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宝石学会 ( 日本 )2023 年オンライン講演会より Cr 含有赤色マスグラバイトの分析

2024年5月PDFNo.66

リサーチ室 趙 政皓,北脇 裕士,江森 健太郎

色石鑑別課 岡野 誠,間中 裕二,海老坪 聡

図1:1.593 ctの赤紫色マスグラバイト

 

◆マスグラバイトとは

マスグラバイト(BeMg2Al6O12)はIMAに登録されている正式な鉱物名はMagnesiotaaffeite‒6N’3S(三方晶系)であるが、宝石としては伝統的にマスグラバイトと呼ばれており、きわめて希少性が高くコレクターの垂涎の的となっている。同じく希少宝石であるターフェアイト(BeMg3Al8O16、IMAに登録された鉱物名はMagnesiotaaffeite–2N’2S)よりさらに希少である。両者はほぼ重複する特性値と類似する化学組成を有しており、識別が困難なことで知られている。

1945年にジュエリーから外された50個ほどの宝石の鑑別中にターフェアイトが発見された。これは宝石から新種の鉱物が見つかった初めての例である。その後、2番目、3番目のターフェアイトが見つかっている。マスグラバイトは1967年にオーストラリアで発見されたが、当初はターフェアイトのポリタイプであると考えられ、 taaffeite‒9R’と表記されている。1979年に赤色のターフェアイトと思われた石が調べられたがターフェアイトと は異なる新種の鉱物Taprobaniteとして条件付きでIMAに登録された。1981年にオリジナルのターフェアイトの記載に誤りが発覚し、Taprobaniteはターフェアイトと同種であるとされた(文献 1)。名称についてはターフェアイトに優先権があるとされTaprobaniteの名称は削除された。1981年に南極にて世界で2番目のマスグラバイトが発見され、 ターフェアイトのポリタイプではなく独立種とされた。

1993年にはターフェアイトと思われていた石がマスグラバイトであったことが報告され、これが宝石品質の初めてのマスグラバイトであった。1998年にはターフェアイトとマスグラバイトの非破壊の鑑別にはラマン分光法が有効であることが示された(文献 2)。そして2002年にターフェアイトグループの分類が見直されている(文献 3)。

 

◆マスグラバイトとターフェアイトの違いについて

マスグラバイトもターフェアイトもターフェアイトグループの鉱物であり、両者とも変形したノラナイトモジュール(N’ = BeMgAl4O8)とスピネルモジュール(S = Mg2Al4O8)により構成されている。ただし、マスグラバイトはc軸方向に沿ってN’N’Sが重複することに対し、ターフェアイトはc軸方向に沿ってN’Sが一つのユニットとして重複する。その結果、マスグラバイトは三方晶系、ターフェアイトは六方晶系となる。

図2:a 軸方向から見るマスグラバイトとターフェアイトの構造図。黒点線で囲った範囲がユニットセルとなる。

 

結晶系が異なっても、構成する基本ユニットが重複するため、化学式が類似し、比重、屈折率等の性質がかなり近くなる。表1に示すように両者の比重、屈折率がほぼ重複するため、これだけでは両者の識別は困難である。化学式が類似してもマグネシウムとアルミニウムの比率が異なり、蛍光 X 線元素分析(EDS)による定量分析も鑑別の手がかりの一つとなっている(文献 4, 5)。

 

表1:マスグラバイトとターフェアイトの比較 (L. Kiefert and K. Schmetzer, 1998)

 

◆赤色を呈するマスグラバイト

2022年年末、中央宝石研究所(CGL)東京支店に 1.593 ct のクッション・ミックスカットが施されたルビーのような赤色を呈する石が鑑別依頼で持ち込まれた(図 1)。これらは検査の結果、マスグラバイトであることが分かった。依頼者によると、この石は中古市場で入手した商品でルビーではないかと思っていたらしい。ファセット・エッジには一部欠けたところも見られ、長い間マスグラバイトとは鑑別されずに市場にあったものと推測され る。このような鮮やかな赤色を呈するマスグラバイトのカット石は我々の知る限り宝石学の文献には記載がなく、これが初めての報告と思われる。

一見した限りではルビーやスピネルを思わせたが、屈折率は 1.715–1.721 で複屈折量は 0.006 であった。 さらにシャドーエッジの動きと干渉像から一軸性負号であることが確認できた。通常光では紫赤色、異常光では黄赤色の明瞭な多色性が見られた。比重は 3.60 であった。これらからターフェアイトやマスグラバイトの可能性が示唆された。

顕微鏡観察では、液体インクルージョン(図 3)や酸化鉄を含むフラクチャーが観察できた(図  4)。残念ながら鉱物種が同定できる明らかな固体インクルージョンは観察されなかった。また、ヨウ化メチレンに浸漬して観察すると、光軸方向からは赤紫色の色帯と他の方向からは無色の色抜けした部分が見られたが、六方晶系か三方晶系かを示唆する特徴は得られなかった(図 5– 6)。

図3:気泡を含むブロック状の流体インクルージョンと線状の流体インクルージョン

 

図4:黄色インクルージョンを含むフラクチャー

 

 

図5:光軸方向から観察される赤紫色の色帯

 

図 6:中央部に無色の部分が見える

 

表2はエネルギー分散型蛍光 X 線分析装置 Jeol JSX3210S を用いて当該石を分析した結果である。二価金属酸化物のモル分数の合計ΣXO Mol%(X = Mg, Ca, Mn, Fe, Zn) = 40.25%となった。マスグラバイトの化学式は(BeMg2Al6O12)でターフェアイトは(BeMg3Al8O16) であり、この二価金属酸化物のモル分数の合計値はマスグラバイトであることを示唆している。注目すべきは、先行研究(e. g. 文献 6)の結果と比べて、Cr、Zn、Gaの含有量が明らかに高く、Feの含有量が低いことである。高いCrの含有量という特徴は、K.Schmetzer et al.(2000)(文献 7) が報告した紫がかった赤色を呈するターフェアイトと類似する。

 

表 2 蛍光X線分析の結果

 

図7はラマン分光分析装置(Renishaw InVia Raman System)を用いて取得したラマンスペクトルである。 このラマンスペクトルでは 409、489 cm‒1 付近の高いピーク、711 cm‒1 付近の比較的に高いピーク、441、 574、620、662 cm‒1 のピークと 820 cm‒1 付近の太いピークが見られる。これは、ターフェアイトよりもマスグ ラバイトに近似している。

図7:当該石のラマンスペクトル(赤)。緑は RRUFF のデータベース(文献8)に掲載されているマスグラバイト、青は同じくターフェアイトのラマンスペクトルである。当該石がマスグラバイトであることを示唆する。

 

図8はフーリエ変換型赤外分光分析装置(JASCO FT/IR–4100)を用いて測定した赤外反射スペクトルとCGLで作成したマスグラバイトとターフェアイトのリファレンススペクトルを並べたものである。このリファレンス スペクトルは先行研究(文献 9) で用いられたものであり、ラマンスペクトルと粉末 X 線回折分析においてマスグラバイトとターフェアイトが確定されている。赤外反射スペクトルにおいては 756 、547 cm‒1 付近の吸収ピークが存在し、530 cm‒1 の吸収ピークは存在しない。これらのスペクトルパターンはターフェアイトではなく、マスグラバイトと完全に一致している。

図8:当該石の FTIR 反射スペクトル(赤)。CGLのリファレンスサンプルであるマスグラバイト(緑)とターフェアイト(青) を並べて示した。

 

ラマン分光分析装置 (Renishaw InVia Raman System)を用いて測定したフォト・ルミネッセンス(PL)スぺクトルでは、685.5、686.6 nm 付近のツインピークが見られ(図 9)、両者のピーク強度はほぼ等しい。これらはCGLの先行研究 (文献 9) のマスグラバイトの特徴と一致する。ターフェアイトにも同様のツインピークが見られるが、この場合短波長側のピーク強度が明らかに強くなっており、ピーク位置もマスグラバイトのピークよりわずか短波長側へシフトしている。

図9:当該石の PL スペクトル(赤)。CGLのリファレンスサンプルであるマスグラバイト(緑)とターフェアイト(青)を並べて示した。Cr の発光によると考えられる 685.5、686.6 nm のツインピークが確認された。

 

図 10 は紫外可視分光光度計(JASCO V650)を用いて測定した UV–Vis–NIR スペクトルである。686 nm 付近の吸収ピークと、547、395 nm 付近にブロードな強い吸収が見られる。686nm の線吸収はハンディ・タイプの分光器でもはっきりと確認できる。これはルビーやレッドスピネルなどの Cr 含有宝石と類似しており、Cr による吸収だと考えられる。

 

図 10:当該石の UV–Vi‒NIR スペクトル。686 nm と 546、395 nm 付近の強い吸収は Cr による吸収であると考えられる。

 

マスグラバイトは希少性の高い宝石である上、赤色を呈するものの報告は極めてまれである。スイスの鑑別機関 SSEF が過去に赤いマスグラバイトの原石を報告した(https://www.ssef.ch/grandidierite‒and‒oth‒rare‒gemstones‒at‒ssef/)が、カット石の報告は今回が初めてとなる。残念ながら、この赤色のマスグラバイトの産地、産状などの情報は得られていないが、SSEFが報告した原石と同じくミャンマーのモゴック産の可能性がある。今後未だに鑑別されないで市場に流通するマスグラバイトに遭遇するかもしれないので、引き続き注視していきたい。

 

◆参考文献

1. 砂川一郎. 1982. タプロバナイトとターフェアイト. 宝石学会誌 Vol.9 No.4, 17–20
2. Kiefert, L. & Schmetzer, K. 1998. Distinction of taaffeite and musgravite. Journal of Gemmolo gy, 26(3), 165–167
3. Armbruster, T. 2002. Revised nomenclature of högbomite, nigerite, and taaffeite minerals. European Journal of Mineralogy, 14, 389–395
4. 岡野 誠, 北脇 裕士, 阿依 アヒマディ, 神田 久生. 最近のラボ・トピックス. 2006. 平成18年度宝石学会(日本)講演論文要旨集, 11–12
5. Abduriyim, A., Kobayashi, T., & Fukuda, C. 2008. Identification of taaffeite and musgravite using a non‒destructive single‒crystal X‒ray diffraction technique with an EDXRF instrument. Journal of Gemmology, 31(1/2), 43–54
6. Schmetzer, K., Kiefert, L., Bernhardt, H., & Burford, M. 2005. Gem‒quality musgravite from Sri Lanka. Journal of Gemmology, 29(5/6), 281–289
7. Schmetzer, K., Kiefert, L., & Bernhardt, H. 2000. Purple to purplish red chromium–bearing taaffeites. Gems & Gemmology, 36(1), 50–59
8. Lafuente, B., Downs, R. T., Yang, H., & Stone, N. 2015. The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
9. 間中裕二, 尾方朋子. 2009. 平成21年宝石学会(日本)「 最近遭遇するいわゆるレアストーンの鑑別について(その1)」. Gemmy, 151, 3–8 または https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/gemmy/151/77.html

IGC2023 参加報告

 Adobe_PDF_file_icon_32x32-2024年1月PDFNo.65

CGL リサーチ室  北脇 裕士、江森 健太郎、趙 政皓

第37回国際宝石学会(IGC2023)本会議が、2023年10月24日(火)-27日(金)に東京上野の国立科学博物館本館で開催されました。本会議に先立ち10月20日(金)-22日(日)はプレカンファレンスツアーとして、新潟県糸魚川のヒスイ巡検を行い、本会議後の10月27日(金)-29日(日)は富士山スペシャルツアーとして、山梨県甲府市を訪れ、29日(日)-31日(火)はポストカンファレンスツアーとして、三重県伊勢志摩の真珠巡検を行いました。また、10月23日(月)には、日本の宝飾業界関係者を対象に上野精養軒にてオープンセッションが開催されました。準備段階ではCovid19やウクライナ情勢などの影響が心配されましたが、今回のIGC2023には世界26の国と地域から総勢80名が来日されました。

以下に詳細をご報告いたします。

◆IGCとは

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されております。

国立科学博物館前での IGC Member の集合写真
国立科学博物館前での IGC Member の集合写真

本学会は、1951年にドイツのイーダーオーバーシュタインにおいてB.W. Anderson, E. Gubelin等によってフレームワークが形成され、翌1952年スイスのルガノで第1回会議が開かれました。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では原則2年に1回奇数年に、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されております。

日本からは近山晶氏、エドウィン佐々木氏の両名が1970年ベルギーでの第13回会議に初参加されています。 1979年のドイツの会議からは宝石学会(日本)初代会長の砂川一郎博士も参加され、以降2007年のロシア会議まで砂川博士と近山氏の両名は日本代表としてご活躍されてきました。

IGCは他の一般的な学会とは異なり、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate) とオブザーバー(Observer) で構成されます。デレゲートは原則的に各国1〜2名で、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。このようなメンバー制は排他的な一面があるいっぽう、メンバーたちの互いに尊重し合う格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。そのため、非常に濃密な時間を共有することができ、きわめて質の高い情報交換が可能となります。毎回の本会議においては、時々の先端的なトピックス(ヒスイの樹脂含浸、コランダムのBe処理、ハイブリッドダイヤモンドなど)、産地情報、分析技術などが報告されます。

IGCの本会議は、発足当初には宝石学の発祥であるヨーロッパの各国を中心に開催されてきましたが、1975年にアメリカがヨーロッパ以外で初めて選ばれました。そして、1981年にアジアの国として初めて日本が選ばれました。当時の日本は宝石学のまさに発展途上期で、業界を挙げてのバックアップにより、日本会議が大成功を収めたことが当時の文献に誇らしげに記されています。また、この日本会議に参加されたIGCの現在のエグゼク ティブたちにも好印象が記憶されており、再び日本で本会議を誘致するよう要望されてきました。 そして、2017年ナミビアで開催された第35回本会議において2021年の開催国が検討され、賛成多数で日本での開催が内定しました。その後、第36回フランス大会で正式に決定しておりましたが、昨今のCovid19 事情で度重なる延期が強いられておりました。そして2023年、IGC本会議がいよいよ42年ぶりに日本で開催される運びとなりました。

◆IGC2023の運営

IGC2023の組織委員会は、CGLの北脇と江森、東京ジェムサイエンスの阿依アヒマディ博士、日独宝石研究所の古屋正貴氏、ジェムY.Oの大久保洋子氏で構成され、国立科学博物館の宮脇律郎博士、門馬綱一博士にも加わっていただき、国立科学博物館の後援を得て運営されました。

IGC2023日本開催にあたり、多くの団体および個人の皆様にご支援を頂きました。一般社団法人日本宝石協会、宝石学会(日本)、株式会社GSTVからは寄付金の助成を受け、一般社団法人日本ジュエリー協会、一般社団法人宝石鑑別団体協議会、全国宝石卸商協同組合、東京ダイヤモンドエクスチェンジクラブには運営・広報等にご協力いただきました。またプレカンファレンスツアーでは糸魚川市教育委員会、フォッサマグナミュージアム、甲府ツアーでは山梨県、甲府市、甲府商工会議所、協同組合山梨県ジュエリー協会、山梨ジュエリーミュージアム、ストーンカメオミュージアム、ラッキー商会、伊勢志摩ツアーでは三重県真珠振興協議会の皆様にご支援いただきました。 また、オープンセッションおよび本会議での受付、通訳、休憩時間のポットサービスなどをボランティアの皆さんにサポートしていただきました。

◆IGCのロゴマーク

IGCのロゴマークは、かつてイタリアの有名な建築家、ロベルト・サンボネット氏がデザインしたものです。目を完全に閉じ、少し開いてロゴの白い部分を見ると、IGCの文字が見えるようデザインされています。 IGC2023では、このロゴと富士山をデザインに用いたカメオのピンバッジがデリゲート全員に配られました。また、このロゴマークを使用したバッグ、ボールペンのノベルティも作成されました。

IGCのロゴマーク
IGCのロゴマーク
IGC JAPAN 組織委員会
IGC JAPAN 組織委員会
ボランティアスタッフの皆様
ボランティアスタッフの皆様
◆プレカンファレンスツアー

10月20日(金)-22日(日)はプレカンファレンスツアーとして、新潟県糸魚川のヒスイ巡検が行われました。総勢31名の参加者は、20日(日)の午前8時に上野駅の中央改札口前に集合し、北陸新幹線で一路糸魚川に向かいました。糸魚川駅では案内役としてフォッサマグナミュージアム館長の竹之内 耕博士と糸魚川市ジオパーク推進室のセオドア・ブラウン氏が出迎えてくれました。2泊3日の糸魚川ツアーでの移動手段には糸魚川市より無償提供されたバス3台を利用させていただきました。

糸魚川地域は2009年にユネスコ世界ジオパークに認定された地質学的・文化的に見どころの多い場所です。 ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park) 」とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、まるごと楽しめる場所をいいます。ジオパークでは、見所となる地形・地質の場所を「ジオサイト」に指定して、多くの人々がその場所の魅力を知り、将来にわたって継続的な保護を行います。糸魚川地域には24のジオサイトがあります。ユネスコ世界ジオパークは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の定める基準に基づいて認定された質の高いジオパークです。日本には9地域がユネスコ世界ジオパークに認定さ れており、糸魚川地域は日本で最初に認定された地域の一つです。

