CGL通信 vol58 「ブルー・サファイアの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について」

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CGL通信 vol58 「ブルー・サファイアの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について」

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リサーチ室  北脇 裕士、江森 健太郎、岡野 誠

はじめに

ブルー・サファイアは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもサファイアとルビーを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3~1/2を占めると言われており、中央宝石研究所(CGL)でも毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。
伝統的な産地の高品質なブルー・サファイアは高く評価され、世界的なオークションにおいても高額で落札されています。特に幻のサファイアと言われる「カシミール・サファイア」はコレクターにとって垂涎の的であり、原産地の決定が重要な意味を持ちます(写真–1)。

写真–1:カシミール産非加熱ブルー・サファイア8.88ctのリング
写真–1:カシミール産非加熱ブルー・サファイア8.88ctのリング

 

いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なブルー・サファイアのジュエリーやアクセサリーも販売され、人気を博しています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なサファイアだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでが宝石として利用できるようになりました。
2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、昨今では「エシカル」や「サステナビリティ」をキーワードに宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。
このように宝石の原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や社会的欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではブルー・サファイアの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。

 

ブルー・サファイアとは

サファイアはルビーと同じくコランダム(鉱物名)の宝石変種です。化学的に純粋なコランダムは無色ですが、種々の微量成分を取り込むことでブルー、ピンク、パープル、イエローなどのさまざまな美しいサファイアが生まれます。通常、色名を冠して○○サファイアと呼ばれますが、単にサファイアというと一般にはブルー・サファイアを意味しています。

サファイアの語源は「青」を意味するギリシャ語の「sappheiros」に由来します。ブルーのサファイアは「誠実」や「清浄」を象徴するといわれており、古代地中海文明では他のどんな宝石よりも尊ばれていました。中世のヨーロッパでは聖職者の印とされ、ローマ法王の右手には大粒のサファイアを埋め込んだ指輪がはめられていたと伝えられています。

 

ブルー・サファイアの地質学的な起源は①火成岩起源と②変成岩起源に大別できます。火成岩起源のブルー・サファイアは主にアルカリ玄武岩と呼ばれる黒っぽい火山岩を母岩としており、タイ/カンボジア、ラオス、ベトナム、中国、オーストラリア、マダガスカル北部、ナイジェリア、エチオピア、カメルーンなどに見られます。米国のモンタナ地域のサファイアは火成岩に関連していますが、アルカリ玄武岩ではなく、一部はランプロファイアと呼ばれる塩基性の岩石を母岩としています。変成岩起源のブルー・サファイアは角閃岩、片麻岩、グラニュライトなどの広域的な変成作用に関連する岩石や閃長岩、スカルンなどを母岩としており、スリランカ、ミャンマー、カシミール、マダガスカルなどに見られます。
ブルー・サファイアの色はFe(鉄)とTi(チタン)に因りますが、その量比によって色調が異なります。Feが多くなると緑味が強くなる傾向があり、全体的に暗い色調になります。また、Feが少ないと比較的明るい色調になります。

 

一般に火成岩起源のブルー・サファイアは変成岩起源のものに比べてFeとGa(ガリウム)に富む傾向があり、両者の区別に利用されます。産地が未知のブルー・サファイアの原産地鑑別を行うにあたって火成岩起源か変成岩起源かに振り分けるのは最初の重要なステップとなります。FeとGaの濃度を定量的に調べるためには蛍光X線分析やLA–ICP–MS分析等の元素分析が必要ですが、簡易的に紫外–可視–近赤外領域の分光光度計を用いて粗選別することが可能です。ブルー・サファイアはFe/Tiの電荷移動により580nm付近を中心とした幅広い吸収を示しますが、火成岩(アルカリ玄武岩)起源のブルー・サファイアはこの他に880nmを中心とした幅広い吸収も示します。これはFe2+/Fe3+に関連すると考えられており、Feの含有量の少ない変成岩起源のブルー・サファイアには見られません(図–1)。

図–1:紫外‐可視‐近赤外分光スペクトルによるブルー・サファイアの火成岩(アルカリ玄武岩)起源と変成岩起源の分類
図–1:紫外–可視–近赤外分光スペクトルによるブルー・サファイアの火成岩(アルカリ玄武岩)起源と変成岩起源の分類

 

ブルー・サファイアの原産地

ブルー・サファイアの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、各産地のブルー・サファイアがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–2)。

図–2:世界の主要なブルー・サファイアの産地(地質イベント区分による)1.モンタナ、2.タンザニア、3.マダガスカル、4.スリランカ、5.カシミール、6.ミャンマー、7.タイ、8.ベトナム、9.中国、10.オーストラリア、11.ナイジェリア/カメルーン、12エチオピア
図–2:世界の主要なブルー・サファイアの産地(地質イベント区分による)1.モンタナ、2.タンザニア、3.マダガスカル、4.スリランカ、5.カシミール、6.ミャンマー、7.タイ、8.ベトナム、9.中国、10.オーストラリア、11.ナイジェリア/カメルーン、12エチオピア

 

最初のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生しており、古い変成岩帯を形成しました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はブルー・サファイアなどのコランダム宝石をはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。タンザニア、マダガスカルやスリランカ等のブルー・サファイアはこの時代に形成しています。

 

2番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動で、広域的な変成岩を形成しました。この時代に形成したブルー・サファイアがカシミールやミャンマー等に見られます。

 

3番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したブルー・サファイアを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。そのため、アルカリ玄武岩のマグマから直接サファイアが生成したのではなく、変成岩など他の起源の可能性もあります。これはちょうどダイヤモンドを運搬したキンバーライトのマグマと同様です。このようなアルカリ玄武岩に関連した起源のブルー・サファイアはタイ/カンボジア、ベトナム、中国、オーストラリア、ナイジェリア、カメルーン、エチオピア等に見られます。

 

 

原産地鑑別の限界

宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自のopinion(意見)として理解されています。このopinionという考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–2)。

写真–2:CGLのブルー・サファイアの産地を記載した分析報告書見本
写真–2:CGLのブルー・サファイアの産地を記載した分析報告書見本

 

原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本(サンプル)の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外–可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければなりません。
検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえば広域変成岩起源のスリランカ産、ミャンマー産やマダガスカル産のブルー・サファイアなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地(たとえば2016年に新たに発見されたマダガスカルのBemainty(ベマインティ)鉱山産や2017年に発見されたエチオピア産のブルー・サファイアなど)の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。

 

【スリランカ】

スリランカは紀元前の頃から各種の宝石を産出した記録があります。その種類・量・品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。もともとはインド大陸とひとつだったものが、ある時期に分離したと考えられています。サファイアの母岩はこの広範囲に分布する古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはほぼすべて二次的に再堆積した“イラム”と呼ばれる漂砂鉱床からです(写真–3)。

