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IGC34 参加報告

2015年11月No.29

リサーチ室 江森  健太郎、北脇  裕士

去る2015年8月26日~9月3日、リトアニアのビルニュスにて第34回国際宝石学会(IGC)が開催されました。弊社リサーチ室の技術者が2名出席し、それぞれ本会議における口頭発表を行いました。以下に概要をご報告致します。

ビルニュスの街並み:旧市街は世界文化遺産に指定されている
ビルニュスの街並み:旧市街は世界文化遺産に指定されている
リトアニアの地図
リトアニアの地図

国際宝石学会(IGC)とは

国際宝石学会(International Gemological Conference)は国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されています。
この会議は1952年にドイツで第1回会議が開かれてから、今回で34回目の開催となります(表1参照)。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では2~3年に1回、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されています。当社リサーチ室の北脇所員は1999年のインド以降続けて参加しており、江森所員は2007年のロシア、2013年のベトナムに続き3回目の参加となります。

表1:国際宝石学会、開催国のリスト
開催年  開催回  開催国    開催年  開催回  開催国
1952 第1回  ドイツ    1981  第18回  日本
1953 第2回  オランダ   1983  第19回  スリランカ
1954 第3回  デンマーク  1985  第20回  オーストラリア
1955 第4回  イギリス   1987  第21回  ブラジル
1956 第5回  ドイツ    1989  第22回  イタリア
1957 第6回  ノルウェー  1991  第23回  南アフリカ
1958 第7回  フランス   1993  第24回  フランス
1960 第8回  イタリア   1995  第25回  タイ
1962 第9回  フィンランド 1997  第26回  ドイツ
1964 第10回 オーストリア 1999  第27回  インド
1966 第11回 スペイン   2001  第28回  スペイン
1968 第12回 スウェーデン 2004  第29回  中国
1970 第13回 ベルギー   2007  第30回  ロシア
1972 第14回 スイス    2009  第31回  タンザニア
1975 第15回 アメリカ   2011  第32回  スイス
1977 第16回 オランダ   2013  第33回  ベトナム
1979 第17回 ドイツ    2015  第34回  リトアニア

IGCは他の一般的な学会とは異なり、今もなおクローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate)とオブザーバー(Observer)で構成されます。オブザーバーは国際的に活躍するジェモロジストで、 エグゼクティブコミッティ(Executive Committee)もしくはデレゲートの推薦によりIGCの会議に招待されます。デレゲートはオブザーバーとして3回以上IGC会議に出席し、優れた発表がなされたとエグゼクティブコミッティに推薦されたものが昇格します。デレゲートは原則的に各国1~2名で、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。このようなメンバー制は排他的な一面がある一方、メンバーたちの互いに尊重し合う格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。今回はメンバー(Delegate)とオブザーバー(Observer)そしてゲスト(Guest)を合わせて90人が会議に出席しました。日本からは弊社技術者以外に、デレゲートとしてAhmadjan Abduriyim氏と古屋正貴氏、ゲストとして大久保洋子氏が会議に出席されました。

開催地

開催地のビルニュス(Vilnius)はリトアニア共和国の首都で、リトアニア最大の都市です。人口は55万人、かつてはポーランド領であったこともあります。1994年に旧市街がユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録され、2009年には欧州文化首都に選ばれました。今回の会議が行われたビルニュス大学は1579年に設置されたリトアニアの国立大学で、この地方ではクラクフのヤギェウォ大学(1364年) 、ケーニヒスベルグの大学(1544年)に次いで創立された最も古い大学の一つです。ビルニュス大学は旧市街地の中にあり、完全に街に溶け込んでいて、どこからどこまでが大学か見ただけではわかりません。

本会議が行われたビルニュス大学
本会議が行われたビルニュス大学
第34回国際会議

今回の国際宝石学会はこれまでと同様、Pre-Conference Tour 8/23(日)~25(火)、本会議8/26(水)~8/30(日)、Post Conference Tour 8/31(月)~9/3(木)の3本立てで行われました。本会議前後のConference Tourは開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地や博物館を訪れます。弊社技術者は本会議とPost Conference Tourに参加しました。

本会議

本会議初日の26日(水)14時より、ショートエクスカーションとしてリトアニアで産出される主要な宝石の一つ、こはくの博物館「Amber Museum」と「Church Heritage Museum」の2か所を訪問しました。どちらもビルニュスの旧市街、大学のすぐ傍にあり徒歩にて気軽に訪れることが可能な場所にあります。「Amber Museum」ではリトアニアで産出されるこはくの生成メカニズム、こはくの採取方法、こはくを加工して作られた様々なアクセサリーの展示があり、非常に勉強になりました。また、ビルニュスの旧市街には多くの教会があり、地元の人たちの信仰の強さを垣間見ることができます。「Church Heritage Museum」は日本語にすると教会遺跡博物館というものでしょうか、キリスト教関連の展示が豊富にあり、リトアニアの宗教的な歴史を感じることができました。その後、18時より旧市街、大学傍にあるNarutis Hotelにてウェルカムレセプション・パーティーが開催されました。各国から集まった旧友たちが2年ぶりに再会し、お互いの健康や研究成果をたたえあい旧交を温めます。

「Amber Museum」内の展示。見事なこはくが数多く展示されていた。
「Amber Museum」内の展示。
「Amber Museum」内の展示。見事なこはくが数多く展示されていた。
「Amber Museum」内の展示。見事なこはくが数多く展示されていた。

27日(木)の本会議は朝9時からのオープニングセレモニーで始まりました。リトアニア大学の中央棟にあるSmall Aulaにおいて終始厳粛な雰囲気で進められました。まず、主催者であり、IGC34の議長を務めるArunas Kleismantas氏が開会を宣言され、引き続きIGCのExecutive Committeeを代表してJayshree Panjikar氏が挨拶をされました。これに呼応して、リトアニアの経済副大臣のGediminas Onaitis氏、ビルニュス大学研部門長のRimantas Jankauskas教授、自然科学部学部長のHabil教授、Osvaldas Ruksenas博士が祝辞を述べられました。会場を埋めた参加者たちは次第に気持ちが引き締まり、これからの本会議に向けて緊張感が高まります。およそ1時間のセレモニーが終了すると、場所を大講堂に移していよいよ一般講演が始まりました。

 本会議前日のウェルカムレセプション
本会議前日のウェルカムレセプション
リトアニア大学の中央棟のSmall Aulaでのオープニングセレモニー
リトアニア大学の中央棟のSmall Aulaでのオープニングセレモニー

一般講演は27日~30日と4日間にわたって行われました。各講演は質疑応答を含め各20分で行われ、計38題が発表されました。うち、こはく関連6題、ダイヤモンド関連3題、コランダム関連11題、パール関係4題、ひすい2題、オパール2題、エメラルド、ペリドット、デマントイド、ネフライト各1題、その他色石2題、産地関連2題、分析関連1題、光学関連1題でした。弊社研究室からは、北脇が「Type Ib yellow to brownish yellow CVD synthetic diamond」、江森が「Geographic origin determination of ruby and blue sapphire based on trace element analysis using LA-ICP-MS and 3D plot」という題で発表を行いました。
ここでは紙面に限りがありますので、発表された講演内容について詳述することはできませんが、IGC34で行われたすべての一般講演、ポスターセッションの要旨についてはオンラインでご覧戴けます。
http://www.igc-gemmology.net/ (2015年11月現在ダウンロード可)ご興味のある方はぜひこちらをご覧ください。
なお、会議の最終日30日の閉会式において次回のIGC35の開催地はアフリカのナミビアに決定しました。

ビルニュス大学内、本会議の様子
ビルニュス大学内、本会議の様子
次回開催地ナミビアへの引き継ぎ式
次回開催地ナミビアへの引き継ぎ式
Post Excursion Tour

8/31(月)~9/3(木)とPost Excursion Tour (会議後の巡検)に参加しました。参加者はおよそ40名で2台のバスに分乗して移動しました。初日31日にビルニュスをバスで出発した我々は、Kaunas(カウナス)を経由し、Palanga(パランガ)へ向かいました。Palanga(パランガ)はリトアニアでも有名なリゾート地です。翌日1日の朝、Palanga(パランガ)にある「Museum of Amber」へ行きました。「Museum of Amber」でこはくの生成メカニズム、海辺でのこはく採取の手法についての説明を受けました。

「Museum of Amber」での説明を聞く参加者たち
「Museum of Amber」での説明を聞く参加者たち
浅瀬でのこはくの採取風景
浅瀬でのこはくの採取風景

バルティック海のこはくは、古第三紀始新世の終わりころ(5300万年―3370万年)に北ヨーロッパ(現在のスウェーデン中南部)一帯に繁茂した松の木(Pinus succinifera)に由来します。これらの針葉樹は大量の樹脂を生成し、のちにこはくへと化石化しました。そして、その後の河川の作用によってスカンジナビアから現在のロシア領カリーニングラード~リトアニアを含む地域に運ばれました。これらのこはくを含むデルタ堆積物は3700万年~3370万年前にPrussian累層として形成しました。これらの堆積物は褐色がかった緑色の砂質シルトで “Blue Earth” とも呼ばれています。 こはくを含む層は10m以内の厚さで上部は35~40mほどの氷河を含む堆積物で覆われていました。完新世(およそ1万年前)に入るとバルティック海の海面が上昇し、海水がこはくを含む層を浸食します。海に流れ出したこはくは海水によって、現在のCuronianラグーン(潟)や一部はエストニアのサーレマー島の海岸周辺にまで運ばれました。
現在のリトアニア領での商業的なこはくの採掘は19世紀以降からです。1867年以前はこはくが採取可能な海岸を歩くだけでも違法とされていました。1992年~1994年にかけてリトアニアの地質調査所によって詳しく調査され、およそ350トンの埋蔵量が確認されました。それらのサイズの内訳はφ40㎜以上が10%、φ40~20㎜が30%、φ20~10㎜が29%、φ10㎜以下が31%であるとのことです。
バルティックこはくの予備知識を得たのち、海岸まで出てこはく採取を体験しました。浅瀬に沈んだ砂利や海藻を網ですくい上げ、浜辺に引き上げたのちその中からこはくを探します。海水より比重の大きいこはくは海の底に沈みますが、波の作用で海中を浮遊し移動します。そしてまた海の底に沈み、一部は海藻などに絡みついています。

砂利の中から拾い上げたこはく
砂利の中から拾い上げたこはく
砂利の中から拾い上げたこはく
砂利の中から拾い上げたこはく

こはく採取を終了した我々は次にリトアニアで最大のこはくのアクセサリーブランド「Amber Queen」の加工工場を訪れました。ここではオートクレーブによる浄化、洗浄、加熱処理、バレル研磨、そして研磨や加工の工程を見学することができました。

オートクレーブ
オートクレーブ
加熱に使用するオーブン
加熱に使用するオーブン
オートクレーブでの加熱後、流水で洗浄される
オートクレーブでの加熱後、流水で洗浄される
こはくのバレル研磨の様子
こはくのバレル研磨の様子

浄化に用いられるオートクレーブは我々が訪れた部屋だけでも13台あり、それぞれ60~80℃、10~30気圧の範囲にセットされていました。こはくは油紙の様なものに包まれ、何らかのオイルと共にオートクレーブに入れられていました。浄化はすべてのこはくに施される第1段階の工程です。 その後、流水で洗浄され、電器オーブンにて加熱が施されます。ここでは黄色、褐色、褐赤色、黒色など目指す色調によって温度や時間が異なります。バレル研磨ではこはくと一緒に入れられる研磨石としてセラミック、ガラスビーズ、木片などが使用されていました。磨き終わったこはくを色や透明度などの品質によって分類し、アクセサリーに組み上げられていきます。この工程はすべてが女性職人の手作業です。

加熱処理されたこはく
加熱処理されたこはく
こはくを選別しアクセサリーに加工している様子
こはくを選別しアクセサリーに加工している様子

加工工場を見学した後、「Amber Queen」のショップに併設されている「Amber Museum」の見学を行いました。このミュージアムはこはくで作られたアクセサリーに比重が置かれたミュージアムでしたが、虫入りこはくについての展示も充実しており参加者の目を楽しませていました。

Amber Queen店舗外観
Amber Queen店舗外観
虫入りこはくの展示。虫入りこはくは拡大鏡下で見られるよう展示されていた
虫入りこはくの展示。虫入りこはくは拡大鏡下で見られるよう展示されていた

こはく三昧な一日を過ごした後、クルシュー砂州へと船で向かいました。クルシュー砂州はバルト海とクルシュー・ラグーンを隔てる全長98kmの細長く湾曲した砂州であり、2000年にユネスコの世界文化遺産に登録されています。南のサンビア半島から、リトアニア本土の港町クライペダの真向かいにある狭い海峡へと北端が伸びており、北側の52kmがリトアニア領、残りがロシアの飛び地であるカリーニングラード州に属しています。

クルシュー砂州についての説明を受ける見学者一同
クルシュー砂州についての説明を受ける見学者一同

9月2日、クルシュー砂州のNida(ニダ)という町の「Amber Museum」に向かいました。規模は小さいものの、非常に大きなこはくを実際に手で触れることができ、見学者の方々は大興奮でした。

Nida(ニダ)の「Amber Museum」で説明を受ける見学者たち
Nida (ニダ)の「Amber Museum」で説明を受ける見学者たち
Nida(ニダ)の「Amber Museum」の巨大なこはく展示
Nida (ニダ)の「Amber Museum」の巨大なこはく展示

クルシュー砂州には砂丘が多く、地質学的に重要な意味を持つスポットです。今回のクルシュー砂州でのExcursionではクルシュー砂州の重要なポイントを数か所めぐり、見学が行われました。
Post Excursion最終日の9月3日、参加者一同は船にのり、Vente Cape(ベンテ岬)や他、地質学的に重要なスポットを巡った後ビルニュスに向かい、4日間に渡るPost Excursion Tourは終了しました。

移動バスに貼ったポスターを見ながら説明を受ける参加者達
移動バスに貼ったポスターを見ながら説明を受ける参加者達
一面に広がる砂丘
一面に広がる砂丘

宝石学を研究する上で、原産地まで赴き、実際に採取しているところを観察、もしくは実際に採取することは意義のあることです。今回、こはくの採取を実際に行い、こはくの処理を行っている現場、現状からアクセサリーの製造工程、販売まで一度に見ることができ、こはくの現状を目にすることができました。また、このExcursion中の他のジェモロジスト達との交流は非常に重要なことで、各国の状況、生の声を聞くことができます。中央宝石研究所は、これからもこのようなイベントには意欲的に参加し、積極的に情報を仕入れるよう努めていく予定です。◆

