節に紹介するLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高精度の分析が求められている。

 

図11 異例なコロンビア産エメラルド(青)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の赤外吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

図12 特異なコロンビア産エメラルド(青)と片岩ホスト型であるパキスタン産エメラルド(赤)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

◆LA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点

2000年代以降、ルビー、サファイア、パライバ・トルマリンなど、宝石の原産地鑑別にLA-ICP-MSによる微量元素分析が利用されるようになった。CGLでもLA-ICP-MS分析による原産地鑑別の継続的な研究を行っており、エメラルドの原産地鑑別にも微量元素の分析が非常に有効であることを確認している。一例として、図13にはカリウムとバナジウムのプロット図を示す。コロンビア産は片岩ホスト型だけでなく、同じ熱水/変成型のアフガニスタン産のエメラルドとも明確に区別することができる。

図13 LA-ICP-MS分析によるカリウム(K)-バナジウム(V)プロット図。緑色はコロンビア産エメラルド、黄色はアフガニスタン産エメラルド、暗赤色は片岩ホスト型エメラルドを示している。

 

さまざまな元素の組み合わせに因るプロット図を用いることで、片岩ホスト型エメラルドについても原産地の特定が可能となる。ただ、片岩ホスト型エメラルドは原産地が多く、プロットが重複することがあるため、複数のプロット図を組み合わせて総合的に判断する必要がある。例えば、リチウム、バナジウム、鉄、セシウムなどによる複数のプロット図を用いることで、市場性の高いブラジルとザンビア産エメラルドのほとんどを区別することができる。さらに亜鉛、ルビジウムなどの元素を加えると、ロシア、ジンバブエ産などの比較的マイナーな産地のエメラルドも明確に区別できる。

次にLA-ICP-MS分析を用いた元素プロットでも原産地鑑別が困難であった事例を紹介する。鑑別ルーティンで原産地鑑別の依頼があったかったエメラルド数点を分析し、鉄とセシウムのプロット図を作成した(図14)。依頼者によると近年ブラジルのバイーア州の鉱山で採掘されたものとのことであったが、赤い点(便宜上新バイーアとして表記)で示したように明らかにザンビア産の領域にプロットされた。

図14 LA-ICP-MSによる鉄(Fe)-セシウム(Cs)プロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド(便宜上新バイーアと表記)、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド(便宜上旧バイーアと表記)、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

しかし、他の一部のプロット図(例えば、鉄とバナジウムのプロット図、図15)では、これらのバイーア産と申告のあったエメラルドは従来のバイーア産(便宜上旧バイーアと表記)エメラルドと解釈できる領域にプロットされた。

図15 LA-ICP-MSによる鉄(Fe)-バナジウム(V)プロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

さらに、ホウ素、スカンジウム、チタン、ガリウムなど総計22元素を合わせて計算し、線形判別分析を行ったところ、バイーア州産と申告のあったエメラルドはザンビア産ではなく、バイーア州産と確認できた(図16)。ブラジル産としては現在ミナスジェライス州から産出するエメラルドが多く流通しているが、過去にはバイーア州のものが日本には多く輸入されていた。今回、新バイーアとしたものはバイーア州の新たな鉱山からのものか、鉱山は以前と同じでも採掘された時期や鉱脈の違いから微量元素に差異が生じたかは不明である。

図16 22元素を用いて線形判別分析を行ったプロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

いずれにしてもLA-ICP-MSによる微量元素分析はエメラルドの原産地鑑別に極めて有用であることは疑いがない。より精度を高めるためにはできるだけ多くの元素を合わせて分析することが重要である。

◆まとめ

屈折率の測定、内部特徴の観察、スペクトルなどの標準的な分析手法により熱水/変成型であるコロンビア産と片岩ホスト型のエメラルドをおおよそ区別することが可能である。しかし、近年はコロンビア産以外の熱水/変成型エメラルドの市場性も高くなり、コロンビア産と特定することが困難になりつつある。また、片岩ホスト型のエメラルドは産地が多く、標準的な分析手法では原産地の特定は困難である。エメラルドの原産地鑑別にはLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高感精度の分析を併用することで精度を向上させることができる。その際、できるだけ多くの元素の分析を行い、統計学的な手法をも取り入れた慎重な解析が必要で、データベースを常に更新することも極めて重要である。

 

◆参考文献

[1] G. Giuliani, L. A. Groat, D. Marshall, A. E. Fallick, & Y. Branquet. (2019). Emerald Deposits: A Review and Enhanced Classification. Minerals, 9(2), 105.

[2] G. Giuliani, M. Heuzé, & Ma. Chaussidon. (2000) La Route des Émeraudes Anciennes. Pour la Science, N° 277.

[3] S. Saeseaw, N. D. Renfro, A. C. Palke, Z. Sun, & S. F. McClure. (2019). Geographic Origin Determination of Emerald. Gems & Gemology, 55(4).

[4] Momma, K., & Izumi, F. (2011). VESTA 3 for three–dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data. Journal of applied crystallography, 44(6), 1272–1276.

[5] N. Ahline. (2017). Gota de Aceite in a Zambian Emerald. Gems & Gemology, 53(4), 460–461.

[6] R. Zellagui. (2022). Afghan Emerald with Gota de Aceite Phenomenon. The Journal of Gemmology, 38(2), 115–117.