写真–3:漂砂鉱床からの採掘(ラトゥナプラ/スリランカ)
写真–3:漂砂鉱床からの採掘(ラトゥナプラ/スリランカ)

 

スリランカは世界的に著名な宝石を多く産出していますが、とりわけサファイアは有名です。ニューヨーク自然史博物館に展示されている“Star of India”は世界でも最大級のスリランカ産のブルー・スター・サファイアです。また、1981年にチャールズ皇太子からダイアナ妃へ、そしてウィリアム王子から婚約者へと贈られた英国王室継承の18ctのブルー・サファイアもスリランカ産として話題を集めました。

 

図–3:スリランカのブルー・サファイア鉱床
図–3:スリランカのブルー・サファイア鉱床

サファイアの産出地としてはRatnapura(ラトゥナプラ)が有名です(写真–4)。シンハリ語でratnaは宝石をpunaは町を意味します。文字通り宝石の街です。その他にはElahera(エラヘラ)(写真–5)、Okkampitiya(オクカンピティア)やKataragama(カタラガマ)などが良く知られています(写真–6)(図–3)。

 

写真–4:濃色のブルー・サファイア (ラトゥナプラ/スリランカ)
写真–4:濃色のブルー・サファイア(ラトゥナプラ/スリランカ)

 

写真–5:ブルー・サファイア99ct (エラヘラ/スリランカ)
写真–5:ブルー・サファイア99ct(エラヘラ/スリランカ)

 

写真–6:非加熱ブルー・サファイア (カタラガマ/スリランカ)
写真–6:非加熱ブルー・サファイア(カタラガマ/スリランカ)

 

カタラガマは1970年代の後半までサファイアの鉱区として知られていましたが、以降は産出がなく採掘はほとんど行われていませんでした。ところが、2012年の2月中旬、道路建設の際に新たにブルー・サファイアが発見され、俄かに採掘ラッシュが起きました(写真–7)。見つけられたサファイアには数100ctのものも含まれており大いに期待を寄せられましたが、その後は継続的な産出はなく、一時的な熱狂で終わってしまいました。

 

写真-7:カタラガマでのブルー・サファイア・ラッシュ (写真提供:Gamini Zoysa)
写真–7:カタラガマでのブルー・サファイア・ラッシュ(写真提供:Gamini Zoysa)

 

◆スリランカ産サファイアの特徴

スリランカ産のブルー・サファイアは一般に色が淡めです。全般的にタイ産やオーストラリア産などの濃色(時に黒く感じる)の玄武岩関連起源のサファイアに比べると透明度が高く、爽やかな印象です。また、カラー・ゾーニング(色むら)は同じ変成岩起源のミャンマー産に比べると顕著です。したがって、色が濃く、均一なスリランカ産ブルー・サファイアは希少価値が高いといえます。スリランカのサファイアは産出量が多く、かつては日本国内のブルー・サファイアはほとんどがスリランカ産かタイ産といった時代がありました。しかし、2000年以降はマダガスカル産のブルー・サファイアが台頭しており、スリランカのものを圧倒した感があります。
色の淡いサファイア原石はギウダ(シンハリ語で“白い”という意味)と呼ばれ、40年以上前から加熱処理の原材になっています。最近では加熱の技術が劇的に向上しており、目を見張るような美しい色が生み出されています。

 

 

写真–8:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)
写真–8:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)

 

写真-9:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)
写真–9:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)

 

スリランカ産ブルー・ファイアの内部特徴としては、第一にシルク・インクルージョン(写真–8)(写真–9)が挙げられます。細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様を呈し、フィンガー・プリントと呼ばれます(写真–10)(写真–11)。

写真–10:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン
写真–10:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン

 

写真 –11:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン(スリランカ)
写真 –11:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン(スリランカ)

 

 

また、小さな空洞が液体で満たされたネガティブ・クリスタル(写真–12)も良く見られます。

写真–12:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(スリランカ)
写真–12:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(スリランカ)

 

 

スター・サファイアなどにはこのネガティブ・クリスタルの液体中に気泡が見つかることがあり、三相インクルージョンと呼びます。顕微鏡下で注意深く石をゆっくり傾けると、この気泡が動くのが観察できます(写真–13)。

写真-13A:ネガティブA:RGB500x341

写真–13:スリランカ産サファイア中の三相インクルージョン(傾けると気泡が移動する)
写真–13:スリランカ産サファイア中の三相インクルージョン(傾けると気泡が移動する)

 

 

顕微鏡のランプなどで温まるとこの気泡は消失し、冷えるとまた出現します。スリランカ産のブルー・サファイアにはさまざまな固体インクルージョンが見られますが、多くのものは他の産地と共通します。テンション・クラックを伴ったジルコン・ヘイロウ(写真–14)はスリランカ産ブルー・サファイアに頻度高く観察されます。似たようなテンション・クラックを伴った黒色のウラニナイト(写真–15)も稀に見られます。時折、燐片状のフロゴパイト(写真–16)も見つかります。

写真–14: ジルコンヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)
写真–14: ジルコンヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)

 

写真–15:黒色のウラニナイト・インクルージョン(スリランカ)
写真–15:黒色のウラニナイト・インクルージョン(スリランカ)

 

写真–16:燐片状のフロゴパイト・インクルージョン(スリランカ)
写真–16:燐片状のフロゴパイト・インクルージョン(スリランカ)

 

 

【ミャンマー】

ミャンマーはルビーだけでなく、高品質のブルー・サファイアを産出することでも有名です。ルビーと同様にMogok(モゴック)地区から産出します。この地のルビーは結晶質石灰岩(大理石)を母岩としますが、ブルー・サファイアはペグマタイトやネフェリン閃長岩と呼ばれる岩石が母岩だと考えられています。しかし、多くの場合、母岩が風化して二次的に再堆積した“バイヨン”あるいは“ビヨン”と呼ばれる漂砂鉱床から採掘されています。
モゴック西部のKyat Pyin(チャッピン)地区にあるBawmar(バウマー)鉱山は、2008年以降採掘量が急増したブルー・サファイアの重要な鉱床です(写真–17)。

写真–17:バウマー鉱山(ミャンマー)
写真–17:バウマー鉱山(ミャンマー)

 

この地域は主にモゴック片麻岩類が分布しており、閃長岩や花崗岩類を伴っています。ブルー・サファイアは高度に変成した黒雲母片麻岩などに貫入した閃長岩やペグマタイトの風化土壌から採掘されています。バウマー鉱山は15年ほど前から重機を用いた採掘がおこなわれており、現在は露天掘りとトンネル方式が組み合わされています。トンネル方式では最大で深さ80mにもおよぶ縦坑が掘られています(写真–18)。