IGCの一行が最初に訪れたのは、ジオサイトの1つとなっている小滝川ヒスイ狭エリアです。糸魚川市内から姫川沿いに国道148号線を南下し、JR小滝駅近くから県道483号に入り、山道を小滝川に沿って登っていきます。最初にバスを停めたのは風光明媚な高浪の池です。ここで昼食を摂って休憩した後、小滝川ヒスイ狭を目指します。しばらくすると突然目の前に明星山の絶壁が現れます。明星山の岩壁は石灰岩でできており、ロッククライミングのゲレンデとして有名です。明星山は標高1188mで、岩壁の高さは500mもあります。明星山の西側にはややなだらかな傾斜の斜面があります。植生も回りに比べてやや新しく緑鮮やかです。この部分は蛇紋岩です。蛇紋岩は水を吸うと膨張してもろくなる性質があり、この緩斜面は蛇紋岩の地すべりによってできた地形です。この緩傾斜地はその岩体の中にさまざまな種類の構造岩塊を含む蛇紋岩メランジュとなっています。小滝川ヒスイ峡のヒスイはこの蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれたものです。地すべりによって蛇紋岩岩体が小滝川に滑り落ち、その後の侵食によって蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられています。

竹之内館長からヒスイ発見の歴史から地質学的な産状について詳細な説明を受け、IGCメンバーたちは知的好奇心が満たされたようでした。

高浪の池と明星山を望む
高浪の池と明星山を望む
小滝川ヒスイ狭
小滝川ヒスイ狭

次に一行が向かったのはフォッサマグナパークです。フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。アジア大陸から日本列島が離れる時にできた裂け目と考えられています。裂け目には、主に海底にたまった新しい岩石が埋まっています。やがて、海底が隆起し、今の地形を作り上げました。フォッサマグナパークでは糸魚川から静岡県までつながる大断層である「糸魚川―静岡構造線」の一部を見ることができます。 昼食時は晴天だったのですが、小滝川を出た頃から雨が降り始め、次第に本降りとなってきたため、糸魚川―静岡構造線の露頭の間近までは近づけませんでしたが、近隣の渡辺酒造にて断層の痕跡を垣間見ることができました。この酒蔵は敷地が断層上にあり、断層を挟んで西側の古い地層(2億7千万年前)と東側の新しい地層 (1600万年前)の双方に井戸があります。この地層の違いで湧き出る水の性質に違いが見られ、酒造りには西側の軟水が利用されています。この酒造はNHKで放送されている「ブラタモリ」にも登場しており、IGCメンバーも西の井戸水と東の井戸水の飲み比べができました。

二日目はあいにくの空模様だったため予定を一部変更して博物館めぐりを行いました。午前中はフォッサマグナミュージアムで竹之内館長による講演と館内の見学を行いました。フォッサマグナミュージアムはふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け1994年(平成6年)に開館しました。今では糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の重要な拠点となっています。館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物、化石など2,000点以上に及びます。これらがテーマ別に非常に見やすく配置されており、IGCのメンバーたちも非常に感心された様子でした。午後からは長者ヶ原遺跡考古館、長者ヶ原遺跡公園を訪れ、考古学的な観点の視察ができました。続いて翡翠園と玉翠園を訪れました。ここでは翡翠の巨大な原石を配した美しい日本庭園を堪能することができました。最後に訪れた谷村美術館では建築界の巨匠 村野藤吾氏最晩年の建築物に日本最高峰の木彫芸術家澤田政廣氏の仏像「金剛王菩薩」「光明佛身」「彌勒菩薩」等が展示されており、IGCメンバーには日本の美を大いに楽しんでいただけたと思います。

フォッサマグナミュージアム
フォッサマグナミュージアム
フォッサマグナミュージアムでの竹之内館長による講演
フォッサマグナミュージアムでの竹之内館長による講演
海岸でのヒスイ探し
海岸でのヒスイ探し

三日目は朝から天候に恵まれ、ヒスイの加工業者を見学した後、ジオサイトにも指定されている親不知エリアに向かいました。親不知海岸は北アルプスの山々が日本海に落ち込む急峻な断崖絶壁が約10kmも続く、北陸道最大の難所で天下の険と呼ばれています。往時には上杉謙信や松尾芭蕉も通ったとされていますが、明治時代までは波打ち際を通行しなければならない 非常に危険な道でした。そのため親不知海岸の東西での交流は困難で、富山側と新潟側では今でも多くの点で習慣や文化が異なっています。日本海の絶景を堪能した後、親不知ピアパーク翡翠ふるさと館を見学し、海岸に出てヒスイ探しを行いました。小一時間ヒスイ探しに没頭し、IGCのメンバーの一人がなんとかヒスイを探し当てました。最後に糸魚川駅近くの駅前海望公園を訪れ、奴奈川姫像の前で記念撮影となりました。

奴奈川姫像前にて記念撮影
奴奈川姫像前にて記念撮影
◆IGCオープンセッション

2023年10月23日(月)に第37回国際宝石学会(IGC)主催のオープンセッションが上野精養軒にて開催されました。IGCの本会議は、各国代表のメンバーとオブザーバーおよび一部のゲストのみが参加可能ですが、このオープンセッションは、日本の宝飾業界関係者に幅広く参加いただき、宝石学の最先端の情報に触れ、海外の研究者との交流を深める機会を提供するために企画されました。このオープンな方式は1981年の日本大会で初めて採用され好評を得ましたが、以降は主催国の意向もあり、ほとんど行われてきませんでした。今回は日本でのIGC開催が42年ぶりということもあり、IGC2023 Japan組織委員会の強い要望とIGC Executive Committeeの理解により実現しました。今回のオープンセッションでは国内外の著名なジェモロジストによる同時通訳付きの講演がランチタイムを挟んで6題行われました。日本国内から参加された方は約100名で、弊社からもIGC Member2人を含め8人参加しました。

オープンセッションでは、37th IGC本会議の開会式も行われました。講演会の前に、IGC Executive CommitteeのJayshree Panjikar氏より開会宣言が行われ、今回のIGC開催の後援団体を代表して、一般社団法人日本ジュエリー協会の長堀慶太会長、宝石学会(日本)の神田久生会長、一般社団法人日本宝石協会の堀内信之理事長の挨拶が順に行われ、IGC Memberから4名、日本より2名の研究者による講演が行われました。

また、昼食懇親会も同会場で行われました。専門の演奏者が奏でる和楽器(三味線、琴、尺八)の音楽が流れる中、国内外の参加者同士による交流や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。コロナ禍で4年ぶりのIGCの対面での交流が、海外からの方々を含めて大変好評でした。
以下に講演の概要を報告致します。

オープンセッションの様子
オープンセッションの様子

IGCの過去、現在、未来

IGC Executive Secretaryを務めるJayshree Panjikar博士がIGCの歴史と今後について講演されました。IGCの起源となるのは、国際宝飾品・宝石連盟であるBIBOA(Bureau International pour la Bjiouterie, Orfevrene, Argenterie)です。御木本幸吉が1893年に真珠の養殖を開始していましたが、「Cultured pearl」という用語が正確に定義されたのも1926年の第1回BIBOA会議でした。その後、1936年のBIBOA専門家会議では、商業参加者を除外した技術会議で研究所の所長が会合を行うことが奨励され、1952年10月にスイスのルガーノでIGCの初回会議が開催されました。71年間会合が続き、2019年フランス・ナントの現地開催、そして2021年のオンライン開催に続いて、37回目のIGC会議が2023年10月に日本・東京で開催されました。

現在、宝石鑑別の需要がますます増大しています。かつて、宝石鑑別機関は十分効率的に合成石を検出できましたが、現在は天然石とほぼ同じ外観のインクルージョンをもつ合成石が生まれ、合成石の看破は非常に難しくなっています。これに加えて、新しい技術や新しい宝石鉱物などが絶えず出現しています。合成ダイヤモンドがHPHT(高温高圧)法およびCVD(化学気相成長)法といった技術で製造されるようになりました。また、養殖真珠などの有機宝石にも進展がみられ、有機宝石素材はそれぞれの取引で信憑性の検証と証明が必要となっています。そのため、現在は最新の精密機器を持たない宝石鑑別機関は想像できず、紫外可視分光計、FTIR、ラマン分光計、LIBS、蛍光X線分析計など様々な先端技術を応用しなければなりません。IGCは、宝石技術者にとって情報と知識を得るため最良の情報源の1つとなります。

2052年にIGCは100周年を迎えます。AIなどの技術も発展し、宝石学がさらなる水準に進歩することでしょう。 ジェモロジストに宝石の正確な開示が必要とされる限り、IGCのような会議は今後とも宝石科学に関する最新の技術のノウハウの主要な情報源の1つとなるでしょう。また、Jayshree Panjikar博士が宝石学を続けると4つの幸せに繋がると述べていました:(1)満足感;(2)有意義な人生;(3)身体的、精神的、社会的に良好な状態;(4)活力に満ちること。この4つの幸せは、我々宝石学研究者を支えていくでしょう。

日本における合成ダイヤモンド研究史

元物質・材料研究機構(NIMS)所属、現在宝石学会(日本)の会長を務める神田久生博士が日本の合成ダイヤモンド研究の歴史について講演されました。1955年GEがダイヤモンドの合成に成功したことを受けて、日本も1960年代初頭からダイヤモンド合成の研究を始めました。その後、1980年から2000年にかけて研究は最も活発になりました。1985年に「ニューダイヤモ ン ドフォーラム」という研究団体が設立され、ダイヤモンドの工業利用を目指した国家プロジェクトも行われました。

1955年GEがダイヤモンドの合成に成功したのはHPHT(高温高圧)法であり、約5万気圧と1500°Cの条件下で、触媒は鉄、コバルト、ニッケルおよびその合金を使用しました。日本はGEの方法に基づいて1962年にダイヤモンドの合成に成功しました。NIMSでも1970年代から合成ダイヤモンドの研究を始めて、1982年に30000トンの圧力(当時世界第二位)を出せるようになりました。住友電工もダイヤモンドの生産に挑戦し、1980年代に大型で高品質のダイヤモンドの商業生産に成功しました。

しかし、HPHT法は金属触媒を使用するため、天然ダイヤモンドの形成過程とは大きく異なります。そこで、非金属触媒の開発も始まりました。炭酸カルシウムなど、いくつかの炭酸塩とグラファイトの混合物がより高い温度 (e.g. 7.7GPa で 2150°C)でダイヤモンドを形成できます。黒鉛と炭酸塩の境界に種結晶を置くと、その表面に成長層ができます。また、従来のGE型触媒は、触媒の溶融温度以上でダイヤモンドの生成に効果を発揮することに対して、炭酸塩などの不活性触媒は溶融温度ではダイヤモンドの形成に影響を与えません。

HPHT法の他、CVD(化学気相成長)法合成ダイヤモンドも製造されています。メタンと水素の分子はプラズマ中で炭素原子に分解され、基板上にダイヤモンドとして堆積します。1980年代初頭、NIMSは CVD合成ダイヤモンドの成長に成功しました。この成功に貢献したNIMSの研究者は松本博士、佐藤博士、加茂博士であり、瀬高博士がチームのマネージャーでした。彼らは1982年ホットフィラメント法を発表し、1983年にマイクロ波プラズマCVD法にも成功しました。CVD合成ダイヤモンドは通常小さな粒子として基板上に堆積して、成長するとダイヤモンド膜を形成します。大きなダイヤモンドを成長させるには大きな基板が必要となり、産総研は小さな板をつなぎ合わせる方法で大型基板の作製に成功しました。また、高い成長速度で 10mm 立方体という大きなダイヤモンドの作製にも成功しました。

天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンド

オランダのNetherlands Gem LaboratoryおよびNaturalis Biodiversity Center Leiden, the Netherlands 所属のHanco Zwaan博士は天然と合成のダイヤモンドについて講演されました。ダイヤモンドは炭素で構成される物質であり、地下 140 km の上部マントルで安定します。これらのダイヤモンドはキンバーライトに包まれて爆発的な火山活動によって地表まで運ばれます。また、キンバーライトの他、オリビンランプロアイトなどもダイヤモンドを含むことがあります。世界中に知られているキンバーライト鉱床は7000くらいで、ダイヤモンドを含むものは1000のみ、経済的に採掘可能なのは100未満になります。キンバーライトは主にクラトンの非常に古い部分に集中しており、ほとんどのダイヤモンドは10億から30億年前のものだと言えます。

ダイヤモンドの形成条件について、内部特徴から多くの情報が得られます。例えば、パイロープガーネットを含むとマグマ環境起源を示し、アルマンディンを含むと変成環境起源を示します。他に、硫化物を含む場合はRe‒Os年代測定に使用できるため重要です。

合成ダイヤモンドは、英語圏ではSynthetic diamondあるいは Laboratory Grown Diamond(LGD)とも呼ばれています。ダイヤモンドは研磨材や切削工具、量子センシング、高出力エレクトロニクスなど多くの産業および技術用途があるため合成法についての研究が進んでいます。その中、ジュエリーにも使用されることが増えています。基本的にダイヤモンドの合成方法はHPHT法とCVD法の2種類があります。性質は天然ダイヤモンドとほぼ同じであるため、研磨されると鑑別が難しくなります。

金属フラックスの残骸である金属含有物が観察できる場合は簡単に合成ダイヤモンドだとわかります。また、天然ダイヤモンドの成長セクターは通常八面体ですが、HPHT合成ダイヤモンドは通常立方八面体の成長セクターが観察されます。CVDダイヤモンドでは、小さな黒色インクルージョンが観察されることがあり、交差偏光フィルターの間に置くと「ブラシパターン」が観察されます。

ダイヤモンドビューによる蛍光画像では成長セクターが観察しやすくなります。また、HPHT合成ダイヤモンドの典型的な特徴として、短波紫外線下で青白い燐光が観察されます。オレンジ色の蛍光は、結晶格子内のNV欠陥に起因し、CVDダイヤモンドの特徴になります。ただし、HPHT処理されると、緑色の蛍光になり、強い緑青色の燐光をも示します。

様々な分光法を用いることで、ダイヤモンドの結晶欠陥を分析できます。80 K における 415 nm 中心の発光を引き起こすN3センターは天然ダイヤモンドの重要な特徴です。SiVセンターはCVDダイヤモンドによく検出されますが、天然ダイヤモンドでは非常にまれです。

日本における持続可能な真珠養殖への取り組み

三重県真珠振興協議会副会長を務める中村雄一氏が日本における持続可能な真珠養殖への取り組みについて講演されました。伝統的に、日本の養殖業者は海の美しさを維持し、海と陸の間で栄養分を循環させることに努めました。真珠養殖では真珠の他、副産物として貝殻、貝柱、貝肉も出てきます。これらの副産物はどう処理するのかは重要な問題になります。伝統的な手法として、貝殻はボタンなどの生産に利用できます。貝柱は食用にでき、ミキモト真珠島のランチや養殖業者の昼食に使用します。一番難しいのは貝肉を含む有機質廃棄物です。貝の汚れの他、海藻、藤壺、ゴカイ、カキなどの付着物もあり、夏場などは週一回の貝掃除が必要となります。 これらの有機質廃棄物は雨で塩分を流したあと乾燥させ、養殖場内の畑や果樹のまわりに撒いて活用しました。しかし、腐敗臭が出て、水分が多く、移動・運搬させることが難しいという問題があり、各養殖場でしか使用できず、汎用性が無い欠点があります。

そこで、新しい取り組みが必要となります。廃棄物ゼロの真珠養殖を目指して、有機ゴミと貝肉を活用できるコンポスト化の研究は 2000 年頃から開始されました。当初は稲わらおがくずが試されましたが、失敗に終わりました。2007 年にもみ殻と糠を使用する方法が実用化できました。冬場にすべてを混ぜて、蒸気が出るほど高温に発酵を進ませ、月に一度、発酵を促すために「返し」を行うことでコンポストを製造できます。この方法は貝ごみと貝肉の両方を使用した上、運びやすく使いやすいため汎用性もあります。設備を必要とし、貝ごみと貝肉には時差があり、使用の制限や、地方自治体や農家、レストランなど幅広い繋がりに欠けるなどの問題もありますが、 軽量無臭の「パールコンポスト」の応用は期待できます。ただし、2022年末でも25の養殖場しかこの方法を応用していません。三重県には254、全日本には615の養殖場があります。三重県だけでも毎年150トンの貝肉が産出されますので、この「パールコンポスト」をもっと宣伝し、より多くの生産者と消費者が必要となります。

宝石およびジュエリー業界における研究の重要性

タイ・バンコクのカセサート大学のPornsawat Wathanakul教授が宝石学研究の重要性について講演されました。宝石の産出から市場、最終的消費者に至るまでのサプライチェーンのすべての部分で研究が重要となっています。例えば、宝石鉱床の研究は宝石の探査、採掘の実現可能性、健全な環境、地元・関係者の豊かさなどと繋がります。また、加工業と市場では、ジュエリーの製造技術や革新性なども研究対象となります。そして、研究を支えるのは、フレンドリーで健全な環境です。

宝石・ジュエリーにおけるグレーゾーン、つまり鑑定不能なケースを解消、削減することを実現するためには研究は不可欠です。CGLを含む世界各国の 7 つのラボが結成した LMHC(Laboratory Manual Harmonisation Committee)もグレーゾーンを減らすことに力を入れて、例えばジェイドの定義問題などを解決しました。他に、宝石の産地鑑別、グレーディング基準の決定、処理方法の看破など、中には AIを活用する場面もあり、これらの実現には研究が礎となっています。特に、コランダムのベリリウム拡散処理や低温加熱処理など新しい処理方法は、様々な技術や分析方法を使わなければなりません。FTIRやUV– Vis–NIRなどの分光法はもちろん、LA–ICP–MSなどの先端機器も多く使われています。タイでは、シンクロトロンを使い、XANES(X–ray Absorption Near Edge Structure=X 線吸収端近傍構造)で宝石における元素の酸化数を測定することもありました。

宝石の色の多様性 - 境界をどこに設定するか?

