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新しい処理のルビーについて

今回のCGL通信では、新しい2種類の技法の処理(paw mai)が行われたルビーについて、鑑別する機会を得ましたのでご紹介致します。

I.鉛ガラス充填とベリリウム拡散処理を同時に行ったルビー

写真1

写真1

はじめに紹介するルビー4ピース(8.05ct、4.02ct、3.05ct、2.79ct)は、「新技法で処理されたといわれるルビー」として持ち込まれたものです。(写真1

写真2

写真2

このルビーの中の1ピースを蛍光X線元素分析装置で分析した結果は図1の通りです。4ピース全てを分析した結果、含まれていた鉛(Pb)の量は重量%で0.06%から0.38%でした。写真2図1に示したルビーを軟X線透過装置で観察したものです。脈状に黒い影が入っている部分が認められます。
また、拡大検査ではフラッシュ効果も認められており、以上の結果から鉛ガラスの充填であることは明らかです。

図1

図1

これら4ピースのルビーに対しLA-ICP-MS(レーザーアブレーション ICP質量分析装置)を用いて分析した結果、ルビー自体にベリリウム(Be)の拡散は認められませんでしたが、鉛ガラスが充填されているフラクチャー部からは多量のベリリウムが検出されました。ベリリウム拡散処理と鉛ガラス充填を同時に行うつもりであったかは不明ですが、ルビー自体にはベリリウムの拡散は認められず、鉛ガラスの充填の処理のみが行われた石と同様の外観を呈したものであることがわかりました。

II.フラクチャーの部分を修復する処理が施されたルビー

写真3

写真3

次に紹介するルビー(5.110ct)は、表面に達するフラクチャー部を修復する処理が施されたと考えられるルビーです(写真3)。

このルビーの表面(写真4)と、鉛ガラス充填処理を行ったルビーの表面(写真5)をご覧下さい。鉛ガラス充填処理を行ったルビーはフラクチャー部がファセット面上にはっきりと見える(写真5)のに対し、今回のルビーはフラクチャー部は確認されず、ファセット表面に不連続した穴のようなものが観察されることがわかると思います(写真4)。

 

 

写真4

写真4 フラクチャーが修復されたルビーの表面写真
(左:落射証明下、右:落射証明+暗視野証明下、50倍)

写真5

写真5 鉛ガラス充填処理が施されたルビーの表面写真
(左:落射証明下、右:落射証明+暗視野証明下、50倍)

写真6

写真6

蛍光X線元素分析装置で分析した結果(図2)と軟X線透過装置で観察した結果(写真6)を示します。蛍光X線元素分析装置では鉛が検出されているにもかかわらず、軟X線透過装置では黒い粒のようなものがわずかに観察されるだけで、鉛ガラスのような膜状に入っている充填は観察されませんでした。

図2

図2

写真7

写真7

拡大検査したところ、鉛ガラス充填処理に特有のカラーフラッシュは見られませんでしたが、部分的な融着を起こしたフェザーインクルージョンが観察されました。写真7はこのルビーを液浸した状況、写真8・9はこのルビーに見られるフェザーインクルージョンです。


写真8

写真8(×33)

写真9

写真9(×200)

これらの結果から、このルビーはフラクチャーに鉛ガラスが充填されたものではないということがわかります。また、加熱に用いたフラックスだと思われる付着物をLA-ICP-MSで分析した結果、鉛とビスマス(Bi)が検出されました。特に表面に出ている不連続した穴周辺部からは大量の鉛が検出されました。
さらにこの石をLA-ICP-MSで分析した結果、コランダム本体にベリリウムの拡散が確認されています。