令和6年度宝石学会(日本)講演会・50周年記念講演会参加報告

2024年10月PDFNo.67

リサーチ室 趙 政皓

令和6年度宝石学会(日本)総会・一般講演会が7月13日(土)東京都台東区のジュエラーズタウンオーラムにて開催されました。また、50周年記念講演会・懇親会が7月14日(日)同会場にて開催されました。

<総会・一般講演会参加報告>

今年度の一般講演会は、16件の口頭発表が行われ(ダイヤモンド2題、色石関連8題、真珠6題)、参加者は77名でした。CGLリサーチ室からは「メレサイズ合成カラーダイヤモンドの鑑別」、「エメラルドの原産地鑑別における問題点」の2題の発表を行いました。これらにのうち後者は本CGL通信に掲載されております。本会で発表された16件のうち一部を抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に〇)。

一般講演会の様子

 

AIによるインクルージョンの自動判別の可能性

〇佐藤貴裕・中村卓・宮川和博・佐野照雄(山梨県産業技術センター)・
有泉直子(元山梨県産業技術センター)・笠原茂樹・小泉一人(宝石貴金属協会)・
古屋正貴(日独宝石研究所)・高橋泰(山梨県立宝石美術専門学校)

山梨県産業技術センターの佐藤貴裕氏がAIを用いたインクルージョンの判別について発表しました。光学顕微鏡によるインクルージョンの観察は、宝石の鑑別において極めて重要な分析手法の一つです。現在、AIによる画像判別は急速に発展しているため、AIを用いてインクルージョンを判別し、より効率的な鑑別作業が可能になることが期待できます。ルビーのインクルージョンを3グループに分けて、アルゴリズムであるYOLOにより学習した結果、AIの平均正解率はおよそ65%でした。立体的なインクルージョンは写真1枚で判別しにくく、表面にあるキズが誤認されやすいなどの問題点があり、学習した画像数は200未満と少なかったが、AIによる大まかな分類は可能であることがわかりました。

 

アメトリン、シトリンにおける加熱及びガンマ線照射による影響

〇末冨百代、鍵裕之、荻原成騎(東大院理)・趙政皓(中央宝石研究所)

東京大学理学系研究科の末冨百代氏がクォーツにおける加熱およびガンマ線照射の影響について発表しました。アメシストの紫色はFe4+に起因し、シトリンの黄色は格子間サイトのFe3+に起因すると考えられます。アメトリンを加熱した後にガンマ線照射したところ、紫色の部分は加熱によって脱色し、照射されると再び紫色になります。

これはSiを置換するFeがFe4+→Fe3+→Fe4+の順に変化したと考えられます。一方、黄色部分は色の変化がなく、格子間Fe3+が変化しなかったと考えられます。シトリンを照射した結果、アメトリンの黄色部分と違って灰黒色へと変化しました。シトリンの照射前後の赤外吸収スペクトルを比較したところ、この色の変化は[AlO4/M+]+[AO4]欠陥に関連することがわかりました。

 

奈良県香芝市穴虫産サファイアの宝石学特徴

〇三浦真・任杰(GIA Tokyo)

GIA Tokyoの三浦真氏が奈良県香芝市穴虫産のサファイアについて発表しました。コランダムは古くから貴重な宝石とされ、現在は主な産地としてミャンマー・スリランカ・マダガスカルなどが知られていますが、日本でも産出します。奈良県二上山の香芝市穴虫地域の川砂はガーネットが多く、少なくとも江戸時代から研磨剤として採取されてきて、その中にサファイアを含むことがあります。この地域のサファイアは薄い六角板状から六角柱状の自形結晶として産し、彩度の高い青色を呈します。二相、雲母、メルトインクルージョンなどが観察できます。穴虫産サファイアは二上山下部に存在する領家変成帯の変成岩起源であるとされていました。しかし、メルト内包物の存在は変成岩起源とは考えにくく、アメリカ、モンタナ州ヨーゴ渓谷産サファイアからも見つかっていることから、穴虫産サファイアはそれらと似たような起源である可能性があります。

 

 

グアテマラ産の鮮やかな緑色の翡翠について

〇中嶋彩乃(東京都)・古屋正貴(日独宝石研究所)

東京都の中嶋彩乃氏がグアテマラ産ジェイダイト‒オンファサイト翡翠について発表しました。元々グアテマラ産の翡翠は灰色や青色のものが多かったが、近年緑色の翡翠が発見され、市場でも見られるようになっています。緑色は鮮やかで濃い印象ですが、暗いものが多いです。グアテマラ産の各色の翡翠を蛍光X線、反射FT-IRを調べたところ、白、ラベンダーのものは全部ジェイダイト、緑色は全部オンファサイト、青から黒のものはジェイダイトとオンファサイトが半々でした。分光特性について、緑色のオンファサイトでは689 nmの明瞭なクロムラインの他、437 nmのFe3+によるシャープな吸収は見られますが、432 nmくらいに付随する吸収バンドは見られませんでした。

 

 

ベトナム・ハロン湾のアコヤ養殖真珠について

〇伊藤映子(㈱RSEラボラトリー)・国枝康太(有限会社 聖和)

RSEラボラトリーの伊藤映子氏がベトナム・ハロン湾のアコヤ真珠について発表しました。真円真珠養殖が発明されて116年を経った今、世界中で各種の養殖真珠が生産されるようになり、ベトナムのハロン湾もその一つです。日本の技術が使われているようで、養殖場には日本とベトナムの旗が並んでいました。今回調べた養殖場は、ほぼ11から13か月ほど養殖しています。水温がほぼ一定のため、日本のように冬に浜上げするようなことがありません。主に生産しているのは4.5~6.5 mmぐらいの珠で、母貝も日本で使用されているものよりも小さいです。ハロン湾の真珠の巻きは厚いが、調べたところ、稜柱層が発達していたものがあり、片巻のものも多く、真円度は日本のものより悪かったようです。これは、ピースの切り取りが悪かったのが原因だと考えられます。

