リサーチ室 趙政皓 江森健太郎 北脇裕士
ブルーサファイアは良く知られた宝石であり、その美しい青色ゆえに古くから珍重されてきた。その産地は多く、著名なスリランカやタイなどのほか、あまり知られていない産地も多数存在している。その中、中国海南島で産出するブルーサファイアは、まだ学術的な知見が限られているが、埋蔵量が大きいため将来有望な原産地になりうると考えられている。本稿では、海南島産ブルーサファイアの地質的背景と鉱物学的特徴を調査し、他産地との比較を通じてその特性を明らかにする。
ブルーサファイアは、酸化アルミニウム(Al2O3)を主成分とする鉱物コランダムの一種で、鉄(Fe)とチタン(Ti)を含むことで美しい青色を呈する。その原産地は世界各地に分布しており、地質学的な成因により、ブルーサファイアは変成岩起源と火成岩起源の二種類に大別できる(図1)。代表的な産地として、カシミール、スリランカ、ミャンマー、マダガスカルなどは変成岩起源であり、タイ、カンボジア、オーストラリアなどが火成岩起源である。中国の山東省でも火成岩起源のブルーサファイアが産出しており、現地で関連する博物館が建設されるなど、中国の宝石業界ではよく知られている。なお、ブルーサファイアの著名な原産地についての情報はCGL通信58号「ブルー・サファイアの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について」に詳しく書かれている
(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/58/101.html)。

本文で紹介する海南島は中国の最南部に位置しており、東西約300 km、面積は四国と九州の中間程度である。交通の便の良い南国の島だけに、欧米からも観光客が多く訪れる有名なリゾート地となっており、「中国のハワイ」と呼ばれることもある。現在ではリゾート地としてだけでなく、東南アジア方面への貿易中枢とするための港湾都市開発が進められており、経済特区として中央政府からも様々な優遇政策の対象となっている。ブルーサファイアが産出する文昌市蓬莱地域は海南島の東北部に位置しており、リゾートの中心となる南部海岸地帯から離れている。当地のサファイアは明確な鉱脈が見つからず、風化した新生代アルカリ玄武岩の堆積物の二次鉱床から発見されており、火成岩起源と考えられる。


2024年の夏頃、筆者の1人(趙)は自身の故郷である海南島に帰省した折にサファイアが採取できるという場所を訪れた。知人を通じて、新岭園という村の郊外を現地の方に案内していただいた。図3に示すように、村の周辺には畑があり、その畑や近くの道端の土壌からサファイアを採取することができる。土壌には金属光沢を持つ黒い石が多数見られた。これらについて蛍光X線分析装置で元素分析を行った結果、主成分として鉄(Fe)、チタン(Ti)、酸素(O)が検出され、イルメナイト(FeTiO3)である可能性が高い。イルメナイトは火成岩起源ブルーサファイアの包有物として一般的に見られる鉱物であり、サファイアの成因とも深い関連があると思われる。
先行研究(Wang 1988)および現地の人の話によれば、この地域のサファイアは1960年代に初めて現地の農民によって発見されたとのことだ。その後、1980年代初頭には地方政府によって商業的採掘を目的とした調査が実施され、埋蔵量が豊富で、有望な原産地になる可能性が示された。しかし、農用地の減少や環境への影響を懸念した住民らが反対し、また、上級政府からも開発の許可が下りなかったため、本格的な採掘には至らなかった。それにもかかわらず、農作業の過程などで容易にサファイアを採取できるため、将来の販売を見据えて貯える人が多くいたようである。実際、一時期タイのディーラーが現地に買取に訪れ、サファイアをタイに持ち帰って研磨・加熱などの加工が行われていたとのことである。その加工された石の一部は市場で流通していたようである。

現地の人が収集したという石を図4に示した。左の写真のケースには高品質ではないがおそらく10ct以上の大きいサイズのサファイアが含まれている。右の写真のケースには、サファイアとともに採取されたジルコンも収められている。これらのサファイアはすべて加熱されたものであるが、この他にベリリウム(Be)拡散加熱処理されたものもあるという。これらの石の加工は現地ではなく、知人に頼んで海南島外で加工されたようである。カット・研磨は前述した山東省でも可能であるが、Be拡散処理は中国国内ではなく、タイで行われたとのことである。図5は筆者の1人(趙)が採取したサファイアとジルコンであり、サイズは大きくないが、風化土壌の中から比較的容易に見つけることができた。