Post Excursion Tourの参加者達
Post Excursion Tourの参加者達

平成27年度宝石学会(日本)

2015年9月No.28

大阪支店 奥田 薫、水野 拓也

宝石学会(日本)は、宝石学およびこれに密接に関連する科学の進歩と普及をはかることを目的として、1974年に設立されました。国内で年に1回開催される講演会(学会発表)では、宝石に関する最新の情報や研究結果が報告されています。
本年度は山梨県にて、総会・講演会が6月27日に、見学会が6月28日に開催されました。

やまなしプラザ・オープンスクエアー
やまなしプラザ・オープンスクエアー

講演会
やまなしプラザ・オープンスクエアーにて開催された講演会(学会発表)では、国内の主要な鑑別機関をはじめ、山梨県立宝石美術専門学校や大学および宝石業界関係者等73名が参加し、特別講演1題および一般講演17題の発表が行われました。
特別講演では、山梨大学の綿打敏司教授による「合成結晶研究の歩みと最新の結晶合成の紹介~クリスタル科学研究センターの功績と最新の話題~」が行われました。

特別講演中の綿打教授
特別講演中の綿打教授
講演風景
講演風景

一般講演の内訳は、カラーストーン関連9題、真珠関連4題、ダイヤモンド関連2題およびその他2題でした。
当社からは、江森健太郎所員(本社・リサーチ室)による「LA-ICP–MSによる微量元素測定と三次元プロットを用いたルビーとブルーサファイアの産地鑑別について」と、久永美生所員(本社・リサーチ室)による「Ⅰb型黄色~褐黄色のCVD合成ダイヤモンド」の2題が報告されました。

研究報告をする江森所員
研究報告をする江森所員
研究報告をする久永所員
研究報告をする久永所員
座長を務める北所員
座長を務める北脇所員

昨年度に引き続き、本年度の一般講演でも、鉱物学的な考察や新しい鑑別方法の提案だけでなく、人工結晶、ジュエリーを使用する上での耐久性に関する考察や、歴史、輝きの測定等、「宝石」をテーマに、多方面からのアプローチがされていました。改めて「宝石学会」が網羅する領域の広さを実感することができた講演会でした。

学会奨励賞
当社の久永美生所員が、ダイヤモンドの成長履歴に関する研究において優れた発表を続けていることが評価され、学会奨励賞を受賞しました。
本年度の学会奨励賞受賞者は、福田千紘氏(ジェムリサーチジャパン株式会社)との2名でした。

学会奨励賞を受賞した久永所員
学会奨励賞を受賞した久永所員

懇親会
講演会終了後は、古名屋ホテルにて懇親会が行われました。他の出席者の方々との交流がはかれ、有意義な時間を過ごすことができました。

懇親会の様子
懇親会の様子

見学会
見学会では、特別講演を行った綿打教授が在籍する「山梨大学工学部クリスタル科学研究センター」をはじめ、近隣の宝石関連博物館を訪れました。宝石加工・研磨や貴金属加工等、ジュエリー関連産業が集中する山梨県での開催とあって、見学した施設がどれも大変素晴らしかったことが印象的でした。

山梨大学工学部クリスタル科学研究センター
山梨大学工学部クリスタル科学研究センター
浮遊帯域(FZ)法合成装置
浮遊帯域 ( FZ ) 法合成装置

○山梨大学工学部クリスタル科学研究センター
天然の鉱物・宝石を人工合成する研究施設として、1962年に創立。地元業界との密接な交流を基に、その発展に貢献するとともに、人工鉱物として位置付けられる無機材料に関する最新の研究が行われています。今回は、特別講演で紹介された合成結晶や、それを生成する浮遊帯域(FZ)法合成装置を視察しました。

○山梨宝石博物館
宝石で名高い山梨県に創立された国内で唯一の宝石博物館。
原石、カット石、ジュエリー製品や彫刻作品に至るまで、約500種3,000点のコレクションが収集されています。

山梨宝石博物館
山梨宝石博物館
館内の様子
館内の様子

○象牙彫刻美術館
甲府盆地が一望できる丘の上に立つ美術館。
象牙を用いた細密彫刻やシベリアから発掘された5万年前のマンモスの牙等、約300点もの美術品が展示されています。

象牙彫刻美術館のある総合施設入口
象牙彫刻美術館のある総合施設入口

○山梨県立宝石美術専門学校附属ジュエリーミュージアム
(通称:山梨ジュエリーミュージアム)
山梨県におけるジュエリー産業の発祥と歴史、受け継がれてきた加工技術等が実演を含めて大変分かりやすく展示されていました。
期間限定の企画展では、「イメージをまとう  -  モチーフジュエリーの魅力-  」が開催されていました。◆

山梨ジュエリーミュージアム
山梨ジュエリーミュージアム

第9回NDNC国際会議 2015に参加して

2015年9月No.28

リサーチ室 北脇  裕士

去る 5月24日(日)~28日(木)にGRANSHIP(静岡コンベンション&アーツセンター)にて表題の国際会議が開催されました。リサーチ室より筆者が参加しましたのでご報告いたします。
NDNC(New Diamond and Nano Carbons)は2007年にICNDST (International Conference for Diamond Science and Technologies)とADC(Applied Diamond Conference)が統合されて新たに創設された学会です。ダイヤモンドの気相合成に始まり、ナノチューブ、フラーレン、グラフェンといったナノ構造的に新しい炭素も対象に盛り込まれています。創設第1回目の会議は2007年に大阪で開催されており、以降台湾(2008)、米国(2009)、中国(2010)、松江(2011)、米国(2012)、シンガポール(2013)、米国(2014)と開催されています。

今回の第9回会議は4年ぶりに日本での開催となりました。国内はもとより、台湾、中国、韓国などのアジア諸国に加え米国、ドイツ、ロシア、オーストラリア、フランスなど24か国から293名が参加しました。招待講演は15講演あり、口頭発表は総計で90に及びました。また、ポスター発表も147件行われました。各演題は結晶成長、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)、グラフェン、ディテクター(検出器)、NVセンタ、デバイス、ナノダイヤモンドなど24のセッションに振り分けられ、ダイヤモンドに関する幅広い分野での最先端の研究成果が披露されました。
本年はジェモロジーのセッションも設けられており、ここで3題の口頭発表と1題のポスター発表が行われました。ここでの発表内容を以下に簡単にご紹介します。

IIa Technologies Pte Ltd., Singaporeの C.M. Yap氏は13Cに富むCVD単結晶合成ダイヤモンドの性質について講演されました。GIAのW. Wang氏は炭素同位体の分析により天然Ⅱ型ダイヤモンドとCVD合成が識別できることを紹介されました。これは天然ダイヤモンドとCVD合成では炭素の同位体比に違いがあるためですが、製造者があえて天然と同じ同位体比の原料を用いると区別ができなくなります。
GIAのU. F. S. D’Haenens–Johansson氏は高濃度のSiVを有するCVD合成ダイヤモンドについて講演されました。その中でSiV0/–センターのフォトクロミズムにより褐ピンク色~青色の色変化が生じることを報告されました。また、ポスター発表ではGIAのS. Odake氏が超高圧下(16GPa)における天然Ⅱ型ダイヤモンドのHPHT処理実験の結果を紹介されました。処理後にGR1の半値幅がやや小さくなるものの、一般的なHPHT処理と大きな変化は見られなかったと報告されました。
次回のNDNC2016は中国の西安で開催されることが決定されています。◆

写真1:会場となったGRANSHIP (静岡コンベンション&アーツセンター)
写真1:会場となったGRANSHIP
(静岡コンベンション&アーツセンター)
写真2:NDNC2015のインフォメーション
写真2:NDNC2015のインフォメーション

ICA Congress 参加報告

2015年9月No.28

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

去る5月15日(金)から19日(火)にかけてスリランカのコロンボにてICA Congress2015が開催されました。CGLリサーチ室より2名が参加し、主任研究員の江森が招待講演を行いました。また、Congress終了後にラトナプラ、ベルワラのサファイア鉱山とマーケットを視察する機会を得ましたので合わせてご報告いたします。

ICA Congress
ICA Congress
ICA Congressで発表を行う江森所員
ICA Congressで発表を行う江森所員
ICA Congress 2015

ICA(International Colored Gemstone Association)は1984年に設立された色石についての知識と認識を促進するための非営利団体で、現在47ヶ国600人の宝石ディーラー、カッター、鉱夫と小売業者から成っています。色石についての国際的なコミュニケーション、取引を改善し、ビジネスのための一般的な用語統一のため、ICAの世界的なネットワークが機能しています。
ICA Congressは2年に1度開催されるICA主催の国際会議で、本年はスリランカで開催されました。会場となったのはコロンボの格式のある「Cinnamon Grand」ホテルです。会議期間中は、世界中の著名な宝石鑑別ラボやICAの主要メンバーによる招待講演、そしてGem Show、会員間の交流を深めるスポーツ大会などが行われました。 Congress後にはPost Congress (会議後の巡検)として、5/20~5/26にスリランカの主要な鉱山等を回るツアーが企画されていました。CGLからは北脇裕士と江森健太郎が参加し、江森が「Beryllium-Diffused Corundum in the Japanese Market and Assessing the Natural vs. Diffused Origin of Beryllium Sapphires」(日本市場におけるBe拡散処理コランダムの現状と天然起源のBeを有するサファイアとの識別)というタイトルで講演を行いました。

Sri Lanka 鉱山ツアー

ICA Congress終了後、 ICA主催のPost Congressとは別にベルワラのマーケット、加熱処理現場、ラトナプラの鉱山を視察する機会を得ました(すでにスリランカ宝石最新事情についての詳細な情報はCGL通信11号(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/11/12.html)に掲載されておりますのでご参照ください)。

加熱に使用するガス炉
加熱に使用するガス炉

○ ベルワラのガス炉による加熱処理現場

ベルワラはコロンボの南方およそ60kmに位置する中規模の都市で、重要な宝石マーケットとして古くから知られています。我々はまず初めにベルワラでコランダムの加熱を行っている処理業者を訪ね、彼らが使用しているガス炉を見せていただき、詳しい説明を聞くことができました。ガス炉では1600°C〜1900°Cの温度範囲で加熱することで、ギウダの処理を行っています。ブルーやパパラチャなどの色の違いにより加熱の手法が異なるのはもちろんのこと、同じブルーでも原石がマダガスカル産なのかスリランカ産なのかによっても異なるそうです。ギウダとひとことで言ってもディーゼル、シルキー、ミルキー、オットゥなどその原石の性質に応じて細かく区別され、加熱の手法(加熱温度、時間、酸化なのか還元なのかなど)も異なります。また、ガス炉で加熱したのちに、ある種のサファイアは電気炉を用いて再加熱を行っているとのことでした。

ブルーサファイアは還元雰囲気で加熱する必要があるため、炭素を使用します。その結果炉内は黒色になります。
ブルーサファイアは還元雰囲気で加熱する必要があるため、炭素を使用します。その結果炉内は黒色になります。
また、酸化雰囲気で加熱するために使用される炉は炭素を使用しないため、炉は白いままになります。
一方、酸化雰囲気で加熱するために使用される炉は炭素を使用しないため、炉は白いままになります。

○ ベルワラのマーケット

次にベルワラのマーケットへ市場調査に行きました。ベルワラの市場では早朝から夕方(18時頃)まで取引が行われています。5000人におよぶディーラーそして100近いオフィスがあるそうで、コロンボの有名なディーラーはベルワラにもオフィスを構えている人が多いとのことでした。ここにはスリランカ産だけではなく、アフリカ、その他世界中の産地のサファイアが集まります。オフィスの中には次々にサファイアを持ったディーラーが集まり、入れ替わり立ち代わりで非常に活発な取引が行われていました。

取引では、非加熱、加熱、Be拡散処理などが明確に開示されており、買い手はその情報をもとに慎重に品定めをします。また、産地に関してもスリランカ産、マダガスカル産など適宜情報開示がなされていました。

ベルワラのマーケット、路上の様子。ディーラーで道が埋め尽くされてしまうくらい多くのディーラーが集まっています。
ベルワラのマーケット、路上の様子。ディーラーで道が埋め尽くされてしまうくらい多くのディーラーが集まっています。
オフィス内部の様子。サファイアを持ったディーラーが次々に入ってきて商談が行われます。
オフィス内部の様子。サファイアを持ったディーラーが次々に入ってきて商談が行われます。
い付けの様子。売り手の情報開示の下、慎重に品定めをする。
買い付けの様子。売り手の情報開示の下、慎重に品定めをします。

○ Blow pipe(吹管)を用いた加熱処理

ラトナプラでは、伝統的な加熱手法であるBlow pipeを用いてルビーを加熱する現場と研磨作業を視察することができました。 Blow pipeはスリランカにおける伝統的なコランダムの加熱方法で、主にルビーの色調を改善し、内在する青味を除去するために行っています。ルビーを一粒ずつ練った石灰で包んでボールを作り、炭火の中に入れ、Blow pipeで火をあおりつつ、1時間ほど加熱します。そして焼けた石灰を割り、ルビーを取り出します。この手法では1000°Cまでしか温度は上がらないといわれています。

Blow pipeによる加熱処理を行っている様子
Blow pipeによる加熱処理を行っている様子
ルビーの研磨を行なっている様子
ルビーの研磨を行なっている様子

○ ラトナプラでの鉱山視察

ラトナプラは現地語で”宝石の街”を意味します。ラトナプラは平坦な農耕地で、その地下にイラム層と呼ばれる宝石を含有した砂利層が存在します。スリランカで商業的に採掘がおこなわれているのは、ほとんどが漂砂鉱床(第二次鉱床)で、多くが縦穴掘り方式でイラム層を採掘しています。また、付近の川からmammoties(マッモティーズ)という棒を用いて川底を直接さらうことによる採取も行われています。我々も今回の視察で、縦穴掘り方式の採掘法や川底からの採取を視察することができました。

農耕地の中に縦穴式の鉱山があちこち点在しています。
農耕地の中に縦穴式の鉱山があちこち点在しています。
縦穴の下から宝石を人力で汲み上げる鉱夫
縦穴の下から宝石を人力で汲み上げる鉱夫
縦穴内部
縦穴内部
川底から汲み上げて採取している様子
川底から汲み上げて採取している様子
採掘した砂利から、パニングを行い、サファイアを探します。
採掘した砂利から、パニングを行い、サファイアを探します。

○ ラトナプラの原石マーケット

最終日、我々はラトナプラの原石マーケットを視察しました。ここはカットされたサファイアではなく、原石のサファイアのみを扱うマーケットで、オフィス等を使用せずに公園のような場所で直接取引が行われます。ざっと見たところ200名ほどのディーラーが集まっているようでした。