 

濃色系真珠に対する漂白などの加工の影響について

〇矢崎純子、田澤沙也香、佐藤昌弘(真珠科学研究所)

真珠科学研究所の矢崎純子氏が濃色系真珠に対する漂白などの加工の影響について発表しました。クロチョウ真珠は現在、明るいグレー系のものが減少傾向にある一方、需要が増加しているため、処理されるものが出ていると言われています。ポルフィリン系色素が原因のため、青い光に弱いと考えられます。そこで、3つの手法で処理し、その変化が以下のようになりました:①漂白した結果、280 nmの吸収がなくなって赤みが消えました;②青い光で照射した結果、ほぼ変わりませんでした;③加熱した結果、280 nm吸収が変わらないが赤みが強くなりました。

 

<50周年記念講演会参加報告>

宝石学会(日本)は今年、2024年で創立50周年を迎え、この記念すべき年の行事として50周年記念講演会が実施されました。特別講演の前に、現宝石学会(日本)神田久生会長より50周年の挨拶が行われました。また、宝石学会(日本)のロゴマークが今年初めて制定され、その披露も行われました。宝石学会(日本)のロゴマークは会員からロゴマークの原案を募集し、投票により決定されたものです。その後、一般社団法人日本ジュエリー協会会長 長堀慶太氏、東京ダイヤモンドエクスチェンジ(TDE)理事長 岩崎道夫氏、全国宝石卸商協同組合理事長 望月英樹氏(代読 日独宝石研究所所長 古屋正貴氏)、一般社団法人日本鉱物科学会会長 大和田正明氏(代読 中央宝石研究所北脇裕士)、一般社団法人日本地質学会会長 山路 敦氏(代読 早稲田大学林正彦)より祝辞をいただきました。その後、5件の特別講演が行われ、参加者は98名でした。発表者と題名は以下のようになります。

 

一般社団法人日本ジュエリー協会会長 長堀慶太氏

 

東京ダイヤモンドエクスチェンジ(TDE)理事長 岩崎道夫氏

 

50周年特別講演会の様子

 

宝石学会(日本)半世紀を迎えて

林政彦(早稲田大学)

早稲田大学の林政彦氏が宝石学会の歴史について発表しました。1960年代英国宝石学協会や米国宝石学協会などが成立し、宝石学会(日本)も1974年に設立されました。その後、多くの宝石鑑別機関が成立し、1981年は宝石鑑別団体協議会(AGL)も設立されました。

 

合成ダイヤモンド研究の歴史

神田久生(元物質・材料研究機構(NIMS))

元物質・材料研究機構(NIMS)、現宝石学会(日本)会長の神田久生博士は、合成ダイヤモンド研究の歴史について発表しました。1955年にGEが高温高圧法(HPHT法)を用いてダイヤモンドの合成に成功したことを受け、日本も1960年代からダイヤモンド合成の研究を始めました。その後、1980年代NIMSが化学気相成長 法(CVD法)に成功し、日本がCVD合成ダイヤモンドに大きく貢献しました。

 

真珠養殖の誕生を検証する

赤松蔚(元ミキモト真珠研究所)

元ミキモト真珠研究所の赤松蔚氏が養殖真珠誕生の歴史について発表しました。1858年ドイツのへスリングがパールサック(真珠袋)の理論を提唱し、その後、御木本幸吉が1893年に半円真珠養殖に成功しました。1907年、西川藤吉が外套膜の小片を貝体内に移植する方法を発明し、現在の有核真珠養殖の基本技術となりました。1917年、御木本幸吉が「全巻式」という方法を発明し、1919年に養殖真珠がヨーロッパの市場にも出ました。

 

ヒスイの発見と世界ジオパーク

竹之内耕(フォッサマグナミュージアム)

フォッサマグナミュージアムの竹之内耕館長が糸魚川のヒスイの形成と歴史について発表しました。糸魚川は陸の孤島とも言われています。ここのヒスイは5億年ほど前に形成し、2000万年ほど前フォッサマグナの形成により地表付近に持ち上げられました。そこで川が地層を削り、土石流などによって糸魚川の海岸まで運ばれました。また、長者ヶ原遺跡などからはヒスイ製品とそれらの生産遺跡も発見され、糸魚川は世界最古のヒスイ文化発祥地となっています。

 

 

宝石鑑別技術の発展

北脇裕士(中央宝石研究所)

CGLの北脇裕士が宝石鑑別技術の発展について発表しました。日本では1961年宝石の輸入が自由化して以来、宝飾ブームが起こり、それに伴って宝石技術が発展していきます。顕微鏡観察などの基本的な鑑別手法はヒスイの酸処理や含浸処理を看破できることもあり、今でも重要な鑑別手法です。その上、FTIRスペクトルは水晶の合成か天然、コランダムの加熱、ダイヤモンドのタイプを鑑別するに用いられ、UV-Visスペクトル、PLスペクトル、ラマンスペクトルも様々な鑑別業務に用いることになっています。現在、最新な技術として、LA-ICP-MSはコランダムのベリリウム処理の鑑別や様々な宝石の原産地鑑別に使用されています。

 

<懇親会参加報告>

7月14日(日)、50周年記念講演会終了後、同会場にて、懇親会が行われました。講演会において、一般社団法人日本宝石協会理事長 堀内信之氏、一般社団法人宝石鑑別団体協議会会長 近ケイ子氏、国際色石協会(ICA)理事 キャプテン・ラムジ・シャルマ氏(代読ニール・カンディラ氏)より祝辞を頂きました。懇親会には64名が参加し、会員同士の交流や、前日・同日行われた一般講演・50周年記念講演の発表 内容について質疑応答や討論等が 行われ、有意義な時間を過ごしました。参加者には大変好評でした。