写真–18:バウマー鉱山の縦坑(ミャンマー)
写真–18:バウマー鉱山の縦坑(ミャンマー)

 

そこから削岩機を用いて風化した岩石を砕き、水平方向に掘り進められていきます。地表に挙げられた鉱石は洗浄され、サイズの異なるふるいにかけて選別されます。その後、女性たち(ミャンマーの女性の多くは伝統的なおしゃれで頬にタナカと呼ばれる木の粉を付けています)の手によってトリミングされ、最終的にカット・研磨されます(写真–19)。

写真–19:女性たちによる原石の選別(バウマー鉱山/ミャンマー)
写真–19:女性たちによる原石の選別(バウマー鉱山/ミャンマー)

 

 

この鉱山のブルー・サファイアは原石のままで濃色であり(写真–20)、最大で15ct程度のカット石が得られています。

写真–20:濃色の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)
写真–20:濃色の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)

 

 

◆ミャンマー産サファイアの特徴

ミャンマー産のブルー・サファイアは“ロイヤル・ブルー”と表現される美しい色調を示します(写真–21)。

写真–21:良質の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)
写真–21:良質の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)

 

もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、世界的に高く評価されています。特にカシミール・サファイアが枯渇してからはオークションでも高値を呼び1988年のニューヨークのサザビーズで65.8ctのブルー・サファイアが取り巻きのダイヤモンドを含めて285万ドルで落札された記録があります。ミャンマー産のブルー・サファイアの正確な産出量はわかりませんが、マダガスカル産やスリランカ産と比較するとはるかに少ないと思われます。その中でオークションにかかるような高品質となるとなおさらです。

ミャンマー産ブルー・サファイアの特徴として第一に言えることは、冒頭に挙げた色合いです。筆者にはスリランカ産などに比べると若干緑味を帯びた印象があります。内部特徴としては、スリランカ産やマダガスカル産などと同様にシルク・インクルージョン(写真–22)(写真–23)を含みます。

写真–22:シルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–22:シルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–23:シルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–23:シルク・インクルージョン(ミャンマー)

 

しかし、スリランカ産が細長く伸びるシルクであるのに対し、ミャンマー産のシルクは概して短く、時にクラウド状や燐片状になります(写真–24)。

写真–24:一部燐片状の短いシルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–24:一部燐片状の短いシルク・インクルージョン(ミャンマー)

 

シルクが豊富に含まれるとスター・サファイアになります。ミャンマーもスリランカと同様にスター・サファイアを産出し、昔から高く評価されています。液体インクルージョン(写真–25)も一般的な内包物で、スリランカのようなフィンガー・プリント(指紋)様ではありません。

写真–25:液体インクルージョン(ミャンマー)
写真–25:液体インクルージョン(ミャンマー)

 

 

ネガティブ・クリスタル(写真–26)はスリランカ産の特徴の一つですが、ミャンマー産にも見られることがあります。

写真–26:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(ミャンマー)
写真–26:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(ミャンマー)

 

 

また、双晶面(写真–27)の存在もミャンマーの特徴のひとつで、この場合、しばしばベーマイトの針状結晶(写真–28)も見られます。

写真-27:双晶面(ミャンマー)
写真-27:双晶面(ミャンマー)

 

写真-28:双晶面に伴う針状ベーマイト・インクルージョン(ミャンマー)
写真-28:双晶面に伴う針状ベーマイト・インクルージョン(ミャンマー)

 

 

【タイ/カンボジア】

タイは昔からスリランカ、ミャンマーとともにブルー・サファイアの重要な産地で、国内にいくつもの鉱山があります(図–4)。

図–4:タイ/カンボジアのブルー・サファイア鉱床
図–4:タイ/カンボジアのブルー・サファイア鉱床

 

1850年頃に最初の鉱床が発見され、19世紀後半から世界のブルー・サファイアの需要を支え続けています。1980年代の最盛期には4,000万ct程の生産量があったという記録があります。しかし、1990年代以降、鉱床は枯渇気味で現在は、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にBangkok(バンコク)やChanthaburi(チャンタブリ)では常にコランダムの新しい加熱技術が開発されるなど、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。

 

◇Kanchanaburi(カンチャナブリ)地区

バンコクから西へ100kmほどにBo Ploi(ボプロイ)鉱山があります。1918年にブルー・サファイアがこの地で発見され、小さな町が形成します。1987年には近代的な重機を導入して鉱山は拡大し、1990年代は相当量のブルー・サファイアを産出しました。短期間で量産したため、世界的に有名になりましたが、現在は小規模な生産を行っているのみです。この地の加熱処理されたブルー・サファイアの一部は淡色でスリランカ産のものと似ているため、しばしばスリランカ・サファイアとして売られているようです(写真–29)。

写真–29:良質のブルー・サファイア(カンチャナブリ/タイ)
写真–29:良質のブルー・サファイア(カンチャナブリ/タイ)

 

◇Chanthaburi(チャンタブリ)地区

Khao Ploi Wafen(カオプロイワーフェン)とBang Kha Cha(バンカチャ)がこの地区の代表的な鉱山です。カオプロイワーフェンは「宝石に囲まれた丘」と言う意味で、タイで始めてサファイアが発見された土地として知られています。ここでは地下3~8mに分布する灰色~褐色の風化玄武岩の土が重機で掘られ、選鉱プラントでは高圧水で洗浄し、比重選鉱されています(写真–30)。チャンタブリ地区はカンチャナブリ地区に比較すると産出量は少なく、ブルー・サファイアは色が濃すぎて黒っぽく見えます。しかし、色が似ていることから“メコン・ウィスキー”と呼ばれるイエロー~ゴールデン系のサファイアが有名で、グリーン系のサファイア(写真–31)も産出します。さらにゴールデン・スターやブラック・スターサファイアを産出しています。

写真–30:カオプロイワーフェンの採掘場(チャンタブリ/タイ)
写真–30:カオプロイワーフェンの採掘場(チャンタブリ/タイ)
写真–31:カオプロイワーフェンで産出したグリーン・サファイア(チャンタブリ/タイ)
写真–31:カオプロイワーフェンで産出したグリーン・サファイア(チャンタブリ/タイ)

 

 

◇Phrae(プレー)地区

バンコクから北へおよそ500kmにこのサファイア鉱区があります。この地は1920年代に発見されていましたが、実際に採掘されるようになったのは1970年代に入ってからです。この地のサファイアは濃色のブルーで小粒のものが多いようです。時おり、結晶の中心部がイエローでバイ・カラーになるものがあります。ほとんどすべてが加熱処理されており、見かけはオーストラリアのブルー・サファイアに似ています。

 