ラトナプラの原石マーケット。公園のような場所で活発な取引が行われていました。
ラトナプラの原石マーケット。公園のような場所で活発な取引が行われていました。
原石マーケットでの取引の様子。立っていると次々に原石が入ったパーセルを開いたディーラーがやってきます。
原石マーケットでの取引の様子。立っていると次々に原石が入ったパーセルを開いたディーラーがやってきます。◆

Ib型黄色〜褐黄色CVD合成ダイヤモンド

2015年7月No.27

リサーチルーム 北脇 裕士、久永 美生、山本 正博、岡野 誠、江森 健太郎

図1:中央宝石研究所に非開示で持ち込まれたⅠb型CVD合成ダイヤモンド15個。重量は0.18~0.40ct、平均0.25ct
図1:中央宝石研究所に非開示で持ち込まれたⅠb型CVD合成ダイヤモンド15個。重量は0.18~0.40ct、平均0.25ct

中央宝石研究所(CGL)東京支店に非開示で持ち込まれた15個のIb型黄色系CVD合成ダイヤモンドを検査した。これらはラウンドブリリアントカットされたルースで平均重量が0.25ctであった。 カラーはVery Light Yellow~Light Yellowで、一部はBrownish であるが、同系色の天然ダイヤモンドと視覚的には識別ができない。赤外領域の吸収スペクトルにおいてすべての試料に平均3.6ppmの置換型単原子窒素の存在が確認され、これらが主な色因となっている。また、3032、2948、2908、2875 cm–1に天然ダイヤモンドには見られないC-H由来の吸収が見られた。これらとフォトルミネッセンス(PL)分析で検出されたH3、NVおよびN3センタなどの光学中心との組み合わせから結晶成長後に1900~2200℃程度のHPHT処理が施されていることが示唆される。
このようなIb型の黄色系CVD合成ダイヤモンドは、標準的な宝石学的検査だけでは識別が困難であるが、低温下でのPL分光分析やDiamondView™による紫外線蛍光像の観察によって、これらが確実にCVD合成ダイヤモンドであることを識別できる。

背景

2012年、アントワープの国際的なダイヤモンドグレーディングラボラトリーから大量ロットのCVD合成ダイヤモンドの報告があり、ダイヤモンド業界を賑わせた(文献1)。それ以降、インドや中国の検査機関からも相次いでCVD合成ダイヤモンドに関する報告がなされており(文献2、3)、当研究所からも非開示で持ち込まれた1ct upのCVD合成ダイヤモンドについて報告を行った(文献4)。宝飾用に供されるCVD合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、その色のバラエティも無色~ほぼ無色だけではなく、ピンクやブルーなど多様化している(文献5、6、7)。これまで報告されているCVD合成ダイヤモンドはほとんどがⅡ型であったが、一部で置換型単原子窒素を含む黄色系CVD合成ダイヤモンドも市場供給されている(文献8、9)。
本報告ではCGLに非開示で持ち込まれた15個の黄色~褐黄色のCVD合成ダイヤモンドの宝石学的特徴をまとめ、天然ダイヤモンドとの重要な識別特徴について検討する。

試料と分析方法

天然ダイヤモンドとして通常のダイヤモンドグレーディングに供された15個のダイヤモンドを検査対象とした(表1)。これらはすべてラウンドブリリアントカットが施されたルースで、重量は0.18~0.40ct、平均0.25ctであった(図1および図2)。カラーグレードおよびクラリティグレードは経験を積んだ当研究所のダイヤモンドグレーディングスタッフによりGIAのグレーディングシステムを用いて行われた。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行った。紫外-可視-近赤外分光分析には日本分光製V570を用いて分析範囲は220nm-1100nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000-400、分解能は4.0㎝–1で、20回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system-model 1000を用いて633nm、514nm、488nmおよび325nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、Diamond Trading Company (DTC)製のDiamondPlus™による検査とDiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。

表1: 本研究で検査した15個のⅠb型CVD合成ダイヤモンド
表1:本研究で検査した15個のⅠb型CVD合成ダイヤモンド
結果

◆カラーおよびクラリティ

カラーは15個中12個がVery Light Yellow~Light Yellowであったが、3個はLight Brownish Yellowでやや褐色味があった。クラリティグレードはVS2が2個、SI1が9個、SI2が4個であった。
(注:日本国内においては宝石鑑別団体協議会(AGL)の規約により合成ダイヤモンドのグレーディングは行わない)

図2:カラーグレードは15個中12個がVery Light Yellow~Light Yellowであったが、3個はLight Brownish Yellow。   (左から右へDAG0119~DAG0133)
図2:カラーグレードは15個中12個がVery Light Yellow~Light Yellowであったが、3個はLight Brownish Yellow。
  (左から右へDAG0119~DAG0133)

◆拡大検査
検査したすべての試料に10倍ルーペで少数の微小包有物が観察された。これらの存在がVS以下のクラリティの要因となっている。顕微鏡下でさらに数10倍に拡大すると、黒褐色の不定形を呈しており、非ダイヤモンド構造炭素と考えられる(図3)。ひとつの試料(DAG0133)には2本のほぼ平行で幅の細い直線性色帯(おそらく種結晶に平行)が観察された(図4)。別の試料(DAG0126)には平面的に分布する多数のピンポイントが観察された(図5a)。これらをさらに拡大すると個々は四角形を呈しており(図5b)、おそらく{100}面上に規制されて配列する非ダイヤモンド構造炭素と考えられる。また、一部の試料のガードル部(ブリリアントカットの側面)に黒色のグラファイト化が認められた(図6)。この特徴はHPHT処理が施されたダイヤモンドに見られるものと同様のもので、CVD合成後に色調の改善のためにHPHT処理が施されたことを強く示唆している。

図3:検査したすべての試料に非ダイヤモンド状炭素と思われる不定形の黒色包有物が見られた。
図3:検査したすべての試料に非ダイヤモンド状炭素と思われる不定形の黒色包有物が見られた。
図4:試料DAG0133に見られた平行状の2本の色帯
図4:試料DAG0133に見られた平行状の2本の色帯
図5 a:試料DAG0126に見られた平面上に分布する微小包有物。
図5a:試料DAG0126に見られた平面上に分布する微小包有物。
図5 b:高倍率で拡大すると個々は四角形を呈している。
図5b:高倍率で拡大すると個々は四角形を呈している。
図6:一部の試料のガードル部に黒色のグラファイト化が認められた。
図6:一部の試料のガードル部に黒色のグラファイト化が認められた。

◆歪複屈折
交差偏光板を用いた顕微鏡観察において、今回観察した試料すべてに特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が認められた。これらは結晶の成長方向に平行に伸長したもので(図7b)、主に種結晶と成長結晶の界面から引き継がれた線状欠陥(ディスロケーション)によるものと思われる。その概念図を図7cに示す。このような線状の歪複屈折はCVD合成ダイヤモンドの特徴の1つと考えられる。しかし、成長面に対して垂直方向に観察した場合は細かく交差する網目模様が観察され(図7a)、天然Ⅱ型ダイヤモンドの“タタミ構造”に酷似するため解釈には注意を要する。

図7a
図7a
図7b a、bともに交差偏光下において見られる歪複屈折。
図7b
a、bともに交差偏光下において見られる歪複屈折。
図7c:CVD合成ダイヤモンドに見られる歪複屈折の概念図。
図7c:CVD合成ダイヤモンドに見られる歪複屈折の概念図。

◆紫外線蛍光
すべての検査石に長波・短波ともに黄緑色蛍光が観察された。また、同系色の数秒程度の短い燐光も観察された。蛍光強度は弱~中程度であったが、概して長波よりも短波の方が強かった。

◆紫外-可視-近赤外分光分析
すべての試料において近赤外領域から可視領域の600nm付近まで緩やかに吸収率が増加し、470~480nm付近からは急激な吸収が始まる。またすべての試料において270nm付近に幅広い吸収が認められた。これらの吸収は置換型単原子窒素によるものである(文献10)。褐色味のある3個の試料(DAG0122、DAG0132、DAG0133)には520~530nmを中心とした緩やかな吸収が認められた(図8)。文献11 は窒素を添加して高速度成長させたCVD合成ダイヤモンドに270nm、365nmおよび520nm付近に吸収が見られ、365nm および520nmの吸収はHPHT処理によって消失するとしている。文献12 は同様に窒素添加で高速度成長させた褐色のCVD合成ダイヤモンドに270nm、370nmおよび550nm付近に吸収が見られ、550nmの吸収はNVに関連するものでHPHTにて消失するとしている。また、文献13はAs grownの褐色CVD合成ダイヤモンドに270nm、360nmおよび515nmの吸収が見られ、515nmバンドはNVH0に起因するのではないかとしている。

図8:室温下での紫外-可視-近赤外吸収スペクトル。すべての試料に置換型単原子窒素に由来する270nmのピークが見られる。褐色味のある3個の試料には520nmの緩やかな吸収が見られた。
図8:室温下での紫外-可視-近赤外吸収スペクトル。すべての試料に置換型単原子窒素に由来する270nmのピークが見られる。褐色味のある3個の試料には520nmの緩やかな吸収が見られた。

◆赤外分光分析
すべての試料に1130cm–1、1344cm–1および1332cm–1に置換型単原子窒素のピークが検出された(図9)。1130cm–1と1344cm–1は中性の電荷状態Ns0によるものであり(文献14)、1332cm–1は正の電荷状態Nsに関連するものである(文献15)。1130cm–1のピーク強度から(文献16)の手法により検査石の単原子窒素の濃度を見積もると1.1~7.2ppm、平均3.6ppmであった。また、すべての試料に3200 cm–1~2800cm–1に複数のC-H由来の吸収と考えられるピークが検出された。これらは黄色系の12個の試料では3107、3032、2948、2908、2875 cm–1であったが、褐色味のある3個の試料では2908および2875cm–1のピークはそれぞれ2902および2871cm–1と低波数側にシフトしていた(再び図9)。文献5および文献6はこれらと同様のピークをそれぞれピンク色のCVD合成ダイヤモンドに報告している。

図9:赤外吸収スペクトルではすべての試料に置換型単原子窒素による吸収が見られた。またC-H由来の吸収が見られるが、褐色味のある3個の試料は一部のピーク位置が低波数側にシフトしている。
図9:赤外吸収スペクトルではすべての試料に置換型単原子窒素による吸収が見られた。またC-H由来の吸収が見られるが、褐色味のある3個の試料は一部のピーク位置が低波数側にシフトしている。

◆フォトルミネッセンス分析
633nmレーザーによるPLスペクトルを図10に示す。737nm(736.4/736.8nmのダブレット)ピーク(SiV)が15個中13個に検出された(DAG0122とDAG125を除く)。うち5個は非常に弱いピークであった。天然ダイヤモンドに737nmピークが検出されるのはきわめてまれで、その場合649.4、651.1、714.7nmなどの一連のピークが付随する(文献17)。これまでに報告されている宝飾用CVD合成ダイヤモンドにはほぼすべてに737nmピークが検出されている。737nmピークは合成装置由来のSi起源と解釈されており、CVD合成ダイヤモンドの特徴として理解されている(文献18、11)。ほとんどの試料に795.8、819.1、824.6、850.2、851.6、853.4、854.3、876.7および908.9nmに帰属不明の小さなピークが認められた(一部は図示せず)。
514nmレーザーによるPLスペクトルを図11に示す。非常に強い637.0nm(NV)および 574.9nm(NV0)がすべてに検出された。しかし、633nmレーザーで検出されていた737nmピークはいずれの試料にも検出されなかった。628.6および630.4nmの対のピークが15個中9個に見られた。また、ほとんどの試料に521.4、524.1、528.0、529.1、532.0、533.0、534.9、536.5、544.4、554.0、555.6および565.6nm(一部図示せず)に帰属不明の小さなピークが検出された。ゼロフォノン線(ZPL)の幅は局地的な歪が増すと幅が広くなることが知られており、しばしばダイヤモンド中の歪を調べるために利用されている(文献19)。図12に637.0nm(NV)および 574.9nm(NV0)の半値全幅(FWHM)を示す。過去にCGLで分析した天然Ⅱ型ダイヤモンド166個、無色~ほぼ無色CVD合成ダイヤモンド(製造者不明)39個およびピンク色CVD合成ダイヤモンド(製造者不明)5個もプロットした(未公表データ)。天然Ⅱ型ダイヤモンドはカラーグレードが低い程半値全幅(FWHM)が広い傾向にある。本研究における黄色系CVD合成ダイヤモンドは天然Ⅱ型ダイヤモンドの比較的カラーグレードの低いものの領域に重複するが、無色~ほぼ無色およびピンク色CVD合成ダイヤモンドは天然Ⅱ型ダイヤモンドの比較的カラーグレードの高い領域にプロットされている。

図10:633nmレーザーによるPLスペクトル。15個中13個に737nmピークが検出された
図 10:633nmレーザーによるPLスペクトル。15個中13個に737nmピークが検出された
図 11:514nmレーザーによるPLスペクトル。すべての試料に非常に強い637.0nm(NV-)および 574.9nm(NV0)が検出された。
図 11:514nmレーザーによるPLスペクトル。すべての試料に非常に強い637.0nm(NV)および 574.9nm(NV0)が検出された。
図 12:N-VセンタのPLピークの半値幅。本研究のⅠb型黄色系CVD合成ダイヤモンドは半値幅がやや大きく、天然Ⅱ型ダイヤモンドの比較的カラーグレードの低いものの領域に重複する。
図 12:N−VセンタのPLピークの半値幅。本研究のⅠb型黄色系CVD合成ダイヤモンドは半値幅がやや大きく、天然Ⅱ型ダイヤモンドの比較的カラーグレードの低いものの領域に重複する。

488nmレーザーによるPLスペクトルを図13に示す。すべての試料に637.0nm(NV)、574.9nm(NV0)および503.2nm(H3)の強いピークが検出された。H3/NV0の強度比は黄色系の12個の平均が1.43、褐色味のある3個の平均が0.82であった。また、すべての試料に494.6、500.8、506.8nmにピークが検出された。これらと同様のピークはCGLで過去に分析した無色~ほぼ無色のHPHT処理されたCVD合成ダイヤモンドにも見られたことがある。
325nmレーザーによるPLスペクトルを図14に示す。すべての試料に415.2nm(N3)のピークが検出された。N3シリーズとは別に天然ダイヤモンドには見られない425、428、439、441、451、453、457、462、486、492および499nmにピークが 検出された(図示せず)。文献18と文献11は、意図的に窒素が添加されて合成された後にHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドに帰属不明の451~459nmピークを報告している。