今回、現地で入手したブルーサファイアの原石4点について宝石学的検査を行った。サイズは、0.85~3.11 ctですべて非加熱である(図6)。これらの石は、比較的に明るい青色から黒く見えるほどの濃青色を呈する。サンプル④以外は透明度が非常に低く、特にサンプル①と③は可視光の透過率が著しく低かった。
紫外-可視反射スペクトルの測定結果により、いずれのサンプルにおいても鉄(Fe)関連の吸収が強く、火成岩起源の特徴を示していた(図7)。特に、860 nm中心のFe2+/Fe3+イオン対の強い吸収が火成岩起源を示唆する特徴である。比較のため、CGLが所有するタイ産のブルーサファイア原石のスペクトルも共に示した。両産地のサファイアは同じ火成岩起源のためスペクトルが類似している。


フーリエ変換赤外吸収スペクトル(FTIR)では、すべてのサンプルにおいて3309 cm-1付近のTi-OHに起因する吸収が確認された(図8)。さらに、いずれのサンプルにもカオリナイトインクルージョンによる吸収が観察された。カオリナイトの吸収自体は原産地鑑別の指標にはならないが、大抵の場合は非加熱の特徴となることが知られている。
ヨウ化メチレンに浸液し、ファイバー光を用いて拡大観察を行ったところ、クラウドによる乳白色の縞模様が確認された(図9)。この種のインクルージョンは他の火成岩起源ブルーサファイアにも見られるが、海南島産ブルーサファイアの重要な特徴の一つだと考えられる。その他、微細な液体インクルージョンや双晶面なども観察された(図10-11)。残念ながら、今回のサンプルから鉱物種を同定できる結晶インクルージョンは発見されなかった。



LA-ICP-MS·による微量元素分析の結果からも、海南島産ブルーサファイアが火成岩起源であることが裏付けられた。図12に示すGa/Mg-Feプロット図において、海南島産ブルーサファイアのプロットは他の火成岩起源ブルーサファイアと同じ領域に位置している。また、火成岩起源ブルーサファイアの中でも、ガリウム(Ga)の含有量が高いという特徴があり、他の産地からの火成岩起源ブルーサファイアと比較的良く分離できることがわかった(図13)。


微量元素分析について、もう一つ注意すべき点がある。前述したように、海南島産ブルーサファイアは色が非常に濃い傾向があるため、青色を軽減するためにBe拡散加熱処理が施される可能性がある。そのため、加熱の兆候が見られる石についてはBeの有無を調べる必要がある。Emori et al. (2024)によると、天然起源のBeが火成岩起源サファイアのナノインクルージョンに由来すると考えられ、スリランカイトや未知の鉱物中にチタン(Ti)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)などの元素と同時に存在すると報告されている。今回分析した海南島産ブルーサファイアは非加熱であり、Be拡散加熱処理は施されていないにもかかわらず、Beが検出され、同時にNb、Taも検出された。これらの元素の濃度が示すは線形的な相関関係は、この石に含まれるBeは天然起源であることを強く示唆する(図14)。

海南島産ブルーサファイアは現在商業的な開発は行われていないものの、その豊富な埋蔵量によって将来的には有望な産地となる可能性が十分に秘められている。火成岩起源を示す特徴が多く認められる上、高いGa含有量などの微量元素特徴もあり、他の産地のサファイアと分離できる有効な指標は多い。また、Be拡散加熱処理される可能性も高いが、鑑別する際はBeと同時に検出されるNbやTaとの濃度関係に注意し、検出されたBeが天然起源なのか人為的な拡散により導入されたものか慎重に判断する必要がある。今後は現地での採掘状況や市場流通の進展を見据え、引き続き詳細な調査とデータの蓄積が求められる。
参考文献
- Furui Wang. (1988). The sapphires of Penglai, Hainan Island, China. Gems & Gemology, 24(3), 155-159.
- Guang-Ya Wang, Xiao-Yan Yu & Fei Liu. (2022). Genesis of Color Zonation and Chemical Composition of Penglai Sapphire in Hainan Province, China. Minerals, 12(7), 832.










































































































































































