懇親会の様子

ブラジル/パライバ・トルマリン鉱山を訪ねて

2024年5月PDFNo.66

CGL リサーチ室 北脇裕士

写真–1:ブラジル/ムルング鉱山産パライバ・トルマリン(左から 2.75ct, 4.24ct)

 

パライバ・トルマリンの人気は根強く、今なお重要な宝石アイテムの一つです。特に“ブラジル産”と原産地が特定されるとさらにその評価が高まります(写真–1)。最近になって、本来の鮮やかな青色〜緑色のパライバ・カラーに加えて、銅の含有量の少ない淡青色のタイプも多く流通するようになりました(写真–2)。

写真–2:近年、CGLの鑑別で見かける機会が増加している淡色のパライバ・トルマリン(ブラジル /キントス鉱山産)

 

ブラジルでは品質の良いものはすでに枯渇したなどとのうわさもあり、原産地のブラジルでの採掘状況を視察するために 2024 年 3 月にパライバ州とリオグランデ・ド・ノルテ州のパライバ・トルマリン鉱山を訪問しました(図–1)。 パライバ州にはバターリャ(Batalha)鉱山とグロリアス(Glorious)鉱山があります。視察の結果、バターリャでは3つの鉱区のうち1つは試掘がなされていますが、今のところほとんど産出はありませんでした。残りの2つの鉱区は現在採掘が止まっています。グロリアス鉱山はこの数年産出はなく、現在は新たなペグマタイトパイプを探索中です。

リオグランデ・ド・ノルテ州にはムルング(Mulun–gu)鉱山とキントス(Quintos)鉱山があります。後者は 10 年以上前に閉山されたままであり、前者は Brazil Paraiba Mineと名称を変えて活発に採掘とカット・研磨が行われていました。ただ、聞くところによると、実際に研磨されているパライバ・トルマリンの一部は、現在採掘されたものではなく、かつて採掘された在庫品とのことでした。

図–1:ブラジル/パライバ鉱山の位置

 

◆はじめに

パライバ・トルマリンは、1989 年に宝石市場に登場した彩度が高く鮮やかな青色〜緑色の銅着色のトルマリンです。 当初ブラジルのパライバ州で発見されたため、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになりましたが、1990年代には隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも採掘されるようになりました(図–1)。さらに2000年代に入って、ブラジルから遠く離れたナイジェリアやモザンビークなどのアフリカ諸国からも同様の含銅トルマリンが産出するようになり、そのネーミングに物議を醸しました。また、パライバ・トルマリンのほとんどは鉱物学的にエルバイトという種類に属しますが、モザンビーク産の一部のものはリディコータイトに属するものも知られています。 現在では原産地やトルマリンの鉱物種に関係なく、銅が主たる原因の青色〜緑色のトルマリンは広義でパライバ・トルマリンと呼ばれています(文献1)。

日本国内では、一般社団法人日本ジュエリー協会(JJA) と一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)の両団体による慎重な協議の上、2006 年 5 月 1 日より、パライバ・トルマリンは、「銅およびマンガンを含有するフルー〜グリーンのエルバイト・トルマリン」(産地は問わない)とされました。そして、元素分析を行い、分析報告書に限り、別名としてパライバ・トルマリンの記載が可能となりました。さらに「但し産地を特定するものではありません」とのコメントを記載し 、原則として原産地鑑別は行わないこととしました。しかし、近年のトレーサビリティの考え方に則して、AGLでも慎重に議論が重ねられ、2019 年 10 月 1 日より分析報告書に原産地表記が可能となりました。CGLでは、パライバ・トルマリンの原産地鑑別の依頼があれば、詳細な分析を行い、ブラジル、ナイジェリア、モザンビークのいずれかの産地を記載しています(写真–3)。

写真–3:CGLのパライバ・トルマリン分析報告書

 

◆位置および交通

 

写真–4:今回利用したエチオピア航空 (成田–サンパウロ往復 )

 

ブラジルのパライバ州および隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州は地球儀で見ると、日本の真反対に位置しています。そのため日本からは空路で東回りと西回りのルートがあります。東回りは日付変更線を超えてアメリカ経由となり、西回りは中東やヨーロッパを経由する便が多くあります。いずれにしても飛行時間は乗り継ぎを入れると片道 26〜30 時間ほどになります。今回は韓国を経由してエチオピアのアジスアベバで乗り継ぎ、ブラジルのサンパウロまでやはり 30 時間ほどかかりました (写真–4)。この飛行時間の間に日本との時差12時間が生じ、機内食が計 4 回提供されました。サンパウロからは国内線でミナスジェライス州の州都であるベロオリゾンテに向かい、ここを拠点に二日間を過ごし、いくつかの鉱山を訪問しました。初日は世界で 3 番目に大きい金鉱山であるアングロゴールドアシャンティ鉱山、二日目はイタビラ〜ノバエラ地区のエメラルド鉱山を視察しまし た。三日目にベロオリゾンテから国内線でパライバ州の州都であるジョアンペソアに向かい、そこからはレンタカーでおよそ 4 時間走り、同州のエクアドルという小さな街に到着しました(写真–5)。エクアドルはリオグランデ・ド・ノルテ州の最南端にある小さな街で宿泊施設と飲食店があり、バターリャ鉱山視察の拠点となります(図–1),(写真–6)。

写真–5:バターリャ鉱山視察の拠点となるエクアドルの街並み

 