◇Pailin(パイリン)地区

タイの東方、カンボジアとの国境を横切ってパイリン地区のサファイア鉱区が広がります(写真–32)。この地ではブルー・サファイアとルビーが産出します。不思議なことにカラーレス、イエローやグリーン・サファイアの産出がほとんどありません。この地のブルー・サファイアは品質が良く、タイ人の自慢です。全体的に濃色ですが、小粒のものが多いようです(写真–33)。全体的にチャンタブリ地区のサファイアに似ています。カンボジア側から産出したものもチャンタブリやバンコクで加熱され、しばしばタイ産として市場に出て行きます。

写真–32:パイリン地区の採掘場(カンボジア)
写真–32:パイリン地区の採掘場(カンボジア)
写真–33:パイリン産のブルー・サファイア(カンボジア)
写真–33:パイリン産のブルー・サファイア(カンボジア)

 

 

◆タイ/カンボジア産サファイアの特徴

タイにはいくつかの代表的な鉱区があります。しかし、すべてがアルカリ玄武岩に関連した起源であり、地質学的な産出状況も酷似しているため、鉱区ごとの産地特徴もほぼ共通しています。タイ産のブルー・サファイアは鉄分を多く含有するために、緑味や黄色味を感じることがあります。また、全体的にインク・ブルーと呼ばれるような暗い感じの色調になります。たいていはこの暗味を除去して明るくする目的で酸化雰囲気にて加熱されます。
タイ産の内部特徴として、結晶の周りに土星の輪のように見える結晶・液膜インクルージョンが挙げられます(写真–34)。

写真–34:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–34:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

液膜インクルージョンには非加熱でも癒着したような形態のもの(写真–35)も見られ、加熱石の特徴と見誤るおそれがあります。

写真–35:癒着した液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–35:癒着した液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

また、アルカリ長石の結晶(写真–36)や珍しいところではコルンバイトの赤色結晶(写真–37)が見られます。双晶面(写真–38)は頻度高く見られます。

写真–36:アルカリ長石インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–36:アルカリ長石インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–37:コルンバイト・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–37:コルンバイト・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–38:双晶面(タイ/カンボジア)
写真–38:双晶面(タイ/カンボジア)

 

タイ産のルビーにはシルク・インクルージョンは見られませんが、サファイアには時折見られます。特にカンチャナブリのブルー・サファイアにはしばしば短い針状のインクルージョン(写真–39)が見られます。パイリン・サファイアの珍しい特徴としてパイロクロアの赤色結晶(写真–40)の内包が挙げられます。

写真–39:針状インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–39:針状インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–40:パイロクロア・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–40:パイロクロア・インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

以前、このインクルージョンはパイリン・サファイアの診断特徴と言われていましたが、近年では他の地域のサファイアからも発見されており、残念ながら完全なランドマークにはなりません。

 

 

【カシミール】

カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンム・カシミール藩王国があった地域で、標高8,000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有権を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。この地は幻のサファイアと呼ばれる伝統的なカシミール・サファイアの産地として有名ですが、これはインドが実効支配するジャンム・カシミール州に位置しています(図–5)。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版を改筆) 図–5:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床
(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版を改筆)
図–5:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床

 

 

これとは別に、近年、パキスタンが実効支配するBatakundi(バタクンディ)から赤紫~青色のサファイアを産出しており、市場ではカシミール産サファイアと呼ばれることがありますが、本稿では両者を明確に区別して紹介致します。

 

◇伝統的なカシミール・サファイア

カシミールのブルー・サファイアはその美しさと希少性から今や伝説の宝石となりつつあります。この伝統的なサファイアが発見されたのは1881年に遡ります。カシミールのザンスカー地方、標高4,500m付近の万年雪に覆われた場所でたまたま起きたがけ崩れの時に発見されたといわれています。地元の人たちは当初サファイアだとは知らずに、たまたまやって来たインドの行商人達に塩と交換していたそうです。やがてこの結晶は稀に見る上質のサファイアだとわかり採掘が試みられました。当時はかなりの量が採掘されたようですが、鉱床は小規模ですぐに枯渇してしまいました。1926年には最初の鉱床から200mの場所に新しい鉱床が発見されましたが、気候条件が厳しく、一年に3ヶ月しか操業できませんでした。また政情も不安定で現在までもほとんど操業されていないのが現状です。カシミール・サファイアは、かつてのマーハラージャの古い所有物や昔の宝飾品に混じってオークションなどに登場するようです。オークションでは常に高値を呼び、1990年5月に行われたジュネーブのクリスティーズではダイヤモンドで取り巻かれたカシミール・サファイアのネックレスが100万ドル以上で落札されました。ブルー・サファイアとして1ctあたり最高の金額が付いたのは2015年のクリスティーズのオークションで記録した27.68ctのカシミール・サファイアの675万ドル(243,703ドル/ct)です。

 

◇パキスタン産のカシミール・サファイア

2006年頃にAZAD(アザドあるいはアーザード)地区北西部のバタクンディから赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています。これらのうち青色のものは商業的にインダス・カシミール・サファイアとも呼ばれています(写真–41)。

 

写真–41:インダス・カシミール・サファイアと呼ばれることのあるバタクンディ産のサファイア
写真–41:インダス・カシミール・サファイアと呼ばれることのあるバタクンディ産のサファイア

 

CGLの分析報告書ではバタクンディ産のものは検査結果をカシミール(パキスタン)と表記し、伝統的なカシミールとは明確に区別しております。

 

 

◆カシミール産サファイアの特徴

伝統的なカシミール・サファイアは、しばしばコーンフラワー(矢車菊)の色に喩えられ、ブルー・サファイアの最高級の色といわれています。ビロードがかったような柔らか味のあるブルーが特徴です。ヘイジー・ラスターともいわれる乳白色のもやがかかったような独特の外観を呈します(写真–42)(写真–43)。

 

写真–42:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)
写真–42:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)

 

 

写真–43:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)
写真–43:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)

 

 

このような概観は内包される微小インクルージョンに由来しており、クラウド状の色帯(写真–44)を形成しています。

写真–44:クラウド状の微小インクルージョンによる色帯(カシミール)
写真–44:クラウド状の微小インクルージョンによる色帯(カシミール)

 

 

角度をもったクラウド状の色帯(微小インクルージョン)(写真–45)もカシミールの特徴です。

 

写真–45:角度を持ったクラウド状の色帯(カシミール)
写真–45:角度を持ったクラウド状の色帯(カシミール)

 

 

微細な針状インクルージョンが絡み合って線状に配列したもの(写真–46)や交差したもの(写真–47)(写真–48)も見られ、カシミールを特徴付けています。

 

写真–46:線状に配列した微細な針状インクルージョン(カシミール)
写真–46:線状に配列した微細な針状インクルージョン(カシミール)

 

写真–47:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)
写真–47:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)

 

写真–48:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)
写真–48:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)

