CGL通信 vol53 「IGC36 参加報告」

CGL通信


CGL通信 vol53 「IGC36 参加報告」

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

去る2019年8月27日~8月31日、フランスのナントにて第36回国際宝石学会(International Gemmological Conference, IGC)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者らが出席し、本会議における口頭発表を行いました。以下に概要を報告致します。

フランス、ナントのシンボルの1つ、ブリュターニュ大公城
フランス、ナントのシンボルの1つ、ブリュターニュ大公城

 

フランス、ナントの位置
フランス、ナントの位置

 

国際宝石学会(IGC)とは

国際宝石学会(以下IGC)は国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されます。この会議は1952年にドイツで第1回会議が開かれてから、今年で36回目の開催となります。
IGCは他の一般的な学会とは異なり、今もなお、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーにはデレゲート(Delegate)とオブザーバー(Observer)で構成されています。デレゲートはオブザーバーとして3回以上IGCに出席し、優れた発表がなされたとエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)に推薦されたものが昇格します。オブザーバーは国際的に活躍するジェモロジストでエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)もしくはデレゲートの推薦によりIGCの会議に招待されます。IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)。
今回の第36回IGCではメンバー(デレゲート)とオブザーバー、そしてゲストをあわせて約70名が会議に出席しました。日本からは弊社技術者(筆者ら2名)以外にデレゲートとしてAhmadjan Abduriyim氏と古屋正貴氏、オブザーバーとして大久保洋子氏が会議に出席しました。

会場全体を含むナントの街並み
会場全体を含むナントの街並み

 

開催地

フランス、ナント(Nantes)はフランスの西部、ロワール川河畔に位置する都市です。ブルターニュ半島南東部に位置し、大西洋への玄関口となっています。グラン・ウエスト地域最大の都市でフランス第6の都市です。様々な戦争により、中心部を破壊された一部の大都市とは対照的に、あらゆる時代の歴史的街区を保持しており、歴史的な記念物が多く残っています。
ナントへはパリ=シャルル・ド・ゴール国際空港からフランス国内線で1時間ほど、またはパリ、モンパルナス駅からフランス高速鉄道であるTGVを利用し2時間ほどでアクセスすることができます。

 

第36回国際会議

今回のIGCは、過去のIGC同様Pre–Conference Tour(8/24(土)−26(月))、本会議(8/27(火)−8/31(土))、Post–Conference Tour(9/1(日)−9/4(水))の3本立てで行われました。本会議前後のConference Tourは開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地・博物館を訪れます。筆者らは今回、本会議にのみ参加しました。

 

Open Colloquium Conference

本会議初日8/27(火)9:00より本会議会場である「Nantes Cité des Congrés」にてフランスの宝石学者や宝石学を学ぶ学生のためのオープンセッションが設けられ、10名のIGCメンバーによるプレゼンテーションが行われました。

第36回IGCの開催場所となった「Nantes Cité des Congrés」
第36回IGCの開催場所となった「Nantes Cité des Congrés」

 

本会議

同日18:00よりウェルカムレセプションパーティーが開催され、各国から集まったIGCメンバー達が2年ぶりに再会し、お互いの健康や研究成果をたたえあい、旧交を深め合いました。
翌日28日(水)からの本会議は、10時からのオープニングセレモニーで始まりました。主催者であり、今回のIGCの議長を務めるフランス、ナント大学教授のDr. Emmanuel Fritsch教授が開会宣言を行い、引き続き、Dr. Jayshree Panjikar氏がIGCの歴史と開催における感謝の言葉を述べました。その後、Dr. Emmanuel Fritsch教授がスポンサー紹介、会場説明、本会議の説明を行います。会場を埋めた参加者達は次第に気持ちが引き締まり、緊張感が高まります。40分のオープニングセレモニーが終了後、一般講演がはじまりました。

 

一般講演会の様子
一般講演会の様子

 