スイスSSEFのMichael S. Krzemnicki博士は宝石の色と変種について講演されました。宝石は地質学的プロセスによって自然界で形成される鉱物であり、そのため、国際鉱物学連合 (IMA)とその新鉱物・命名・分類 委員会(CNMNC)によって科学的に定義され、受け入れられている鉱物名が付いています。しかし、消費者は多くの場合、宝石に関連する鉱物名よりも変種名のほうをよく知っています。変種名は化学組成や色、外観に関連しますが、歴史、業界団体や研究所などによって曖昧に「定義」されています。その結果、宝石研究所は、ラボレポートに宝石素材を一貫して記載するための内部基準を作成する必要があります。特に、色は光源、オブザーバー、 観察されたアイテムの3要素について基準化します。その場合、マスターストーンやカラーチャートを使用することが多いです。

コランダムは特に変種が多い宝石鉱物です。その中でも、ルビーとピンクサファイアを区別するための特定のクロム濃度閾値はなく、色相と彩度のみに基づいています。SSEFはマスターストーンを使い、レッドルビー、ピンクがかったレッドルビー、紫がかったレッドルビー、ピンクサファイア、パープルサファイアに分けています。また、ピンクサファイアとオレンジサファイアの中間種としてパパラチャサファイアがあり、ピンク色とオレンジがむら無く混ざり合ったものだけがそう呼ばれます。ただし、色の原因も考えなければなりません。オレンジの水酸化鉄を含むもの、ベリリウム拡散処理されたものあるいは黄色がかった鉛ガラスで充填されたものなどはパパラチャサファイアとは呼ばれません。

その他、コバルトスピネルとブルースピネルを区別するコバルト濃度閾値もなく、両者は紫外可視スペクトルにおける鉄とコバルトの吸収バンドの強さによって区別します;エメラルドはクロムによって緑色を呈するベリル の一種ですが、一部のグリーンベリルも微量なクロムを含有し、SSEFでは鉄が多くてクロムが少ないものはエメ ラルドではなくグリーンベリルだと決めています;アレキサンドライトはクロムによって変色効果を呈する宝石であり変色を示すことが重要で、クロムが少なく鉄が多い場合、クロムが多すぎる場合、バナジウムが多い場合は変色しないためただのクリソベリルになります;パライバトルマリンは銅によって綺麗な青色を呈するトルマリンで、化学分析で銅を確認する上、吸収スペクトルで鉄と銅の吸収の強さを比較することも重要となり、鉄が青色の原因となるものはパライバトルマリンと呼ばれません。

◆アーガイル・ライブラリー・エッグ

オープンセッションが行われた10月23日(月)の夕方、国立科学博物館前で集合写真を撮影しました。その後、IGCメンバーは翌日 10月24日(火)から11月5日(日)まで国立科学博物館で展示が行われる「アーガイル・ライブラリー・エッグ」を 一般公開に先駆けて、鑑賞することができました。国立科学博物館の広報による と、「アーガイル・ライブラリー・エッグ」は、すでに閉山したアーガイル鉱山から産出した希少ピンクダイヤモンドとカラーレスダイヤモンドを18金に贅沢に散りばめた宝飾品で、ロシアのインペリアル・イースター・エッグの伝統に倣った卵形の宝飾品です。アーガイル・ダイヤモンド社とクチンスキー・ジュエラーズ社との連携により作られ 1990 年に完成しました。その後、マブチモーター株式会社の創業者、実業家の馬渕健一氏の蒐集品となりましたが、継承した馬渕 喬・麗子夫妻は、この素晴らしい宝飾品が広く観覧されることを望まれ、科学的にも重要なダイヤモンドであることから、国立科学博物館に寄贈を決められたものになります。この鑑賞は、海外から来られるIGCメンバー達にサプライズとして国立科学博物館に用意していただいたイベントで、IGCメンバー達は驚き、この美しいアーガイル・ライブラリー・エッグに魅入っていました。

アーガイルライブラリーエッグ
アーガイル・ライブラリー・エッグ
◆Welcome Reception Party

Welcome Reception Party が国立科学博物館地球館屋上で行われました。各国から集まったIGCメンバー達は、前回のIGC2019フランスから実に4年ぶりの再会となります。このウェルカムレセプションにおいては、IGC JAPANメンバーであり、遠州古流華道の近山一望(大久保洋子)師範が生け花を披露しました。また、参加者に生け花体験を用意する等、大いに盛り上がりました。

◆本会議

10月24日(火)から10月27日(金)の4日間にわたり、本会議が開催されました。47件の口頭発表と2件のポスターセッションが行われました。計8種類のセッションが開催され、内訳は、Diamond(ダイヤモンド):5題、History and Museums (歴史と博物学):5題、Gemmology (宝石学):6題(うち 1題は発表者来日できず)、Colored stone(色石):12 題、Technology & Techniques(技術と技法):5題、Corundum(コランダム):8 題、Pearls and amber (真珠と琥珀):5題、Jade(翡翠):3題でした。弊社リサーチ室からは、北脇が「Gemmological studies of “Hybrid Diamond” (Natural + CVD synthetics)」“ハイブリッドダイヤモ ンド” (天然+CVD 合成)の宝石学的研究、江森が「Crystal structure of nano inclusions in blue sapphire from Diego Suarez, Northern Madagascar」(マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイアのナノインクルージョンの結晶構造)というタイト ルで発表を行っております。4日間の発表の中で、いくつか興味深かったものを下記に紹介します。

なお、今回ご報告するIGC2023の講演内容は、IGCのホームページにて、すべての講演者の講演要旨がダウンロード可能です(https://www.igc-gemmology.org/igc-2023)。

Violet Diamonds from Argyle: New Insights into the Cause of their Unique Color

(アーガイル産バイオレットダイヤモンド:その独特な色因への新たな視点)
スイスのGGTLの研究者 Thomas Hainschwang博士がアーガイル鉱山産バイオレットダイヤモンドの色因についての講演を行いました。オーストラリアのアーガイル鉱山は最近閉業されるまで 35年間操業されました。日光によって引き起こされる異常に強い赤色燐光を示すことによりバイオレットの外観を示す超希少なType IIb ブルーダイヤモンドを除き、アーガイル鉱山以外からのバイオレットダイヤモンドは知られていません。 これらバイオレットダイヤモンドについて、FTIR、液体窒素温度でのUV–Vis–NIR、PL分析を行った結果、アー ガイル鉱山産バイオレットダイヤモンドの紫の色相は、窒素のB凝集濃度が非常に高いこと、そしてニッケル–窒素の欠陥、水素の含有およびN3センターの欠如の結果であると提案しました。

IGC 本会議の様子
IGC 本会議の様子

Phase transformations as important markers for heat treatment detection in corundum and other gemstones

(コランダムや他の宝石の加熱処理を検出するための相転移を用いた重要なマーカー)
スイスのSSEFのMichael S. Kremnicki博士はコランダムや他の宝石の加熱処理の根拠となる相転移する重要なマーカーの存在についての発表を行いました。ルビーやサファイア、他の色のコランダムの加熱処理の看破は宝石業界にとっても宝石ラボにとっても大きな問題となっています。コランダムの熱処理に関しては通常、 酸化条件と還元条件の双方で約700 〜 1800°Cの広い温度範囲で適用されています。本発表はSSEFにおいて最近行われたマダガスカルのイラカカ産ピンクサファイア、モザンビーク、モンテプエスス産ルビーの加熱実験の結果を紹介し、この研究の結果、鉱物学的相転移が明らかとなりました。ダイアスポア(AlO(OH))とゲーサイト (α–FeO(OH))は加熱すると脱水され、コランダム(Al2O3)、ヘマタイト(α–Fe2O3)へ相転移し、その温度は約550°Cと約325°Cです。相転移は狭い温度範囲で発生するため、ラマンスペクトルがほぼ即時に切り替わり、相転移を止めたりすることはできません。このことからダイアスポアまたはゲーサイトの存在は低温加熱ですら行 われていない非加熱の証明となります。FTIR によって、加熱に関連すると誤って解釈される可能性のあるピークが明らかになったり、石が加熱されているかどうかに関する情報が得られない場合があったりします。また、ダイアスポアが存在しなかったり、ヘマタイトが存在したりすることは石が加熱されたと呼ぶには十分ではありません。ダイアスポアやゲーサイトが存在する限り、これはあらゆる宝石に対して適用可能です。

Quantitative estimation of spinel’s thermal and geothermal history by photoluminescence spectroscopy and its application in spinel origin determination

(フォトルミネッセンス分析を用いたスピネルの地熱温度計と原産地鑑別)
中国地質大学のChengsi Wang博士はフォトルミネッセンス分析を用いたスピネルの熱履歴推定に関する定量的手法を確立したという発表をしました。スピネルの熱履歴に関しては、天然スピネルと加熱スピネル及び合成スピネルを区別するために使用できるだけでなく、スピネルが異なる地質学的プロセスを受けたことを明らかにすることも可能で、秩序―無秩序転位の結果、計算される無秩序度というパラメーターによって推定されます。スピネルから取得したPLスペクトルから無秩序度を監査するパラメーターを定義することで、ミャンマー産のスピネルは他の産地より無秩序度が高く、モロゴロ(タンザニア)産のスピネルは無秩序度が低いことが明らかになりました。ミャンマー産のスピネルとベトナム産のスピネルの無秩序度はオーバーラップしますが、両産地からのスピネルにはPLスペクトルのN2ピークの積分強度に差があり、区別することが可能です。また、Cr含有量が高いサンプルのNピークは異常に強い傾向があるため、熱履歴が過大評価される可能性があり、差分スペクトル法を導入し、高Cr含有量の影響を消去することで熱履歴の推定結果は正確かつ普遍的になることを明らかにしました。この研究に基づき、新たな地質温度計確立が期待されます。

An implementation of machine learning in ruby and sapphire origin determination

(ルビーとサファイアの産地鑑別における機械学習の実装)
GIT(Gemological Institute of Thailand)の研究者 Montira Seneewong–Na–Ayutthaya氏はルビーとサファイアの元素分析結果に機械学習を適用して産地鑑別を行う手法について発表しました。コランダム(ルビーとサファイア)の原産地鑑別は非常に重要な価値要素であり、初期の宝石学ラボではインクルージョンに依存して判別を行っていました。現在は多くの石がより多くの原産地から供給されるようになっており、最前線のラボでは分光学的データや組成分析といった科学的アプローチを適用し、さまざまな地質的・地理的な起源を的確に区別する必要があります。本研究では人工知能(AI)の一分野である機械学習アルゴリズムで化学組成データベースを分類し、石の原産地の決定を支援するための研究を行いました。さまざまな宝石鉱床のルビーとサファイアの微量元素をEDXRFとLA–ICP–MSで測定し、データベースを組み、3Dプロットと自社開発の機械学習プログラムを実行しました。学習アルゴリズムはK–近傍法、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン、 人工ニューロンネットワークで構築され、予測精度を評価するために選択されています。LA–ICP–MSデータを利用した手法は低レベルの誤差でルビー・サファイアの原産地を特定するのに効果的ですが、予測精度と判定の成功は計測機器のパフォーマンス、データの準備・処理、モデルの最適化、検証などさまざまな要因に依存します。原産地の決定には機械学習の結果に加え、内部特徴や他のスペクトル分析を含むさまざまな分析データも考慮し、最終結果をジェモロジストが判断する必要があります。

FTIR Fingerprinting: a case study on mineral inclusion identification by FTIR applied on rubies from marble- hosted deposits

(FTIR フィンガープリンティング;大理石起源のルビーへのFTIRを用いた鉱物インクルージョンの同定へのケーススタディー)
スイスSSEF の研究者である Walter A. Balmer 氏は大理石起源のルビー中の鉱物インクルージョンについて FTIR を用いて同定する、という研究内容を発表しました。フーリエ変換赤外分光分析(FTIR)は宝石学の分野において十分に確立された分析方法です。コランダムにおいて、このFTIRはダイアスポア、ベーマイト、ゲーサイト、クローライト、カオリナイトといったインクルージョンの検査ツールとして日常的に用いられています。本研究では、FTIR スペクトルの水伸縮振動範囲よりも波数が高い部分(>3300 cm–1)に着目し、大理石起源のコランダム中のバーガサイト、トルマリン、ギブサイトをインクルージョンとして検出することができました。また、ギブサイトが検出されたということは検査されたコランダムサンプルが 350°Cを超える熱を受けなかったことを意味します。追加して、クローライトとギブサイトの振動特徴について、この2つの鉱物相の確実な同定と分離が可能になりました。この手法による鉱物インクルージョンの識別は熱に敏感な鉱物インクルージョンの存在を示すことで熱処理の可能性を除外したり、地理的起源を特定したりする際の貴重なツールとなりえます。ただし、 鉱物インクルージョンの特徴が必ずFTIRで検出できる、というほど強力なツールではないため、FTIRのインクルージョンパターンが存在しないことは何の証拠にもならないということに気を付ける必要があります。

DNA Fingerprinting and age dating of historic natural pearls: a combined approach

(歴史的な天然真珠へのDNAフィンガープリンティングと年代測定を組み合わせたアプローチ)
スイスSSEFの研究者 Laurent E. Cartier氏は歴史的な天然真珠の来歴について、年代測定、DNAフィンガープリンティングを用いた研究を発表しました。真珠へのDNAフィンガープリンティング法は 2013 年に開発・発表されており、同年、放射線炭素年代測定を用いた真珠の年代測定も発表されています。天然真珠はここ数十年間新たな供給が不足しており、高品質の天然真珠は希少です。世界最古で最も広く収集されている宝石の1つである真珠は研究する価値があります。本研究は2つの研究事例を紹介し、DNAフィンガープリンティングと年代測定をどのように使用できるかを紹介するものです。クイーンメアリーパールにDNAフィンガープリンティングと年代測定を実行した結果、西暦1707年〜1876年の間にメソアメリカの太平洋岸沿いの沿岸海域で形成され、パナマアコヤまたはラパスアコヤとして知られるPinctada mazatlanica 種に属することが決定されました。また、63個の天然真珠セットの研究では3つの海水天然真珠がランダムに選択され、1つは Pinctada radiata、2つは Pinctada persica または Pinctada marganritifera persicaに属する Pinctada margiritifera種複合体の希少なメンバーであることがわかり、これは Pinctada pericica 産真珠の最初の報告です。これら3つはペルシャ湾でのみ記録されており、16〜18世紀の間に形成され17世紀に形成された可能性が最も高いことがわかりました。

Geographic Origin Determination of Fei Cui: A comparison of high-quality green Fei Cui from Myanmar, Guatemala, and Italy

(ミャンマー、グァテマラ、イタリアの高品質 Fei Cui の原産地鑑別)
香港理工大学の Ka‒Yi (Angela) Man 氏がミャンマー、グァテマラ、イタリア産の高品質なグリーンFei Cuiの原産地鑑別についての講演を行いました。本研究ではFei Cuiはヒスイの一種で、ヒスイ輝石、オンファサイト、コスモクロアのいずれか、またはこれらの組み合わせで粒状から繊維状の多結晶集合体として定義されています。2021年以降、グァテマラのイサバル地域で新たな鉱山が発見され、グァテマラ産の「インペリアルグリー ン」Fei Cuiの人気が中国で高まっています。過去4年間で少量の高品質のイタリア産Fei Cuiも市場に出回っており、大きな供給源であるミャンマー、グァテマラ、イタリアのFei Cuiの産地鑑別の可能性を検討しました。 FTIRの分析の結果、ミャンマー産はほとんどがヒスイ輝石であり、グァテマラ産はオンファサイトであることが判明しましたが、グァテマラの最上級のカラーグレードを有するものはヒスイ輝石でした。EDXRFとLA–ICP–MSによる分析をPCA(Principal Component Analysis)分析した結果、EDXRFの分析値では重複が見られるが、LA‒ICP‒MSの分析値を用いたPCA分析結果は3つの産地で明確な分離を示しました。