図 13:488nmレーザーによるPLスペクトル。すべての試料に非常に強い574.9nm(NV0)および503.2nm(H3)ピークが検出された。H3/NV-の強度比は褐色味のある3個が低めであった。
図  13:488nmレーザーによるPLスペクトル。すべての試料に非常に強い574.9nm(NV0)および503.2nm(H3)ピークが検出された。H3/NV0の強度比は褐色味のある3個が低めであった。
図 14:325nmレーザーによるPLスペクトル。すべての試料に415.2nm(N3)のピークが検出された。
図 14:325nmレーザーによるPLスペクトル。すべての試料に415.2nm(N3)のピークが検出された。

◆DiamondPlus™
DiamondPlus™はDTCにより開発され、2009年から市販されているⅡ型ダイヤモンドのHPHT処理を粗選別するためのコンパクトな装置である。この装置では15秒以内の測定時間で“PASS”あるいは“REFER”などと結果が表示される。“PASS”は天然で未処理のダイヤモンドであるが、“REFER”と表示されたものは更なるラボラトリーの検査が必要である。また、この装置はCVD合成ダイヤモンドの検出にも対応しており、737nmのピークを検出すると“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されるとともに正規化された強度が表示される。
測定した15個の試料すべては“REFER”もしくは“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示され、“PASS”と表示されるものはなかった。しかし、“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されたものでも改めて測定すると“REFER”となることや、“REFER”と表示された試料が次に測定した際には“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されることもあった。これらの試料は“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と同時に表示される正規化された数値が0.057~0.179であり、737nmピークの強度が低いためと考えられる。

◆紫外線ルミネッセンス法
DiamondView™の波長の短い(<225nm)強力な紫外線を用いて検査した15試料すべてにH3に因ると思われる緑色が優勢の発光色とCVD合成特有の線模様が観察された(図15ab)。また、同系色の燐光もすべてに観察された。これらのうち、3個は黄色味の発光色が強く(DAG0122、DAG132、DAG133)、4個は部分的に青色味のオーバートーンが見られた(DAG0119、DAG0120、DAG0125、DAG0127)。黄色味の発光色が強い3個は地色のカラーがLight Brownish Yellowにグレードされた3個に一致しており、PL分析によるH3/NVの強度比が他のものよりも低い。また、青色味のオーバートーンが強いものはPL分析において比較的明瞭なN3センタが検出されている。

図15
図15:DiamondView™によるUVルミネッセンス像。
図15:DiamondView™によるUVルミネッセンス像。すべての試料にH3に因ると思われる緑色が優勢の発光色とCVD合成特有の線模様が観察された。
図15:DiamondView™によるUVルミネッセンス像。すべての試料にH3に因ると思われる緑色が優勢の発光色とCVD合成特有の線模様が観察された。

考察
現在市場で見られる無色~ほぼ無色のCVD合成ダイヤモンドの多くは成長速度を速めるために意図的に窒素が添加されている(文献20)。このような高速度成長は結果的にあまり魅力的ではない褐色味を呈する原因となっている。従って、商品化されているCVD合成ダイヤモンドの多くは褐色味を除去する目的で成長後にHPHT処理が施されている(文献18)。本研究で用いた試料もすべてppmオーダーの置換型単原子窒素が検出されており、意図的に窒素が添加されていることは確実である。
本研究での紫外-可視-近赤外分光分析においてすべての試料に置換型単原子窒素に起因する270nm付近の幅広い吸収が認められ、褐色味を帯びた3個の試料では520~530nmを中心とした緩やかな吸収が認められた。520~530nmの吸収は窒素添加で成長させたCVD合成ダイヤモンドに見られ、その後のHPHT処理において除去できることが知られている(文献11、12、13)。この吸収について文献12はNVに関連するものとし、文献13はNVH0に起因するのではないかとしている。
赤外分光分析においてすべての試料に3200 cm–1~2800cm–1に複数のC-H由来の吸収と考えられるピークが検出された。これらのピークは窒素を意図的に添加して成長させ、HPHT処理を施したCVD合成ダイヤモンドに見られるものである(文献21、12)。文献21は1900℃のHPHT処理後に検出された2902、2872cm–1のピークは2200℃の処理後に2905、2873cm–1にシフトしたとしている。我々が独自に行ったCVD合成ダイヤモンドのHPHT処理実験(未公表データ)においても1600℃の処理で2902、2871cm–1に検出されたピークは2300℃の処理において2907、2873cm–1にシフトした。本研究の黄色ダイヤモンドでは2908、2875cm–1にピークが検出されており、2300℃以上でHPHT処理された可能性がある。また、褐色味のある3個の試料ではそれぞれ2902および2871cm–1と低波数側にシフトしており、熱処理温度は~1900℃ではないかと推定される。
H3センタはAs-grown のCVD合成ダイヤモンドには見られないが、HPHT処理後に検出されることが知られている(文献21、12)。文献12は1970℃でLPHT処理した後はNV0>H3であったが、2030℃でHPHT処理した後はNV0<H3とその比率が逆転することを見出した。本研究では褐色味のある3個のみがNV0>H3であり、黄色系に比べて熱処理温度が低く1970℃以下であったことが推定できる。
N3のピークは成長時のCVD合成ダイヤモンドからは検出されておらず、成長後のHPHT処理によって形成することが知られている(文献21、11)。この場合、2200℃での長時間の加熱においてその強度は強くなる。本研究のPL分析ではすべての試料にN3センタが検出されているが、褐色味のある3個はN3センタのピーク強度が他よりも低かった。この結果からも褐色味が残る試料はHPHT処理温度が他よりもやや低かったと考えられる。

まとめ
非開示でグレーディングに供された15個の黄色系CVD合成ダイヤモンドを検査した。これらは平均3.6ppmの置換型単原子窒素を含有するⅠb型であることが判った。拡大特徴、H3およびN3の生成、H3/NVの強度比および赤外分光で検出されたC-H由来の吸収ピークから、これらは成長後に1900~2200℃程度の加熱(おそらくHPHT処理)をこうむっていると推測される。

謝辞
紫外レーザーによるPL分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士にご協力いただいた。つくばエキスポセンターの神田久生博士には光学中心についてご討論いただいた。ここに謝意を表する。◆

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コラム

本編でご紹介したようにダイヤモンドの鑑別にはタイプの粗選別が重要です。正確なタイプ分類には赤外分光分析(FTIR)が必要ですが、ダイヤモンドのカット形状からも手掛かりを得ることができます。
窒素を含有しないⅡ型のダイヤモンド原石は、比較的大粒の結晶が多いのですが、不定形の形状が多くなります。実際にダイヤモンドの原石を選別する際には、八面体の結晶面を示さない不定形のものはⅡ型として分類されています。地下深部でダイヤモンドが形成し、マグマの上昇過程において周囲の偏圧により塑性変形をこうむります。窒素が偏析したⅠ型に比べてⅡ型は塑性変形に弱いため、Ⅱ型のダイヤモンドは破断しやすく不定形になると解釈されています。
Ⅰ型を含むすべてのダイヤモンドにおいては、ラウンド以外の形状は10%程度に過ぎませんが(図1)、1ct以上のサイズのⅡ型ダイヤモンドでは、50%がラウンド以外のカッティング・スタイルが取られています(図2)。この統計は、明らかにⅡ型ダイヤモンドの原石の形状が八面体から外れた不規則な形状をしており、歩留まりを重視したラウンド以外のスタイルが選ばれたことを示唆しています。

図1 CGLにグレーディングに供されたダイヤモンドのカット形状
図1 CGLにグレーディングに供されたダイヤモンドのカット形状(2010年6月〜2015年5月)
図2 1ct以上のⅡ型ダイヤモンドのカット形状 (2010年6月~2015年5月)
図2 1ct以上のⅡ型ダイヤモンドのカット形状
(2010年6月~2015年5月)

ミャンマー、モゴック鉱山視察報告

2015年5月No.26

リサーチルーム北脇 裕士

去る2014年12月3日(月)~7日(土)の5日間、GIT2014 The 4th International Gem and Jewelry Conference(国際宝石宝飾品学会)のPre-Conference Excursion(本会議前の原産地視察)としてミャンマーのモゴック鉱山ツアーが行われました。世界的に著名なモゴック鉱山の最新状況を視察することができましたので、以下に概要をご報告致します。

モゴック産ルビーの結晶原石と母岩
Fig.1 モゴック産ルビーの結晶原石と母岩の大理石
Pre-Conference Excursion

宝石や地質学関連の学術会議ではしばしば本会議の前後にタイプロカリティ(基準産地)や鉱山などを視察するツアーが組み込まれます。GIT2014ではPre-Conference Excursion(本会議前の原産地視察)として4泊5日でミャンマーのモゴック鉱山ツアーが行われました。Mogokは長い間外国人の立ち入りが厳しく規制されていましたが、最近になってようやく受け入れを始めました(文献1)。 GIT2014のツアーではAIGS(Asian Institute of Gemological Sciences)の協力の下、ミャンマー政府の許可を得てMogok Stone Tractを視察することができました。参加者は世界各国から総勢27名(ガイドとスタッフを含む)で、マンダレー空港に集合したのち、ワゴン車3台に分乗してモゴックを目指しました(Fig.2)。

Pre-Conference Excursion
Fig.2 Pre-Conference Excursionに参加したメンバー
パゴダのある国ミャンマー

ミャンマーは正式にはミャンマー連邦共和国ですが、以前はビルマと呼ばれていました。1989年、当時の軍事政権は国名の英語表記をUnion of BurmaからUnion of Myanmarに改称しましたが、軍事政権の正統性を否定する立場の方々や組織からはミャンマーではなく、今なおビルマと呼称されています。

ミャンマーはインドシナ半島西部に位置し、周囲をインド、中国、ラオス、タイおよびバングラデシュといった国々に囲まれており、南はベンガル湾に接しています(Fig.3)。

ミャンマーの地図
Fig.3 ミャンマーの地図

その面積は68万平方キロメートルで日本のおよそ1.8倍あります。人口は5,141万人でその70%がビルマ族です。ミャンマーは多民族国家で130以上の少数民族があり、主なものとしてカレン族、カチン族、カヤー族、ラカイン族およびシャン族などが知られています(文献2)。10世紀以前にいくつかの民族文化が栄えていたと言われていますが、遺跡などから確実にビルマ族の存在が認められるのはパガン朝(11世紀~13世紀)以降と考えられています。
ミャンマーでは多くの人々(およそ90%)が仏教徒で、いたるところにパゴダ(Pagoda)と呼ばれる寺院があります。パゴダは日本の仏塔と同じで仏舎利(釈迦仏の遺骨など)などを安置するための施設です。今回訪れたモゴックにも数多くのパゴダがありました(Fig.4)。人々が多く居住する街中だけではなく、見渡す限りの山々の頂にも大小様々なミャンマー様式の仏塔が見られました(Fig.5)。ミャンマーの人々にとって、パゴダは釈迦に代わる存在であり、釈迦の住む家とされています。従って、パゴダに入る時は履物を脱ぐことが求められ、訪れる人々は皆素足になります。

モゴックの街中にあるパゴダ
Fig.4 モゴックの街中にあるパゴダ
パゴダと仏陀像
Fig.5 山上にあるパゴダと仏陀の像
世界の宝石採掘地Mogok Stone Tract (モゴック ストーン トラクト)

ミャンマーにはMogok(モゴック)、Mong Hsu(モンスー)、Nanyaseik(ナムヤー)などの著名なルビー鉱山がありますが、最も歴史と名声があるのはモゴックです。歴史的なロイヤルジュエリーにセットされているルビーのほとんどはこのモゴックで採掘されたものです。また、世界的に著名なオークションにおいて1ctあたり$50,000以上の価格が付けられた150個以上のルビーのうちモゴック産でなかったものは12個に過ぎなかったという報告もあります(文献3)。モゴックはルビーだけでなくレッドスピネルやブルーサファイアも有名です。その他にペリドット、アパタイト、スカポライト、ムーンストーン、ジルコン、ガーネットおよびアメシストも良く知られています。また、ペイナイト、ポードレッタイト、ダイアスポアおよびハックマナイトなどのレアストーンの重要な産地でもあります(Fig.6)。モゴックはチャッピン(Kyatpyin)やその他の複数の村や宝石を産出する渓谷を含めてMogok Stone Tract(モゴック ストーン トラクト)を形成しています。

モゴックはミャンマー第二の都市であるマンダレー(Mandalay)から北東におよそ200kmに位置します。以前はマンダレーから船や曲がりくねった未舗装道路を車で乗り継ぎ、かなり大変な道のりであったとされていますが(文献4)、現在は全区間舗装されており、小型車でも6~7時間ほどでたどり着くことができます。しかし、標高が1500m以上あることから(Fig.7)、最後の1時間は曲がりくねったアップダウンの激しい道が続きます。
モゴック地域の居住者は1960年代で6000名程度に過ぎませんでしたが(文献4)、現在はモゴックで30万人、チャッピンで25万人程度といわれています(文献5)。これらの人口の増加は近年著しく、政府に因る宝石取引自由化が引き金になっていると考えられます。

Jordan氏のモゴック産宝石コレクション
Fig.6 本ツアーガイドのJordan氏所有のモゴック産宝石コレクション
霧のモゴック
Fig.7 標高の高いモゴックでは日較差が大きく、早朝には霧が発生する
モゴック鉱山の歴史

モゴック鉱山がいつごろから採掘されてきたかは文献により諸説があります。しかし、この地域の実際の採掘についての最も古い記録が6世紀にはすでに存在したとされています(文献6)。そして、ビルマ族による最初の王朝であるバガン王朝が樹立された1044年にはモゴックのルビーはすでに王国の経済活動の重要な位置づけにあったと考えられています(文献3)。信頼できるビルマの史録に、1597年にシャン族からモゴックの鉱床がビルマ国王の手に渡ったとされています。ビルマ国王は一定のサイズを超える価値の高いルビーはすべて自身の所有にし、供出しなかった者は拷問の責め苦や死罪にしました。そのため、いくつかの大きなルビーは無償で国王に供出するよりも売却するために割られてしまったそうです(文献5)。17世紀~18世紀にかけてはビルマ国王の過酷な統制の下、宝石を増産するために容赦ない要求が出され、鉱山は流刑場と化しました。
3度に及ぶ英緬戦争の末、英国がこの地を支配すると、宝石の採掘と売買に関しても監視するようになりました。1887年に採掘権がロンドンのジュエラーに与えられ、ビルマ ルビー マインズ社(BRM)が設立されました。同社は政府に権利金と利益の30%を支払うことで採掘の独占権を獲得し、重機を使用した機械化された採掘を行いました(文献6)。