写真–6:エクアドルからの道中にあるバターリャ(Batalha)の標識

筆者は 2005 年にもブラジルのパライバ鉱山を訪ねており、その際はリオグランデ・ド・ノルテ州のパレリアスという街に滞在しています(図–1)。パレリアスは人口およそ 2 万人の小さな田舎街で、ムルング鉱山およびキントス鉱山に程近いのですが、バターリャ鉱山までは未舗装道路を含めて 1 時間半ほどかかります。

今回のパライバ鉱山視察は筆者にとって実に 19 年ぶりですが、前回と比較してその変貌ぶりについてもご紹介したいと思います。

 

◆地質

パライバ州とリオグランデ・ド・ノルテ州にはクエイマダス山脈(現地の人はキントス山脈と呼ぶ)と呼ばれる丘陵地があり、ここの随所に、宝石品質のトルマリン(パライバ・トルマリンを含む)を含有するペグマタイト(巨晶花崗岩)が存在しています。このペグマタイトを含む地域はBorborema Pegmatite Province (BPP)と呼ばれ、第一次大戦中には戦略物資として雲母、シーライト、タングステンなどが採掘されており、大戦後には銅、ニッケル、ウラン、金、イルメナイトなどが採掘されています(文献–2)。ペグマタイトはアルバイトを主体とした長石、石英、白雲母およびトルマリンで構成されています。長石の大部分はカオリンと呼ばれる柔らかな白い粘土に変質しており、陶磁器の原料や化粧品および薬の添加剤になるため採掘の対象となっています。この地域に広く分布する基盤岩は新原生代(およそ 6 億 5000 万–5 億年前)の古い変成岩(主にクォーツァイトや変礫岩)です。この時代は南米大陸やアフリカ大陸が分裂する以前でゴンドワナ超大陸を形成していたと考えられています(文献–3)。図–2の水色の領域は、その頃の造山帯を示しています。パライバ・トルマリンを産出するブラジル、モザンビーク、ナイジェリアの 3 カ国の原産地は共通してこの古い時代の造山活動に関連しています。

 

◆パライバ・トルマリンの発見
図–2:原生代〜先カンブリア代の古地図 (Brendan2018 に加筆)

 

1982 年、ブラジルのパライバ州バターリャ(Batalha)の小高い丘(写真–7)で、Heitor Dimas Barbosa(以下エイトー)氏は数人の仲間とこれまでに見たことのない鮮やかな青色の石を発見しました。エイトー氏が初めに見つけた青色石は品質の良くないものでしたが、1988年には透明度の高い原石が10kgほど見つかりました。 エイトー氏はこれらを自身の出身地であるミナスジェライス州のベロオリゾンテや隣接するサンパウロ、リオデジャネイロで販売しようとしました。しかし、あまりにも鮮やかな色であったため誰も天然石と信じてくれなかったといいます(文献–4)。その後、鑑別機関で天然トルマリンの鑑別書を取り、翌1989年にツーソンジェムショーに出品しました。その鮮やかな色は“ネオン・ブルー”あるいは“エレクトリック・ブルー”と賞賛されました。そして、ショーの初めには$ 80/ctだったものが、最終的には$ 2,000/ctに跳ね上がるという伝説が生まれました(文献–5)。「この宝石はどこで産出したのか?」という質問に対する回答が「パライバ」であったため、自然にパライバ・トルマリンと呼ばれるようになりました。さらに 1989–1990 年にかけて 15–20kg の原石が採取され、このうちの 10kg が高品質であったといわれています(文献–4)。

 

◆パライバ州の鉱山
写真–7:エイトー氏により最初にパライバ・トルマリンが 発見された小高い山

 

写真–8:バターリャの街並み

 

バターリャ鉱山

人口が 500 人ほどのパライバ州の小さな村バターリャ(写真–8)で発見された銅着色のトルマリンは、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになり、一躍大人気の宝石となりました。1990–1991 年にかけて生産のピークを迎えますが、価格が急上昇したため、鉱山の所有権の係争問題が発生しました。ブラジルでは採掘権と土地の所有権は必ずしも同じではないようです。所有権と採掘権の両方を取得していれば問題はないのですが、異なる場合には紛争の種となりかねません。発見者のエイトー氏は土地の所有者ではなく地元の人間でもなかったことで、採掘に関してさまざまな政治的な外圧を受けたようです。また、鉱山労働者への攻撃もあり、採掘の継続が困難となりました。10 年近くにもおよぶ裁判の結果、最終的にバターリャの鉱区は 3 分割されることとなりました。最初に発見された鉱脈を含むエリアをエイトー氏が獲得し、地元の土地所有者のジョンヒッキー氏と地元有力者のハニアリー氏がそれぞれの採掘権を得ることとなりました。写真–9の左側の小高い丘から中央付近までがエイトー氏の鉱区、写真中央から少し右あたりまでがジョンヒッキー氏の鉱区、写真右側の建物はハニアリー氏の鉱区です。

写真–9:バターリャの鉱区全景(2024年4月撮影)

 

パライバ・トルマリンの発見により、今や伝説の人となったエイトー氏ですが、残念ながら2023 年 9 月 23 日に永眠されており(文献–6)、鉱山はご子息のSergio Barbosa(以下セルジオ)氏が引き継がれています(写真–10)。

写真–10:発見者エイトー氏のご子息であるSergio Barbosa 氏 (右 )と筆者

 

今回の鉱区訪問ではセルジオ氏のご厚意により、内容の濃い視察が実現しました。 エイトー氏の鉱区入り口は小高い丘の中腹にあります(写真–11)。

写真–11:エイトー氏の鉱区入り口

 