フェザーインクルージョンの部分的な融着については図3のような手法で生まれたと考えられます。

図3

図3 ルビーのフラクチャー修復プロセス

(1)フラクチャーを埋める処理をはじめるために、鉛を主体としたフラックス材と、酸化アルミニウム(ルビーの原料になるもの)を処理するルビーと一緒にルツボに入れます(黄色い部分がフラックス材+酸化アルミニウム)。
(2)加熱すると、フラックス材と酸化アルミニウムがフラクチャーの部分に浸透します。その際、図で白く示した部分のように気泡ができてしまいます。
(3)冷却するとフラクチャー部に合成ルビーが晶出します。オレンジ色の部分が合成ルビーです。また残りのフラックス材がガラスとして図で示した緑の部分のように残ります。この残されたフラックス材は鉛を含んでいるため、軟X線透過装置で観察すると黒い粒として見えます。
(4)表面にも合成ルビーが生成してしまうので、リカットして取り除く必要があります。リカットした結果、フラクチャーの部分がきれいに修復された状態になります(写真4)。

これらの結果から、このルビーは、フラクチャーの修復処理とベリリウム拡散処理を同時に行うために、フラックス材とベリリウムを同時に入れて高温で加熱したものであると考えられます。

今回のCGL通信では、2つの新しい処理技法が施されたルビーについて紹介致しました。タイでは日々新しい処理技法が開発されているため、気をつける必要があります。当社では、常時海外等から新しい処理の情報を入手し、日々の鑑別においても新しい処理が施されていないか注意を払っております。

以上

チャザム合成ダイヤモンド

写真1

CVDダイヤモンドについては、CGL通信No.1でその特徴と鑑別法を既にお伝えしておりますが、宝飾市場で稀に遭遇する合成ダイヤモンドは全て高温高圧法によって合成されたものと考えて良いでしょう。
ダイヤモンドの合成は、1954年アメリカのGE社の高温高圧法による成功が最初です。これ以降、合成ダイヤモンドは主に研磨材として砥粒などの工業用目的で生産されるようになり、また情報通信機器用のヒートシンク材料などの先端産業分野での合成ダイヤモンドの研究も進むにつれ飛躍的な合成技術の進歩を遂げました。
宝石品質のものはというと、これまで実験的にデビアスやGE社が作っており、商業的にはチャザム社がロシア産合成ダイヤモンドの販売を1990年代初めに行っています。新たに昨年より “Chatham Created Diamond” と称して販売を開始した合成ダイヤモンドはチャザム社が以前販売していたものとは異なり、ロシア以外の国で製造したものです。今回はこの合成ダイヤモンド “Chatham Created Diamond” について報告します。

Chatham Created Diamond の特徴

チャザム社が販売している合成ダイヤモンドは、ピンク、ブルー、イエロー系でその色調の違いによってイエロー系ならカナリー/マリーゴールド/アンバー、ピンク系ならピンク/ラズベリー/ピーチーピンク、ブルー系ならブルー/スカイブルー/アクアとそれぞれ呼んでいます(グリーン系もあるようですが現在はまだ販売されていません)。これらは合成技術の発達によって、ボロンや窒素濃度のコントロールが可能になり、ブルーやイエローなどの色合いも以前にはなかった明るくより天然に近い色のものが作れるようになったわけです。
本来合成ダイヤモンドにはグレーディングは行わないのですが、今回弊社が検査する機会に恵まれたブルー、ピーチーピンク、ラズベリーの石(合計11ピース)を敢えてカラーグレードをすると下記の表の通りになります。

重量(ct) カラーグレード クラリティグレード
0.317 Fancy Deep Blue I-1
0.162 Fancy Deep Blue SI-2
0.165 Fancy Deep Blue SI-2
0.198 Fancy Deep Blue SI-2
0.311 Fancy Light Brownish Pink VVS-2
0.386 Fancy Deep Orangy Pink SI-1
0.377 Fancy Deep Orangy Pink VS-1
0.389 Fancy Deep Orangy Pink VS-1
0.360 Fancy Deep Orangy Pink VS-1
0.324 Fancy Deep Orangy Pink VVS-2
0.264 Fancy Intense Pink VVS-1