◆翡翠原石館ツアー

10月26日(木)の午後より本会議期間中のショートエクスカーションとして北品川にある翡翠原石館を訪問しました。国立科学博物館前からチャーターしたバス2台に乗車し、晴天の東京都内を移動しました。翡翠原石館は御殿山庭園やミャンマー大使館に近接する閑静な住宅街にあります。靎見(つるみ)信行館長が私財を投じて収集されたさまざまな色・形の翡翠が展示されている私設博物館です。入館するとまず目に飛び込んでくるのは、10万個の石を使い6年の歳月をかけて制作されたという巨大なモザイク画です。古事記に登場する女神「奴奈川姫(ヌナカワヒメ)」と翡翠(カワセミ)が描かれています。奴奈川姫はヒスイの産地でもある新潟県糸魚川市に多くの伝承が残されており、万葉集にある「ぬなかわの底なる玉」の歌と結びつけて小滝川でのヒスイの発見につながったと言われています。その他に糸魚川産のヒスイをくり抜いて造られた浴槽があり、観客を驚かせます。館内に展示された多くのヒスイ製品はどれも見ごたえがあり、特に糸魚川のプレカンファレンスツアーに 参加されなかったメンバーにとっては日本の翡翠に触れる良い機会であり、心に残ったと思われます。

翡翠原石館
翡翠原石館
翡翠原石館の奴奈川姫のモザイク壁画
翡翠原石館の奴奈川姫のモザイク壁画
◆クロージング・セレモニー

本会議の最終日27日、ランチパーティーにおいて上野精養軒にてマグロ解体ショーが行われ、その後、閉会式が行われました。閉会式では、IGC JAPANのDr. Ahmadjan Abduryimとグリーンランド代表のMs. Anette Juul–NielsenがExecutive Committeeに選出されました。閉会式では、次回第 38 回 IGCの開催地がギリシャであることが正式に発表され、今回のオーガナイザーであるCGLの北脇よりギリシャのオーガナイザーであるStefanos Karampelas氏へ IGCのフラッグが受け渡されました。

IGC Flag が日本からギリシャへ受け継がれた瞬間
IGC Flag が日本からギリシャへ受け継がれた瞬間
◆富士山スペシャルツアー
山中湖畔から見た富士山
山中湖畔から見た富士山

クロージング・セレモニー終了後から10月29日(日)の3日間、富士山スペシャルツアーと称した甲府ツアーが行われました。これは「日本に行ったら富士山をこの目で見たい」というIGC Executive Committee の強い希望と、甲府のジュエリー産業をIGC のメンバーに見ていただきたいという甲府の業界関係者らの強い要望から実現したもので、本会議に参加したIGCメンバ ーの7割近くが参加するツアーとなりました。クロージング・セレモニー終了後、2台の大型バスに乗り込み、まずは山中湖畔へと移動しました。翌日10/28(土)は準備段階から心配していた天候にも恵まれ、宿泊したホテルから見えた早朝の富士山は、参加者の心に深く刻まれたであろう美しさでした。

10/28(土)はまず、久保田一竹美術館へ向かいました。久保田一竹は、辻が花と呼ばれる15世紀後半〜16世紀前半に失われた染色・装飾技法の復刻に取り組んだ染色工芸家で、伝統的な辻が花を完璧に復刻することは技術的に不可能だと判断し、「一竹辻が花」として自己流の辻が花を発展させることに成功しました。久保田一竹の着物作品は「光のシンフォニー」と呼ばれ「宇宙の威厳」とも評されています。美しい久保田一竹の着物を前に、海外からの参加者皆様は感嘆していました。

次に、数班に分かれ、「ラッキー商会」「GSTV」「ストーンカメオミュージアム」「山梨ジュエリーミュージアム」といった甲府のジュエリー産業、博物館を見学しました。「ラッキー商会」「GSTV」では、ジュエリーデザインや枠づくりの説明・見学を行いました。

見学後、同日開催されていた甲府での一大イベント 「信玄公祭り」の武者行列を楽しみ、甲府記念日ホテルへ移動します。この間、IGC Executive Committeeのメンバーは長崎幸太郎山梨県知事を表敬訪問されました。甲府記念日ホテルでは、山梨のジュエリー産業の方々を招待した講演会・懇親会が行われました。講演会では、まず樋口雄一甲府市長が歓迎のあいさつをされ、IGC Executive CommitteeのDr. Jayshree Panjikarによる「Relevance of International Gemmological Conference」の講演が行われました。この講演では、Dr. Jayshree が本当に日本に訪問したかったことからはじまり、IGC JAPAN がいかに素晴らしかったのか、宝石学を研究する意義、IGC の存在意義などが語られました。山梨ジュエリー産業のみなさまと IGC メンバーの交流も大いに盛り上がり、講演会・懇親会は大盛況のうちに終了し、富士山スペシャルツアーは幕を閉じました。

講演を行う Dr. Jayshree
講演を行う Dr. Jayshree
◆ ポストカンファレンスツアー

10月29日(日)-31日(火)はポストカンファレンスツアーとして、三重県伊勢・志摩の真珠巡検が行われました。巡検のコーディネートと現地案内は三重県真珠振興協議会副理事の中村雄一氏にお世話になりました。 総勢25名の IGC 参加者は、富士山スペシャルツアーからの引き続きとなります。早朝に甲府のホテルをバスで出発して、午後3時ごろ鳥羽のミキモト真珠島に到着しました。真珠島では最初に三木本幸吉翁の銅像前で記念撮影を行いました。この像の前は、記念撮影をしたい観光客の人気スポットです。IGC メンバーの中にはここで写真を撮るのが長年の夢だったという方もおられ、念願がかなったようでした。真珠博物館では松月清郎館長にお出向かえいただき、博物館内の案内と展示品の解説をしていただきました。真珠博物館は、「人と真珠〜そのかかわりを考える〜」をテーマに真珠のできる仕組みや真珠の養殖法などに関する数多くの資料が展示さ れており、真珠養殖を学ぶにはとても良い空間となっています。

ミキモト真珠島での記念撮影
ミキモト真珠島での記念撮影

また、天然真珠を用いたアンティーク ジュエリーの充実したコレクションや養殖真珠をふんだんに使用した豪華な美術工芸品の数々も展示されています。

定刻になると、海女さんによる伝統的な潜水作業の実演を見ることができます。IGCのメンバーは全天候型の特別観覧室を利用することができました。船の上から身軽に飛び込み、見事に貝を獲って上がってくる海女さんに歓声が上がっていました。

二日目はいよいよ真珠養殖現場の見学です。観光用ではなく、実際に養殖作業に使用されている3隻の船に分乗して英虞湾をめぐり、養殖イカダを見学。貝掃除、挿核の実演を見学しました。そして、最後は IGC メンバーが一人ずつ自身の手で貝を剥き、真珠の取り出し作業を体験できました。貝剥きはほとんどのメンバーが初めての経験で、過去に行ったベトナムでの養殖現場と違ってとても本格的で感動したとの声が聞かれました。 養殖場を後にして、再び船で賢島に移動し、円山公園を訪れました。ここには真珠供養塔と真円真珠発明者頌徳碑があります。真珠発祥の地を感じ取るのにふさわしい場所と言えます。

英虞湾での舟移動
英虞湾での舟移動
 海女小屋での会食
海女小屋での会食

鳥羽での昼食後、三重県水産研究所を訪問しました。ここは水産業の研究・指導を目的として設置された三重県立の研究所で、1899年に県庁内に設置されたのが始まりです。イセエビの人工ふ化に世界で初めて成功したことで有名ですが、真珠養殖に欠かせないアコヤ貝の研究にも熱心に取り組んでいます。研究所では志摩市の村上圭一副市長にご挨拶いただき、研究員の渥美貴史博士から三重県の真珠養殖への取り組みに関する講演を伺いました。

二日目の夕食は海女小屋風の磯焼のお店です。現役の海女さんが新鮮な魚介の磯焼と体験談を提供してくれ ます。海女さんたちと楽しい時間を共有することができ、メンバーも大満足の様子でした。

三日目は伊勢神宮参拝です。伊勢神宮は125の宮社全てを総称して「神宮」と呼ばれます。IGCメンバーが 訪れたのはそのうちの内宮で正式名称は皇大神宮です。皇大神宮は皇室の祖先であり、天照大御神が祀られています。内宮の入口である宇治橋をわたり、玉砂利を敷き詰めた長い参道を進むとまさに神域です。凛と張り詰めた雰囲気にIGCメンバーも心が洗われたようで、日本人の精神世界を感じてくれたと思います。ツアーの最後に良いところに来られたと感激していただきました。その後、おかげ横丁などでショッピングを楽しみ、バスで名古屋駅まで行き東海道新幹線で東京まで戻りました。プレカンファレンスツアーに参加していなかったメンバーにとっては初めての新幹線体験でした。そしてこの日は東海道新幹線車内販売の最終日というめぐりあわせとなりました。◆

令和5年度 宝石学会(日本)講演会参加報告

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リサーチ室 趙政皓

 

令和5年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月10日(土)新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアム、懇親会が割烹「倉また」にて開催されました。また、6月11日(日)には見学会が実施されました。

 

<フォッサマグナミュージアムとは>

フォッサマグナミュージアムは、日本最大のヒスイ産地で世界最古のヒスイ文化発祥の地として知られる新潟県糸魚川地域にあり、糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の拠点です。フォッサマグナ(ラテン語で大きな溝:大池溝帯)の成立や人間と地球史とのかかわりを示す資料を収集・保管・展示し、その調査研究、成果の普及を通して市民の教育・学術・文化の発展に寄与することを目的に1994年(平成6年)に開館しました。1982年(昭和57年)糸魚川市の総合計画を発端に1989年(平成元年)に博物館開設の基本計画が策定されました。ふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け、総工費17億円が投じられ、立派な施設が出来上がりました。
フォッサマグナミュージアムは、美山公園の高台にあり、糸魚川駅から路線バスまたはタクシーを用い、10分ほどでアクセスできます。館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物・化石など2000点以上に及び、見るものを圧倒します。また、学芸員による無料鑑定サービスも定期的に行われています。

 

フォッサマグナミュージアムの展示
フォッサマグナミュージアムの展示

 

フォッサマグナミュージアム外観
フォッサマグナミュージアム外観

 

<総会・講演会参加報告>

今年度の講演会は、1件の特別講演と22件の口頭発表が行われ(色石関連13題、ダイヤモンド2題、真珠7題)、参加者は72名でした。CGLリサーチ室からは「Cr含有赤色マスグラバイトの分析」、「グリーンランド産ルビーとモンタナ産サファイア、LA–ICP–MSを用いた原産地鑑別;アップデート」、「“ハイブリッドダイヤモンド”(天然+ CVD合成)の宝石学的研究」の3題の発表を行いました。これらについては別途CGL通信にて報告を行う予定ですが、本会で発表された23件のうち一部を抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に〇)。

 

講演会会場の様子
講演会会場の様子

 

特別講演:AIを活用した画像認識によるヒスイの同定

小河原孝彦(フォッサマグナミュージアム)
フォッサマグナミュージアムの学芸員小河原孝彦氏がAIによる画像認識でのヒスイの鑑別について発表しました。フォッサマグナミュージアムは糸魚川ユネスコ世界ジオパークの中核施設であり、来館したお客様に向けて糸魚川の海岸などで採集した石の鑑定を行っています。近年は石の鑑定の件数が増加したため、学芸員の代わりとなる人工知能による機械学習を利用した石の鑑別の研究を始めました。学習には糸魚川海岸で採取した石を用いています。ヒスイとヒスイ以外の岩石(流紋岩、安山岩、玄武岩など)に分類し、Nikon D5600を用いて岩石の組織が判別できるような写真を約13000枚撮影しました。NASNetにこれらの写真を教師画像として転移学習させた結果、ヒスイとヒスイ以外の認識率は約96%でした。また、別の画像を用いて認識率を確認したところ、20枚のヒスイの写真の的中率は95%であり、13枚のヒスイ以外の岩石の的中率は100%でした。これらの結果より、人工知能を用いた画像の深層学習によってヒスイの認識が可能であることが明らかになりました。

 

群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて

川﨑雅之(つくば市)
つくば市の研究者川﨑雅之氏が群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて発表しました。群馬県南牧村三ッ岩岳は水晶の日本式双晶の有名な産地であり、2013年頃アメシストの産出が明らかになりましたが、最近までその産状は不明のままでした。産地中央部の大理石と周囲の緑色片岩・砂岩泥岩層の間に黒い土で充填された脈があり、その中の大小さまざまな晶洞から次の4種類の水晶が産出されます ;1)アメシスト様不透明水晶 ;2)透明なアメシスト ;3)インクルージョンにより白~緑色を呈する不透明水晶 ;4)晶洞の外殻を構成する無色~白色の微小な水晶。産状から、岩石中の空洞に微小水晶が急速に形成された後、内側でインクルージョン含有水晶とアメシストが成長し、同時期または成長後期に母岩が粘土化したと推測できます。

 

北海道然別産オパールの蛍光起源有機物

荻原成騎(東大地球惑星)・〇末冨百代(東大地球環境)
東京大学理学部地球惑星環境学科の末冨百代氏が北海道然別産オパールにおける蛍光起源有機物について発表しました。北海道然別湖西岸に注ぐ小沢には、火山噴出物が広く分布し、シリカシンター(オパールから成る温泉堆積物)が層状に露出し、ブラックライトによって縞状に多様な蛍光を発します。単色の蛍光(黄色、橙色)を示す部分を分取し、薄片を作りました。また、粉末化した試料はそれぞれソックスレー法により抽出し、シリカゲルクロマトグラフィーによって分画しました。さらに、それぞれの画分は蛍光分光計によって特徴を付け、GC/MS分析を行いました。それによって、N–2区画の多環芳香族とN–3区画のケトン・エステルが蛍光の原因だとわかりました。また、黄色蛍光と橙色蛍光の部分から抽出された多環芳香族が大きく異なるため、二種類の地下熱水系が同じ場所に噴出したことでこれらのオパールを形成したと考えられます。

 

北海道鹿追町然別産の多環芳香族炭化水素鉱物を包有する蛍光性オパール

〇石橋隆(阪大博)・田中陵二(相模中研/東海大)・萩原昭人・井上裕貴(九大)
大阪大学の研究者石橋隆氏が北海道然別産の有機物を包有する蛍光性オパールについて発表しました。北海道鹿追町然別地域に産する通称「大雪オパール」は、紫外線照射により種々の蛍光を呈すると報告されています。本オパールの産状は、温泉沈殿性の粗鬆な珪華沈殿物に貫入した大小の緻密なオパール脈であり、ゲル状二酸化ケイ素の沈殿による層状組織を示し、部位によって橙色~飴色~無色となります。長波紫外線によって、淡青色、淡紫色、黄色、黄緑色、橙色などの多彩な層状を示します。粉砕してクロロホルム抽出後に高速液体クロマトグラフィーによって可溶性成分を分析した結果、発光成分は多環芳香族炭化水素(PAH)だとわかりました。橙色蛍光は分散したビチューメン(非晶質)、黄色~黄緑色蛍光はコロネンやベンゾ[ghi]べリレンなど(結晶質)によります。そのうち、本研究で発見したベンゾ[ghi]べリレン結晶は、国際鉱物学連合(IMA)により、北海道石(hokkaidoite)として新種鉱物と承認されました。これらの有機物は熱水により供給されたもので、より深部の生物遺骸有機物が起源と予想されます。

 

コランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトル

猿渡和子(GIA Tokyo合同会社)
GIA東京の猿渡和子氏がコランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトルについて発表しました。二酸化炭素の流体包有物はコランダムの典型的なインクルージョンとしてはよく知られており、非加熱の特徴とされていましたが、最近圧力をかけて加熱を行ったコランダムからも二酸化炭素流体が報告されました。これまで二酸化炭素流体は顕微鏡観察で判断してきましたが、今回の発表では二酸化炭素流体の存在を赤外吸収スペクトルによって確認できることが報告されました。

 

ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドット

〇古屋正貴(日独宝石研究所)・Scott Davies(American Thai Trading)
日独宝石研究所の研究者古屋正貴氏がミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットについて発表しました。ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットには4条の強いアステリズムを示すものがあり、それらにはマグネタイトのインクルージョンや部分的に再結晶した黒い液膜が見られる他、強い斜光照明によって無色の針状インクルージョンも見られます。これらの針状インクルージョンは光彩効果の原因となっており、太く目立つものが一方向に平行して並んでいる他、より小さく細いものが約90°ずれた方向に並びます。この特徴によって、スター・ペリドットではスター効果の1条が鮮明であることに対して、もう1条は不鮮明になります。これらのインクルージョンは顕微ラマン分光や蛍光X線成分分析で確認できませんでしたが、先行研究に基づいてパラサイトのチューブ・インクルージョンのようなものであり、部分的にマグネタイトやサーペンティンを含む可能性があると考えられています。

 