BRMはモゴック ストーン トラクトとして知られる大部分の場所で作業をしていましたが、ヨーロッパ市場における合成ルビーの出現、第一次世界大戦の勃発および世界恐慌などの障害により1925年に自主解散し、その後賃借権を政府に譲渡しました。BRMが採掘していた跡地は大雨などで排水溝が破壊されてその後大きな湖となり、今も往時の繁栄を垣間見ることができます(Fig.8)。

モゴックのパノラマ写真
Fig.8 世界的なルビーの原産地モゴックのパノラマ写真。美しい湖は英国統治時代の採掘跡である。(2014年12月4日撮影)

1930年代に英国人が撤退すると、現地人の手による採掘が再開されました。採掘方法は彼らに馴染の深い昔ながらの手法に戻り、経験に基づく作業が行われていました。1963年にはビルマ政府によって事業は完全に国営化され、外国人による採掘や販売はすべて禁止され、実質上鉱山への立ち入りが不可能になりました。1990年代になると、これらの規制は緩やかになり、政府と個人企業に因る合弁事業が許可されるようになりました。さらに最近の数年間のうちにミャンマーの宝石取引は革新的な変化を遂げました。宝石の個人売買と合法的な輸出入が可能となり、多くの外国人によって活発な商取引がなされるようになっています。

モゴック ストーン トラクトの地質

多くの著名な宝石産地がそうであるように、モゴック ストーン トラクトも地勢、植生、気候などの悪条件が重なり地質踏査が困難な地域といえます。それでも先人の努力により精度の高い地質図が作成されています。これによると、この地区にはモゴック片麻岩類と呼ばれる変成度の高い変成岩類、花崗岩類、大理石などが広く分布しています(文献6)。
片麻岩類は黒雲母片麻岩、グラニュライト、角閃岩などの多様な種類で構成されており、東部地域の3分の2を占めています。花崗岩類は狭義の花崗岩や閃長岩などを含んでおり、これらはブルーサファイアの重要な母岩となっています。大理石はルビー、スピネルの重要な母岩でモゴック片麻岩類に挟在しています。
モゴック地域のルビー、サファイアの成因は5,500万年前に始まったインドプレートとユーラシアプレートの衝突に関連があります。2つのプレートの衝突による広域的な温度・圧力の上昇により、この地の変成岩が形成されました。アフガニスタン、パキスタン、タジキスタン、ネパールおよびベトナムにまで広がる一連の大理石起源のルビー鉱床も同一の地質学的イベントによるものと考えられています(文献7)。

採掘方法

モゴック ストーン トラクトでは、伝統的な手法から重機を用いた近代的な方法まで種々の採掘方法が見られます。ルビーは母岩の大理石を直接採掘する方法(第一次鉱床)とByonと呼ばれる含宝石土壌を採掘する方法(第二次鉱床)が見られます。第一次鉱床では主に目的とする宝石種が採掘されますが、第二次鉱床からはルビー、スピネル、サファイアなど種々の宝石類が同時に採取されています。
規模の大きい鉱山では一般にオープンピット法と呼ばれる地表から土を掘り返す手法や重機や火薬を用いて大理石の母岩を直接採掘する手法がとられています。いっぽう、大多数の規模の小さな鉱山ではtwin-lonと呼ばれる丸い穴をあけて谷底の堆積物を採掘する手法がとられています。また、大理石のカルスト地形特有の手法があり、lu-dwinと呼ばれています。これは大理石の浸食によってできた空洞や亀裂に集積するルビーを採掘します。他の方法に比べて歩留りは良いのですが、複雑に入り組む洞窟に奥深く入るため危険を伴います。実際に1992年に鉱夫が何人も死亡するという事故があったそうです(文献6)。

モゴック鉱山現況

モゴック ストーン トラクトにはルビー、サファイアの鉱山が大小合わせると300以上あります。今回のツアーではこれらのうち生産量の多い規模の大きな鉱山5か所と伝統的な採掘を行っている小規模な鉱山を複数訪ねました。

Bhone Myint Aung ルビー鉱山
Fig.9 Bhone Myint Aung ルビー鉱山
機械による選鉱
Fig.10 機械による選鉱

モゴック東部のShun Pun 村にあるBhone Myint Aung ルビー鉱山は風化した大理石を含む土砂を採掘する第二次鉱床です(Fig.9)。宝石を含む土砂は川底周辺の採掘が容易ですが、最近は山腹や丘陵までが採掘の対象となっています。ここでは重機を用いて土砂を堀り、水圧を使って土を砕いていきます。これらを水と一緒にホースで吸い上げ、ベルトコンベアー上でふるいにかけられます。最終的に集積タンクに比重の大きい石(宝石類)が集められています(Fig.10)。ここではルビーが採取されていますが、その何倍ものレッドスピネルが採れています。

モゴック北部のYadana Shin Ruby鉱山は大理石から直接ルビーを採掘する第一次鉱床です。モゴック ストーン トラクトの中でも最大級の規模の鉱山で、400名に及ぶ鉱夫が働いており、寝食を共にしています。大理石の露岩も見られる広大な敷地内から縦坑がいくつも掘られています。風化していない硬い大理石は削岩機で砕かれ、10cm~20cm程度のサイズにされます。それをバケツに入れて地表に運び、一旦山積みにされます(Fig.11)。地上では積まれた大理石の塊を鉱夫が人力で運搬し(Fig.12)、クラッシャーにかけられます。細かくなった大理石はさらにハンマーで慎重に砕かれ、中からルビーやスピネルが採取されていきます。

Yadana Shin Ruby鉱山の採掘
Fig.11Yadana Shin Ruby鉱山における採掘
鉱夫による大理石の運搬
Fig.12 鉱夫による大理石の運搬。ロンジーと呼ばれる巻きスカートのような民族衣装をまとっている。

モゴック西部のチャッピン地区にあるBawmar 鉱山は、2008年以降採掘量が急増したブルーサファイアの重要な鉱床です(文献8)。この地域は主にモゴック片麻岩類が分布しており、閃長岩や花崗岩類を伴っています。ブルーサファイアは高度に変成した黒雲母片麻岩などに貫入した閃長岩やペグマタイトの風化土壌から採掘されています。Bawmar 鉱山は10年ほど前から重機を用いた採掘がおこなわれており、現在は露天掘りとトンネル方式が組み合わされています(Fig.13)。トンネル方式では最大で深さ80mにもおよぶ縦坑が掘られています(Fig.14)。

Bawmar鉱山全景
Fig.13 Bawmar鉱山の全景
Bawmar鉱山の縦坑
Fig.14 最大80mの深さに及ぶBawmar鉱山の縦坑

そこから削岩機を用いて風化した岩石を砕き、水平方向に掘り進められていきます。地表に挙げられた鉱石は洗浄され、サイズの異なるふるいにかけて選別されます。その後、女性たち(ミャンマーの女性の多くは伝統的なおしゃれで頬にタナカと呼ばれる木の粉を付けています)の手によってトリミングされ(Fig.15)、最終的にカット・研磨されます。  この鉱山のブルーサファイアは原石のままで濃色であり(Fig.16)、最大で15ct程度ものカット石が得られています。

ブルーサファイア、トリミング作業
Fig.15 女性たちによるブルーサファイアのトリミング作業
非加熱のBawmar鉱山産ブルーサファイア
Fig.16 非加熱のBawmar鉱山産ブルーサファイアのカット石(6〜8ct)

モゴック西部のBaw Lone Gyi ルビー鉱山ではミャンマーならではの採掘風景を見ることができます。この地には近くの鉱山で既に選鉱された尾鉱(廃石)がトラックで運ばれてきます(Fig.17)。モゴックの村人たちにはこれらの尾鉱から宝石を探すことが許されており、見つけた者が所有することができます。しかし、英国が鉱山を支配していたころはこの権利は女性に限定されており、KANASE(カナセ)と呼ばれていました。Baw Lone Gyiでは多くのカナセが真っ白な大理石の小石から赤いルビーやスピネルを探す姿が見られます(Fig.18)。そして、見つけた宝石をオープンマーケットで販売します。

Baw Lone Gyi での採掘作業
Fig.17 Baw Lone Gyi でのカナセたちによる採掘作業
ルビーやスピネルを探すカナセ
Fig.18 ハンマーで慎重に大理石を砕いてルビーやスピネルを探すカナセ
モゴックの宝石マーケット

今回のモゴックツアーでは計5か所のジェムマーケットを訪れました。うち4か所は毎日開催されていますが、午前中のみもしくは午後のみの2~3時間の開催です。
モゴック東部地区のYoke Shin Yoneは、通称“Cinema”と呼ばれる午前中のみ開催のマーケットです。その名の通り古い映画館前の通りに活気にあふれた露店が並んでいます。手作りの背の低い机や木箱、あるいは直接地面に白い布を敷いてその上に真鍮製の皿に盛られた宝石類が並べられています(Fig.19)。そのほとんどは低品質の未研磨石で、カナセたちが持ち寄ったものです。地元の通貨(kyat)で取引されていますが、交渉次第では米ドルの使用も可能です。
同じく東部地区のPan Shanの宝石マーケットは、午後1時~3時に開催されています。モゴック最大規模で、強い日差しを遮るため広げられた300近いパラソルが圧巻です。その様子から通称“umbrella”マーケットと呼ばれています(Fig.20)。

Yoke Shin Yoneのジェムマーケット
Fig.19 Yoke Shin Yoneのジェムマーケット。古い映画館前の広場にあることから通称Cinemaと呼ばれている。
Pan Shanのジェムマーケット
Fig.20 Pan Shanのジェムマーケット。多くのパラソルが広げられていることから通称Umbrellaと呼ばれている。

ここではカナセたちが持ち寄った低品質の未研磨石や原石もありますが、カット・研磨された質の良いルビー、サファイア、スピネル、ペリドット・・・など多くの種類の宝石が見られ、トーチとヘッドルーペを用いて慎重に検品する様子も伺えます(Fig.21)。
このようなジェムマーケットにはミャンマー族の人々に加え多くのネパール人の姿が見られます。彼らは英国統治時代にモゴック鉱山の警備に送られてきたグルカ族の子孫ということです。彼らはヒンディー語を話すため、我々のツアーに参加していたインド人達とは会話が弾み交渉もスムーズに行われているようでした(Fig.22)。

Pan Shanのジェムマーケット
Fig.21 Pan Shanのジェムマーケット。トーチやヘッドルーペを用いて慎重に商品をチェックする女性のディーラー。
Pan Shanのジェムマーケット
Fig.22 ジェムマーケットにはグルカ族の子孫であるネパール人の方々が多い。

モゴック北部Bamard-myoのマーケットは5日に一度の周期で開催されています。ここは宝石類というより野菜、干物、衣類、花など日用雑貨が豊富に取り揃えられており、モゴックの人々の生活に密着したマーケットです。
メインの通り沿いでは店舗を構えていますが(Fig.23)、脇に入ると多くは路上にシートを敷き品物を並べています。売り手の多くは女性で小さな子供たちを連れている光景もあちこちに見られます(Fig.24)◆

Bamardmyoのマーケット
FIg.23 Bamardmyoのマーケットは5日に一度開催され、宝石だけでなく、生活必需品が売買されている。
Bamardmyoのマーケット
Fig.24 Bamardmyoのマーケットでは子連れの売り子も多く見られる。

【参考文献】
文献1.Huges R W. (2014) Ruby & Sapphire a collector’s guide. Gem and Jewelry Institute of Thailand,383pp

文献2.外務省ホームページ ミャンマー基礎データhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/myanmar/

文献3.Shor R., Weldon R. (2009) Ruby and sapphire production: A quarter century of change. Gems & Gemology,     Vol.45, No.4, pp.236-259

文献4.Keller P.C. (1983) The rubies of Burma: A review of the Mogok Stone Tract. Gems & Gemology, Vol.19,
No.4, pp.209-219

文献5.Lucas A., Pardieu V. (2014) Mogok expedition series, part1~part3
http://www.gia.edu/gia-news-research-expedition-to-the-valley-of-rubies-part-1-3

文献6.Kane R E., Kammerling R C. (1992) Status of ruby and sapphire mining in the Mogok Stone Tract.
Gems & Gemology, Vol.28, No.3, pp.152-174

文献7.Smith C P., Beesley C R., Darenius E Q., Mayerson W M. (2008) Inside Rubies. RAPAPORT magazine, Vol.31,     No.47, pp.140-149

文献8.Kan-Nyunt H P., Karampelas Stefanos., Link K., Thu K., Kiefert L., Hardy P. (2013) Blue sapphires from the     Baw Mar mine in Mogok. Gems & Gemology, Vol.49, No.4, pp.223-232

GIT2014参加報告

2015年12月No.25

リサーチルーム 江森健太郎

2014年12月8日~9日の2日間、GIT2014 The 4th International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)がタイのチェンマイで行われました。また、前3日~7日までの5日間Pre-Conference Excursion(会議前の原産地視察)としてミャンマーのモーゴックの鉱山視察、後10日~12日の3日間Post-Conference Excursion(会議後の原産地視察)としてタイのPhrae(フィラエ)の鉱山視察が行われました。本会議には当研究所から5名が参加し、3名が口頭発表を行いました。以下に概要をご報告致します。

GIT2014とは・・・

International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)はGIT(The Gem and Jewelry Institute of Thailand)が主催する国際的に有数の宝飾関連学会の一つです。第1回目は2006年、第2回目は2009年、第3回目は2012年、そして今回は2014年12月に第4回目としてGIT2014が開催されました。
GITはLMHC(ラボマニュアル調整委員会)にも属する国際的に著名な宝石検査機関であり、CGLと科学技術に関する基本合意を締結し、密接な技術交流を行っています。本学会はGITが主催していますが、タイの商務省等が後援しており国を挙げての国際会議といえます。本会議運営のため15ヵ国31名の国際技術委員会が結成され、CGLの堀川もその一役を担いました。

本会議

本会議はチェンマイ市内のHoliday Inn Chiang Maiが会場となり、世界25ヵ国から250名を超える参加者が集いました。
6件の基調講演の他、一般講演は

「Innovative Identification and Characterization – Manufacturing and Cutting Edge Technology
(革新的な鑑別及び特徴 ― 製造と最先端の技術)」
「Gem and Precious Metal Deposits, Exploration and Mining(宝石、貴金属の産地、探査および採掘)」
「Treatment and Synthetic: Update and Disclosure(処理と合成:アップデートと開示)」
「Miscellaneous(その他)」
「Closing Highlights(閉会前のハイライト)」

の5つのセッションで構成されており、2つの会場に分かれて同時進行しました。
口頭発表は34件、ポスター発表は38件のエントリーがありました。

当研究所からは技術顧問の赤松が「Miscellaneous」のセッションで
「About Bead Nucleus Used for Pearl Culturing(真珠養殖に使用されるビード核について)」、