今回のサンプル石の形状は全てラウンドブリリアントでしたが、その他カットコーナーリクタンギュラー、オクタゴンシェープもあるそうで、重量については0.1ct台から0.5ctまでのものが殆どのようです。

ブルー系ダイヤモンドの特徴

ブルーの合成ダイヤモンドは、全てタイプIIbで天然ブルーダイヤモンドと同じタイプに属します。タイプIIbとは、窒素は殆んど含みませんが不純物としてボロンを含有するタイプで、色がブルーであることと導電性をもつことが特徴です。今回検査した4ピース全てにも導電性が認められました。

拡大検査
◆明瞭なブルーと無色のカラーゾーニング(写真1
◆金属光沢を有する不透明な包有物(写真2)が有り、これは石に緑味を与えるニッケル除去を目的で用いられた鉄-コバルト系溶媒から晶出した包有物だと考えられます。

偏光検査
◆偏光レンズを用いたクロスニコル下での検査で、天然II型のダイヤモンドに特有のタタミマット(写真3)と呼ばれる干渉模様は全く見られません。タタミマットが見えない場合は合成ダイヤモンドの疑いがありますので注意すべきです。

蛍光検査
◆長波紫外線に対しては不活性でしたが、短波紫外線ではグリニッシュイエローを示し、燐光も約50~60秒ほど続きました。短波での燐光は天然のタイプIIbに一般的なものでありますが、非常に長い燐光はやはり合成ダイヤモンドの疑いがあるため注意が必要です。

ダイヤモンドビュー
◆DTC社が合成ダイヤモンドの鑑別のために開発した DiamondView(CGL通信No.1 参照)によって検査したところ、高温高圧合成ダイヤモンドに特有の成長模様がみられました(写真4)。

写真1

写真1

写真2

写真2


写真3

写真3

写真4

写真4



ピンク系ダイヤモンドの特徴

写真5

写真5

今回のピンクの合成ダイヤモンドは、ブルーのものに比べて0.3ct台と大きく包有物も殆んどない高品質なものが揃っていました。クラリティーグレードに影響を与えるインパーフェクションは、通常の拡大検査では微小な金属インクルージョンが入ったものが1ピースあったのみで他に包有物はなく、その他のものは全て外部からの特徴によるものでした。更に液浸して内部を観察するとピンクと無色のカラーゾーニングが見えました(写真5)。
蛍光性は皆強いオレンジ色で、概ね短波よりも長波紫外線の方が強い蛍光を示しました。燐光に関しては1ピースも観察できませんでした。
FT-IRのの検査によってこれらは全てIbタイプのダイヤモンドに分類されました。本来黄色であるはずのIbタイプのダイヤモンドは、照射とその後の加熱(アニーリング)でイエローからピンクへと色を変える事が可能です。今回のサンプルはその良い例と言えるでしょう。

今回検査した “Chatham Created Diamond” はブルー系とピンク系の2種類でしたが、同じ高温高圧法で合成されたものであっても、添加される不純物や溶媒の違いで出来るダイヤモンドのタイプは異なります。鑑別する際には、それぞれの色やタイプを十分考慮した上で、それに対応した検査を重ねて行く必要があります。当社ではグレーディング依頼のあったダイヤモンドは、ケープディテクターおよび簡易FT-IRでの全量検査から始まり、通常の拡大、偏光、蛍光、燐光検査などを行い、更に必要に応じてより高倍率での拡大検査、各種の分光検査、EDXRFによる元素分析、Diamond Viewによる成長模様の観察などを行った上で、確実に天然と判断をした上でグレーディングを行っております。