 

細長く伸張した角閃石(パーガサイト)の結晶(写真–49)やヘイロウ割れを伴わない長柱状のジルコン結晶(写真–50)もカシミール産の診断特徴となります。まれに黒色のウラニナイトの結晶(写真–51)が見られます。これらの結晶インクルージョンは個別には他の産地にも見られることがあり、複数の特徴を含めた慎重な判断が必要です。

 

写真–49:細長く伸張した角閃石(パーガサイト)の結晶インクルージョン(カシミール)
写真–49:細長く伸張した角閃石(パーガサイト)の結晶インクルージョン(カシミール)

 

写真–50:ヘイロウ割れを伴わない長柱状のジルコン結晶インクルージョン(カシミール)
写真–50:ヘイロウ割れを伴わない長柱状のジルコン結晶インクルージョン(カシミール)

 

写真–51:黒色のウラニナイトの結晶インクルージョン(カシミール)
写真–51:黒色のウラニナイトの結晶インクルージョン(カシミール)

 

伝統的なカシミールのサファイアも色調を向上させるために加熱処理が施されることがあるようです。しかしながら、多少色が淡くても非加熱のカシミールの価値が高いのは言うまでもありません。加熱されてしまうともとの特徴が失われ、他の産地(特にスリランカ)のサファイアと識別がきわめて困難になると思われます。
バタクンディ産のブルー・サファイアは紫色の色帯(写真–52)が特徴的です。しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶(写真–53)や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます。また、液体インクルージョンはスリランカ産のフィンガー・プリントではなく、時折ヘイロウを伴っています(写真–54)。

 

写真–52:紫色の色帯(カシミール/パキスタン)
写真–52:紫色の色帯(カシミール/パキスタン)

 

 

写真–53:黒色のグラファイト・インクルージョン(カシミール/パキスタン)
写真–53:黒色のグラファイト・インクルージョン(カシミール/パキスタン)

 

 

写真–54:ヘイロウを伴った液体インクルージョン (カシミール/パキスタン)
写真–54:ヘイロウを伴った液体インクルージョン(カシミール/パキスタン)

 

 

 

【マダガスカル】

マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。スリランカがインド大陸から分離したように、マダガスカルも古くはアフリカ大陸の一部であったと考えられています。
マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません(図–6)。

 

図–6:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床
図–6:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床

 

マダガスカルでは1993年頃、島の南のAndranondambo(アンドラノンダンボ)からブルー・サファイアの新しい鉱区が発見されています。ここからはスリランカ産やミャンマー産に匹敵する高品質のブルー・サファイアを産出し、世界中のバイヤーたちの注目を集めました。中にはカシミール・サファイアに酷似するものもあり、業界では改めて産地鑑別の重要性が認識されました。

1990年代の終わり頃に島の南西部のIlakaka(イラカカ)地区から膨大な量の各色サファイアが発見され、再び世界から注目されました。イラカカからはブルー・サファイアも産出しますが、パープル~ピンク色系のサファイアが大量に産出し、これらがBe拡散処理の原材となって「パパラチャ・カラー」が作り出されました。
1996年頃、島の北端に位置するAntsiranana(アンツィラナナ)近郊からブルー・サファイアが発見されます。この地は1975年までDiego–Suáres(ディエゴ・スアレス)と呼ばれており、業界ではディエゴ産と言われることもあります。マダガスカル産のブルー・サファイアはすべて変成岩起源ですが、このディエゴ産のブルー・サファイアはアルカリ玄武岩に関連しています。そのためインク・ブルーのものが多く、中にはスター石も産出しています。
2012年に首都のアンタナナリボから北東に150kmくらいのDidy(ディディ)で、サファイアラッシュが起きました。高品質のスリランカ産に匹敵するブルー・サファイアが採掘されて注目を集めましたが(写真–55)、ほどなく掘りつくされてブームは静かに終わりました。

写真–55:マダガスカル、 ディディ産非加熱ブルー・サファイア
写真–55:マダガスカル、 ディディ産非加熱ブルー・サファイア

 

2016年後半、マダガスカルの Ambatondrazaka(アンバトンドラザカ)とディディに近いBemainty(ベマインティ)にて新たなサファイアを産出する鉱山が発見され、注目を集めました。この鉱山はパパラチャ・サファイアやイエロー・サファイアを含む大粒のサファイアも産出しましたが、何よりもカシミール産と酷似した高品質のブルー・サファイアが産出したことで世界を驚かせました。国際的に著名な鑑別ラボからこの地のブルー・サファイアがカシミール産として誤って市場で取引されているとアラートが配信されたほどです。

 

 

◆マダガスカル産サファイアの特徴

マダガスカルでは地理的に異なるブルー・サファイアの鉱床が複数個所存在し、玄武岩やさまざまな種類の変成岩を母岩にしています。さらに二次鉱床のイラカカではその鉱区が4,000km2と膨大な面積におよび多種類の変成岩に由来している可能性があります。そのためマダガスカル産のブルー・サファイアは、内部特徴にも多様性があります。スリランカ産、ミャンマー産およびカシミール産などの伝統的な産地のすべてに類似した特徴をもつものが存在しています。
アルカリ玄武岩に関連したディエゴ産のブルー・サファイアは、タイ/カンボジア産などの他の玄武岩関連起源のブルー・サファイアと本質的に類似した内部特徴をもっています。非加熱石にも癒着したような液体インクルージョン(写真–56)や、白く濁った結晶インクルージョン(写真–57)が見られ、加熱による影響と誤認してしまう恐れがあるので注意が必要です。

 

写真–56:癒着した液体インクルージョン(マダガスカル)
写真–56:癒着した液体インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–57:白く濁った結晶+液体インクルージョン(マダガスカル)
写真–57:白く濁った結晶+液体インクルージョン(マダガスカル)

 

クラウド状の微小インクルージョンが色帯を形成したものが多く(写真–58A)、色帯の色は非加熱石ではしばしば褐色を呈しています(写真–58B)。

写真–58A:クラウド状の微小インクルージョン/ファイバー光による照明 
写真–58A:クラウド状の微小インクルージョン/ファイバー光による照明
写真–58B:クラウド状の微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(マダガスカル)
写真–58B:クラウド状の微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(マダガスカル)

 

 

ディエゴ以外の鉱区はすべて変成岩起源です。シルク・インクルージョンはごく普通に見られますが、細長く伸びたものはスリランカ産に酷似しており(写真–59)、短いものはミャンマー産に良く似ています(写真–60)。

写真–59:細長いシルク・インクルージョン (マダガスカル
写真–59:細長いシルク・インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–60:短めのシルク・インクルージョン (マダガスカル)
写真–60:短めのシルク・インクルージョン(マダガスカル)

 

 

