CGL通信 vol31 「HRDアントワープ 『合成ダイヤモンドセミナー』報告」

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CGL通信 vol31 「HRDアントワープ 『合成ダイヤモンドセミナー』報告」

2016年3月No.31

リサーチ室 北脇  裕士

去る1月21日(木)、東京ビッグサイトにおける第27回国際宝飾展(IJT 2016)の開催期間に合わせてHRD アントワープと株式会社APの主催による表題のセミナーが開催されました。昨今、メレサイズの合成ダイヤモンドは業界内での最大の懸案事項であり、まさに時宜にかなった話題と言えます。
このセミナーでは合成ダイヤモンドの製造技術に関する解説、HPHT合成法とCVD合成法のそれぞれの特徴、天然と合成ダイヤモンドの識別における最新のテクノロジーに関するプレゼンテーションが行われました。そして、メレサイズの合成ダイヤモンドのスクリーニング(粗選別)用にHRDで開発されたM–SCREENが日本国内で初めて紹介されました。
以下にプレゼンテーションの内容を詳しくご紹介いたします。

Fig.1:第27回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト
Fig.1–1:第27回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト
Fig.1-2:第27回国際宝飾展の案内板
Fig.1–2:第27回国際宝飾展の案内板

表題:合成ダイヤモンドの粗選別と鑑別
講師:HRD アントワープ 研究員 Ellen Barrie 氏

1.HRD アントワープ
HRD(Hoge Raad voor Diamant)は、ベルギー・アントワープに本部を置く世界最大のダイヤモンド研究機関で、AWDC(アントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター)によって運営されています。世界で最も高い水準と信頼性をもつ鑑定機関の一つとして知られており、ダイヤモンド鑑別の分野において最先端の技術を有しています。また、世界ダイヤモンド取引所連盟(WFDB)および国際ダイヤモンド製造者協会(IDMA)の2大機関によって承認され、国際ダイヤモンド審議会(IDC)の基準に準拠している国際的研究機関でもあります。さらにHRDはダイヤモンドのグレーディングのみならず、教育、器材、研究の各部門を有しています。

Fig.2–1:講演会場の様子(時計美術宝飾新聞社提供)
Fig.2–1:講演会場の様子(時計美術宝飾新聞社提供)
Fig.2–2:講師のEllen Barrie氏(時計美術宝飾新聞社提供)
Fig.2–2:講師のEllen Barrie氏(時計美術宝飾新聞社提供)

2.合成ダイヤモンド
合成ダイヤモンドは、化学組成および結晶構造が天然ダイヤモンドとまったく同じであり、光学特性および物理特性にも違いは見られません。合成ダイヤモンドはキュービックジルコニアやモアッサナイトのように単に見かけが似ているだけの類似石とは異なります。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも炭素(C)だけでできており、熱伝導性はきわめて高く、屈折率は2.417、ファイアの源となる分散度は0.044でこれらの特性値すべてが同じです。一方、類似石の代表であるキュービックジルコニアは、化学組成がZrO2です。熱伝導性は低く、屈折率は2.16、分散度は0.060でダイヤモンドとは異なります。モアッサナイトは化学組成がSiCで、熱伝導性は高いのですがその他の諸特性はダイヤモンドと完全に異なります。
宝石品質の合成ダイヤモンドを製造する方法は主に2種類あります。HPHT合成法とCVD合成法です。それではそれぞれの合成方法について説明します。

2–1.HPHT合成
HPHT(高温高圧)法は、地球深部で天然ダイヤモンドができる環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度と圧力を与えて原料となる炭素をダイヤモンドの結晶へと成長させます。
どのくらいの圧力が必要かといえば、パリのエッフェル塔を逆さまにして、その総重量9441トンすべてが塔の先端にかかるようなイメージです。その圧力はおよそ5GPaに及びます。温度は1400℃以上でグラファイト等の炭素物質を鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、温度差を利用してダイヤモンドを結晶化させます。
高圧を発生させる装置にはいくつかの種類があります。たとえばベルト式と呼ばれる装置は日本のNIMS(著者注:無機材質研究所→現、物質材料研究機構)などで使用されているものです。ロシアや米国フロリダのGemesisではBARSと呼ばれる分割球型を用いています。米国ユタ州のSuncrest社では6方向から圧縮するキュービックプレス装置が用いられています。