構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別

〇三浦真(GIA Tokyo)・Mike Jollands(GIA New York)・Aaron Palke・Ziyin Sun(GIA Carlsbad)
・Wim Vertriest(GIA Bangkok)・桂田祐介(GIA Tokyo)
GIA東京の三浦真氏が構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別について発表しました。ペリドットはかんらん石の宝石名であり、主に玄武岩中に捕獲岩・捕獲結晶として見られ世界各地で産出する比較的ありふれた鉱物ですが、スカルン鉱床や超苦鉄質岩体中の熱水鉱床からのものは比較的大きな結晶で産出し、緑色が濃く、品質もよいです。エジプト、ミャンマー、パキスタン、ノルウェー産のペリドットがこの変成岩・熱水鉱床起源にあたります。また、隕石の一種であるパラサイトからも見つかっています。FTIRで分析した結果、水酸基による吸収から構造欠陥の種類を判別でき、玄武岩起源か変成岩・熱水起源かを容易に識別できます。また、変成岩・熱水起源のペリドットの化学的特徴は産地ごと異なる傾向にあるため、LA–ICP–MSとFTIRを組み合わせることで産地鑑別が可能だと考えられます。ただし、玄武岩起源ペリドットは化学的特徴が類似するため、現時点では産地鑑別が困難だと考えられます。

 

Fe添加スピネル(MgAl2O4)の結晶育成

〇勝亦徹・人見杏実・渡邉梨々花・森有沙・相沢宏明(東洋大学)
東洋大学の勝亦徹教授が鉄を添加したスピネルの結晶育成について発表しました。スピネルは遷移金属イオンの添加で種々の色の結晶を得ることができ、広い固溶領域を持つため結晶の色や発光などに組成比の影響が見られます。今回は浮遊帯域溶融法(FZ法)を用いて組成比MgO/Al2O3 = 1.0~0.5、Fe濃度0.1~2.0 mol%、雰囲気ガス中のO2濃度0~100 vol%の条件でFe添加スピネル結晶を育成しました。その結果、100%Ar雰囲気下(O2濃度0%)ではピンク、O2濃度0.1%では青色、O2濃度20~100%では黄色~緑色のスピネルが成長できました。また、雰囲気ガスを育成中に変化させることにより、バイカラー、トリカラースピネルの成長もできました。一方、Mn添加するとスピネルは薄緑/赤、薄緑/黄色のバイカラースピネルが成長できました。

 

マベから産出する無核の養殖真珠について

〇渥美郁男(東京宝石アカデミー)・矢﨑純子(真珠科学研究所)
東京宝石科学アカデミーの渥美郁男氏がマベから産出する無核の養殖真珠について発表しました。宝飾用素材として利用される半形真珠の母貝の一つにウグイスガイ科に属するマベがあります。現在、マベから半形真珠にとどまらず有核真珠(真円)も生産されています。このマベからは、他の真珠養殖母貝と同様に副産物としてバロック形状の無核真珠が産出することがあります。これらは真珠業界で慣例的に“ケシ”と呼ばれ、他の母貝から産出した“ケシ”との判別が難しいです。そのため、目視・蛍光観察、紫外可視分光測定、蛍光分光、マイクロCT観察の四つの分析法を用いて、マベ真珠、クロチョウ真珠、シロチョウ真珠、アコヤ真珠を比較しました。その結果、無核のバロック系真珠はマベ特有の蛍光分光吸収が明瞭で、軟X線透過検査で伝統的な養殖用核が認められる場合は無核のマベ養殖真珠だと判別できます。しかし、特徴的な蛍光分光吸収が認められない場合は海水産養殖真珠と判別されてしまうことがあります。

 

処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について

〇田澤沙也香・松田泰典・矢﨑純子(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の田澤沙也香氏が処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について発表しました。真珠は主に炭酸カルシウムから成るアラゴナイト結晶とタンパク質から形成され、紫外線照射すると蛍光を発します。そのため、蛍光観察は真珠の鑑別手法として活用されています。浜揚げされたアコヤ真珠は黄色を帯びているような蛍光を示すことが多く、それに対して漂白などの加工されたものは青白色の蛍光を示すことが多いです。また、紫外線可視分光による反射スペクトル測定では280 nmに吸収が見られ、蛍光分光測定でも280 nm励起によって蛍光ピークが確認されました。今回は加熱、放射線照射などの処理を施したアコヤ真珠の蛍光挙動を調べました。その結果、加熱・ガンマ線照射されたサンプルは目視観察、蛍光観察、蛍光分光、紫外可視分光においてすべて異なる挙動を示しました。故に、劣化処理方法によって蛍光の発見が変化するため、タンパク質の劣化評価には蛍光分光法だけでなく、それ以外の方法も用いて複合的に判断する必要があることがわかりました。

 

外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠の出現

〇山本亮・佐藤昌弘(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の山本亮氏が外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠について発表しました。現在、市場にイケチョウガイやヒレイケチョウガイにより産出する淡水真珠が流通しています。当初は大部分外套膜にピースのみ移植することで生産されますが、養殖技術の発展に伴い、生殖巣で養殖された有核淡水真珠が市場に多く流通するようになりました。その特徴としてこれまでの真珠と比較して大型であり、核に貫通孔が確認されることがあります。近年、これまでの有核淡水真珠と異なり、5 mm程度からそれ以下といった非常に小型の有核淡水真珠が流通するようになり、白色系のアコヤ真珠と非常に類似し、混同される場合が見受けられます。複合的分析の結果、この有核の小型淡水真珠の外観(色、テリなど)はアコヤ真珠と類似しますが、微量元素を検出することで判別可能で、成長模様・孔口・蛍光・まきの厚さなどでは異なる特徴を示します。電子顕微鏡を用いて孔口などを観察した結果、結晶層の端が崩れており、他の淡水真珠と比較してビッカース硬度が小さいことがわかりました。よって、これらの淡水真珠は他の真珠と比較して真珠層が脆い可能性が高いと推測できますが、加工などにより脆弱化した可能性もあります。

 

<懇親会参加報告>

6月10日(土)、総会・講演会終了後、割烹「倉また」にて、懇親会が行われました。フォッサマグナミュージアムから懇親会会場までは倉また所有のバスで送迎していただきました。50名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。コロナ禍のオンライン講演会ではできなかった対面での交流が参加者には大変好評でした。

令和5年度 宝石学会(日本)見学会参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年9月PDFNo.64

リサーチ 江森健太郎

 

6月11日(日)、総会・講演会の翌日に見学会が実施され、(1)フォッサマグナパーク、(2)高浪の池を見下ろす展望台、(3)コスモクロア露頭、(4)須沢海岸、合計4か所の見学を行い、宝石学会(日本)会員・賛助会員・非会員合わせて61名の参加がありました。

 

(1)フォッサマグナパーク

フォッサマグナパークでは、糸魚川から静岡県までつながる断層である「糸魚川―静岡構造線」を見ることができました(写真1、2)。「糸魚川―静岡構造線」はユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界であると考えられており、フォッサマグナの西側の境界断層でもあります。両プレートの押す力により糸魚川を含む中央日本が隆起し、高い山脈を作っています。

写真1-1.フォッサマグナパークで見ることが出来る糸魚川-静岡構造線。
写真1-1:フォッサマグナパークで見ることが出来る糸魚川-静岡構造線。

 

写真1-2.写真1-1にプレート境界線を赤線で加えた。
写真1-2:写真1-1にプレート境界線を赤線で加えた。

 

写真2:プレート境界の破断面。プレートが動いた際に擦りあった結果、境界は粘土状になっている。
写真2:プレート境界の破断面。プレートが動いた際に擦りあった結果、境界は粘土状になっている。

 

◆フォッサマグナとは

フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。アジア大陸から日本列島が離れる時にできた裂け目と考えられています。裂け目には、主に海底にたまった新しい岩石が埋まっています。やがて、海底が隆起し、今の地形を作り上げました。

 

(2)高浪の池を見下ろす展望台

高浪の池を見下ろす展望台からは、明星山の岩壁(写真3)を見ることができました。この岩壁をつくる石灰岩は3億年前の太平洋にあったサンゴ礁であり、プレートによって運ばれてきたものです。石灰岩からはサンゴやウミユリなどかつてのサンゴ礁に住んだ生物の化石が見つかるそうです。
プレートによって運ばれてきた石灰岩(サンゴ礁)は蛇紋岩によって地下から持ち上げられたヒスイと出会うことになりました。地下でヒスイが形成され、持ち上げられてきたことや、ヒスイと石灰岩が出会っていることは、すべてプレート境界だったからこそ起こった地質学的イベントなのです。

 

写真3:明星山の岩壁
写真3:明星山の岩壁

 

(3)小滝川ヒスイ峡

小滝川ヒスイ峡のヒスイは蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれていたものです。地すべりにより蛇紋岩眼帯が小滝川に滑り落ち、その後の浸食により蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられています。ヒスイが下流に運ばれるのは大洪水や土石流が起こった時のみです。小滝川ヒスイ峡は1956年に国指定の天然記念物として大切に保護され、保全計画に基づき公開されています。
小滝川ヒスイ峡についての詳しい情報は、CGL通信vol. 47「小滝川ヒスイ峡を訪ねて(リサーチ室 北脇裕士)」(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/47/80.html)に詳しく掲載されています。

 

峡が国の天然記念物であることを示すモニュメント。
写真4-1:小滝川ヒスイ峡が国の天然記念物であることを示すモニュメント。

 

小滝川のヒスイ。赤線で囲った部分はすべてヒスイである。
写真4-2:小滝川のヒスイ。赤線で囲った部分はすべてヒスイである。

 

(4)山之坊コスモクロア露頭

コスモクロア輝石(Kosmochlor、NaCrSi2O6)はヒスイと同じ「輝石」と呼ばれる鉱物グループに属します。1894年、メキシコのToluca隕石の中から世界で初めて発見され「コスモ=宇宙」の名が付いています。日本でのコスモクロア輝石は1996年に岡山県大佐山のヒスイからはじめて発見され、1997年糸魚川姫川産(根知付近、翠宝堂廣川様所蔵標本)のヒスイからも発見されています。糸魚川では益富地学会館の益富壽之助博士によって1978年にコスモクロア輝石と考えられる鉱物が発見されていましたが、未発表のままでした。糸魚川におけるコスモクロアは山之坊のネフライト露頭、姫川産のヒスイ(転石)、青梅金山谷のネフライト(転石)から発見されています。
今回訪問した露頭は鈴木ら(文献)で発表された場所と同一であり、糸魚川市から国道148号を小谷側に進み、山之坊地内の茶臼山トンネル南側出口の付近の斜面に位置します。この露頭のネフライト中に直径1 mm以下のコスモクロア輝石が含まれています。現場はすでに盗掘されていますが、2020年7月3日に第133号「天然記念物 山之坊コスモクロア輝石露頭」としてこの露頭を指定し、監視カメラや柵を設置することで露頭を保護しています。
コスモクロア輝石はとても珍しい鉱物であり、世界的にみてもロシアなどごく一部の地域で産出が報告されているのみと、希少度的にはヒスイを上回ると考えられています。この露頭の発見まで、糸魚川市内でコスモクロア輝石の産地が特定されたことはありませんでしたが、それだけでなく、ネフライトの露頭もこの場所以外に市内での発見例はありません。
また、このコスモクロア露頭はから産出されたコスモクロアは組成がNa0.98Cr0.97Al0.03Si2.01O6と理想値に近く、端成分に近いコスモクロア輝石であると言えます。

 

山之坊コスモクロア露頭のコスモクロア輝石(矢印で示す)
山之坊コスモクロア露頭のコスモクロア輝石(矢印で示す)

 

(5)須沢海岸

通常の岩石より比重が大きいヒスイは、通常の川の流れで下流に運ばれることはありません。山々が隆起し、発生した土石流によりヒスイは海岸まで運ばれます。縄文時代の人々は緑色に輝くヒスイを海岸から発見し、世界最古のヒスイ文化を花開かせました。糸魚川がずっと昔よりプレート境界周辺であり続けたことにより、人はヒスイと出会ったのです。
数十万年の間に5億年以上の歴史を有する山岳地域からヒスイを含む大量の岩石が海岸に運ばれ、糸魚川海岸は色とりどりの、いろいろな模様を持つ小石の海岸となっています。須沢海岸もその1つでありこの海岸でヒスイ探しを行うことができます。
宝石学会(日本)見学会においても、この須沢海岸でヒスイ探しが行われ、見学会の参加者1名がヒスイを見つけることができました。

須沢海岸でヒスイ探しを行う見学会参加者達
写真6-1:須沢海岸でヒスイ探しを行う見学会参加者達

 

須沢海岸で発見されたヒスイ
写真6-2:須沢海岸で発見されたヒスイ

◆ 参考文献
鈴木・大木(2019)地学研究,65: 185–187.

セレンディバイトの分析

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年9月PDFNo.64

リサーチ室 趙政皓

図1.深い緑色を呈する1.03 ctのセレンディバイト
図1.深い緑色を呈する1.03 ctのセレンディバイト

 

セレンディバイトは青色・緑色を呈するホウケイ酸塩鉱物の一種であり、理想的な化学組成はCa4[Mg6Al6]O4[Si6B3Al3O36]である。セレンディバイトは1900年代初頭にスリランカで発見され、その名称はスリランカのアラブ語名称セレンディブ(Serendib)に由来する。宝石品質のものは1997年にReinitz & Johnsonによって初めて報告されたが、報告例が少なく、希少性の高い宝石である。特に今回ご紹介するファセットカットされた透明石は珍しい。

最近、セレンディバイトとされている石を検査する機会を得た。この石は1.03 ctで、エメラルドカットが施されていた。深い緑色を呈しており(図1)、青色・緑色・黄緑色の明瞭な多色性が見られた。また、セレンディバイトは三斜晶系に属するため光学的二軸性であるが、3つの光軸のうち2つの屈折率がかなり近いため、一軸性と誤認しやすい。屈折計でこの石を測定した結果、nx = 1.698、 ny = 1.702、 nz = 1.703、nyとnzがかなり近い値であった。

この石にはインクルージョンが見当たらず、クラリティがかなり高い。そのため、顕微鏡観察において特に特徴は見いだせなかった。

エネルギー分散型蛍光X線分析装置Jeol JSX3210Sを用いて当該石を分析した結果を表1に示した。測定条件は以下の通りである:管電圧30.000 kV、管電流0.220 mA、エネルギー範囲0~41 keV、ライブタイム30.00 s、コリメータ2.000 mm。この分析結果は、セレンディバイトの化学式Ca4[Mg6Al6]O4[Si6B3Al3O36]と矛盾しない(ホウ素Bはエネルギー分散型蛍光X線分析装置では測定できない)。

 

表1 蛍光X線元素分析の結果

WEB-セレンディバイトの分析-表1

 

また、当該石のUV–Vis–NIRスペクトルを図2に示す。測定は、紫外可視分光光度計JASCO V650を用いて行った。810 nm中心の比較的強いバンドと、408、434、464、500 nm付近の弱いバンドが見られる。4つの弱いバンドの位置は、K. Schmetzer et al., (2002) が報告したUV–Vis–NIRスペクトルと一致した。しかし、同文献によると、強いバンドの中心は720 nmであった。810 nmの吸収バンドは鉄と関連することが多く、本研究で測定した石の鉄含有量(1.29 wt.%)は、K. Schmetzer et al., (2002)が測定した石の鉄含有量(0.84 wt.%)よりも明らかに高いため、このバンドの中心の移動は鉄によるものだと推測できる。

 

WEB-セレンディバイトの分析-図2

図2. 当該石のUV–Vis–NIRスペクトル。408、434、464、500 nm付近の弱いバンドと810 nm中心の比較的強いバンドが見られる。

 

 

図3は、フーリエ変換型赤外分光分析装置JASCO FT/IR–4100で測定した当該石の赤外スペクトルを示す。3505、3339、2620、2555 cm–1付近にピークが見られる。全体として、K. Schmetzer et al., (2002) が報告した2つの石のうち、0.55 ctの緑青色サンプルのスペクトルと類似する。ただし、先行研究では3339 cm–1付近のピークがなく、代わりに3358 cm–1付近にピークが出ている。このピークが移動した理由は不明である。

図3.当該石の赤外吸収スペクトル。3505、3339、2620、および2555 cm-1付近にピークが見られる。
図3.当該石の赤外吸収スペクトル。3505、3339、2620、および2555 cm-1付近にピークが見られる。

 

ラマン分光装置Renishaw InVia Raman Systemを用いて、当該石のラマンスペクトル(図4)を514 nmのレーザー励起を用い取得した。200、307、466、525、627、752、890、992 cm–1付近に明らかなピークが見られ、359、403、570、678–1付近に弱いピークがあった。131 cm–1付近の鋭いピークは、装置による何らかの反射と思われる。これらのピークは、200 cm–1付近のもの以外、すべて先行研究と一致した(K. Schmetzer et al., 2002)。

図4.当該石のラマンスペクトル。200、307、359、403、466、525、570、627、678、752、890、992cm–1付近にピークが見られる。
図4.当該石のラマンスペクトル。200、307、359、403、466、525、570、627、678、752、890、992cm-1付近にピークが見られる。

 

 

同装置を使い、当該石のフォトルミネッセンス(PL)スペクトルも測定した(図5)。692 nm付近にピークが見える。このピークは、C. Chutimun et al. (2021) が報告したPLスペクトルにある690、693 nm付近のツインピークが重なったものだと考えられる。しかし、686 nm付近のショルダーは見えなかった。

図5.当該石のPLスペクトル。692nm付近にピークが見える。
図5.当該石のPLスペクトル。692nm付近にピークが見える。

 

今回は、希少石であるセレンディバイトの分析を行った。先行研究の測定結果とほぼ一致したが、鉄含有量が高いなどの特徴があり、スペクトルなどで些細な差が出た。セレンディバイトに関する宝石学的研究はかなり少ないため、機会があれば今後も引き続き測定する予定である。

 

◆参考文献
Reinitz, I., & Johnson, M. L. (1997). Gem Trade Lab Notes: Serendibite, a rare gemstone. Gems & Gemology, 33(2), 140–141.