一般講演は28日−31日と4日間に渡り行われました。各講演は質疑応答を含め20分で行われ、計48題が発表されました。うち、コランダム11題、ダイヤモンド8題、歴史・年代測定4題、真珠3題、産地情報3題、エカナイト1題、エメラルド1題、オパール1題、クォーツ1題、こはく1題、スピネル1題、長石1題、トルマリン1題、ハックマナイト1題、ひすい1題、ペッツォタイト1題、ペリドット1題、象牙1題、分析技術1題、その他5題でした。弊社リサーチ室から北脇が「Current Production of Synthetic Diamond Manufacturers in Asia」、江森が「Be–containing nano–inclusions in untreated blue sapphire from Diego, Madagascar」の2題発表を行いました。また一般講演中は会場の一部がポスターセッション会場となっており11件のポスター発表が行われていました。発表について、いくつか興味深いものを次に紹介します。

ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

 

◆Phosphorescence of Type IIb HTHP Synthetic Diamonds from China

中国武漢にある中国地質大学宝石学研究室のAndy H. Shen教授は中国で製造されたIIb型HPHTダイヤモンドの燐光についての研究を発表しました。中国で製造され、ホウ素を含有したHPHT合成ダイヤモンドは470 nmを中心とする燐光を発します。グリニッシュブルーの蛍光を呈し、燐光時間は5–20秒でした。高濃度の「補償されないホウ素」を有するサンプルは565 nmを中心とする新しい燐光バンドを持ちます。こういったダイヤモンドの470 nmの燐光は時間と共に急速に減衰し、565 nmの燐光はより長く残ることを示しました。

 

◆Laser damage in gemstones caused by jewelry repair laser

スイスのGübelin Gem LaboratoryのLore Kiefert博士による発表で、ジュエリー修理用に用いられるレーザーにより損傷を受けた宝石についての発表でした。最近、ラボに鑑別に持ち込まれたサファイアでキャビティ充填のように見えるが充填物が確認されないものが観察されました。調査の結果、ジュエリー修理に用いるレーザーによる損傷であることが明らかとなりました。ジュエリー修理用レーザーを用いて検証を行った結果、多くの場合はレーザーが直接当たった場所ではなく、石の反対側にダメージが発生し、割れてしまうといった二次損害が発生する可能性もあることを示しました。宝石の種類によってレーザーの反応も異なり、また、フラクチャーの入った石はフラクチャー等がない石にくらべレーザー損傷を受けにくいという特徴があります。レーザーパワー等の設定は誘発される損傷に大きな影響を及ぼし、パワーが低いほど、損傷を受ける危険性は低くなることを示しました。ジュエリーを修理する際に用いるレーザーが金属部分から外れ、宝石にあたった場合に、宝石に損傷を与える可能性が存在するため、石から熱を逃すような物質で宝石を覆う等、注意する必要があります。

 

◆Color Origin of the Oregon Sunstone – the reabsorption and exsolution of Cu inclusions

中国武漢にある中国地質大学宝石学研究室のChengsi Wang氏の発表で、オレゴンサンストーンの色起源についての発表でした。オレゴンサンストーンは1908年にアメリカ・オレゴン州ダストデビル鉱山ではじめに発見された石で、光学的、鉱物学的特性は記載されており、色起源については銅元素が原因であるとされていますが、色の起源について完全な説明はされていません。最近、新しい鉱山が2つ発見されたと報告され、世界中から注目を集めましたが、最終的には銅を人工的に拡散させたものであることが明らかになりました。銅のナノ粒子の拡散実験およびHR–TEMによる観察の結果、天然および拡散オレゴンサンストーンの赤色は直径13 nmの球形銅ナノ粒子により引き起こされていることが判明しました。また、天然オレゴンサンストーンの多色性は回転楕円体をした銅のナノ粒子に起因するものであり、赤道半径が約10 nm、極半径が約26 nmであることに起因することが判明しました。