以上

ダイヤモンドの高温高圧(HPHT)プロセスについて

ご存知でしょうか? 地球上で最も豊富に産出されるダイヤモンドは褐色であることを。カラーレスや最近人気のインテンス・イエロー、ブルー、レッド、ピンク、グリーンなどの“ファンシーカラー”ダイヤモンドと比較すると褐色のダイヤモンドの産出量は圧倒的に多く、これら褐色のダイヤモンドをより価値あるカラーレスやファンシーカラーダイヤモンドに変化させたいという願望は昔から存在していました。

このような理由から、ダイヤモンドの外観を変える方法は昔から多くの方法が提案され、特に放射線処理は一般的に魅力のないカラーから魅力的なカラーのダイヤモンドへと色を変えるのに用いられて来ましたし、コーティング処理は見た目“カラーレス”に変えるのに用いられて来ました。

放射線処理やコーティング処理は、色の変化に関してある程度効果的ですが、従来の宝石学的検査によって簡単に看破可能です。しかし、褐色のダイヤモンドに超高圧下で加熱処理を施しダイヤモンドの色を改良したものが近年現れており、これらの処理ダイヤモンドはそれが処理されていると断定することが従来の鑑別法ではほとんど出来ません。この処理は『高温高圧プロセス』と呼ばれています。

I.高温高圧(HPHT)プロセスとは

写真0

天然ダイヤモンドの結晶が生まれるのは地球の奥深く120km以上の場所で、そこは超高圧高温の環境です。そこで育ったダイヤモンドはマグマの噴出等によって急速なスピードで地上まで運ばれるため、我々は地球の奥深くにあったままの状態でダイヤモンドの結晶を手にすることが出来ます。
地球上で最も豊富に産出されるダイヤモンドが褐色であることは既に説明しましたが、これは結晶が成長した後に超高圧高温の環境で受ける熱や応力が原因だと言われています。

このような原因で褐色となったダイヤモンドをもとあった地下の超高圧高温の環境に戻すことが出来れば、それらのダイヤモンドの色は再び変化しにます。これを、そのダイヤモンドが本来の色に戻ると表現する人もいます。

HPHTプロセスとはこのようにダイヤモンドを超高圧高温下に置く処理です。

II.超高圧発生装置

ダイヤモンドが生まれた地球深部のような超高圧高温を再現する装置の利用は、1955年にGE社が合成ダイヤモンドの製造に成功したことにより可能になりました。当時、GE社が製造した超高圧発生装置はベルト型プレスと呼ばれ、写真1のような大型の装置です。それ以降、米国ではキュービック型やプリズム型と呼ばれる装置が開発され、ロシアからはバール型と呼ばれる超高圧発生装置が開発されています。

写真1

写真1 ベルト型

写真2

写真2 キュービック型


写真3

写真3 プリズム型
写真:Novadiamond HPより転載

写真4

写真4 バール型
写真:Novadiamond HPより転載



III.ダイヤモンドのタイプと色

ダイヤモンドのタイプは慣例的に以下の4つに分類されています。

図1

I型(窒素を含むタイプ)
I a型・・・窒素原子が集合体を作っているもの。大抵の無色から黄系(ケープ系)ダイヤモンドがこれにあたります。
I b型・・・窒素原子が単独で存在しているもの。ファンシーインテンスイエローなどの濃い黄色系のダイヤモンドを生みます。


図2

II型(窒素を含まないタイプ)
II a型・・・窒素やホウ素などの不純元素を含まない無色のダイヤモンドです。希少性が非常に高いタイプです。
II b型・・・不純元素としてホウ素を含むもの。電気を通す特異な性質を持ち、ファンシーブルーのダイヤモンドが属するタイプで有名です。希少性が非常に高いタイプです。



IV.色の変化のメカニズム

4-1 窒素の凝集と分解
窒素を含有するI型ダイヤモンドは、地球の奥深くで100万年から30億年程かかって窒素原子が単独で存在するIb型から窒素が集合したI aA型、I aB型に変化すると云われています。高温高圧プロセスではこの過程とは正反対に集合した窒素を単原子の状態に分解します。このように処理されたダイヤモンドは、ファンシーイエロー系や所謂アップルグリーンと呼ばれるファンシーイエローグリーン系のダイヤモンドに変化します。