Fig.3–1:HPHT合成装置/      物質材料研究機構
Fig.3–1:HPHT合成装置/ 物質材料研究機構
Fig.3–2:HPHT合成装置/Gemesis(Gemesis HPより)
Fig.3–2:HPHT合成装置/Gemesis(Gemesis HPより)
Fig.3−2:HPHT合成装置/Suncrest
Fig.3−3:HPHT合成装置/ Suncrest

2–2.CVD合成
CVD合成法は、Chemical Vapor Depositionの略です。(著者注:化学気相成長法(化学蒸着法)と呼ばれるものです)。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます。一度の工程でたくさんの種結晶を並べて成長させることが可能です。Scio Diamond社(旧Apollo diamond)では何十台もの装置を使って宝飾用のCVD合成ダイヤモンドを製造しています。

Fig.4–1: Scio Diamond社のCVD合成装置 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–1: Scio Diamond社のCVD合成装置 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–2: Scio Diamond社のC反応容器 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–2: Scio Diamond社の反応容器 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–3: Scio Diamond社の反応容器内 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–3: Scio Diamond社の反応容器内 (Scio Diamond HPより)

2–3.原石と研磨石
HPHT合成ダイヤモンドもCVD合成ダイヤモンドも原石の状態であればすぐに識別することができます。それは結晶原石の形態が天然とは異なるからです。天然ダイヤモンドは良く知られているように八面体の結晶が基本です。一方、HPHT合成法では種結晶を用いて金属溶媒中で成長させるため、六–八面体を主体とした集形となります。またCVD合成法では、種結晶の上に炭素原子を沈積させて一方向に層成長させるため板状の形態となります。
しかし、これらが宝飾用にカット・研磨された後では結晶の形態からは天然との識別ができなくなってしまいます。見た目では判らないため鑑別の技術が重要となります。
現在、HPHT合成法ではカット・研磨後で10ct以上のものができており、CVD合成法でも3ct以上のものができています。ラボに持ち込まれた3ct upのCVD合成ダイヤモンドは昨年9月にHRDアントワープで初めて検査されました。

2–4.天然と合成の混在
合成ダイヤモンドに関して最も懸念されているのが天然ダイヤモンドへの混入です。とりわけ無色のメレサイズの混入は業界内における最大の関心事となっています。今や世界各国のさまざまなメディアによって、天然ダイヤモンドに混入する合成ダイヤモンドの話題が報じられています。実際にHRDアントワープのラボにおいても天然石に混入する合成ダイヤモンドを幾度も発見しています。これらはすべて非開示で持ち込まれたものです。
大切なのは情報開示と鑑別です。市場では合成ダイヤモンドかどうかの情報開示が必要ですし、ラボにおいては明確に天然と合成を識別する確かな技術を保有していなければなりません。

3.鑑別
ダイヤモンドの鑑別は、未処理の天然ダイヤモンドであることを確認することです。
・    天然ダイヤモンドであってもHPHT処理が施されたものではないか?
・    HPHT合成ではないか?
・    CVD合成ではないか?
・    天然であってもコーティングされていないか?
など、いろいろなポイントを確認する必要があります。では、鑑別の流れに沿って説明します。
最初のステップは、ダイヤモンドと思しき石が本当にダイヤモンドなのか類似石ではないかの確認です。次いで、ダイヤモンドであった場合、天然なのか合成なのかの起源を調べます。天然ダイヤモンドであった場合、さらに未処理なのか何らかの処理が施されていないかの確認が必要です。合成であった場合、HPHT合成なのかCVD合成なのか、また合成されたままのものか、合成後に色の改変が行われたものなのかを調べる必要もあります。
このような鑑別の手掛かりとなるのが、天然と合成では異なる結晶の成長構造、成長環境に由来する微量元素、光学欠陥、包有物などです。
そして、このような鑑別には以下に示す種々の鑑別技術が適正に組み合わされて利用されています。