写真–12:エイトー氏がかつて使用していた車両

 

丘の上まで進むと管理施設があり、玄関前にはエイトー氏が鉱床 発見当時使用していたという車両が置かれていました(写真–12)。 施設内にはエイトー氏の肖像写真や栄誉市民の賞状なども飾られていました(写真–13)。

写真–13:エイトー氏の肖像写真

 

バターリャ地区の鉱区にはペグマタイトの脈が少なくとも6つ確認されており、それぞれに L1〜L6 まで番号が振られています。エイトー氏は最初にパライバ・トルマリンを発見した場所の近くから縦坑を掘り(写真–14)、そこから鉱脈に沿って横坑を掘り進めています(写真–15、16)。

写真–14:パライバ・トルマリンが最初に発見された場所

 

写真–15:エイトー氏鉱区の横坑入口

 

写真–16:エイトー氏鉱区の横坑内

 

過去には常に10人程度のスタッフが働いていましたが、幾度となく資金難や隣接するハニアリー氏との地下での所有権の係争で採掘が中断しているようです。資金面では風化しペグマタイトを採掘した際に出るカオリンが売り上げになり、鉱山継続の支えになっているようでした。坑内を案内してくれた技術者の話によると、L1 では当初グリーン・ブルーのパライバ・トルマリンが産出したとのことです。L2 は最も有望なラインで、良い結晶を大量に産出しており、市場に流通したものの多くはこのラインから採掘されました(写真–17)。

写真–17:エイトー氏鉱区の L2 (空間はペグマタイトが採掘された跡)

 

L3 はグリーン、ブルーに加えてバイオレットやバイカラーなど各色が産出しました。L4 は品質があまり良くなく、10 年ほど前に産出したきりとのことです。L5 はセルジオ氏が2023 年から試掘を始めたばかりで、L6 はほとんど手つかずのようです。この6本のライン以外にも派生した何本ものペグマタイト脈が走っており(写真–18)、どの脈にパライバ・トルマリンが含まれているか予測するのは困難なようです。

写真–18:エイトー氏鉱区の細いペグマタイト脈

 

ハニアリー氏の鉱区には外部からの侵入者を防ぐための高い塀と監視塔が設置されています(写真–19)。

写真–19:ハニアリー氏鉱区 (白い建物は監視塔)

 

1990 年代の最盛期には 30 人ほどのスタッフが働いており、活発な採掘が行われていました。筆者が前回訪れた 2005 年当時には縦坑の深さが 30mほどでしたが(写真–20)(文献–7)、2014 年には 120mにも達していたそうです(文献–4)。

写真–20:ハニアリー氏鉱区の旧縦坑入口

 

2015 年頃には新たな場所から(写真‒21)サイズは小さいもののかなりの量が採掘されたようです(写真‒22)。現在はエイトー氏との採掘権問題の係争中で採掘は中止しているようです。

写真–21:ハニアリー氏鉱区の新しい縦坑 (2015年くらいに産出)

 

写真–22:ハニアリー氏鉱区から産出したパライバ・トルマリン (0.11–0.22ct)

 

ジョンヒッキー氏の鉱区では1990 年代の最盛期には 50 人ほどのスタッフを擁し、重機を使用して活発に採掘していました。2005 年に訪問した際には地下の坑道を案内していただきましたが(文献–7)、今回訪問した際には採掘権の問題で採掘は行われていませんでした(写真–23,24)。鉱区内を見渡しても採掘活動の痕跡は見当たりませんでした。地元関係者に聞くところによると、以前掘り起こした土砂から鉱石を細々と選別しているだけのようです。ただ、昔の在庫があり、時折市場に供給されているようです。

写真–23:ジョンヒッキー氏鉱区入り口

 

写真–24:ジョンヒッキー氏の鉱区

 

グロリアス鉱山

2006 年の初め頃、パライバ州のバターリャ鉱山から直線で北東に30kmほどの地にグロリアス鉱山が開坑されました(文献–8)。ここの地質はバターリャと同じく新原生代の古いクォーツァイトなどの基盤岩が広く分布しており、そこにペグマタイトが貫入しています。鉱山ではこの脈状に貫入したペグマタイトが採掘されています(写真–25)。

写真–25:グロリアス鉱山で最初にパライバ・トルマリンが発見されたペグマタイトの採掘跡

 

ペグマタイトは主に風化した白いカオリン質の粘土からなります。先述のとおり、カオリンは高級な陶磁器の原料となりますが、この地のカオリンは特に品質が良いとのことです。そのため掘削したカオリンを販売して鉱山経営を継続しながらパライバ・トルマリンが採掘されてきました。
このようにパライバ・トルマリンの鉱山は掘削した土砂もカオリンとして活用することができ、資源の有効活用が行われています。グロリアス鉱山で採掘されたパライバ・トルマリンは銅の含有量が多く色は良いのですが、採取量は少なく、ほとんどが1 ct未満の小粒石です(写真–26)。

写真–26:グロリアス鉱山から産出したパライバ・トルマリン (0.096–0.23ct)

 

近年はCovid–19の影響もあり、鉱山は長らく放置されてきました。そのため、掘り出されたペグマタイトの跡地の空洞は雨水で水没してしまっています(写真‒27)。

写真–27:グロリアス鉱山のペグマタイトの採掘跡 (現在は雨水が貯まっている)

 

しかし、最近になって日本人の開拓者たちが改めて採掘を始めています(写真–28)。現在、従来のライン(ペグマタイト脈)をさらに延長するか、新たなラインを探すか検討されているようです。今回の視察時には重機が導入され、地表付近のペグマタイトの分布が調査されていました。