図3

4-2 ダイヤモンド中の格子の歪み
ダイヤモンドの褐色味は地球深部で受けた応力で生まれた結晶格子の歪みが原因と云われています。高温高圧プロセスで再度この応力に相当するような圧力をかけることでその歪み(左図)を修正することが可能になり、褐色味を取り除くことになります。その結果、II a型のダイヤモンドは本来のカラーレスへ、II b型のダイヤモンドならブルーへと変化します。

図4



V.ダイヤモンドのタイプ別による色の変化

ダイヤモンドのタイプとHPHTプロセスによる色の変化を表したのが以下の図です。

図5

II a型
本来このタイプは無色系のダイヤモンドですから、HPHTプロセスによって地球深部の応力に相当する圧力を与え結晶格子の歪みを治せば無色系ダイヤモンドになります。また、HPHTプロセスで無色に変わる前にピンク色が出現することもあります。
II b型
本来このタイプは青色系のダイヤモンドですから、同じようにHPHTプロセスによって結晶格子の歪みを治せばブルー系のダイヤモンドになります。
I a型
窒素原子の集合体を分解してI b型に近づけることがHPHTプロセスでは可能なため、HPHTプロセスを施すとファンシーインテンスイエローなどの濃い黄色やイエローグリーン系に変化します。
I a型
現段階では、HPHTプロセスによるI b型からI a型への変化は確認されていません。

X.市場に出回っているダイヤモンド

写真5

Bellatair社 HPより転載

6-1 ベラテア(Bellatair)
1999年4月にペガサスオーバーシーズ社(アントワープ:LKIの子会社)がGE社でHPHTプロセスを施したダイヤモンドの販売を開始しました。これがHPHTプロセスダイヤモンドを公式に市場化させた最初の例です。
当初は “GEPOL” ”と呼ばれていましたが、その後 “Monarch” に変更し、現在では “Bellataire” というブランド名で呼ばれています。何れかのブランド名がガードルにレーザー刻印されています。

販売されている色は以下の通りです。
・Colorless(II a型)
・Pink(II a型)
・Intense Yellow~Greenish Yellow(I a型)
・Blue(II b型)

写真6

NovaDiamond社 HPより転載

6-2 ノバダイヤモンド(NovaDiamond)
2000年2月にノバダイヤモンド社(アメリカ・ユタ州)が親会社のNovatech社でHPHTプロセスしたダイヤモンドをインターネット上で販売を開始しました。
当初はHPHTプロセスダイヤモンドを自社ブランドで “NovaDiamond” とガードル刻印を入れて販売していましたが、現在はHPHTプロセス業務を請け負っているだけで販売はしていないようです。

販売されていた色は以下の通りです。
・Intense Yellow(I a型)
・Yellowish Green~Greenish Yellow(I a型)

写真7

Nouv社 HPより転載

6-3 ノーブ(Nouv)
2008年3月からイルジンダイヤモンド社(韓国)が自社でHPHTプロセスを施したダイヤモンドを “Nouv” というブランド名で販売しています。現在、最も積極的に海外の展示会にも参加して営業活動を行っている会社の一つです。
HPHTプロセスダイヤモンドには “Nouv” とガードル刻印を入れています。

販売されている色は以下の通りです。
・Intense Yellow~Orangy Yellow(I a型)
・Yellowish Green~Greenish Yellow(I a型)