・    FTIR(赤外分光分析)
・    紫外–可視–近赤外分光分析
・    顕微鏡下の詳細な観察
・    EDXRF(蛍光X線)分析
・    DiamondView™による観察
・    フォトルミネッセンス分析
・    ラマン分光分析

これらの分析装置を有効に活用するためには多くの蓄積されたデータベースとそれらを解析する能力が必要となります。ただ分析機器がたくさん揃っていれば良いというわけではありません。
例えば、DiamondView™による観察を例に挙げて説明します。DiamondView™はDTCが開発した天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドを識別するための装置です。波長の短い紫外線をダイヤモンドに照射することで発生する蛍光を画像化します。ダイヤモンドに含まれるわずかな不純物元素や欠陥により、発光する色や強度が変化します。従って、天然と合成の成長環境の相違が蛍光像の違いとなって現れます。
天然ダイヤモンドでは主に八面体面に沿った成長縞が観察されますが、HPHT合成では八面体面や六面体面などの成長分域が観察されます。一方、CVD合成では種結晶の上に炭素原子が沈積して層状の成長をするため線状の成長模様が観察されます。それぞれが典型的な蛍光像を示すものは起源の判断が容易ですが、中には非常に判別が困難な例や明瞭な蛍光像を示さないものもあります。従って、できるだけ多くの画像診断の経験と技術が必要となります。
次にHRDアントワープのラボにおいてCVD合成法としては最大の3.09ctのダイヤモンドを鑑別した例を紹介します。2015年9月、3.09ctのラウンドブリリアントカットが施されたダイヤモンドが供せられました。色はほぼ無色(Iカラー)でクラリティはVS2でした。紫外線蛍光は無く、FTIR分析ではⅡ型と分類されました。紫外–可視–近赤外分光分析では575nm(NV0)と737nm(SiV)が検出されました。633nmレーザーによるフォトルミネッセンス分析では736.6nmと736.9nmの明瞭なダブレット(SiV)が確認されました。DiamondView™の観察ではオレンジ色の蛍光色とCVD合成特有の層状の成長構造が確認されました。また、多段階成長によると思われる直線状の線模様も複数観察されました。

Fig.5–1: 3.09ctのCVD合成ダイヤモンド(HRD Antwerp HPより)
Fig.5–1: 3.09ctのCVD合成ダイヤモンド(HRD Antwerp HPより)
Fig.5–2: 3.09ctのDiamondViewTM像(HRD Antwerp HPより)
Fig.5–2: 3.09ctCVD合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像(HRD Antwerp HPより)

このように合成ダイヤモンドの鑑別には多くの知識やノウハウ、そして高度な鑑別機器が必要です。そのため鑑別には多くの時間と多大なコストがかかります。特にメレサイズのダイヤモンドの鑑別には非常な困難を伴います。

4.スクリーニング(粗選別)
ダイヤモンドの鑑別には時間とコストがかかるため、スクリーニング(粗選別)が重要となります。粗選別とは100%天然といえるダイヤモンドと、更なる詳細検査が必要なものとを分別することです。そのためにある際立った特性に着目し限られた技術を用いています。つまり粗選別=鑑別ではありません。厳密には粗選別≠鑑別です。

4–1.ダイヤモンドのタイプ
多くの粗選別機器はダイヤモンドのタイプ分類を基本原理としています。良く知られているように、ダイヤモンドは窒素を不純物として含有するⅠ型と含まないⅡ型に分類されます。そして、天然のダイヤモンドのほとんど(98%以上)はⅠ型に分類され、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型に分類されます。そのためダイヤモンドのタイプ分類がダイヤモンドの鑑別の重要な第一ステップになります。窒素を含有するⅠ型は窒素の存在の仕方によってⅠa型とⅠb型に細分されます。前者は窒素が凝集した形態で、後者は孤立した単原子の状態です。さらにⅠa型は、ⅠaA型とⅠaB型に細分されます。ⅠaB型は合成ダイヤモンドにはないので、起源は天然と考えることができますが、色の改善のためのHPHT処理が施される可能性があるため更なる詳細検査が必要となります。