液体インクルージョンは普遍的に見られ、ネガティブ・クリスタル(写真–61)もしばしば認められます。マダガスカル産の特徴として、クラウド状の微小インクルージョン(写真–62)があります。クラウドを多く含むものはカシミール産のヘイジー・ラスターのように見えるため、しばしば「カシミールタッチ」と表現されます。

 

写真–61:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(マダガスカル)
写真–61:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(マダガスカル)

 

写真–62:クラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)
写真–62:クラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)

 

 

クラウドには線状に配列したもの(写真–63)や雪花状のもの(写真–64)があり、カシミール産との識別が困難です。酸化鉄が染みて褐色になったチューブ状のインクルージョン(写真–65)は、マダガスカル産の識別特徴になることがあります。

 

写真–63:線状に配列したクラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)
写真–63:線状に配列したクラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–64:雪花状の微小インクルージョン(マダガスカル)
写真–64:雪花状の微小インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–65:褐色の酸化鉄で充填されたチューブ・ インクルージョン(マダガスカル)
写真–65:褐色の酸化鉄で充填されたチューブ・インクルージョン(マダガスカル)

 

 

 

【オーストラリア】

オーストラリアでは1850年頃のゴールドラッシュでサファイアが発見されて以降、主に大陸東部のアルカリ玄武岩の噴出地域に500箇所以上の産出地が発見されて来ました。1800年代後半頃はロシアからの出稼ぎ労働者やドイツからのバイヤーが買い付け、一部はロシア皇帝一族に献上され、多くはロシアを初めとするヨーロッパの上流社会に供給されていました。その後、第一次大戦の勃発、帝政ロシアの凋落により、オーストラリアでの採鉱は実質的に停止していました。1960年代後半になると、タイのバイヤーが大挙して買い付けに訪れ、大量の原石を自国に持ち帰って加熱処理を行うようになりました。オーストラリア産のサファイアは玄武岩起源であるため、ほとんどが暗いブルーで熱処理の必要があります。一部は淡青色や黄色、青と黄色のバイ・カラーなどの非加熱石も見られます(写真–66)。

 

写真–66:オーストラリア産のサファイア原石とカット石(非加熱)
写真–66:オーストラリア産のサファイア原石とカット石(非加熱)

 

 

1970年代~1980代には全世界のブルー・サファイアの生産量の70%近くがオーストラリア産であったと言う報告もあります。当時、タイのディーラーにより、品質の良いものはスリランカ産やタイ/カンボジア産として販売され、黒くて質の悪いものがオーストラリア産として供給されていたようです。そのためオーストラリア産には品質が良くないというイメージが付きまといましたが、近年はオーストラリアのディーラーが自国のサファイアをプロモートし、世界のジュエリー・マーケットに供給しているようです(写真–67A)(写真–67B)。

 

写真–67A:オーストラリア産非加熱サファイaア(4.22ct)
写真–67A:オーストラリア産非加熱サファイア(4.22ct)
B(右):同サファイアの透過照明による写真
写真–67B:上記サファイアの透過照明による写真

 

 

オーストラリアには歴史的に重要な産出地が3箇所あり、全盛期よりも採掘量は減少していますが、今日でも生産されています(図–7)。

図–7:オーストラリアのブルー・サファイア鉱床
図–7:オーストラリアのブルー・サファイア鉱床

 

1つ目はニューサウスウェールズ州のNew England Fields(ニューイングランドフィールズ)です。この地では1854年にオーストラリアで最初のサファイアが発見されています。商業的に採掘されるようになったのは1919年頃からです。1960年代後半~1970年代にはタイのバイヤーからの需要が急増し、タイにおけるカット・研磨、熱処理を含めた取引市場の拡大に貢献しました。近年ではここから産出する濃青色のサファイアがBe処理されてゴールデン系サファイアの供給源になっているようです。
2つ目はクイーンズランド州のAnakie Fields(アナキーフィールズ)です。1873年に発見されていますが、1890年代にオーストラリアで最初に商業採掘が始まっています。1970年~1980年にかけて機械化が進み大量生産が開始します。生産量は減少していますが、現在でも大型機械を使用した採掘が継続しています(写真–68)(写真–69)。

 

写真–68:重機を用いた採掘(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)
写真–68:重機を用いた採掘(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)

 

写真–69:サファイア原石の選鉱(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)
写真–69:サファイア原石の選鉱(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)
そして3つ目はクイーンズランド州北部のLava Plaines(ラヴァプレインズ)です。この地域の火山地形はオーストラリア大陸の最新の火山活動を表しています。サファイアの起源となる玄武岩の年代は若く8~0.1Maです。サファイアが発見されるのは、溶岩流表面内部や割れ目や断層に関連してたくぼみ沿いの堆積物中です。かつての採鉱施設や複数の人工ダムが未だ存在しており、大規模であったことが推察されますが、残された資料が無く、現在は放置されたままのようです。

 

 

 

◆オーストラリア産サファイアの特徴

オーストラリア産のブルー・サファイアは他の玄武岩関連起源のサファイアと同様の特徴を有しています。液体インクルージョンはスリランカ産のようなフィンガー・プリントではなく、しばしばドット状であったり(写真–70)、癒着したような形態であったりします(写真–71)(写真–72)。いずれの場合も非加熱のものはしばしば褐色の酸化鉄が付着している様子が認められます。

写真–70:一部ドット状の液体インクルージョン (アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–70:一部ドット状の液体インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

写真–71:癒着した液体インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–71:癒着した液体インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

写真–72:癒着した液体+液膜インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–72:癒着した液体+液膜インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

 

クラウド状の微小インクルージョンが色帯を伴ったものが多く、非加熱石の色帯の色はしばしば褐色を呈しています(写真–73A)(写真–73B)。頻度は高くありませんが、時折パイロクロアの結晶(写真–74)が見られます。
カンボジア産のパイロクロアは赤味が強いのに対し、オーストラリア産のものは概して橙色を呈しています。

 

写真–73A:微小インクルージョン/ファイバー光による照明
写真–73A:微小インクルージョン/ファイバー光による照明
写真–73B:微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–73B:微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

 

写真–74:パイロクロア・インクルージョン (アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–74:パイロクロア・インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

 

 

【ナイジェリア】

1980年代半ば以降、ナイジェリアはアメシスト、トルマリン、モルガナイトなど種々の宝石の新たな産出国に加わりました。とりわけパライバ・タイプのトルマリンやマンダリン系のガーネット、コバルト・ブルーのスピネルなどの特異な宝石の産地としても知られるようになりました。ナイジェリアのブルー・サファイアは30年以上前から報告されており、複数の異なる地域からの産出がありましたが、概してサイズは小さく暗い色のため宝石市場では評価されていませんでした。2014年、突如として高品質のナイジェリア産ブルー・サファイアがタイやスリランカ等の国際市場を中心に流通しはじめました。とりわけ、100–300ctもの高品質でサイズの大きな原石の情報はSNSを中心に瞬く間に拡散しました。
ナイジェリアのブルー・サファイアは、主にナイジェリア東部のカメルーンとの国境に近いMambilla plateau(マンビラ高原)から産出しています(図–8)。