鑑別機関での検査法
市場には以上に紹介したHPHTプロセスダイヤモンド以外にも中国やロシアでHPHTプロセスが行われたものも僅かではありますが存在しています。ガードル刻印も削られることもあり、HPHTプロセスであることを開示するガードル刻印がないからと言って安心できるものではありません。
当社ではお預かりした全てのダイヤモンドを自社開発したケープディテクターという装置を通し、合成や処理の可能性のあるダイヤモンドだけを選別し、更に高度な検査を行っています。HPHTプロセスに適したダイヤモンドのタイプは既に説明したようにある範囲に限定されています。ですから、それらのタイプをケープディテクターや赤外分光光度計で測定することによってHPHTプロセスの可能性があるタイプの石かどうかを確実に分類することが出来ます。

高度な検査
現在、HPHTプロセスを看破する手段としてはフォトルミネッセンスの分析が最も有効と言われています。当社では、このフォトルミネッセンスの測定には顕微ラマン分光分析装置(レニショー社製システム1000およびジョバンイボン製ラブラムインフィニティ)を用いて、検査する石をマイナス150℃以下に冷却し測定を行っています。一言にHPHTプロセスと言っても既にご紹介したように多くの会社で行われています。それらは超高圧発生装置の種類も違えば超高圧高温の条件も処理時間もそれぞれに異なり、またこの処理に供せられるダイヤモンドが持つ固有の性質などによりフォトルミネッセンスで得られる特徴も多岐に亘ります。

当社ではこれら様々な特徴に対応するためにフォトルミネッセンス測定に用いるレーザー光線も5種類(325nm、488nm、514nm、532nm、633nm)を用意し、これまで数多くのHPHTプロセスダイヤモンドを検査してまいりました。現在もなおHPHTプロセスを施す前後でのフォトルミネッセンスの変化を調査しております。このように蓄積したデータをもとに、最も確実に天然ダイヤモンドとHPHTプロセスされた石の選別を行っています。

写真8

これらのダイヤモンドは、当社の研究のためS社(米国)でHPHTプロセスしたものの一部です。HPHTプロセスする前はFancy Light Brownの石でした。HPHTプロセス後は、左からカラーレス(テーブルしか再研磨していないためカラーグレードの判断は不能)、Light Orangy Pink、Very Light Orangy Pink、Fancy Vivid Yellowに変化しています。


尚、AGLのルールで鑑別書およびグレーディングレポートへの記載法は次のように決められています。HPHTプロセスされたダイヤモンドであると判断された場合には、鑑別書に『色の変化を目的とした高温高圧プロセスが行われています』とその処理法が明記されます。グレーディングレポートには、鑑別書と同様のコメントが『備考欄』に記載されるだけでなく『カラーグレード欄』と並んだ『色の起源(カラーオリジン)欄』に『高温高圧プロセス』と記載されます。

一方、HPHTプロセスだけでなくその他の処理もされていない天然ダイヤモンドについては、グレーディングレポートにおいて『色の起源(カラーオリジン)欄』に『天然(Natural)』と記載されます。

HPHTプロセスダイヤモンドの表記方法
鑑別書

鉱物名(Group/Species)
天然ダイヤモンド

宝石名(Variety)
○○ダイヤモンド

開示コメント(Comment)
色の変化を目的とした高温高圧プロセスが行われています

グレーディングレポート

カラーグレード(Color Grade)
○ *

色の起源(Color Origin)
高温高圧プロセス *(HPHT Prosessed)

備考(Comment)
*色の変化を目的とした高温高圧プロセスが行われています


何も処理されていない天然ダイヤモンドの表記方法
鑑別書

鉱物名(Group/Species)
天然ダイヤモンド

宝石名(Variety)
○○ダイヤモンド

開示コメント(Comment)

グレーディングレポート

カラーグレード(Color Grade)

色の起源(Color Origin)
天然(Natural)

備考(Comment)

以上

CVDダイヤモンドについて

はじめに

2005.3.23発売のニューズウイーク誌に “あなたのダイヤ「本物」ですか”という刺激的なタイトルで発表された合成ダイヤモンドの記事は、お読みになりましたか?
この記事では、米国Apollo Diamond社で製造しているCVD合成ダイヤモンドを取り上げ、鑑別が難しいと書かれていますが、当中央宝石研究所は昨年(2004年)の早い段階でサンプルを入手し、6月の宝石学会でCVDダイヤモンドの特徴を示し、日本では当社のみが所有しているデビアス社製ダイヤモンドビューTM等を用いれば、鑑別が可能であることを発表しています。