Schmetzer, K., Bosshart, G., Bernhardt, H. J., Gübelin, E. J., & Smith, C. P. (2002). Serendibite from Sri Lanka. Gems & Gemology, 38(1), 73–79.

Chutimun, C. N., Nasdala, L., Wildner, M., Škoda, R., & Zoysa, E. G. (2021). Spectroscopic Study of Serendibite from Sri Lanka. The Journal of Gemmology, 37(5), 451–454.

 

 

 

 

中国製大型無色系 HPHT 合成ダイヤモンド結晶の観察

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年5月PDFNo.63

リサーチ室  北脇裕士 、江森健太郎、久永美生、山本正博、岡野誠

研究用に入手した33個の大型無色系HPHT合成ダイヤモンドの結晶原石を検査した。これらは中国のある企業が宝飾用途に商業ベースで生産した3〜8 ctの原石である。これらのすべてに種結晶の痕跡が認められ、種面の方位は等しく{100}であった。原石の形状は{100}と {111}が発達しており、{110}、{113}、{115}も認められた。種面以外の結晶面には特有の線模様が認められた。 結晶表面に達した金属inc.からは蛍光X線分析およびLA‒ICP‒MS分析においてFe(鉄)、Co(コバルト)と微量のTi(チタン)およびCu(銅)が検出された。赤外分光分析ではすべてII型の特徴を示し、フォトルミネッセンス分析では天然には稀なNi(ニッケル)に関連するピークが検出された。また、DiamondViewTMでは各成長分域によって異なる強さの蛍光と燐光が観察された。以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット・研磨された後も天然ダイヤモンドとは確実に識別が可能と考えられる。

Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個
Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個

 

背景

中国の鄭州は、HPHT法による工業用合成ダイヤモンドの世界的な生産地で、世界の需要のおよそ95%を担っている(文献1)。Zhong Nan Diamond Co., Ltd.、Huanghe Whirl Wind Co., Ltd.、Zhengzhou Sino Crystal Co., Ltd.は、「3大巨頭」と称され他を圧倒しているが、他にも多くの製造会社が林立している(文献1)。 2014年末頃からこれらの企業により宝飾用メレサイズの無色合成ダイヤモンドの生産が開始され、その圧倒的な生産量により、瞬く間に世界の宝飾市場を席巻した。2018年以降、0.2 ct〜0.5 ctのカット石が中心に生産されているが、1 ct〜2 ctサイズのものも作られている(文献2)。さらに最近になって結晶の大型化が進み、これまで工業用に特化していた企業が宝飾用の合成を始めている。 本研究は、今後増加が予測される大型のHPHT無色合成ダイヤモンド結晶の諸特徴を明らかにし、カット・研磨後に流通する製品に対して有益な鑑別指針を提供できると思われる。

 

 

試料と分析方法

研究用に入手した中国製の無色系HPHT合成ダイヤモンド結晶原石33個を検査対象とした (Fig.1) 。これらはこれまで工業用途に特化してきたある企業が宝飾用に新たに製造を始めた大型結晶である。試料の内訳は3〜4 ct結晶29個、5〜6 ct結晶3個、7〜8 ct結晶1個の総計33個である。33個の試料すべてに対して標準的な宝石学的検査を行い、3〜4 ct結晶のうち13個については赤外分光分析を行った。また、5〜6 ct結晶2個と7〜8 ct結晶1個の計3個についてSYNTHdetectTMによる検査、DiamondViewTMによる観察およびフォトルミネッセンス分析を行った。また、拡大検査で表面に達する金属包有物を含有していた3個については蛍光X線分光法による組成分析を行った。さらに、うち1個についてはLA‒ICP‒MS分析を行った。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365 nm)と短波紫外線ライト(253.6 nm)を用いて完全な暗室にて行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4100を用いて分析範囲は7500–500 cm–1、分解能は4.0 cm–1で、積算回数はAutoで測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman Microscope 830 nm、633 nm、514 nm、488 nmおよび457 nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。蛍光X線分析には日本電子製JSX‒100Sを用いて管電圧30 kV、管電流最大1 mA、コリメーターはφ2 mmで行った。 LA‒ICP‒MS分析には、ESL社のNWR 213とAgilent 7900を使用した。レーザーアブレーションにおけるクレーターサイズは15 μm、レーザーパワーは20J/cm2で1秒間に10発を20秒間継続した。プラズマの RFパワーは1200 Wとした。

 

結果と考察

◆結晶形態

Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495ct)
Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495 ct)

検査を行った結晶の重量はほとんどが3〜4 ctで、縦横の長さは平均で7 mm程度であった。これらをカット研磨することで1〜2 ct程度のものが得られると推定される。今回検査した33個の結晶の中で最大のものは7.495 ctで縦横の長さはおよそ10 mmあった(Fig.2)。これからは3 ct程度のカット石が得られると思われる。33個すべての結晶に種結晶は付着していなかったが、種面は総じて{100}であった。また、結晶の原石のサイズに関係なく、種結晶の大きさは0.5 mm程度であった(Fig.3a)。種結晶の抜け跡の形態は、中央の{100}を取り囲むように4つの{111}が見られるものがあり、Ib型のHPHT合成の結晶原石が使用されていたと推測される(Fig.3b)。結晶は複数の結晶面から構成されており、その代表的なものの写真をFig.4aに、その模式図をFig.4bに示す。すべての結晶は{100}と{111} を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られた。各結晶面の相対的な大きさは結晶ごとにバラツキがみられた。Fig.5に示すように、{100}に注目してみると(図中の水色線で囲まれた四角形)、各結晶によって大きさが異なっていることがわかる。しかし、全体的には{111}が{100}よりも大きく発達しているものが多くみられた。

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (a) :種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度)

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (b) :最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (a) :すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (b) (a)の面指数の模式図

 

Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。
Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。

 

◆表面特徴

33個の試料すべての結晶面上に特有の線模様がみられた(Fig.6a, b)。これらは指数の異なる面に連続しており、結晶の成長時に形成したものではなく、成長後のプロセスで生成したことが推定できる。HPHT合成ダイヤモンド結晶の表面模様は溶媒金属の合金組成と関連しており、ラメラ状のパターンは溶媒にFe(鉄)を用いた際に発生する(文献3)。金属溶媒が固化する際に合金組成に応じて結晶表面に様々なパターンが生じるもので、Feを使用するとダイヤモンド表面をエッチングすることで線模様となる(文献3)。このような線模様は天然ダイヤモンドの結晶にはみられないため、カット・研磨後に残されていれば鑑別の手掛かりになる。かつてCGLでは今回の33個の試料とは別にグレーディングに供され、HPHT合成と判断した0.791 ctのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドのナチュラル(未研磨部)に類似の線模様を確認している(Fig.7)。

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6a:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6b:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線
Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線

 

◆紫外線蛍光

長波および短波紫外線下において明瞭な蛍光が認められるものはほとんどなかったが、一部に弱い青白色の 蛍光が観察された。短波紫外線(SWUV)下では33個の試料すべてに、品質(金属inc.の量比)に関係なくやや緑がかった青白色の明瞭な燐光が観察された(Fig.8a, b)。燐光の程度には強弱があり、数10 秒程度のものから長いものでは1 分以上継続するものも認められた。概して、後述する赤外分光分析でホウ素に関連するピークを示したものには強めの燐光が見られた。天然ダイヤモンドでは明瞭な青白色の燐光を示す例は極めて稀であり、 短波紫外線下において数秒以上継続する明瞭な燐光の存在はHPHT合成の警鐘となる。

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶

 

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (b)金属inc.が豊富な結晶

 

◆金属包有物

今回検査した33個の試料にはほとんどに金属inc.が認められた。金属inc.は種結晶の近傍(Fig.9a)や分域境界付近(Fig.9b)、そして種結晶と対角にある{100}面領域(Fig.9c)に頻度高く観察された。Fig.10はこのような 金属inc.の入り方を示した概念図である。結晶成長がまだ不安定な初期段階である種結晶近傍と、成長速度や不純物元素の取り込み方が異なる分域境界付近、そして成長の最終段階に金属inc.が入りやすいと思われる。 これらの金属inc.を包有する結晶は、強力なフェライト磁石に対しては明瞭な磁性を示した。このような金属inc.や明瞭な磁性は天然ダイヤモンドには見られず、HPHT合成の特徴となる。

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(b)分域境界付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.

 

Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図
Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図

 

◆赤外分光分析

33個の試料のうち13個について赤外分光分析を行った。分析を行ったすべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500〜1000 cm–1)に吸収を示さないII型に分類された(Fig.11)。13個中7個にはホウ素に由来する4093、2928、2810、2460 cm–1に吸収が見られ、IIb型であることが確認された(Fig.11中の青実線)。これらのホウ素に起因するピークが強いものには1332 cm–1のピークも認められた(図中には示していない)。ホウ素は窒素との電荷補償により、窒素に起因する黄色味を除去する目的で意図的に添加されることがあるが、製造時の炭素原料や金属溶媒に由来する不純物としても混入する(文献4)。今回検査した13個のHPHT合成ダイヤモンドは、ホウ素の濃度(FTIRによるピーク強度)に個体差があり、不純物である可能性が高い。また、筆者らが過去に調査した中国製の無色系メレサイズのHPHT合成ダイヤモンド(文献5)よりもホウ素に関連するピークが弱く、不純物としてのホウ素の混入を制御する技術がこの数年で向上したものと考えられる。

Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型
Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型

 

◆DiamondViewTM

5〜6 ctの結晶2個と7〜8 ctの結晶1個の計3個の試料についてDiamondViewTMによる観察をおこなった。すべての試料にホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察されたが、指数の異なる結晶面で発光強度に若干の違いが見られた。およそ{111}が最も強く、次に{100}、{113}が同程度、さらに{110}、{115}は少し弱めであった(Fig.12)。同様の発光色はHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドにも見られることがある。また、天然のII型ダイヤモンドは、 ほとんどのもの(90%以上)がバンドAに因るやや暗い青色蛍光を示すため(CGL未公表資料)、今回の試料のような青白色の発光色は合成起源の警鐘となる。

Fig.12:DiamondViewに因る蛍光像: 蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}
Fig.12:DiamondViewTMに因る蛍光像:蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}

 

◆SYNTHdetectTM

DiamondViewTMで観察した3個の試料についてさらにDTCのSYNTHdetectTMで検査をおこなった。この装置は、天然ダイヤモンドの99%に特有の遅延ルミネッセンスがあることを利用し、合成との識別に使用されている(文献6)。225 nm未満の短波長の紫外線により、試料の深さ1ミクロン付近のみが励起されるため、観察されたルミネッセンスは表面でのみ生成されたとみなされる。この装置は枠付きで複数がセットされたダイヤモンドでも個々に検査を行うことができる。天然ダイヤモンドには455 nmをピーク波長とした特有の遅延ルミネッセンスが現れるが、合成には存在しないことが、デビアスグループの2000万個以上の無色ダイヤモンドで確認されている(文献6)。今回検査した3個はすべて天然に特有の遅延ルミネッセンスが認められず、Refer(要詳細検査)と なった(Fig.13)。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.13:SYNTHdetectTMではすべてrefer(要詳細検査)となった。

 

◆蛍光X線分析

顕微鏡による拡大検査で種面付近に金属包有物を含有している3個の試料について蛍光X線による定性分析を行った。Fe(鉄)とCo(コバルト)がそれぞれ同程度検出され、少量のTi(チタン)も検出された(Fig.14)。FeおよびCoは無色系のダイヤモンドを製造する際に一般的に使用される溶媒金属である。無色系を合成する際には着色に関与するカラーセンタを形成するNi(ニッケル)は通常用いられない(文献7)。CoとFeの割合は重要でCo量は40〜60 wt%が適している。この範囲を外れると、金属包有物の混入や骸晶の発生など良質な結晶が得られなくなる(文献8)。また、厳密な温度管理が必要で高温になり過ぎると金属inc.が多くなり、低温になり過ぎると骸晶が発生しやすくなる。 そのため良質な結晶を得るための適切な温度領域の幅は10°C以下と非常に狭い(文献8)。また、一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質(Fig.15)を分析したところ、相当量のS(硫黄)とFeおよびCoが検出された。これらは金属溶媒からダイヤモンド結晶を取り出す際に使用された強酸溶液(文献7)もしくは電気分解に使用された溶液(文献9)と反応して生成した残存物と考えられる。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.14:表面に達した金属in.の蛍光X線分析 (wt%)

 

Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質
Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質

 

◆LA‒ICP‒MS分析

蛍光X線分析に用いた試料のうち1個(Fig.14の試料1)に対してLA‒ICP‒MS分析による定性分析を行った。測定元素はHPHT合成に一般的に使用される溶媒金属と窒素ゲッターに使われる元素を想定して選定し、以下の7種類について行った。Ti(チタン)(47)、Fe(鉄)(56、57)、Co(コバルト)(59)、Ni(ニッケル)(60)、Cu(銅)(63)、Hf(ハフニウム)(178)、Zr (ジルコニウム)(90)(カッコ内の数字は質量数)。Fig.16に示すAおよびBは同じ金属inc.を、Cは同試料中の別の金属inc.を測定したものである。A、B、CすべてからFeとCoが検出され、AおよびBではその比率は6:4程度、Cではほぼ同程度であった。すべての測定点から少量のTiとCuも検出されており、その比率はおよそ1:3であった。 蛍光X線分析でも明らかなようにFeとCoが主要な溶媒金属であり、Tiが窒素ゲッターとして、CuはTiCの生成を抑制するために添加されたものと考えられる。黄色味の原因となる置換型単原子窒素を除去するために一般に窒素ゲッターと呼ばれるTi、Hf、Zr、Al(アルミニウム)などの元素が適量添加される(文献7)。これらのうちTiが最も効率の良い窒素ゲッターとなるが、溶媒中にTiCが多量に生成し、成長結晶表面の沿面成長が阻害され、金属包有物の巻き込みが顕著となる。そのため成長速度を落として結晶育成が行われるが、Cuを適量添加することでTiCの生成を抑制することができる(文献8)

Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析
Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析 (wt%)

 

◆フォトルミネッセンス分析

DiamondViewTMおよびSYNTHdetectTMで検査を行った3個について5種類の励起源を使用してPL測定を 行った。488 nmレーザーおよび514 nmレーザーにおいて、3個の試料すべてに503.2 nm (H3)、575 nm (NV0)、637 nm(NV)のピークが検出されたが、これらは2次ラマン線の強度よりも小さいピークであった (Fig.17:514 nmレーザーは未記載)。1個の試料にはこれらの他に3Hと帰属不明の631.4 nm、688.2 nm、 731.4 nmのピークが見られた(Fig.17)。633 nmレーザーと830 nmレーザーでは3個の試料すべてに883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークが検出された(Fig.17:830 nmレーザーは未記載)。これらのダブレットはNi(ニッケル)をベースとした溶媒金属を用いて製造されたHPHT法合成ダイヤモンドの{111}領域に頻繁に観察されており、格子間のNiによるものではないかと考えられている(文献10)。この883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークは、HPHT合成を強く示唆するが、CVD法合成ダイヤモンドや天然ダイヤモンドにも稀に見られることがあるため、その存在のみではHPHT法の確実な証拠とすることはできない。

Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル
Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル

まとめ

研究用に入手した33個のほぼ無色の中国製HPHT合成ダイヤモンド結晶を検査した。多くのものは3〜4 ctで あったが、最大のものは7.495 ctで研磨後には3 ct前後になると思われる。結晶の形態は{100}と{111}が発達しており、{110}、{113}、{115}が見られた。結晶面上には特有の線模様が見られ、金属溶媒が固化する際に生じたものと考えられる。ほとんどの結晶に金属inc.が含まれており、磁性を示すものもあった。溶媒金属の化学組成はFeとCoで微量のTiとCuが添加されていた。短波紫外線下で強い燐光が見られ、DiamondViewTMにおいて も結晶面ごとに蛍光強度に差異が見られた。また、SYNTHdetectTMではreferとなった。 以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット研磨されても天然ダイヤモンドとの識別は十分に可能であると考えられる。中国で製造される宝飾用HPHT合成のサイズは大型化してきており、CVD合成の競合において低価格での量産化が見込まれている。宝飾業界にとっては正しい情報開示と正確な鑑別が重要である。

 

参考文献

1. Xiaopeng Jia. (2016) HPHT synthetic diamonds in China. CGLreport, No.35, 1‒6 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/35/54.html
2. 北脇裕士. (2022) アジアにおける宝飾用合成ダイヤモンドの生産者とCGLで鑑別した合成ダイヤモンド. NEW DIAMOND, vol.38, No.1

3. Kanda H., Akaishi M., Setaka N., Yamaoka S. and Fukunaga O. (1980) Surface structures of synthetic diamonds. Journal of materials science 15, 2743‒2748
4. 佐藤周一., 角谷均. (1995) 高純度ダイヤモンド単結晶の合成. 高圧力の科学と技術, vol.4, No.4
5. 北脇裕士. (2016) 無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンド. CGL通信, No.30, 1‒9 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/30/46.html

6. Colin D. McGuinness, Amber M. Wassell, Peter M.P. Lanigan, and Stephen A. Lynch. (2020) Separation of natural from laboratory‒grown diamond using time‒gated luminescence imaging. Gems and Gemology, vol.56, No.2, 220‒229
7. 神田久生. (1992) 大型合成ダイヤモンドに含まれる不純物についての最近の研究. 宝石学会誌, vol.17, No.1‒4 8. 角谷均., 戸田直大., 佐藤周一. (2009) 高品質大型ダイヤモンド単結晶の開発. SEIテクニカルレビュー, 166, 7‒12 9. Zhang Siyang. (2002) Analysis on Electrolysis Process of Synthetic Diamond Rod. Metallurgy and Materials, 40(3), 112.