 

図–8:ナイジェリアのブルー・サファイア鉱床
図–8:ナイジェリアのブルー・サファイア鉱床

 

 

マンビラ高原の地質は3分の2以上が先カンブリア時代~古生代初期の古い変成岩主体の基盤岩で、高原の残りの部分は第三紀と第四紀の火山岩(玄武岩)で構成されています。ブルー・サファイアはこの玄武岩の二次鉱床から産出しています。マンビラ高原産ブルー・サファイアの見かけの色調は同じく玄武岩関連起源のタイ/カンボジア産のブルー・サファイアに似ていますが、淡色のものはスリランカ産のものにも良く似ています(写真–75)。

写真–75:非加熱ブルー・サファイア原石(マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–75:非加熱ブルー・サファイア原石(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

 

マンビラ高原産のサファイアは宝石的価値の高い青色が多く、黄色や緑色は産出していないようです。透明度の高い青色のものは非加熱で取引され(写真–76)、色の濃すぎるものやミルキーなタイプは加熱により色と透明度が改善されています。

写真–76:非加熱ブルー・サファイア10.33ct(マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–76:非加熱ブルー・サファイア10.33ct(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

 

マンビラ高原以外では、ナイジェリア中央部のAntang(アンタン)と北東部のGombe(ゴンベ)からも宝石品質のブルー・サファイアが産出しています(写真–77)(写真–78)。アンタンからはブルーの他にグリーンのサファイアが、ゴンベからはイエローやバイカラー(ブルーとイエロー)のサファイアが産出しているようです。両地域ともに玄武岩関連の二次鉱床から採掘されており、Jos(ジョス)のマーケットに集積されてナイジェリア産と一括して輸出されているようです。
写真–77:非加熱ブルー・サファイア(アンタン/ナイジェリア)
写真–77:非加熱ブルー・サファイア(アンタン/ナイジェリア)

 

 

写真–78:非加熱ブルー・サファイア (ゴンベ/ナイジェリア)
写真–78:非加熱ブルー・サファイア
(ゴンベ/ナイジェリア)

 

 

 

◆ナイジェリア産サファイアの特徴

ナイジェリア産のブルー・サファイアは他の玄武岩関連起源のサファイアと同様の特徴を有しています。液体インクルージョンはしばしばドット状であったり、癒着したような形態であったりします(写真–79)。そのため加熱・非加熱の判別が困難となります。非加熱の液膜インクルージョンにはしばしば褐色の酸化鉄が付着している様子が認められます(写真–80)。非加熱石では色帯の一部はしばしば褐色を呈しています(写真–81)。通常、スリランカ産のような3方向に発達したシルク・インクルージョンは認められませんが、1方向に伸張した針状インクルージョン(写真–82)が見られることがあります。

 

写真–79:癒着した液体インクルージョン (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–79:癒着した液体インクルージョン(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

写真–80:酸化鉄が付着した液膜インクルージョン (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–80:酸化鉄が付着した液膜インクルージョン(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

写真–81:一部褐色の角度を持った色帯 (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–81:一部褐色の角度を持った色帯(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

写真–82:針状インクルージョン (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–82:針状インクルージョン
(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

 

ブルー・サファイアの加熱

ここまでブルー・サファイアの商業的に重要な産地の情報と内部特徴について述べてきました。特定の産地を示唆する典型的な包有物が一つないし複数見つかれば、原産地鑑別の有力な情報となります。しかし、多くの場合、ブルー・サファイアの内部特徴は複数の産地に共通するため、容易に原産地を決定するまでには至りません。さらに問題を複雑にするのは、ブルー・サファイアのほとんどは色調を改善するために加熱が施されていると言う事実です。これまで紹介してきた包有物の特徴や写真はすべて非加熱のものを対象としていますが、加熱によりそれらが失われたり変化したりしてしまいます。そこでブルー・サファイアの加熱についての理解を深めるために、この項では加熱についての基礎知識とその内部特徴について概説します。

 

◆加熱の基礎知識

ブルー・サファイアの加熱は色の改善のために行われますが、大きく分けると2つの目的があります。ひとつは暗味を除去して明るくする方法で、酸素の多い酸化雰囲気で行われます。主にタイ産やオーストラリア産などの玄武岩関連起源のブルー・サファイアがこれにあたります。もうひとつは薄い色のものを濃くする方法でスリランカのギウダやマダガスカル産などの変成岩起源のものがこれにあたります。この場合は酸素の少ない還元雰囲気で行われますが、近年では水素ガスを用いて効率的に加熱されています。
ブルー・サファイアの加熱の歴史は古く、20世紀の初め頃にオーストラリア産の暗青色のサファイアの色を明るくするために加熱が試されたと言われています。歴史的にもっとも重要なのは1970年代の前半にタイのバンコクで始まったギウダの加熱です。それまで宝石にならなかったスリランカ産の淡色のサファイア(ギウダ)をシルクinc.(ルチル)が溶けるまでの高温で加熱し、濃色のブルー・サファイアを得ることができました。1980年代からはスリランカでもギウダの加熱が始まり、サファイアの加熱が国際的な議論を呼びました。1980年代の中頃にはCIBJOやICAでも加熱されたサファイアは「処理石」ではなく「天然」として容認されることになっています。日本でも国際的な潮流に従い、当時は加熱されたブルー・サファイアも「天然ブルー・サファイア」として流通させており、加熱に関する情報開示は行われていませんでした。
1992年3月、ある民放テレビ番組がこのサファイアの加熱を取り上げ、「ただの石ころが宝石に変わる現代の錬金術」として消費者の不安を煽りたてました。この扇情的な報道に対して当時の宝飾業界はテレビ局に対して正式な抗議をすると同時に自らも情報開示に向けて舵を取ることになりました。
2006年になると、パパラチャ・カラーを生み出したBe拡散加熱処理がブルー・サファイアにも適用されるようになりました。Be拡散加熱処理は従来に無い軽元素の拡散で、高度な分析機器の導入やルーリングの改定が必要となりました。さらに2013年頃からは圧力を用いた熱処理が論争を巻き起こしましたが、今では通常の熱処理の範疇として扱われています。
このようにコランダム宝石に対する加熱やBe拡散処理などは業界にとって非常に大きな課題となり、そのたびに国際的な議論を呼び新たな業界ルールの構築に繋がっています。