 

◆Blue sapphire heated with pressure and the effects of low temperature annealing on the OH–related structure
タイのGIT(Gemological Institute of Thailand)のTanapong

 

Lhuaamporn氏は、圧力と高温による処理(PHT)を行ったブルーサファイアに対し、低温アニーリングを行った結果を発表しました。ブルーサファイアに対し、PHT処理を行うとサファイアのブルーが強調され、より暗い色味になりますが、PHT処理を施された石に対し低温アニーリングを行うことでブルーの色味を明るくすることができます。しかし、1000℃以上の温度でアニーリングを行うことでPHT処理サファイアのインクルージョンは通常の加熱処理を施されたものとほぼ同じになるため、インクルージョン特徴により区別することはできません。FTIRスペクトルにおいてはPHT処理のみを施したサファイアはOHに関連した吸収バンドが認められますが、1200℃未満のアニーリングではOH関連の吸収は減少し、1200℃以上ではほぼ完全に消滅することを示しました。このアニーリングにおいては1200℃以下でもブルーの色味に明確な変化を与えるため、OH吸収が観察される限りはPHTサファイアの鑑別が可能であることを示しました。

 

◆Multi–element analysis of gemstones and its application in geographical origin and determination

スイスSSEFの研究者Hao A. O. Wang氏はLA–ICP–TOF–MSを用いたブルーサファイアの微量元素測定を用いた産地鑑別と年代測定、ダイヤモンドのインクルージョン分析、次元削減という手法 (t–SNE, PCA) を用いたエメラルド及び銅マンガン含有トルマリン(パライバトルマリン)の産地鑑別についての発表を行いました。ICP–TOF–MSはICPイオン化法とTOF (Time–of–Flight, 時間飛行) 型質量分析を組み合わせた質量分析装置であり、SSEFではGemTOFという名称で運用しています。一般的なLA–ICP–MSと比較すると、質量1–260の同位体を含む全元素完全同時測定が可能といった特徴があります。ブルーサファイアについては、Be、Zr、Nb、La、Ce、Hf、Thといった元素はマダガスカル産、カシミール産ブルーサファイアで比較するとマダガスカル産のほうがより多く見られる傾向にあり、Pb、Thの同位体を測定することで年代測定を行い、マダガスカル産(約550Ma)とカシミール産(30Ma)の産地を区別する方法を紹介しました。ダイヤモンドのインクルージョンについては表面に出たものを直接レーザーアブレーションすることで測定する方法を紹介しました。またエメラルドについてはLi–Fe–Csの三次元プロットおよび多変量解析の一種であるPCA(主成分分析) およびt–SNE(T–distributed Stochastic Neighbor Embedding)といった手法を用いたクラスタリングによる産地鑑別、また銅マンガン含有トルマリン(パライバトルマリン)についてもt–SNEを用いた産地鑑別法が紹介され、使用する元素が37元素の場合、53元素の場合での比較を行い、53元素のほうが精度が高くなることを示しました。

 

Closing Celemony

最後に、会議の最終日31日の閉会式において、次回の第37回IGCの開催地は日本であることが正式に発表され、今回の開催地のオーガナイザーであるナント大学のEmmanuel Fritsch教授よりIGCのフラッグを弊社リサーチ室室長の北脇が受け取りました。

次回の第37回IGCは日本で行われます
次回の第37回IGCは日本で行われます

 

国際宝石学会は世界的に著名なジェモロジストが参加し、交流を深めることができます。この交流によって各国の状況や生の声を聞くことができます。また、今回はPostおよびPre–Conference Tourには参加しませんでしたが、カンファレンス前後のツアーは宝石を研究する上で必要な原産地視察を行うことができ、貴重な体験となります。中央宝石研究所はこれからもこのような国際会議に積極的に参加し、情情報を仕入れるよう努めていく予定です。◆

IGC36の集合写真
IGC36の集合写真