10. Kanda H. and Watanabe K. (1999) Distribution of nickel related luminescence centers in HPHT diamond. Diamond and Related Materials, 8, 1463‒1469

CGLおける色石の原産地鑑別

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年5月PDFNo.63

CGLでは現在、「コランダム」と「パライバ・トルマリン」の原産地鑑別サービスを行っており、新たに「エメラルド」の産地鑑別の受付も近日中に開始を予定しております。原産地鑑別サービスは、通常の鑑別書に加え、分析結果報告書を付随させるという形で提供させていただいています。

原産地についての結論は、中央宝石研究所が保有する既知の標本およびデータベースとの比較、現時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたものです。このレポートに記した地理的地域は、検査した宝石の出所を保証するものではなく、最も可能性の高いとされる起源を記述した中央宝石研究 所の意見です。いくつかの産地においては極めて類似した特徴を示すことがあり、特定の産地を記述できないケースもあります。

記述された産地は宝石の品質や価値を示唆するものでもありません。 また、原産地の鑑別にはLA‒ICP‒MS分析を必要とする場合があり、LA‒ICP‒MS分析同意書が必要となります。

◆ コランダムの原産地鑑別

 

ルビー、ブルーサファイアの原産地鑑別は、「非加熱コランダムレポート」サービスに追加する形で行っております。「非加熱コランダムレポート」サービスでは通常の宝石鑑別書に加え、そのコランダムが加熱されていない(非加熱)か、加熱されているかを示した分析報告書が付随します。原産地鑑別の結果は、この分析報告書に記載することが可能となっております。

記載可能な産地(例)

ルビー:ミャンマー、ベトナム、モンザビーク、マダガスカル、スリランカ、タンザニア、タイ、カンボジア、タジキスタン、グリーンランド等

ブルーサファイア:スリランカ、ミャンマー、マダガスカル、カシミール、タイ、カンボジア、ナイジェリア、タンザニア、オーストラリア、モンタナ等

原産地の記載は原則国名ですが、伝統的な通称名が ある場合はその限りではありません。
例:モンタナ、カシミール、東アフリカなど

非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書
非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書

 

◆ パライバ・トルマリンの原産地鑑別

 

現在、パライバ・トルマリンは、銅が主たる色の原因であるブルー〜グリーンの宝石トルマリンのことを言い、ほとんどがエルバイト・トルマリンです(一部リディコータイト)。 パライバ・トルマリンの産出当初、原産地はブラジルに限定されていましたが、現在ではナイジェリア、モザンビークにおいても同様のトルマリンが産出されています。パライバ・トルマリンの名称は、分析報告書に限定されており、原産地鑑別はパライバ・トルマリン分析報告書に追加で記載する形を取っています。

記載可能な産地(例):
ブラジル、モザンビーク、ナイジェリア

パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書
パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書

 

◆ エメラルドの原産地鑑別 NEW

エメラルドの原産地鑑別は近日中に開始予定です。通常の宝石鑑別書に加え、原産地を記載した分析報告書が付属します。エメラルドノンオイルレポートを用いる場合は、ノンオイルレポート(分析報告書)に原産地を記載します。

記載可能な産地(例):

コロンビア、ザンビア、ブラジル、ロシア、エチオピア、ナイジェリア、ジンバブエ、マダガスカル、パキスタン、アフガニスタン等

 

エメラルドの産地鑑別レポート
エメラルドの産地鑑別レポート

 

エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート
エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート

 

◆LA‒ICP‒MS分析とは

宝石鉱物は母岩や産出環境といった地質学的な環境情報を保持しています。宝石鉱物の構成成分を分析することは、その母結晶の地質環境、産状を特定することに繋がるため、原産地鑑別における重要な情報となります。

LA‒ICP‒MSはLA(レーザーアブレーション)装置 とICP‒MS(誘導結合プラズマ質量分析)の2つの装 置を組み合わせた分析装置です。LAは宝石にレーザー光を照射し、そのエネルギーで宝石の極微小領域を微粒子化する装置です。ICP‒MSはLAで生成された微粒子を、約9,000Kに達するプラズマをイオン化源として測定する質量分析器です。蛍光X線元素分析装置では測定不 可能なLi(リチウム)、Be(ベリリウム)といった軽元素の測定ができる他、非常に高感度(数百ppb〜)の分析能力を有しま す。

CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)
CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)

CGLではLA‒ICP‒MSを用いて依頼されたサンプルの微量元素 含有量を分析し、原産地毎の微量元素データベースと比較することで原産地鑑別に役立てています。

LA(レーザーアブレーション装置)で分析する際、宝石のガード ル部分に55 μmの分析痕が残ります(右写真参照)。これは日本人女性の平均的な髪の毛の細さ80 μmよりも細く、宝石を扱う際によく用いられる10倍のルーペでは発見が困難なサイズとなります。◆

ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕
ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕

エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2022年12月PDFNo.62



リサーチ室 趙政皓・江森健太郎

コロンビア産エメラルドのリング
コロンビア産エメラルドのリング

エメラルドは、ベリルの一種であり、古くから貴重な宝石として扱われている。最初は中央アジアとエジプトのエメラルドが知られていたが、16世紀になってスペインの征服者がコロンビアの高品質のエメラルドを国際市場に持ち込んだ時、世界中が驚かされた。現在に至って、コロンビアはエメラルドの最も重要な産地である。19世紀から20世紀にかけて、コロンビアのエメラルドに比べても劣らない新しい鉱山が世界中に出現した。高品質のエメラルドを産出するブラジル、ロシア、ザンビアの他に、マダガスカルやエチオピア、アフガニスタンなどにも小さな鉱床が発見された。加えて昨今の流通の透明性などに対する社会的欲求のため、エメラルドの産地鑑別の重要性が急速に高まっている。
本稿ではエメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョンについて概要を説明する。

 

エメラルドの形成

ベリルの化学組成はBe₃Al₂(SiO₃)₆であり、エメラルドはベリル中に含まれるクロム(Cr)とバナジウム(V)によって緑色を呈する宝石変種である。上部大陸地殻に存在するベリリウム(Be)は2 ppm程度しかない上、クロム(Cr)とバナジウム(V)も海洋地殻や上部マントルに濃縮している。そのため、エメラルドの形成に必要なベリリウム(Be)とクロム(Cr)が同時に存在するためには限定された地質学的条件が必要である。故に、エメラルドは産出量が限られ、希少性の高い宝石となっている。

エメラルドは形成する地質学的条件によっていくつかのタイプに分類される。例えば、G. Giuliani et al. (2019) はエメラルドを産出する地域の地質的環境を考察し、花崗岩マグマに起因するかどうかによってエメラルドを構造–変成関連タイプと構造–マグマ関連タイプに分類した。一方、S. Saeseaw et al. (2019) は地質学的形成条件を考えた上、コロンビアのエメラルドの特徴と類似するかどうかによってエメラルドを「熱水/変成タイプ」と「片岩ホスト/マグマタイプ」に分類した。本稿では後者を参考し、表1には、世界各地の重要なエメラルドの鉱床のタイプを示した。

片岩ホスト/マグマタイプのエメラルド鉱床は世界中に分布しており、最も数の多いタイプとなっている。このタイプのエメラルドの多くは花崗岩マグマに起因するものであり、その典型的な形成モデルの概略を図1に示した。その形成過程には、ベリリウム(Be)を含む酸性マグマがクロム(Cr)、バナジウム(V)を含む苦鉄質岩や超苦鉄質岩に侵入することによってベリリウム(Be)とクロム(Cr)、バナジウム(V)が同じ場所に濃縮され、エメラルドを形成した。このタイプのエメラルドの普遍的な内部特徴は、ブロック状または不規則な多相インクルージョンを含むことであり、バイオタイトなどの固相インクルージョンも多い。

熱水/変成タイプのエメラルドの鉱床は比較的に少なく、エメラルドの形成は主に熱水に起因するものとなっている。典型的な例として、図2にコロンビアの熱水/変成タイプのエメラルドの形成モデルを示した。深い地層からの熱水によって岩石内部にある元素が移動し、結果としてエメラルドの形成を促した。このタイプのエメラルドの普遍的な内部特徴は、縁がギザギザな多相インクルージョンを含むことである。

次節から、商業的に重要な各産地のエメラルドの特徴的なインクルージョンについて紹介する。

 

表1エメラルドの分類

T01

 

図1 片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドの典型的な形成モデル(G. Giuliani et al., 2019を加筆)。
図1 片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドの典型的な形成モデル(G. Giuliani et al., 2019を加筆)。

 

図2 コロンビアの熱水/変成タイプエメラルドの形成モデル(G. Giuliani et al., 2000を加筆)。
図2 コロンビアの熱水/変成タイプエメラルドの形成モデル(G. Giuliani et al., 2000を加筆)。

 

コロンビア

コロンビアは最も重要なエメラルドの産地であり、16世紀から高品質のエメラルドを産出している。現在でも日本国内市場には50~60 %のシェアがある。コロンビアのエメラルド鉱床は東コルディレラ山脈の堆積盆地の両側に分布しており、砂岩、石灰岩、黒い頁岩、蒸発岩で構成する堆積岩の中からエメラルドが産出している。盆地の東側は6500万年前に形成されたガチャラ、チボールとマカナル鉱床;西側には3800万~3200万年前に形成されたムゾ、コスクェス、ラ・ピタなどの鉱床がある(G. Giuliani et al., 2019)。これらのエメラルド鉱床はすべて熱水/変成タイプに属する。この地で生じた大規模な熱水変成作用が、蒸発岩から高濃度の塩水(~40 wt%相当の塩化ナトリウム(NaCl))の形成を引き起こした。その結果、黒い頁岩中の豊富な有機物からベリリウム(Be)、クロム(Cr)、バナジウム(V)が放出され、エメラルドが形成した。

コロンビアのエメラルドは形成中、濃度の高い塩水を取り込むため、図3に示したような輪郭がギザギザの三相(固相、液相、気相)インクルージョンが観察される。多くの場合、それらの三相インクルージョンに含まれる気泡は二酸化炭素(CO2)であり、固体は塩水から析出された塩化ナトリウム(NaCl)である。このようなギザギザなインクルージョンは、アフガニスタン・パンジシールなど他の熱水/変成タイプのエメラルドにも見られることが多いが、S. Saeseaw et al. (2019)によると、長さ500 μmを超えるもの(図4)はコロンビア特有のものとなる。

図3 熱水/変成エメラルドによく見られる輪郭がギザギザな三相インクルージョン。気泡の下に小さな四角い固体が見える。視野0.8 mm。
図3 熱水/変成エメラルドによく見られる輪郭がギザギザな三相インクルージョン。気泡の下に小さな四角い固体が見える。視野0.8 mm。

 

図4 コロンビアのエメラルドの特徴である500 μmを超える大きなギザギザな三相インクルージョン。 視野1.2 mm。
図4 コロンビアのエメラルドの特徴である500 μmを超える大きなギザギザな三相インクルージョン。視野1.2 mm。

 

エメラルドの形成過程中、熱水中の硫酸塩と黒い頁岩に含まれる有機物と化学反応を起こし、ベリリウム(Be)、クロム(Cr)、バナジウム(V)を放出すると同時に、有機物の還元反応によって硫化水素(H₂S)と炭酸水素イオン(HCO₃ )が生成する。そして最終的には金属イオンと結合してパイライト、カルサイト、ドロマイトなどが生成される(図5–6)。これがコロンビアのエメラルドにしばしばパイライトなどが観察される原因である。同時に、この地域の鉄(Fe)成分がほとんどパイライトとして結晶化するため、結果的にコロンビア産エメラルドに取り込まれる鉄(Fe)の濃度は低くなる。ただし、これらの鉱物固体インクルージョンは他の鉱床のエメラルドにも見られるため、産地鑑別には強力な指標とはなれない。その他、パリサイトはコロンビアのエメラルドしか報告されていないが、観察できるのは極めて珍しい(K. Thu, 2021)。

 

図5 パイライトのクラスター。コロンビア以外の産地からのエメラルドにも観察されることがある。 視野0.9 mm。
図5 パイライトのクラスター。コロンビア以外の産地からのエメラルドにも観察されることがある。視野0.9 mm。

 

図6 コロンビアのエメラルドにあるカルサイト。菱面体の形が見える。
図6 コロンビアのエメラルドにあるカルサイト。菱面体の形が見える。

 

原産地鑑別に強力な指標となるGota de Aceite(スペイン語で「油の滴」を意味する)は、コロンビアのエメラルドのもう一つの特徴であり、これはエメラルド内部の異常な成長構造に起因するものである(図7–8)。類似した成長構造はアフガニスタンやザンビアなど他の鉱床からのエメラルドでも稀に観察されることがあるが、観察頻度は極めて低い(N. Ahline, 2017; R. Zellagui, 2022)。多くの場合、Gota de Aceiteの構造は結晶の基底面と平行に分布しており、光軸方向から観察できる。その他、図9に示した鋸歯状の成長線もコロンビアのエメラルドの特徴である。これは結晶のc軸方向にギザギザと伸長した分域境界で、熱水/変成タイプのエメラルドの特徴と考えられる。

図7 コロンビアのエメラルドの特徴であるGota de Aceite。疑似六角形の形が見える。視野1.3 mm。
図7 コロンビアのエメラルドの特徴であるGota de Aceite。疑似六角形の形が見える。視野1.3 mm。

 

図8 コロンビアのエメラルドに見られるGota de Aceite。六角形の形が見えないタイプ。視野4.0 mm。
図8 コロンビアのエメラルドに見られるGota de Aceite。六角形の形が見えないタイプ。視野4.0 mm。

 

図9 コロンビアのエメラルドに観察できる鋸歯状の成長線。
図9 コロンビアのエメラルドに観察できる鋸歯状の成長線。

 

アフガニスタン

アフガニスタンのエメラルドは紀元前から知られており、18世紀以前は歴史的に重要な産地であった。1970年代以降、商業的に採掘されるようになったが、一般に高品質なものは少ない。しかし、時折コロンビアのエメラルドに匹敵する大粒で透明度の高いエメラルドが産出することがある。2017年に新たな鉱床も発見され、再び注目されている。アフガニスタンのエメラルドはパンジシール谷から産出しており、熱水/変成タイプに属する。この地域には断層が多く、エメラルド鉱床は混成岩、片麻岩、片岩、大理石と角閃岩で形成された原生代の変成基盤中に見られる。片岩が激しく破砕され、流体循環と熱水変成作用の影響を受けている。エメラルドは、白雲母、トルマリン、アルバイト、パイライト、ルチル、ドロマイトに関連する空洞と石英脈中から発見される。Ar–Ar法で測定した年齢は2300±100万年であり、クロム(Cr)とベリリウム(Be)の由来はまだわかっていない。

コロンビアの石と同じく熱水/変成タイプに属するため、アフガニスタンのエメラルドにも輪郭がギザギザな三相インクルージョンが観察できる(図10–11)。しかし、アフガニスタンのエメラルドの三相インクルージョンは、細長い針のような形をする傾向があり、その中に複数の固体鉱物インクルージョンが含まれることがよくある。鉱物固体インクルージョンとして、パイライト、ライモナイト、ベリル、炭酸塩鉱物、長石などが見られる。

図10 アフガニスタンにある多相インクルージョン。 一つのインクルージに複数の固体インクルージョンが含まれている。視野1.0 mm。
図10 アフガニスタンにある多相インクルージョン。
一つのインクルージに複数の固体インクルージョンが含まれている。視野1.0 mm。

 

図11 アフガニスタンにある細長くて縁が鋭い多相インクルージョン。視野0.6 mm。
図11 アフガニスタンにある細長くて縁が鋭い多相インクルージョン。視野0.6 mm。

 

M. S. Krzemnicki et al. (2021)によると、パンジシール渓谷のエメラルドは2つのタイプに分けることができ、そのうちタイプ2に分類されるものは固体インクルージョンが少ないだけではなく、鉄(Fe)やスカンジウム(Sc)の濃度も低い。そのため屈折率や紫外–可視分光スペクトルは、コロンビア産エメラルドの特徴と重複しており、産地鑑別には注意深く観察する必要がある。

 

ザンビア(カフブ)