北脇が
「Innovative Identification and Characterization – Manufacturing and Cutting Edge Technology」のセッションで
「Peculiar Natural Type II Diamonds Showing Pseudo-Synthetic Characteristics(偽合成の特徴を示す特異な天然II型ダイヤモンド)」、

江森が同セッションで
「Geographic Origin Determination of Ruby and Blue Sapphire: an Application of LA-ICP-MS(ルビー、ブルーサファイアの原産地鑑別:LA-ICP-MS分析の応用)」

という題でそれぞれ口頭発表を行いました。
また堀川は「Treatment and Synthetic: Update and Disclosure」のセッションで座長を務めました。

Holiday Inn Chiang Mai
本会議のメイン会場となったHoliday Inn Chiang Mai
ポスター発表
会場に張り出された38件のポスター発表。口頭発表の合間には熱心な研究者が著者に質問を投げかける
「Treatment and Synthetic: Update and Disclosure(処理と合成:アップデートと開示)」セッションで座長を務める堀川所員
「Treatment and Synthetic: Update and Disclosure (処理と合成:アップデートと開示)」セッションで座長を務める堀川所員

GIT2014-Post Excursion報告

GIT2014 Conferenceの翌日より三日間(12/10~12/12)の日程でPost Excursionが行われ、CGLより堀川と江森が参加しました。

1.Thai Elephant Conservation Center (TECC)

12月10日、GIT2014の開催地であるChiang Mai をバスで出発し、初めの目的地である Thai Elephant Conservation Center (TECC)に訪れました。全世界から象使いの資格を取るための養成に来ている人たちを使い、政府によって経営されている象の保護施設であり、象の病院も併設されています。ここでは、象乗り体験、ショー等が行われています。今回のGIT2014のロゴマークは象が描いたものです。ショーで実際に象が絵を描くところを観ることができました。

象が描いたGIT2014のロゴマーク
象が描いたGIT2014のロゴマーク
象が絵を描いているところ
象が絵を描いているところ
2.Baan Wong Buri (Wong Buri Old House)

次にBaan Wong Buriに向かいました。ここは、かつてPhraeを統治していた王族の邸宅で、現在は博物館として公開されています。Phraeはチーク材の売買で財を築いた街で、現在も街のいたるところに、チーク材を利用した家が残っています。その中で一番有名なものがBann Wong Buriだということです。館内は20世紀初頭の写真や手紙、アンティークコレクションが並んでおり、当時を偲ばせる記念物として親しまれています。

Baan Wong Buriの外観
Baan Wong Buriの外観
Baan Wong Buriの中の様子
Baan Wong Buriの中の様子。アンティークコレクションが並んでいる
3.Wat Phra that Cho Hae (The Royal Temple)

12月10日最後の目的地は、Wat Phra that Cho Haeです。Wat Phra that Cho Haeは仏舎利を祭る仏教寺院で、寅年生まれの人が巡礼すべき仏塔とされており、900年以上の歴史があるといわれている仏像やSiwichai僧の遺骨が納めらています。

寺院の外観
寺院の外観
寺院
寺院
4.Phrae地区のサファイア鉱区

12月11日、タイのPhrae地区のサファイア鉱区へ向かいました。バンコクから北におよそ500kmにPhrae地区のサファイア鉱区があります。この地は1920年代に発見されていましたが、実際に採掘されるようになったのは1970年代に入ってからです。この地のサファイアは濃色のブルーで小粒のものが多いとされています。

○Mon Hin Lae Pee

柱状節理の玄武岩の露頭に、スピネルを発見することができました。柱状節理とは、岩体に発達した規則性のある柱状の割れ目で両側にずれがないもののことを言い、マグマの冷却面と垂直に発達します。

柱状節理の露頭の様子
柱状節理の露頭の様子
スピネル
スピネル
○Gems by waterfall

Mon Hin Lae Peeから6.5kmほど離れた場所に滝があります。この滝には3つの玄武岩層が露出しており、最下層に雨季に降った雨水で削られ、流された宝石が運ばれてきます。川の下にたまった砂利から宝石を探します。

岩を削る滝
岩を削る滝と
川
○Huai Mae Kanung

Huai Mae Kanungは、その名前が20年程前にサファイアを産出することで知られることになりました。現在はその土地の人々が雨季の最後にパニングを行い、宝石を探しています。

Blue Sapphire River
Huai Mae Kanungの様子。Blue Sapphire Riverの看板があるように、半ば観光地化している
パンニング
川をせき止め、水をためた池でパニングを行う現地の人々
5.Sukhothai Gold Jewelry Shop

タイにおいてゴールドジュエリーの生産はスコータイ王朝時代(1238−1448)からアユタヤ王朝時代(1351−1767)まで続いた伝統的な生産物で、その当時は厳格な規制がしかれていたため、王族や貴族しか身に着けることができませんでした。ラタナコーシン朝の中期より、ヨーロッパや中国から商人が来て、タイで商売をはじめると同時に、外国の金細工職人もタイにワークショップを設立して定住するようになり、より自由にゴールドジュエリーが広く身に着けられるようになりました。スコータイには現在もゴールドジュエリーを加工、生産、販売するショップが数多く存在し、今回のエクスカーションでは、スコータイにある販売店舗と生産工場が一体となっているゴールドジュエリーショップを2箇所見学しました。

ゴールドジュエリーの販売風景
ゴールドジュエリーの販売風景
加工工場
加工工場
6.Si Satchanalai Historical Park

Post Conferenceで最後に訪れたのは「Si Satchanalai Historical Park」です。この歴史公園はSi SatchanalaiとChaliangの遺跡群です。Si Satchanalaiとは「City of good people(善良な民の街)」という意味で、1250年代にスコータイ王朝第2の都市として建造され、13世紀と14世紀には皇太子の住居がありました。

Si Satchanalai Historical Park
Si Satchanalai Historical Park
Si Satchanalai Historical Park
Si Satchanalai Historical Park
おわりに

GIT2014の本会議とPost Excursionに参加、CGLリサーチルームの日ごろの研究成果を発表し、世界各国のジェモロジスト達と意見交換・交流を深めることができ、有意義な時間を過ごすことができました。宝石の研究は一国の一研究室だけで深められるものではなく、世界中の鑑別機関や研究機関で研究するジェモロジスト達との情報交換、意見交換が必要不可欠です。CGLリサーチルームは今後もこのような国際的な学会に出席し、積極的な交流を図っていく予定です。◆

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展

2015年3月No.25

リサーチルーム 室長 北脇裕士

⑪ダイヤモンドビュー(Diamond View™)

1990年代より高温高圧法による宝飾用合成ダイヤモンドの商業的な生産が始まり、宝飾業界からはその情報開示と明確な天然と合成の識別法の確立が切望されるようになりました。DTC(Diamond Trading Company)ではこれらの声に応えるためにダイヤモンド判別機の製作・販売を開始しました。ダイヤモンドシュア(Diamond Sure™)はダイヤモンドのタイプ判別を簡易的に行う機器で、ダイヤモンドビュー(Diamond View™)は紫外線蛍光を用いた画像診断装置です。さらにDTCは、1999年に出現した新たなHPHT処理の検出のためにダイヤモンドプラス(Diamond Plus™)を世に送り出しました。今日のダイヤモンド鑑別にはこれらの装置もしくはこれらと同等の機能を有する分析機器は無くてはならない必需品と言えます。

◆ダイヤモンドビューの基本原理

天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドでは成長環境の相違により結晶形態が異なります。そして、このことが天然と合成とを識別する重要な手がかりとなります。しかし、宝石ダイヤモンドは既にカット・研磨が施されているため、結晶の外形や表面の観察はほぼ不可能であり、成長履歴を読み取るためには結晶内部に残された不均一性を検知する必要があります。ダイヤモンド内部の不均一性はさまざまな方法を用いて研究されてきましたが、宝石品質のダイヤモンドの鑑別には非破壊で行えるカソードルミネッセンス法や紫外線ルミネッセンス法が有効であることが知られています。
ダイヤモンドに紫外線を照射すると、原子レベルの欠陥や微量な含有元素の影響で蛍光を発します。微視的に研磨面を見た場合、欠陥や微量元素の濃度が成長時や成長後にこうむる環境の変化によってわずかに異なるためさまざまな蛍光像が観察できます。これが紫外線ルミネッセンス法であり、このような蛍光像はダイヤモンドの成長履歴を反映するために、天然と合成では明確な相違がみられ、その判別を行う上で非常に有効な手がかりになります。
ダイヤモンドビューは、この紫外線ルミネッセンス法の一種で、ダイヤモンドの天然と合成を識別することを目的としてDTCにより開発された装置です。ダイヤモンドの研磨面に225nm以下の波長をもつ強い紫外線を照射することによって、表面直下に励起された蛍光像を観察することができます。この蛍光像は、ダイヤモンドの成長構造に対応し、これをオペレーターが結晶学的な解釈を加えて天然・合成の判断を下します。従って、ダイヤモンドビューによる観察には技術者の経験と知識が不可欠となります。

◆ダイヤモンドビューの操作方法

2007年末に市場投入された最新式ダイヤモンドビュー(Fig.1)は第3世代にあたり、1996年に発表された初代のもの(Fig.2)に比べると本体が小型化したと共に、サンプルの設置方法や紫外線の照射方向が改良されています。
ダイヤモンドをルースで観察する時は、キューレットあるいはテーブル面を下にしてホルダーにセッテイングし、ポンプで吸引することで固定します。これにより、テーブル面およびパビリオン側双方の観察が可能となります。また、リングやペンダントもステージに固定することが可能ですが、この場合はテーブル方向だけからの観察となり、得られる情報が少なくなります。マニュアルでは、0.05ct〜10ctが観察可能とされていますが、装置の制約上焦点を合わせきれないほど小さい試料や、ステージに固定しきれないほど大きい製品でない限りは観察が可能です。ステージはつまみによって回転したり、傾きを変えたり、試料の方向を容易に変えてあらゆる方向から観察することができます。最新式のダイヤモンドビューは、このような観察方法を採用することで、初代のものと比べて観察できる試料の大きさや形状の幅が広がり、ステージの可動範囲も増しているため、操作性が大幅に向上していると思われます。また、紫外線のエネルギー強度も初代のものより高くなっており、イメージの質が向上しています。試料室奥にはCCDカメラが装着されており、イメージをパソコンのディスプレイ上に表示して観察します。得られる画像の倍率・画質は一定ですが、細部を観察しやすいようにデジタルズームで拡大することが可能となっています。観察には可視モード、蛍光モード、燐光モードが用意されており、照射する紫外線の強度は制御ソフトウェアを用いて自由に調整することができます。また、燐光を発するダイヤモンドを見落とすことがないように、蛍光モードで蛍光像をキャプチャーした際には、自動的に燐光像も撮影できるようになっています。

最新ダイヤモンドビュー
Fig.1 最新のダイヤモンドビュー:コンパクトになり、操作性も向上している。モニターにはCVD合成ダイヤモンドのイメージが映し出されている。
旧タイプダイヤモンドビュー
Fig.2 初期のダイヤモンドビュー:パソコンのモニターには高温高圧合成ダイヤモンドのイメージが映し出されており、鑑別技術者にはこれあを解釈する結晶学的な知識が必要とされる。

⑫ダイヤモンドビュー(Diamond View™)−2−

天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドでは成長環境の相違により結晶形態が異なります。そして、この形態の相違に着目した鑑別法がDiamond View™による紫外線(UV)ルミネッセンス法です。それではDiamond View™観察の基礎となるダイヤモンドの結晶形態(専門的にはモルフォロジーといいます)について考えてみましょう。

◆ダイヤモンドのモルフォロジー

結晶の形態を決めるのは、結晶の構造と環境条件(外的要因)です。そこで後者を無視して構造だけを反映したモルフォロジーが判れば、これをその結晶の基準モルフォロジーと考えることができます。
ダイヤモンドの結晶構造から導き出された基本の形は平滑な{111}で囲まれた正八面体となります(Fig.3−A)。(結晶学では八面体の面を{111}、六面体の面を{100}、十二面体の面を{110}と表記します。これをミラー指数といいます)

ダイヤモンドの形態
Fig.3 ダイヤモンドに見られる形態
A:{111}で囲まれた八面体(天然ダイヤンドに一般的)
B:{100}で囲まれた六面体
C:{111}と{100}がよく発達した六・八面体の外形(高圧合成に一般的)

しかし、実際の天然結晶は正八面体であることは少なく、たいていはマグマ中での融解により丸みを帯びています。また、まれに{111}と{100}が共存したミックスド・ハビット・グロースと呼ばれるものが存在します。この際、{100}は平滑な面ではなく曲面であるためキューブ(六面体)ではなく、キューボイドと呼ばれています。
一方、金属溶媒中で成長する高温高圧法合成ダイヤモンドでは{111}と{100}が共によく発達した六・八面体の外形(Fig.3−C)をとるのが一般的で、他に{110}などを伴うこともあります。高温高圧法合成ダイヤモンドは溶媒の種類や成長温度によっても形態が変化することも知られています。比較的低温では{100}が優勢に、逆に高温では{111}が優勢になります。
また、CVD法合成ダイヤモンドでは水素ガス中での成長となり、表面自由エネルギーの計算からも{100}が最も形態的に安定な面となることが知られています。

◆ダイヤモンドビューによる天然ダイヤモンドの観察例

Ⅰ型の無色の天然ダイヤモンドには、四角形の年輪のような成長縞が観察されます。これはピラミッド(八面体の上半分)を真上から見ると四角形に見えるのと同じで、ダイヤモンドが八面体を維持して成長してきたことを示しています。
また、ほとんどのダイヤモンドにおいてN3センタによる青白色の発光色が確認できます。N3センタは窒素が地質学的な時間を経て凝集したカラーセンタです。余程でない限り(高圧下で長時間加熱処理するなど)、人工的には作り出せないため天然特徴となります。ちなみにN3のNはNitrogen(窒素)ではなく、Natural(天然)の頭文字です。このようにDiamond View™では直接発光色が観察できるというメリットもあり、天然・合成の判断に有効です。
さらに、このようなダイヤモンドのルミネッセンス像は個体ごとに異なり、個体識別にも応用が可能です。天然ダイヤモンドは地球の深部で育まれ、地表で産出するまでに自然界の多くの環境変化をこうむるため、その成長履歴は決して一様ではありません。そのため、まったく同じルミネッセンス像を示すダイヤモンドは二つと存在しません。しかし、Fig.4に示すようにひとつの結晶からカット研磨された二つのダイヤモンドなら貝合わせのようにこの断面のルミネッセンス像が一致します。