今回のCGL通信第1号では、このCVDダイヤモンドを取り上げ、その特徴と鑑別法をできるだけ分かり易く皆様にお伝えしたいと思います。また、今後もホットな話題を(不定期ですが)配信していくつもりです。

CVDの意味は

CVDとは Chemical Vapor Deposition の略で、化学的に気体状態から積層させる合成法を意味します。日本語では「化学気相成長法」や「化学蒸着法」と呼ばれます。MPCVDと書かれている場合は、Microwave Plasma Chemical Vapor Deposition の略でマイクロ波プラズマ法と呼ばれています。
最近話題となっているApollo Diamond社(ボストン・マサチューセッツ州)の合成ダイヤモンド法を用いて作られています。
CVD合成ダイヤモンドがこれ程までに市場で問題化した背景には、Apollo Diamond社が2004年にCVD法で製造したタイプII a合成ダイヤモンドを1年以内に商品化すると発表したことに始まります。その直後、このCVD合成ダイヤモンドがこれまでの高温高圧(HPHT)法の合成ダイヤモンドの鑑別特徴では看破出来ないと発表されたことから、市場では『天然ダイヤモンドと識別がつかない』という間違った情報に変化して大問題に発展しました。

昨年春、当社はApollo Diamond社製CVDダイヤモンドのファセットカット石および原石(合計3石)を検査する機会を得、その後同社製のより高品質CVDダイヤモンド原石を更に3石調査致しました。その検査結果はすでに昨年度の宝石学会で当社スタッフの間中が発表し、当社の情報誌であるGemmy(121号/2004年11月発行)でも紹介いたしました。今回ニューズウイーク誌で取り上げられたことでCVDダイヤモンドが鑑別できないという間違った情報が広がるのを防ぐため、再度これらの石についての鑑別特徴を紹介させていただきます。

ファセットカット石 原石
CVD合成ダイヤモンドCVD合成ダイヤモンドが作られているところ。プラズマ化したガスは白い雲のように見えている。

写真3CVD合成装置の例:モデルAX6600
(写真はセキテクノトロン社のHPより引用)

 

CVDダイヤモンドの特徴

外観特徴

写真11

製造が始まったばかりのCVDダイヤモンドでは厚さ方向に成長させるのに時間がかかるため、原石からの歩留まりを考慮すると写真のような形となってしまいます。
合成ダイヤモンドには通常グレーディングを行いませんが、敢えてクラリティ検査を行うと、このカット石のグレードはI-1になります。これは網目状に入った表面上の割れ(フラクチャ)によるものであって内包物(インクルージョン)は実際には多くありません。将来、大型のCVD結晶が得られるようになればかなり高品質のカット石も出来るでしょう。

CVD合成ダイヤモンド上記のカット石の写真を見ても分かる様に、非常にフラットな形状を示します。

鑑別

偏光検査
ヨー化メチレンに液浸し、偏光(クロスニコル)下で観察するとCVDダイヤモンドは天然II型に現れるタタミマットと良く似た干渉模様が観察されました。天然のII型ダイヤモンドは偏光下で回転させても合成スピネルに見られるような石全体にわたるタビー状のゆらぎは見られないのに対して、CVDダイヤモンドでは偏光下で回転させるとタビー状の異常消化が観察されるため、これらは通常観察における区別の指針となるでしょう。この他にも特有の模様が見られます。