 

 

◆加熱されたブルー・サファイアの内部特徴

ブルー・サファイアの加熱にはアクワマリンやタンザナイトの加熱(400–600℃程度)よりもさらに高温が使われています。暗みを除去する程度のいわゆる低温加熱でも800–1000℃、ギウダの加熱のようにシルクinc.(ルチル)を溶かして内部拡散させるためには最低でも1200–1350℃以上が必要といわれています。さらに表面拡散やBe拡散処理には1700℃以上の長時間(数時間~数10時間)の加熱が行われています。母結晶であるコランダムの融点は2050℃ですが、内包される種々の結晶はそれよりも低い温度で融解します。筆者が過去に電気炉を用いて行った加熱実験の結果、カルサイトは800℃~1000℃で見かけの変質が起こり、同様にアパタイトは1300℃~1400℃、シルクは1200℃以上、ジルコンは1400℃~1600℃でダメージを受けることを確認しています。
内包される結晶は熱の影響で表面が白っぽくなり、液体は癒着して液膜状になります(写真–83)。長時間高温に晒されると、長石やアパタイトなどは白いマリモのようになり、スノーボールと呼ばれています。内包する結晶の熱膨張係数がコランダムよりも高いとスノーボールの周囲にテンション・クラックが発生することがあります(写真–84)(写真–85)。

 

写真–83:加熱により癒着した液体インクルージョンと 結晶が融解して生じたスノーボール・インクルージョン
写真–83:加熱により癒着した液体インクルージョンと結晶が融解して生じたスノーボール・インクルージョン

 

写真–84:加熱により発生したテンション・クラックを伴うスノーボール・インクルージョン
写真–84:加熱により発生したテンション・クラックを伴うスノーボール・インクルージョン

 

 

写真–85:加熱により発生したテンション・クラック を伴うスノーボール・インクルージョン
写真–85:加熱により発生したテンション・クラックを伴うスノーボール・インクルージョン

 

 

写真–86:シルクが溶けて青色が拡散してできたインク・スポット
写真–86:シルクが溶けて青色が拡散してできたインク・スポット

 

濃いブルーを得るために還元雰囲気でギウダを加熱したものは、シルク・インクルージョン(ルチル=TiO2)が融解してチタン成分が結晶構造中に拡散します。そのためシルク・インクルージョンの形状に沿って青色の分布が見られ、インク・スポットと呼ばれています(写真–86)。微小(細かいシルク)インクルージョンが密集してバンドを示す場合、加熱石では同様の理由でこの部分が青色の色帯と一致しています(写真–87A)(写真–87B)。
Be拡散加熱が施されたブルー・サファイアには高温加熱の一般的な特徴の他に独特のサークル状の包有物(写真–88)(写真–89)が見られることがあり、診断特徴となります。

 

写真–87A:微小インクルージョン/暗視野照明
写真–87A:微小インクルージョン/暗視野照明
写真–87B:微小インクルージョンは青色の色帯と一致 /透過照明
写真–87B:微小インクルージョンは青色の色帯と一致
/透過照明

 

 

写真–88:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン
写真–88:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン

 

 

写真–89:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン
写真–89:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン

 

 

 

国内で流通するブルー・サファイアの変遷

日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年代~1970年代にかけてです。宝石が一般にも普及し始めたのもこの頃ですが、当時国内で見られたブルー・サファイアはほとんどが非加熱のスリランカ産でした。それを物語るエピソードとして、国内大手のある鑑別機関では特別な検査をしなくともブルー・サファイアの鑑別書にスリランカ産と記載していました。ただ、時が経つにつれ少しずつ他の産地のものも輸入されるようになり、1975年からは特に希望の無い限りこの産地記載を止めています。
当時を知るベテランの技術者に聞いた話では、スリランカ以外ではタイ産、オーストラリア産、少量のミャンマー産などが見られたそうですが、カシミール産という触れ込みで持込まれたものはすべてスリランカ産だったとのことです。
1976年頃になると、いわゆるギウダが加熱されたブルー・サファイアが持込まれるようになり、1980年頃からは表面拡散処理されたサファイアも持ち込まれるようになりました。加熱石の割合は増加の一途をたどり、1990年代にはブルー・サファイアの95%は加熱されているといわれるまでになりました。

 

1994年末頃から世界の宝飾市場にマダガスカル産のブルー・サファイアが流通を始め、これがエポックメイキングとなりました。新たに流通を始めたマダガスカル産のブルー・サファイアは、それまで最も重要であったスリランカ産と特徴が良く似ており、両者の識別がきわめて困難となりました。また、マダガスカルからはその後も新たな鉱山が次々に発見され、さまざまな特徴を持ったものが大量に産出するようになります。それらの中にはカシミール産やミャンマー産と酷似したものも見られるようになり、産地鑑別が一筋縄ではいかなくなりました。1995年6月、東京の浅草ビューホテルを会場にICA(国際色石協会)の第6回総会が開催されました。この会議ではサファイアの加熱などを初めとする宝石の情報開示が主たる議題となっており、いわゆるNET方式の採用について採決が行われました。また、会期中にオークションが併設され、さまざまな高級宝石が出品されました。その中に海外の著名な鑑別機関の鑑別書が付けられた「カシミール・サファイア」が10点ほどありましたが、それらについて筆者はマダガスカル産ではないかとの印象をもった記憶があります。

 

2006年にはBe拡散処理がブルー・サファイアにも適用されることが判り、業界の新たな関心ごとになりました。国内の鑑別機関では鑑別のルーティンを構築するまで一時的にブルー・サファイアの受付をストップするなどの事態が起きました。AGL(宝石鑑別団体協議会)では精力的に情報収集を行い、広く業界に注意喚起を行いました。また、JJA(日本ジュエリー協会)はBe処理石の輸出国であるタイへ代表団を派遣し、タイ政府およびタイの主要な業界団体とBe拡散処理の情報開示についての合意文書を交わし、世界のジュエリー業界から評価されています。その後、CGLでの継続的な調査の結果、鑑別依頼に供されるブルー・サファイアはコランダム宝石のおよそ40%ですが、そのうちBe処理されたものは多く見積もっても2%以下となっています。

 

2000年以降、鑑別で見かけるブルー・サファイアはほとんどがスリランカ産あるいはマダガスカル産と思われる変成岩起源の加熱石ですが、2010年以降は玄武岩関連起源の加熱石も多く見かけるようになっています。ごく最近では変成岩起源がおよそ60%で玄武岩関連起源がおよそ40%の印象です。このように玄武岩起源の割合が増加しているのはタイ産、オーストラリア産などの古くから知られている産地の二次流通やナイジェリア産、エチオピア産などの新たな玄武岩関連起源の有力な産地が見つかったことによると思われます。◆