Fig.4 ツインダイヤモンドの模式図。ひとつの原石からカット研磨された2つのダイヤモンドは相似形のルミネッセンス像を示す
Fig.4 ツインダイヤモンドⓇの模式図。ひとつの原石からカット研磨された2つのダイヤモンドは相似形のルミネッセンス像を示す。

Fig.5で示す二つのダイヤモンドは相似形のルミネッセンス像を示しており、同一の原石からカットされたと考えられます。このような組み合わせをまったく無作為のダイヤモンドから見つけることは困難ですが、あらかじめひと組とされているダイヤモンドの双子の真偽を確認するには有効です。
CGLではこのように同じ原石から得られた二つのダイヤモンドを双子のダイヤモンドという意味を込めてツインダイヤモンド®と呼んでおり、ツインダイヤモンド®レポートサービスを行っております。

05ツインA

Fig.5 ツインダイヤモンドの例。
Fig.5 ツインダイヤモンドⓇの例(上・下)。2つのダイヤモンドのDiamond View™によるUVルミネッセンス像は相似形をしており、ひとつの原石からカットされたことが判ります。

⑬ダイヤモンドプラス(Diamond Plus™)

我々鑑別機関における日常のダイヤモンド鑑別において最も重要な項目のひとつに天然ダイヤモンドに施されたHPHT処理の看破があります。HPHTはHigh-Pressure High-Temperatureの略語で、合成ダイヤモンドを製造する大型の高圧発生装置を用いた高温高圧下での熱処理のことです。ダイヤモンドを高温で熱処理する際にグラファイト(石墨)化を防ぐために高圧が必要というわけです。
窒素含有量のほとんどないⅡ型の天然褐色ダイヤモンドをHPHT処理すると無色にすることができます。これは米国のGE社が開発した手法で1999年に公表されました。以降、複数の製造者がこのHPHT処理を適用して種々のカラーを生み出しています。最近ではHPHT処理に放射線照射やその後の熱処理を組み合わせたマルチプロセスによる新たな処理色も出現しており、ダイヤモンド鑑別を非常に困難なものにしています。
さて、Ⅱ型の褐色ダイヤモンドが無色化できる事実が知られるようになると、すべてのⅡ型無色ダイヤモンドに潜在的なHPHT処理の可能性が考慮され、検査の対象となります。現在、HPHT処理の看破には各種の励起波長を用いたフォトルミネッセンス(PL)分析が有効であることが判っており、先端的な鑑別ラボでは日常の業務にPL分析を導入しています。

◆ダイヤモンドプラスとは

Diamond Plus™はDTCにより開発され、2009年から市販されているHPHT処理を粗選別するためのコンパクトな装置です。鑑別ラボが使用しているフォトルミネッセンス分析装置は大型でコストもかかり、得られた結果の解釈にダイヤモンドの格子欠陥に関する深い知識が要求されます。そのため宝飾用ダイヤモンドが取引されているあらゆる場面において設置可能な器具としてDiamond Plus™が設計されました。
検査対象は無色の天然Ⅱ型ダイヤモンドのルースです。サイズは0.05ct〜10ctまでが測定可能です。事前にDiamond Sure™やFTIRなどでⅡ型であることを確認しておく必要があります。この装置では15秒以内の測定時間で“PASS”あるいは“REFER”などと結果が表示されます。

Diamond Plus
DTC社製 Diamond Plus™
◆ダイヤモンドプラスの原理と使用方法

Diamond Plus™は液体窒素を試料室に注ぎ、サンプルホルダーに取り付けたダイヤモンドを本体にセット、測定ボタンを押すだけで測定がはじまるという非常にシンプルな分析機器です。Diamond Plus™は液体窒素温度でのフォトルミネッセンス分析を行っています。詳細は公表されていませんが、ある特定波長の発光センタの強度と半値幅を測定していると思われます。

ダイヤモンドプラスの使用方法
ダイヤモンドプラスの使用方法
◆測定結果の解釈

Diamond Plus™で測定した結果には5種類の表示が用意されています。
PASS と表示されたものはHPHT処理が施されていないダイヤモンドと判断できます。従って、これ以上の検査の必要はありません。
REFER と表示されたものはHPHT処理された天然ダイヤモンドである可能性があるため、鑑別ラボで使用する、より高度なPL分析を行う必要があります。また、合成ダイヤモンドの可能性もあり、他の検査において確認する必要があります。
REFER ( IRRADIATED? ) と表示されたものは照射処理された可能性があります。地色が緑味を帯びていないかどうかのチェックが必要です。
REFER ( CVD SYNTHETIC? ) と表示されたものはCVDダイヤモンドの特徴である737nmの発光ピークを検出した際に表示されます。
NO DIAMOND DETECTED と表示されたものはダイヤモンドのラマンピークが検出されなかった際に表示されます。ダイヤモンドではないものや、セッティング状態が悪い可能性があります。◆

宝石コランダムの原産地鑑別 -日本鉱物科学会2014 年年会より-

2015年1月No.24

リサーチルーム 江森健太郎、北脇裕士

ルビーやブルーサファイアの原産地鑑別には内部特徴の観察が最も重要と考えられているが、近年では高精度の元素分析によってその判定精度が補完されている。本研究では商業的に重要度の高い産地のルビーおよびブルーサファイアについてLA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。

1.はじめに

(1)産地鑑別とは
宝石鑑別は、宝石鉱物の種類および変種の同定、天然・合成の起源、加熱や照射などの人的処理の有無などを客観的に判定する技術である。また、付随的に顧客のリクエストに応じて宝石の産出する地理的地域の判定、いわゆる原産地鑑別が行われることがある(日本国内の規定では一般鑑別書における産地表記は認められておらず、別途分析報告書によるものとされている)。
原産地鑑別は個々の結晶が産出した地理的地域を推定するために、その地域がどのような地質環境さらには地球テクトニクスから由来したかを考慮しなければならない。そのためには産地が既知の標本石の収集が何よりも重要となる。そしてこれらの詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得が基本となる(文献1) 。その上で紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA-ICP-MSによる微量元素の分析が行われ、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と経験をも併せ持つ技術者による判定が行われている。

(2)産地鑑別の正確性と限界
原産地鑑別における判定基準に国際的なスタンダードは存在しない。地理的地域の結論は、それを行う宝石鑑別ラボの独自の手法および評価による意見であり、その宝石の出所を保証するものではない。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばスリランカ産とマダガスカル産のブルーサファイア、ミャンマー産とベトナム産のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なこともある。原産地の結論は、潤沢な既知の標本およびデータベースとの比較、検査時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたもので、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなる。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイム・ラグが生じる可能性がある。

(3)ケミカルフィンガープリント
宝石鉱物には主成分以外の微量成分が含まれており、その種類や量などは地質学的な産状に関連している。したがって、精度の高い元素分析を行い、検出された微量元素の組み合わせや量比を検討することで原産地の判定に活かされている。これをケミカルフィンガープリントといい、元素分析の手法には主に蛍光X線分析が用いられてきた(文献2)。近年では分析精度の高いLA-ICP-MSも使用され始めており(文献3)、原産地鑑別の精度向上への寄与が期待されている。

2.試料および分析方法

試料は筆者ら自身が原産地で収集するなど産地情報が明確なルビー(114点)とブルーサファイア(81点)を使用した。分析に使用した試料の原産地と産状、および個数は表1、2の通りである。ルビーは宝石品質の原石の表面を研磨し、研磨面を1サンプルにつき5点ずつLA-ICP-MSで分析を行った。ブルーサファイアはファセットカットされたサンプルのテーブル面を1サンプルにつき5点ずつ分析を行った。

表1 分析に用いたルビーとその産状、個数
表1 分析に用いたルビーとその産状、個数
表2 分析に用いたブルーサファイアとその産状、個数
表2 分析に用いたブルーサファイアとその産状、個数

分析に使用したLA(レーザーアブレーション装置) はNew Wave Research UP-213を、 ICP-MSは Agilent 7500aを使用した。分析条件は表の通り。レーザーアブレーションにおけるCrater Sizeはコランダム中のAlと置換される元素であり、一定の量の検出が見込まれるMg, Ti, V, Cr, Fe, Gaについては30μmを使用して測定を行い、微小包有物(ジルコンやルチルなど)から検出される可能性のある微量元素(Li, Be, B, Sc, Co, Cu, Zn, Zr, Nb, In, Sn, Sb, Ba, La, Ce, Hf, Ta, W, Pb, Bi, Th) については80μmを使用して測定を行った。分析には標準試料としてNIST612を使用し、Alを内標準に用いて定量分析を行った。なお、フラクチャー等に二次的に混入する可能性のある不純物元素を回避するため、これらの部位についての分析は行わなかった。

3.分析結果と考察

(1)ルビー
測定した元素を用いた様々な組み合わせにおいてデータのプロッティングを試みた。結果の一例として、Mg,V,Feの三次元プロットを示す。三次元プロットは従来広く用いられてきた3成分の比率を表す三角ダイヤグラムとは異なり、単に3成分の比率を示すだけではなく、量そのものもプロッティングに反映される。公表されている関連分野の先行研究に三次元プロットは見られないが、gnuplotのソフトを用いれば比較的簡単に作成することが可能であり、ケミカルフィンガープリントとして最適と考えられる。
図1では一部に重複する領域も認められるが(特にタンザニアとマダガスカル)、ミャンマー、カンボジアおよびタンザニアの各々の産地ごとに明瞭に分布域が異なっている。
地質学的な産状が異なれば、包有物の相違等から産地の判別は比較的容易であることが期待される。しかし、産状が類似もしくは同一起源の宝石の原産地鑑別は困難だと考えられる。特に大理石起源のミャンマー、ベトナム、タンザニアのモロゴロ産のルビーの産地鑑別は非常に困難、もしくは不可能だとされてきた。

図1:主要産地のルビーをMg,V,Feでプロットしたグラフ
図1:主要産地のルビーをMg,V,Feでプロットしたグラフ

本研究において、Mg,V,Feの三次元プロットを行ったところ、これらの識別が比較的明瞭となることが新たに見いだされた (図2)。

アフガニスタンからベトナムまで伸びるルビー鉱床は大理石起源であり、この区域の大理石はFeの含有量が低いことが知られている。そのため、ミャンマー、ベトナムのFe濃度は低い傾向にあると考えられる。また、ミャンマー産のルビーはその母岩中に含まれる頁岩中の不純物の影響でV濃度が高くなると考えられる。

図2: 大理石起源のルビーをプロットしたグラフ
図2: 大理石起源のルビーをプロットしたグラフ

ルビー中に検出された微量元素の測定結果を表3に記す。各産地、試料、測定点等で特徴があり、これらを組み合わせることで産地鑑別の精度を向上させることが可能である。例えば、ベトナムのルクエン産のルビーは母岩の不純物の影響で微量元素が検出されやすい傾向にある。また、マダガスカル産のルビーは微量元素が検出されにくい傾向にあるが、亜鉛やアンチモンが検出されるといった特徴が認められる。

表3: ルビーの産地別微量元素検出表
表3: ルビーの産地別微量元素検出表
オレンジ枠は必ず検出される元素、グレーは未検出、白は未検出~微量を示す

(2)ブルーサファイア
ブルーサファイアについても、測定された元素を用いて様々なプロットを試みた。J.J.Peucat ら2007年の研究ではGa濃度をMg濃度で割ったものを横軸に、Fe濃度を縦軸にプロットしたグラフでアルカリ玄武岩起源のブルーサファイアと変成岩起源および交代作用起源(合わせて非玄武岩起源とされることが多い)のブルーサファイアを分別できるとしている(文献4)。本研究においても図3のように同様の結果が得られた。
アルカリ玄武岩のブルーサファイアはこのように産地毎にデータの集まりが良く、産地特定の有力な一助となる。一方、非玄武岩起源のグループでは多くの領域で重複が見られる。特にマダガスカルはプロット範囲が広く、原岩の多様性の影響と考えられる。

図3:主要産地のブルーサファイアをGa/Mg vs Fe プロットしたグラフ
図3:主要産地のブルーサファイアをGa/Mg vs Fe プロットしたグラフ

変成岩起源のブルーサファイアで商業的な重要度が高い、マダガスカル、ミャンマー、スリランカのサンプルについて、種々の元素の組み合わせにおいて比較を行った。その一例として、X軸にMg、Y軸にTiを取ったグラフを図4に示す。ミャンマーとスリランカは重複する領域も認められるが、それぞれがほぼ一定の直線上に乗っている。この際、Mg:Ti比はスリランカ産のほうがミャンマーよりもTiが多く、両者の識別において重要なポイントとなることが判る。一方、マダガスカルはプロット範囲が散らばる傾向にある。マダガスカル産は原岩の多様性と、微小包有物を多く含む特徴を持つため、プロット範囲が広くなり、MgとTiの比が一定にならないと考えられる。

図4:変成岩起源のブルーサファイアをMg vs Ti プロットしたグラフ
図4:変成岩起源のブルーサファイアをMg vs Ti プロットしたグラフ

ルビー同様、ブルーサファイアで検出された微量元素を表4に示す。マダガスカル産のブルーサファイアは微量元素が多種含まれる傾向にあるが、これはジルコン等の微小包有物由来と考えられる。このように微量元素の検出量と組み合わせのパターンは産地鑑別の精度向上の一助となることが期待できる。

表4: ブルーサファイアの産地別微量元素検出表
表4: ブルーサファイアの産地別微量元素検出表
オレンジ枠は必ず検出される元素、グレーは未検出、白は未検出~微量を示すブルーは鑑別の際にキーとなる元素
4.まとめ

LA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。Mg,V,Feの濃度を軸にとった三次元プロットがルビーの産地鑑別に有効であることがわかった。これらの元素の組み合わせによるプロットは同様な大理石起源のミャンマー、ベトナムおよびタンザニアのモロゴロ産の識別にも応用可能であることが見いだされた。
ブルーサファイアについてGa/MgとFe濃度によるプロットが変成岩起源とアルカリ玄武岩起源の大別に有効であることがあらためて確認された。Mg:Ti比によるプロットは商業的に重要性の高い変成岩起源のミャンマー、スリランカおよびマダガスカル産の判別の一助となることが判った。さらに、ルビー、ブルーサファイア共に微量元素の存在パターンが産地判別の精度向上に寄与することが期待できる。
LA-ICP-MS法を用いた微量元素測定による産地鑑別は一部データがオーバーラップする部分もあるため、詳細な内部特徴の観察や標準的な宝石学特性を併用することによって相互補充的に産地鑑別の精度向上に寄与できるものである。