グロリアス鉱山は近隣にカオリンが採掘されたペグマタイトが複数存在し、一部にはパライバ・トルマリンを含む鉱石も見つかっていることから(写真‒29)、今後の動向に期待が持てます。

写真–28:グロリアス鉱山を再開発する日本人開拓者の皆さん
写真–29:グロリアス鉱山のパライバ・トルマリンを含む原石

 

◆リオグランデ・ド・ノルテ州の鉱山

キントス鉱山
パライバ州に隣接したリオグランデ・ド・ノルテ州にも2つのパライバ・トルマリンの鉱山があります(図–1)。 パライバ州に近い方からキントス(Quintos)鉱山とムルング(Mulungu)鉱山です。

図–1:ブラジル/パライバ鉱山の位置

 

キントス鉱山は人口約 2 万人のパレリアスの街から南に 10 kmほどの山腹にあり、ドイツのポールビルド(Paul Wild)社が経営していたため、地元ではジャーマンと呼ばれていました。1995 年にこの地のペグマタイトからパライバ・トルマリンが発見され、90 年代の終わりごろから本格的な操業が始まりました。2005 年に筆者が訪問した際には 60 名ほどのスタッフが従事しておりバターリャよりも機械化が進んでいる印象がありました(文献–7)。キントス鉱山では数ctサイズのブルーの他にグリーンのパライバ・トルマリンも産出していましたが、産出量は限定的で、残念ながら 10 年ほど前に閉山されました。 しかし、最近になってCGLの鑑別業務中にキントス鉱山産と思われる淡色のパライバ・トルマリンを見かける機会が増加しており(写真2)、モザンビークやナイジェリア産との識別に困難を伴うようになっています(文献–9)。そのためこれらの流通経路が確認できればと思っておりました。

写真–2:近年、CGLの鑑別で見かける機会が増加している淡色のパライバ・トルマリン(ブラジル /キントス鉱山産)

 

今回訪問した際には鉱山入り口には門番がおり、鉱山に続く道には轍がありましたので何らかの操業が行われていることがわかりました(写真30)。

写真–30:キントス鉱山の入り口 (門は閉ざされているが新しい轍が見られる)

 

地元の事情通と業界関係者の話によると、閉山後に水没した坑道からは一部水が抜かれ、新たに拡張はされていないものの、当時の“ずり”から再度選鉱が行われているようです。また、ドイツの本社にはこれまでのストックがあり、品質の劣るものはカボションカットに、透明度の高いものはファセット加工がなされて市場の動向を注視しながら適宜供給されているとのことです。

 

ムルング鉱山

ムルング鉱山はパレリアスの街から北東 5kmの山麓に位置しています(図–1)。キントス鉱山よりも早く、1991 年には含銅トルマリンが発見されています。かつてはMineracao Terra Branca社が所有 していたためMTB鉱山としても知られていましたが、現在はBrazil Paraiba Mineと改称されています(写真–31, 32)。会社のホームページも立ち上げられており(https://brazilparaibamine.com/en/home/)、鉱山の概要を知ることができます。また、InstagramやFacebookなどのSNSなどを利用した広報活動にも力を入れています。会社概要によると、200 名の従業員が18の業務部門に配属されており、採掘、選別、カット・研磨が自社で一貫して行われています。

写真–31:Brazil Paraiba mine (ムルング鉱山)の入り口

 

写真–32:Brazil Paraiba mine のプラント

 

ブラジルでのパライバ・トルマリンの採掘規模としては現在最も大きく活動的です。2005 年に訪問した際にはドラム缶の中に 2 名で入り、ワイヤーで吊るされてゆらゆらと縦坑を降りましたが(文献‒7)、今回は 7–8 名ほど入れる安全柵付きの昇降機が設置されていました(写真–33)。縦坑の深さは100m近くあり、そこから幾本もの横坑が開けられています。横坑は非常に広い空間が広がっており(写真–34)、ショベルカーなどの重機が稼働しています(写真–35)。現場の技術者の話によると、岩盤の掘削能力は最大で一日に 200t に及ぶとのことです。実際、地上に作られたいくつもの“ずり”の山からも活発に掘削が行われていることが確認できました(写真–36)。

 

写真–33:Brazil Paraiba mine の縦坑入口の昇降機

 

写真–34:Brazil Paraiba mine の広い横坑内

 

写真‒35:Brazil Paraiba mine の坑内で稼働する重機

 

写真–36:Brazil Paraiba mine の“ずり”の山

 

パライバ・トルマリンの採掘はパライバ州の鉱山と同じく新原生代の古い基盤岩(変礫岩など)に貫入したペグマタイト(写真–37)がターゲットですが、ムルング鉱山ではペグマタイトの風化(カオリン化)は進んでおらず、比較的硬い岩盤のままです。ペグマタイトはアルバイトが主体の長石、石英、白雲母、黒色トルマリン、ベリル、スポジュメンなどで構成されており、ごく希にパライバ・トルマリンが含まれています。今回視察した坑内の中ではわずか1か所でしかパライバ・トルマリンを発見することができず(写真–38)、改めてパライバ・トルマリンの希少性を体感することができました。

 

写真–37:Brazil Paraiba mine の基盤岩 (手を添えた灰色部 ) とペグマタイト(赤っぽい部分は長石、黒い結晶はトルマリン)

 

写真–38:Brazil Paraiba mine のペグマタイト中に見られる パライバ・トルマリン

 