4–2.粗選別機器
HRDが開発した粗選別機器にはD–ScreenとAlpha Diamond Analyzerがあります。
D–Screenは2005年に販売が開始された最初のHRD製粗選別機器です。紫外線の透過性を基本原理としています。検査可能なダイヤモンドはルースのみで、サイズは0.2ct〜10ct、カラーはD〜Jまでです。測定した結果、緑色のランプが点灯すれば天然ダイヤモンドでHPHT処理の可能性もないものです。黄色のランプが点灯すれば、HPHT処理が施された天然ダイヤモンドもしくは合成ダイヤモンドの可能性があります。しかし、未処理の天然ダイヤモンドの可能性もあることから更なる詳細検査が必要となります。
Alpha Diamond Analyzerは2012年に発売されたFTIR(赤外分光光度計)です。ルースと一部のセット石でも測定が可能です。分析結果を独自のソフトで診断し、IRのスペクトルを確認することができます。
しかし、これらの粗選別機器はメレダイヤモンドに特化したものではありません。また、一石一石のマニュアル操作になるため、多数のダイヤモンドを検査するためには時間と労力がかかります。そのため、多数個のメレダイヤモンドの検査は非常にコストが高くなります。業界からも自動的にメレダイヤモンドを粗選別する装置が要望されるようになりました。そこで、HRDでは自動メレ粗選別装置M–Screenを開発しました。

Fig.6–1: D–Screen(HRD Antwerp HPより)
Fig.6–1: D–Screen(HRD Antwerp HPより)
Fig.6–2: Alpha Diamond Analyzer(HRD Antwerp HPより)
Fig.6–2: Alpha Diamond Analyzer(HRD Antwerp HPより)

5.M–SCREEN
M–ScreenはHRDアントワープとWTOCD(Wetenschappelijk en Technisch OnderzoeksCentrum
voor Diamant アントワープのダイヤモンドリサーチセンター)の共同で開発したメレサイズダイヤモンドの全自動スクリーニング(粗選別)システムです。
卓上設置が可能なデスクトップサイズで、超高速(最小でも毎秒2個)でメレサイズのダイヤモンドを粗選別します。1時間あたり7200〜12000個のダイヤモンドを全自動で識別することが可能です。対象は0.01ct〜0.20ctのD〜Jカラーのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドです。選別を行う基本原理は波長の短い紫外線による特性と未公開の特許技術が使用されています。選別結果は「天然ダイヤモンド」、「合成ダイヤモンドの可能性」、「HPHT処理の可能性がある天然ダイヤモンド」、「類似石」に分別されます。

6.結論
HPHT法およびCVD法による宝石品質合成ダイヤモンドが市場供給されており、特にメレサイズの天然石への混入が懸念されています。これらに対して、市場における正確な情報開示とラボに因る明確な識別が重要です。
合成ダイヤモンドの検出にはスクリーニング(粗選別)が大切です。 粗選別は限られた特性に着目した技術を用いており、鑑別とは異なります。粗選別では未処理の天然ダイヤモンドを選別し、要詳細検査となったものは洗練されたラボの複数の技術の組み合わせで鑑別がなされます。
HRDでは、粗選別機器としてD–ScreenとAlpha Diamond Analyzerを開発・販売してきましたが、今回、メレサイズに対応した自動メレ粗選別装置M–Screenを新たに開発し、市販を開始しました。また、HRD Antwerpではメレサイズダイヤモンドの粗選別のサービスと各種レポートの発行を行っています。◆

Fig.7: M–Screen (HRD Antwerp HPより)
Fig.7: M–Screen (HRD Antwerp HPより)