5.参考文献

1.  Huges, R. W ., 1997, R uby and Sapphire, RWH P ublishing
2.  Muhlmeister, S., Fritsch, E., Shigley J. E., Devouard, B. and Laurs, B. M. 1998. Rubies on the basis of trace-element chemistry ., Gems & Gemolog y, Summer 80-101
3.  Abduriyi, A. and Kitawaki, H., 2006, Determination of the origin of blue sapphire using Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry (LA-ICP-MS). Journal of Gemmology., 30 (1/2), 23-6
4.  Peucat, J. J., Ruffault, P., Fritsch E., Bouhnik-Le, Coz M., Simonet, C. and Lasnier, B., 2007, Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic blue sapphires, Lithos, 98, 261-274

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展

2015年1月No.24

リサーチルーム 室長 北脇裕士

⑧蛍光X線分析(EDXRF)

◆蛍光X線分析とは

物質にX線を照射すると、物質を構成している元素から特有の2次X線が発生します。この2次X線は蛍光X線(X-Ray Fluorescence)とも呼ばれ、これを調べることによって物質を構成している元素の種類と量を知ることができます。宝石の多くは結晶であり、結晶は特定の化学元素で構成されていますから、この組成分析は宝石鑑別で極めて有効な手法になり得ます。もちろん非破壊で分析することができます。
蛍光X線分析装置には2次X線を光学的に分離する波長分散型(WDS)とX線検出器のエネルギー特性を利用するエネルギー分散型(EDS)の二種類があります。

◆蛍光X線分析の原理

◇1次X線の発生
試料(宝石)へ照射される1次X線はX線管球から得られます。X線管球は真空管の一種で、真空中に対陰極(アノード)と 陰極(カソード)を封じ込めたものです。対陰極はターゲットと呼ばれ、W(タングステン)、Cr(クロム)、Rh(ロジウム)、Mo(モリブデン)などの融点の高い金属が使用されます。カソードを構成するフィラメントから発生した熱電子が高電圧の中で運動エネルギーを与えられてターゲットに衝突します。衝突の際、多くのエネルギーは熱に変換されますが、一部は制動放射によりX線に変換されます。これが1次X線です。

 ◇蛍光X線の発生
蛍光X線は、X線と物質の相互作用で発生する特性X線です。X線管球で発生した1次X線が物質(宝石)に入射すると、相互作用としてエネルギーがその物質(宝石)を構成している原子の内殻軌道電子に与えられます。エネルギーを与えられた電子は原子核からの束縛から解き放たれて飛び出し、より外側の軌道に飛び移ります(励起)。
励起した状態は不安定なため、電子の抜けあと(空孔)には直ちに外殻の軌道電子が落ち込んできます(遷移)。この際の両軌道間のエネルギー差に相当するエネルギーがX線として放出されます。これが蛍光X線です。各電子軌道がもつエネルギー準位は元素により固有の値を持ちますので、蛍光X線の波長(エネルギー)も元素によって固有の値となります。Fig.1に示すように、K殻の空孔がL殻から補われた場合にはKα、M殻から補われた場合にはKβなど、複数のスペクトルでK系列蛍光X線スペクトルが構成されます。同様にL殻においても補われた外殻電子軌道の種類によってLα、LβなどのL系列のスペクトルが構成されます。

Fig.1 蛍光X線の発生(フィッシャー・インストルメンツ資料より)
Fig.1 蛍光X線の発生(フィッシャー・インストルメンツ資料より)
◆蛍光X線分析装置

中央宝石研究所では20年近く前に蛍光X線分析装置を導入し、多くの成果を挙げて参りました。分析機器は日進月歩で、今日では分析精度が高く且つ測定時間が短い機種が市販されています。当研究室では日本電子製エネルギー分散型蛍光X線分析装置JSX3201Mを設置しています。試料の形態、大小を問わず非破壊で多元素を同時に定性・定量分析ができます。試料室が広いので(直径200mm、高さ110mmの円筒形)比較的大きな彫刻などでも分析することができます。多くの蛍光X線分析装置では通常検出可能元素が原子番号11のNa(ナトリウム)からですが、この機種は原子番号6のC(炭素)から分析することが可能です。さらに16試料自動交換機構が装備されているので多試料の連続分析が可能です。研究などで一時期にたくさんの分析が必要な場合でも試料のセッティングさえしておけば後は機械任せでオペレーターの手を煩わすことはありません。この機種は微小コリメータが採用されているので、最小で500μmφ領域の分析が可能です。試料の測定場所は高感度のCCDカメラで観察できます。
蛍光X線分析装置の具体的な分析例は次項で説明致しますが、宝石中の微量元素の分析は宝石種の同定だけでなく、天然・合成さらには産地や合成メーカーの特定にも寄与します。

Fig.2 蛍光X線分析装置 日本電子製JSX-3201M
Fig.2 蛍光X線分析装置 日本電子製JSX-3201M

⑨蛍光X線分析(EDXRF)の応用例

◆未知の鉱物種の同定

蛍光X線分析(EDEXRF)な鑑別手法によって確証的なデータが得られない場合(例えば、屈折率や比重が測定不能あるいは特性値が重複する宝石種など)の鑑別には組成分析がきわめて有効となります。もちろん、標準的なデータのみでは鑑別が困難な希少石などの同定にも役立ちます。
具体例としてダイヤモンドの類似石を例に見てみましょう。ダイヤモンドは通常無色透明で、屈折率が高く輝きの強い宝石です。同様な光学特性を有する素材は、ダイヤモンドの類似石として利用されていますキュービック・ジルコニア(CZ)、モアッサナイトなどの代表的な類似石はすべて屈折率が高く、標準的な屈折計では測定が不可能です。もちろん、熟練したジェモロジストならばこれらの類似石とダイヤモンドとを標準的な手法で見分けるのは可能です。しかし、類似石の種類を正確に識別するのは困難です。さらに、近年においては産業界の要請で生まれた全く新しい素材が宝石用素材として利用されるケースも増えています。ダイヤモンドではない事がわかっていても素材の確証が得られない場合などは、元素分析を行ってその化学組成を知ることが重要です。

◆同形鉱物の分類

結晶構造が同一で化学組成が異なる一連の鉱物グループを同形と言います。多くの宝石鉱物は同形で化学組成の違いによって特性値も異なり名称も変わります。ガーネットはしばしばこの同形鉱物の代表例として取り上げられます。ガーネットは等軸晶系でいわゆるガーネット構造と呼ばれる一定の結晶構造を有しています。ところが、含有する元素の組み合わせによって十数種類の端成分が存在します。宝石に利用されるガーネットの端成分は6種類程度ですが、これらの中間タイプも存在するため、変種の分類は簡単ではありません。ガーネットの変種分類は基礎的な知識があれば色、屈折率、比重、分光および拡大などの標準的な鑑別手法である程度は分類可能です。しかし、中間組成のものや幾種類もの端成分が固溶したものはやはり元素分析が必要となります。

◆天然・合成の識別

ルビー、エメラルド、アレキサンドライトなどの主要宝石は商業ベースで合成されています。これらの合成石は屈折率、比重などの物理特性が天然石と重複していますから、標準的な鑑別手法では拡大検査による内部特徴の観察が最も重要となります。ところが、近年は合成技術の進歩や合成石に施される加熱処理によって、内部特徴だけでは識別が困難な事例が多く見られるようになりました。天然石は化学式どおりの組成を有することはなく、何らかの不純物元素を含有するのが常で、それは結晶が成長するときの環境に影響を受けます。したがって、微量に含まれる不純物元素を正確に分析することにより、天然石のおよその産状(玄武岩起源か非玄武岩起源かなど)を知ることができます。また、合成石では合成法あるいはメーカーごとに添加される元素や用いるフラックス等に相違があり、それぞれに含有する不純物元素にも特徴が見られます。

ルビーを例に挙げてみましょう。天然ルビーは個体差があるものの、必ずTi、V、Cr、Fe、Gaなどの不純物元素を含有しています。これに対して合成ルビーにはFeやGaを含有しないものがほとんどです。一部の合成メーカーのものでFeおよびGaを含有するものがありますが、他の不純物元素に相違が見られます(Fig.3)。より詳細な分析にはLA-ICP-MS分析などのより高度な検査が必要となりますが、EDXRF分析は非破壊で迅速に行える特長があります。

Fig.3 合成ルビーのEDXRFによる組成分析(北脇1997より) 
Fig.3 合成ルビーのEDXRFによる組成分析(北脇1997より)

アレキサンドライトの鑑別にもこの微量元素の分析は有効です。天然アレキサンドライトは必ず相当量のTi、V、Cr、FeおよびGaを含有します。これに対して結晶引き上げ法ではTi、Fe、Gaが欠如することが多く、フラックス法においてはGaの欠如に加えてBi、Geなどのフラックス起源の元素が検出されることがあります。

◆真珠の母貝鑑別

近年ではアコヤ真珠の生産量低迷を背景に白蝶真珠の低サイズ化、有核淡水真珠の台頭などで、外観が酷似した真珠の母貝鑑別が性急な問題として浮上しています。母貝鑑別には真珠の色、てり、などの外観や光透過の程度、結晶成長模様の観察、分光測定などの手法がとられていますが、元素分析も重要な手がかりを与えてくれます。以前から、Mnの検出が淡水真珠の特徴といわれており、海水産真珠にはSrの含有が多いことが知られています。また、アコヤ真珠は一般的な加工(漂白・調色)の工程を経ることによってCa/Srの測定強度比が上昇することが分かっています。また、アコヤガイ、白蝶貝、黒蝶貝から産出されたホワイト系の真珠の母貝鑑別にはSr/CaとNa/Caの強度比の測定が参考になります。

⑩レーザー・トモグラフィ

標準的な宝石鑑別検査には低倍率(通常、10倍~60倍程度)の宝石顕微鏡(双眼実体顕微鏡)が用いられています。いうまでもなく、宝石内部を効率良く観察するためです。包有物(インクルージョン)や成長組織などは宝石鉱物が成長した環境あるいは履歴を反映しているため、これらを観察することによってその起源(天然か合成かなど)を明らかにすることが可能になります。

結晶内部の欠陥や不均一性を検知する有効な一手段に、X線回折トポグラフィが知られており、主に半導体材料や鉱物検査等に利用されています。ところが、この方法は操作が難しく得られた像の解析にも高度な技術が要求されます。その上試料サイズなどにも大きな制約があることから、特殊な場合を除いて宝石鑑別には用いられていません。レーザー・トモグラフィはX線の代わりに可視光を用いて同様な観察を可能にした顕微法であり、操作が比較的容易で宝石試料に対するダメージもないことから古くから宝石鉱物の観察に利用されてきました。中央宝石研究所では主にルビーやサファイアなどの加熱の履歴に関する情報を得るために活用しています。

◆レーザー・トモグラフィ

宝石顕微鏡では直接実態を見ることができない微小物質も、光束を当てた時に生じるチンダル現象を利用すれば観察が容易となります。このような光散乱法を利用した観察の歴史は古く、1903年にはすでに限外顕微鏡を用いて、光学顕微鏡の解像力をはるかに超える微小散乱体の存在が確認されています。

1970年代後半には学習院大学の守矢博士等の研究グループが【光散乱トモグラフィ】と名付けた細く絞ったレーザー・ビームを試料内に走査させ、三次元的な断層写真を得る方法を開発しました。この方法には以下に示すような優れた長所があり、特に透明結晶の不均一性の観察には最適です。

Fig.4 レーザー・トモグラフィ装置(CGLオリジナル)
Fig.4 レーザー・トモグラフィ装置(CGLオリジナル)

①細く絞ったレーザー・ビームを使用するため、迷光が取り除かれ、結晶欠陥などのごく微弱な散乱像も、そのままの状態で捕らえることができます。これまでの研究によると、サブミクロン・サイズの光散乱体の外に成長縞、成長分域境界やディスロケーション(線状欠陥)などの検知が可能です。
しかし、結晶学的方位を無視してさまざまに方向にカットされた多数のファセットを有する宝石を観察するには、レーザー光の取り入れに工夫が必要となります。これらの多くのファセット表面からの反射を防ぎ、レーザー・ビームを効率よく試料石内に入射させるために、試料とできる限り近似する屈折率の浸液中に浸漬した状態で観察する必要があります。例えば、コランダム(屈折率1.76~1.77)ならヨウ化メチレン(室温での屈折率1.745程度)が適しています。

②レーザー・ビームを試料中の一定のレベルでゆっくりと走査しながら、内部の断層写真(トモグラフ)を撮影しますが(シリンドリカルレンズを用いて平面的なレーザー光を使用することで走査させない撮影法も可能です)、試料内でビームの走査深度を変化させることで、任意の断面の映像を得ることができます。また、試料の方位を変えて同様に観察すれば、結晶の不均一性を三次元的に捉えることができます。

③レーザー・トモグラフィは、非常に微弱な散乱像を観察することができるうえ、それを鮮明に記録写真に撮ることも可能です。この場合、数十倍程度の光学的倍率ですが、宝石に関して言えば、この程度の低倍率のほうが石全体の構造を観察するのに適しています。

④レーザー源には各種の波長を選択することが可能であり、このトモグラフィにはアルゴンイオン・レーザー(青色)が適しています。トモグラフィによって結晶欠陥などの散乱像が明瞭に捉えられるだけではなく、アルゴン・レーザーにより励起される蛍光像の観察も期待できるからです。いうなれば散乱トモグラフと蛍光トモグラフの観察を同時に得られることになります。蛍光像について少し詳しく説明します。蛍光とは外部から光などのエネルギーを受けることによって発光中心の電子が励起し、基底状態に戻るときにエネルギーを放出(発光)する現象です。この時、発光する光の波長は励起源の波長よりも長くなります。したがって、可視光の発光(蛍光)を観察するためには波長の短い青色光が有利となるのです。青色光で励起すると緑、黄色、オレンジや赤色の蛍光色の観察が可能となります。逆に赤色のレーザーで励起しますと、青色~オレンジ色までの波長の発光は期待できませんし、赤色レーザー中の赤色蛍光は非常に観察し辛くなってしまいます。

Fig.5
Fig.5 加熱ブルー・サファイアのレーザートモグラフ:画像中の白っぽく見える領域(左上)は微小散乱体。オレンジ色(右上)及び黄色(下部)は青色レーザーによって発行した蛍光像。

Fig5は加熱されたブルー・サファイアのレーザートモグラフです。写真左上に白っぽく見えるのが微小散乱体で宝石顕微鏡下ではほとんど見えません。また、写真右半分および左下部に明るく写っているのが蛍光像です。このような非常に鋭角的な輪郭を持った蛍光像は加熱されたサファイアの特徴といえます。