掘削された岩石は複数の段階を経て親指大くらいのサイズに分割され、大型の自動選別機に通されます (写真‒39)。2005年に訪問した際には総勢で60名ほどの女性スタッフがすべて手作業で選別を行っていましたので(文献–7)、機械化によって大幅に作業効率が上がっているようです。案内をしていただいた技術者の話によると、この選別機はパライバ・トルマリンの青色を認識して選別しており、97%以上の回収率だそうです。機械を通った砕石はさらに女性スタッフによる再チェックが行われていました(写真–40,41)。選鉱された残りの岩石はさらに細かく砕かれ、水洗いされて行きます(写真–42)。

 

写真–39:Brazil Paraiba mine の自動選別機

 

写真–40:Brazil Paraiba mine の女性スタッフによる選鉱

 

写真–41:Brazil Paraiba mine で採取されたパライバ・トルマリン原石

 

写真–42:Brazil Paraiba mine の選鉱場

 

このようにして採取されたパライバ・トルマリンは(写真–43)、管理された別棟で色や品質ごとに選別され(写真–44)、カット・研磨されます(写真–45)。2005年に訪問した際にはカット・研磨はすべてタイに送って行われていましたが、現在は自社加工できるようになっていました。原石の選別には10名弱、カット・研磨には20名以上のスタッフがかかわっており、相当量のパライバ・トルマリンの原石が処理されていました。ほとんどが小粒石でしたが、今回の掘削作業風景ではこれほどのパライバ・トルマリンが採掘されているようにも思えなかったので、複数の関係者に確認したところ、一部の原石は2004年〜2014年に採掘された過去のストックとのことでした。 ムルング鉱山産のパライバ・トルマリンはかつて相当量が日本国内に輸入されています。特に小粒石を複数あしらった製品などはほとんどがムルングのものです。今回、売り物の商品を見せていただいたところ、直径1–2 mm程度の小粒石にも一粒単位で値段がつけられるなど、全体的にかなり高額となっていました(写真–46)。また標本石も良いものは数千ドルとなかなか手が出るような値段ではありませんでした(写真–47)。

写真–43:Brazil Paraiba mine で採取されたパライバ・トルマリン原石

 

写真–44:Brazil Paraiba mine の原石選別工程

 

写真–45:Brazil Paraiba mine のカット・研磨工程

 

写真–46:Brazil Paraiba mine のカット・研磨された商品

 

写真–47:Brazil Paraiba mine のパライバ・トルマリン の原石標本

 

◆まとめ

パライバ・トルマリンは人気の高い宝石で、特にブラジル産は評価が高まります。この数年、銅の含有量の少ない淡青色のタイプも鑑別に持ち込まれるようになり、モザンビークやナイジェリア産との識別が困難なものが増加しています。ブラジルでは品質の良いものはすでに枯渇したなどとのうわさもあり、淡青色のパライバ・トルマリンの出所を確認する必要がありました。 今回の視察の結果、パライバ州のバターリャ(Batalha)鉱山では今のところほとんど産出はありませんでした。 グロリアス鉱山も近年産出はなく、今後の採掘が期待されます。 リオグランデ・ド・ノルテ州のキントス(Quintos)鉱山は10年以上前に閉山されたままですが、品質のやや劣る過去のストックが適宜カット・研磨されているようです。ムルング(Mulungu)鉱山はBrazil Paraiba Mineと名称を変えて活発に採掘が行われていましたが、カット・研磨されているものの一部は過去に採掘されたもののようです。
このようにブラジルのパライバ・鉱山ではBrazil Paraiba Mineを始め現在も操業されていますが、新たに採掘されたものに加えて過去の在庫が市場供給されているのが現状のようです。

 

◆謝辞

グロリアスジェムス有限会社の酒巻英樹氏には今回の視察の立案から旅程のすべてにおいてお世話になりました。Mineracao Heitorita社のSergio Barbosa氏とBrazil Paraiba Mine社のAldo Bezerra氏には鉱区の視察に便宜を図っていただきました。Marcelo Antunes Maia氏には通訳と現地におけるアレンジをしていただきました。株式会社ミユキの亀山卓哉氏、Glorious Mine社の皆様には旅程において終始お世話になりました。ここに記して感謝いたします。

 

◆文献

1.LMHC Information Sheet#6 Paraiba tourmaline version.7 Dec.2012
2.Beurlen H. (1995) The Mineral Resources of the Borborema Province in Northeastern Brazil and its Sedimentary Cover: A Review. Journal of south American Earth Sciences, Vol.8 (3–4), pp365–376.
3.Brendan J. M., Damian R. N., Keppie J., Jaroslav D. (2018) Role of Avalonia in the development of tectonic paradigms. Geological Society London Special Publications, 470(1).

4.Hsu T. (2018) Paraiba Tourmaline from Brazil the neon–blue burn. InColor, Vol.42(2), pp42–50.
5.古屋正司. (2007) パライバ・トルマリン–脳裏に焼きつくエレクトリック・ブルーの輝き. 宝石の世界, 日独宝石研究所.
6.GIA Staff. (2023)In Memoriam: Heitor Barbosa. Gems and Gemology, Vol. 59, No.4, p542.

7.北脇裕士. (2005) パライバ・トルマリンの故郷を訪ねて. Gemmology, 2005年12月号, pp19–23.

8.Furuya M. (2007) Copper–bearing tourmalines from new deposits in Paraiba state, Brazil. Gems and Gemology, Vol. 43, No.3, pp236–239.
9.江森健太郎., 北脇裕士. (2020) パライバ・トルマリン〜LA–ICP–MSを用いた組成分析と原産地鑑別 への応用. CGL通信, No.56, pp1–12.