写真5偏光(クロスニコル)下で観察するとCVDダイヤ
モンドはタタミマットと良く似た模様が
観察されます。

写真6他の石で見られる特有の模様



拡大検査

写真7

CVDダイヤモンドは、基盤に平行に成長するため、その痕跡が残ってしまいます。高屈折率の液体に浸すと、テーブルに平行な特有の成長模様(褐色)を観察する事ができます。分析機器を用いずに観察できる重要なポイントです。
ただし、今後高品質化された場合、観察しづらくなると予想されるため、別の方法で観察できる方法が必要になるでしょう。


ダイヤモンドビュー(Diamond ViewTM)による観察

ダイヤモンドビューは、デビアス系のDTC(Diamond Trading Company)で合成ダイヤモンドを区別するために開発された装置です。ダイヤモンドに紫外線を当て蛍光像をモニターで観察しながらあらゆる角度で石の検査を可能にした機器で、カソードルミネッセンス(CL)像と同様に天然と合成を判別できますが、よりスピーディに検査が行えます。
この装置でCVDダイヤモンドを観察すると前ページで観察された成長線が蛍光の差となって見ることができます。成長線がみづらい石に遭遇したときにこの装置は非常に有効な手段となります。

写真8Diamond ViewTM

写真9ダイヤモンドビューにより観察される
テーブルに平行な蛍光像
(前ページと同じCVDダイヤモンド)


その他の特徴的なCVDダイヤモンド

次の写真は円柱状に研磨されたCVDダイヤモンドですが、従来の高温高圧法による合成ダイヤモンドを基盤に使用したためその部分が残ってしまい、高温高圧法ダイヤモンド特有のクロスした模様が観察される例です。

写真10高温高圧合成ダイヤモンドの基盤が残った
CVDダイヤモンド

全体にはN-Vの欠陥(Nは窒素・Vは空孔)によるオレンジ色の発行が見られますが、写真下部にクロスした高温高圧法合成ダイヤモンドの典型的な模様が見られます。これにより基盤には合成ダイヤモンドが用いられていることがわかります。反対側の面には、このクロス模様は見られません。
※ダイヤモンドビューは、本来このような合成ダイヤモンド特有のクロス模様を見るために開発されたものです。



フォトルミネッセンス(PL)
フォトルミネッセンスの検査には、顕微ラマン分光分析装置(レニショー社製システム1000およびジョバンイボン製ラブラムインフィニティ)を用いてサンプル石を-150℃以下に冷却し測定を行いました。異なる波長のレーザーと組み合わせてフォトルミネッセンス測定を行うことで、予期しない特徴が捕まえられることがありますので、3種類のレーザー(325nm、514nm、633nm)で検査を行いました。

514nmレーザー励起(れいき)
N-Vセンターと呼ばれる欠陥の特徴が575nmと637nmに明瞭に見られ、さらにはシリコンに関連する737nmの強い発光ピークも観察されました。このシリコンは、製造装置のカプセル由来であって、基盤がシリコンであるためではないと言われています。シリコン基盤でダイヤモンドの製造は可能ですが、多結晶質になりやすいため、単結晶のダイヤモンドを作る場合は単結晶ダイヤモンドを基盤として用います。

633nmレーザー励起
シリコンによる737nmは励起している波長に近いため、より強いピークとして観察されます。2004年のG&G春号ではデビアス系のエレメントシックス社で製造されたCVDダイヤモンドが紹介され、最新のCVDダイヤモンドでは既にシリコンのピークが検出されなくなってきているそうですが、このシリコン関連のピークが検出されればCVD合成のダイヤモンドであると考えて良いでしょう。

325nmレーザー励起
CVDダイヤモンドには天然石と比べてたくさんのピークが存在し、特徴的なピークとしては天然石には観察されない533nmの発光が検出されました。

中央宝石研究所では、CVD合成ダイヤモンドがいずれ市場に出回ることを予測しデータを集め、現段階で鑑別は可能とであることが分かっております。今後も様々な状況変化にできるだけ迅速に対応し、皆様のご期待に添えるよう努力してまいります。

以上