ザンビアには複数のエメラルド鉱床があり、そのうちムサカシ地域のエメラルドは熱水/変成タイプであり、カフブ地域のエメラルドは片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドである。ムサカシ地域の鉱床は2002年頃に発見された新しい鉱床であり、未解明の部分も多く、現時点においては産出量も限定的なため本稿では紹介しない。カフブ地域のエメラルドは1930年代に発見され、大規模な鉱山開発が行われた。日本市場では、ザンビアのエメラルドはコロンビアに次いで多く、20%程度のシェアがあり、その大部分はカフブ地域のエメラルドである。カフブのエメラルド鉱床は典型的な花崗岩マグマに起因するタイプであり、主に変成した苦鉄質–超苦鉄質岩中から発見される。鉄(Fe)の含有量が多いため、ここのエメラルドは青味が強い。

前述したように、片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドの特徴として、ザンビア・カフブのエメラルドには図12に示した輪郭が長方形の角型二相インクルージョンが観察される。これらは後述するブラジル産エメラルド中の二相インクルージョンよりも、輪郭が丸くない明瞭な角型である。不規則な二相インクルージョンの中でも鋭い角を持つものが度々見られるが(図13)、後述するブラジルなどの産地のエメラルドにある丸い輪郭をもつものもある。

図12 カフブのエメラルドにある角型二相インクルー ジョン。視野1.3 mm。
図12 カフブのエメラルドにある角型二相インクルージョン。視野1.3 mm。

 

図13 不規則な二相インクルージョン。視野1.0 mm。
図13 不規則な二相インクルージョン。視野1.0 mm。

 

鉱物固体インクルージョンとして、マグネタイト、ヘマタイト、イルメナイトなどの酸化物で構成される樹枝状や小板状のインクルージョンが観察される(図14)。この形状のものはブラジルのエメラルドに報告されることが少ない。また、ブラジルのエメラルドと同様、丸みを帯びた雲母インクルージョンが観察される(図15)。その他、アパタイト、パイライト、タルク、バライト、アルバイト、カルサイトなども報告されている。

図14 樹枝状の黒い固体インクルージョン。 視野0.5 mm。
図14 樹枝状の黒い固体インクルージョン。視野0.5 mm。

 

図15 丸みを帯びたフレーク状の固体インクルージョン。 視野1.1 mm。
図15 丸みを帯びたフレーク状の固体インクルージョン。視野1.1 mm。

 

図16 ブロック状の二相インクルージョン。角が比較的に丸い。視野1.6 mm。
図16 ブロック状の二相インクルージョン。角が比較的に丸い。視野1.6 mm。

 

図17 不規則な二相インクルージョン。視野0.5 mm。
図17 不規則な二相インクルージョン。視野0.5 mm。

 

図18 雨のようなチューブインクルージョン。 視野2.2 mm。
図18 雨のようなチューブインクルージョン。視野2.2 mm。

 

図19 丸みを帯びた黒褐色の雲母インクルージョン。 視野2.2 mm。
図19 丸みを帯びた黒褐色の雲母インクルージョン。視野2.2 mm。

 

図20 疑似六角形をする褐色がかった雲母インクルージョン。視野0.8 mm。
図20 疑似六角形をする褐色がかった雲母インクルージョン。視野0.8 mm。

 

ブラジル(ミナス・ジェライスなど)

ブラジルには複数のエメラルド鉱床がある。それらの大部分は花崗岩マグマに起因する片岩ホスト/マグマタイプに属し、現在主にミナス・ジェライス州(74%、イタビラやノバエラ鉱床など)とバーイア州(22%、カルナイーバ鉱床など)から産出している(G. Giuliani et al., 2019)。前文で説明したように、このタイプのエメラルド鉱床は花崗岩マグマが苦鉄質–超苦鉄質岩に侵入することによって形成したものである。

これらのエメラルドには、ブロック状あるいは不規則な二相インクルージョンが観察されることが多い(図16–17)。このようなインクルージョンは他の片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドにもよく見られるため、産地鑑別に使える強力な指標にはなりにくい。また、ミナス・ジェライス州イタビラからのエメラルドの特徴として、図18に示した「雨のような」チューブインクルージョンが観察される。鉱物固体インクルージョンとして、丸みを帯びた初生の黒褐色雲母と、同生や後生の疑似六角形の形をする褐色の雲母インクルージョンが観察される(図19–20)。しかし、前述した二相インクルージョンと同様、他の片岩ホスト/マグマタイプエメラルドにも観察されることが多いため、強力な指標にはならない。

 

ブラジル(ゴイアス)

ゴイアス州のエメラルドも片岩ホスト/マグマタイプに属するが、ブラジルの他の鉱床と異なり、形成過程中に熱水の変成作用が重要な役割を担っていると考えられている。熱水の浸透は剪断帯などの構造にコントロールされている。ペグマタイト脈はなく、エメラルドは金雲母および金雲母化した炭酸塩–タルク片岩の変成火山堆積層内に散在する。1980年代に発見されたサンタ・テレジーニャは90年代までに大量に採掘されて、日本市場では多く流通していた。この鉱床のエメラルドには高濃度のセシウム(Cs)が含まれるという特徴があり、このことから、サンタ・テレジーニャのエメラルドはマグマ流体と変成流体の混合体に起因するものという仮説が挙げられている(C. Aurisicchio et al., 2018)。

花崗岩マグマに直接起因しないが、ゴイアス州のエメラルドも片岩ホスト/マグマタイプに属し、ブロック状の二相インクルージョンが観察される(図21)。また、ゴイアス州のエメラルドの最大の特徴である大量に散在するヘルシナイトが観察されることがある(図22)。ただし、他のブラジルの鉱床やザンビア・カフブなどの鉱床からのエメラルドに含まれる大量に散在するマグネタイトまたはクロマイトのインクルージョンと区別しにくい。また、同じような形として、ゴイアス州のエメラルドに大量のクロマイトが観察されることがある(T. T. H. Le, 2008)。鑑別する際は注意深く扱う必要がある。

図21 ゴイアス州のエメラルドにあるブロック状の二相インクルージョン。
図21 ゴイアス州のエメラルドにあるブロック状の二相インクルージョン。

 

図22 エメラルドに散在する大量のヘルシナイトあるいはクロマイト。金属光沢を呈する。視野1.9 mm。
図22 エメラルドに散在する大量のヘルシナイトあるいはクロマイト。金属光沢を呈する。視野1.9 mm。

 

ロシア

ロシアのエメラルドは1830年代からウラル山脈地域から産出されて、1990年代半ばではほとんどの採掘作業が終止されたが、2010年代にロシアの国営企業の下で採掘が再開された。この地域のエメラルド鉱床も花崗岩マグマに起因する片岩ホスト/マグマタイプに属する。ただし鉄が少なくて、色が淡いものが多い。

ロシア産エメラルドには、ザンビア・カフブのエメラルドにある角型の二相インクルージョンが観察される。ただし、ロシア産エメラルド中の二相インクルージョンの一部は、斑状や粒状の輪郭をもつという特徴がある(図23)。図23と図24に示した長い針状や管状の成長構造も観察されやすいが、他の産地のエメラルドにも観察されることがある。ロシアのエメラルドにとって最も強力な指標になるのは、結晶の底面に平行に配列する薄膜インクルージョンである(図25–26)。一般に平行状液膜インクルージョンと呼ばれている。

図23 ブロック状の二相インクルージョン。その下の不規則な二相インクルージョンの縁が粒状や斑状になっている。 上には細長い成長管も見える。視野1.6 mm。
図23 ブロック状の二相インクルージョン。その下の不規則な二相インクルージョンの縁が粒状や斑状になっている。
上には細長い成長管も見える。視野1.6 mm。

 

図24 同じ方向に配列する細長い成長管。視野1.2 mm。
図24 同じ方向に配列する細長い成長管。視野1.2 mm。

 

図25 基底に平行する大量の薄膜インクルージョン。視野0.5 mm。
図25 基底に平行する大量の薄膜インクルージョン。視野0.5 mm。

 

図26 横から観察する大量の薄膜インクルージョン。
図26 横から観察する大量の薄膜インクルージョン。

 

ロシアのエメラルドにも樹枝状の黒い固体インクルージョンと雲母が観察できるが、これらは前述したザンビアやブラジルなどの片岩ホスト/マグマタイプ鉱床からのエメラルドにも観察されるため、強力な指標にはならない。

 

マダガスカル

マダガスカルのエメラルドは南部のイナペラとマナンジャリから産出される。この地域のエメラルドはすべて花崗岩マグマに起因する片岩ホスト/マグマタイプに属する。そのうち、イナペラには同年代の二つのエメラルド鉱床があり、それらはそれぞれペグマタイトと苦鉄質岩の接触で形成されるものと、黒雲母片岩にホストされるものがある。

他の片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドと同様、マダガスカルのエメラルドにもブロック状の二相インクルージョンが観察される(図27)。その他、特徴的な細長く湾曲した針状インクルージョンが観察できる(図28)。これらの針状インクルージョンはロシアのエメラルドにある同じ方向に配列した成長管と違って、交差して配列する。ただし、ジンバブエなど他の産地からのエメラルドにも類似するインクルージョンが観察されることがある。また、図29に示した隙間がある茎状のアクチノライトやトレモライトのインクルージョンも、マダガスカル産エメラルドによく見られる。

図27 ブロック状の二相インクルージョン。視野0.8 mm。
図27 ブロック状の二相インクルージョン。視野0.8 mm。

 

図28 交差する細長く湾曲した針状インクルージョン。視野3.4 mm。
図28 交差する細長く湾曲した針状インクルージョン。視野3.4 mm。

 

図29 隙間がある茎状のアクチノライトやトレモライトのインクルージョン。視野0.8 mm。
図29 隙間がある茎状のアクチノライトやトレモライトのインクルージョン。視野0.8 mm。

 

まとめ

エメラルドのインクルージは産地鑑別において重要な判断材料になる。インクルージョンだけで産地を決定できるケースも少なくない。インクルージョンだけで判断できない場合、赤外スペクトル、紫外–可視分光、蛍光X線分析、ICP–MSなどの測定方法と合わせて判断する必要がある。

本稿では、コロンビア、アフガニスタン、ブラジル、ザンビア、ロシア、マダガスカルのエメラルドにある特徴のあるインクルージョンを紹介した。表1に示したように、エメラルド鉱床は世界中に広く分布している。現在日本市場に流通するものはコロンビア、ブラジルとザンビアのエメラルドがメインになっているが、他の流通量の少ない産地のエメラルドと区別しにくい場合もあるため、注意を払わなければならない。◆

日本鉱物科学会2022年年会・総会参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2022年12月PDFNo.62

リサーチ室 江森健太郎

去る2022年9月17日(土)から19日(月)までの3日間、新潟大学五十嵐キャンパスにて日本鉱物科学会2022年年会・総会が開催されました。Covid19の影響で2020年、2021年はオンラインでの開催のみでしたが、2022年はオンサイトとオンラインのハイブリッドで開催が行われました。CGLリサーチ室からは2名がオンサイト、1名がオンラインで参加し、2名が発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

 

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science、JAMS)は2007年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ800名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会の沿革・活動についてはCGL通信54号等に詳しく掲載されていますので、そちらを参照して下さい。
2016年10月に一般社団法人日本鉱物科学会となり、以降の年会・総会は、2017年愛媛大学、2018年山形大学、2019年九州大学で開催されました。しかし、2020年は東北大学、2021年は広島大学で開催が計画されていましたが、Covid–19の影響でオンラインでの開催となりました。そして、2022年ようやくオンサイトでの講演会が可能となりました。

新潟大学について

 

新潟大学正門と五十嵐キャンパス
新潟大学正門と五十嵐キャンパス

新潟大学は、旧六医科大学の一校である旧新潟医科大学と、旧新潟高等学校を主な母体として1949年に開学した旧制大学の流れをくむ旧官立大学の一校で、本州日本海側において最大規模の総合大学です。発足当初は県内にキャンパスが点在していましたが、総合移転により新潟市郊外西部にある広大な五十嵐キャンパスと、市中心部に構える旧新潟医科大学由来の医歯学系学部が集まる旭町キャンパスに集約されています。その他、西大畑地区(旧新潟高等学校跡地)に教育学部付属学校(小学校、中学校、特別支援学校)がおかれています。
高志(こし)の大地に育まれた敬虔質実の伝統と世界に開かれた海港都市の進取の精神に基づいて、自立と創生を全学の理念とし、教育と研究を通じて地域や世界の着実な発展に貢献することを全学の目的としています。
五十嵐キャンパスへのアクセスは、JR新潟駅から直行バスで40~50分程度、JRで20–25分程度の新潟大学前駅もしくは内野駅から共に徒歩20分程度とアクセス自体は良好です。

学会について

2022年の総会・年会は、3件の受賞講演、9つのセッションで110件の口頭発表、64件のポスター発表が行われました。筆者は17日、18日はオンサイト、19日はオンラインで参加しましたが、オンラインでの参加者に比べ、オンサイトでの参加者のほうが圧倒的に参加者は多く(筆者の体感だとオンライン:オンサイト=1:4程度)、学会のオンサイトでの開催が待ち焦がれていたことがわかります。

総会・年会が行われた五十嵐キャンパス総合教育研究棟
総会・年会が行われた五十嵐キャンパス総合教育研究棟

 

18日は午前中に「地球外物質」「岩石・鉱物・鉱床」「岩石・水相互作用」の3つのセッションが行われ、14時より総会・授賞式・受賞講演が行われました。総会は定足数 (会員809名の10分の1、81人)以上が必要となりますが、今回の総会は当日参加者(オンライン含む)97人、委任状23人、書面議決書13人と定足数を超え、無事成立となりました。物故会員への黙祷後、宮脇律郎会長の挨拶、1年の事業報告、決議事項を経て、閉会し、授賞式、受賞講演が行われました。授賞式では、学会賞、渡邉萬次郎賞、論文賞、研究奨励賞、応用鉱物科学賞、学生論文賞といった賞が表彰されますが、宝石学分野からは阿依アヒマディ会員(Tokyo Gem Science社,GSTV宝石学研究所)が「先端分析手法を適用した宝石の鑑別技術開発とデータベース構築」の題目で日本鉱物科学会応用鉱物科学賞を受賞しました。宝石分野からは、弊社北脇裕士以降、二人目の受賞となります。

日本鉱物科学会応用鉱物科学賞を受賞した阿依アヒマディ会員
日本鉱物科学会応用鉱物科学賞を受賞した阿依アヒマディ会員

 

受賞講演は、3件行われ、2021年度日本鉱物科学会賞第26回受賞者の金沢大学森下知晃会員の「超苦鉄質―苦鉄質岩に着目した物質科学的アプローチによる海洋プレート及び島弧下マントルの形成・進化プロセスの研究」、2021年度日本鉱物科学会研究奨励賞第31回受賞者の纐纈佑衣会員(名古屋大学)による「ラマン分光学・赤外分光学に関する基礎的研究と地質学全般への適用」、2021年度日本鉱物科学会研究奨励賞第32回受賞者の秋澤紀克会員(東京大学)による「上部マントルでの溶融-熱水活動記録の解読」の発表がありました。

日本鉱物科学会受賞講演の様子
日本鉱物科学会受賞講演の様子

 

19日午前9時より「鉱物記載・分析評価」「高圧科学地球深部」「火成作用の物質科学/深成岩・火山岩・サブダクションファクトリー」の3つのセッションが行われ、CGLからは3名が「鉱物記載・分析評価」のセッションに参加しました。「鉱物記載・分析評価」のセッションは宝石学会(日本)との共同セッションとなっており、日本鉱物科学会の会員でなくても、宝石学会(日本)の会員であれば、発表・聴講することができます。CGLからは北脇裕士が「宝飾用 HPHT大型合成ダイヤモンド単結晶のモルフォロジーと物性評価」、趙政皓が宝石学会(日本)の会員として「銅鉱物と共存するタルクの微細組織」の発表を行いました。多くの質問が寄せられ、聴講者の宝石分野への発表の興味を感じることができました。

毎年開催される日本鉱物科学会では、最先端の鉱物学の研究が発表され、弊社も毎年研究発表を行っています。宝石学は、鉱物学と密接な関係があり、参加・聴講することで最先端の知識を得られる他、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深め、宝石学の研究を進めるための助力等を得ることができます。森下知晃会員の受賞講演の中の言葉に「誰かが見てくれている」というものがありました。これは研究データの発表を続けることで、「そのデータを見てくれている人」が必ずいること、その「見てくれている人」の意見に耳を傾け、コミュニケーションを取ることにより、自身の研究の新しい道が開ける、とのことです。CGLは来年も日本鉱物科学会年会・総会に参加し、弊社の研究成果を発表する予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は2023年9月大阪公立大学で開催されます。◆

クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析 ー 宝石学会(日本)2022年オンライン講演会より

PDFファイルはこちらから2022年6月PDFNo.61

中央宝石研究所リサーチ室 趙政皓・江森健太郎・岡野誠
東京大学大学院理学研究科 賀雪菁・鍵裕之

最近、CGLにクリソコーラを含むと思われるビーズの石が鑑別依頼で持ち込まれた。しかし、EDS元素分析を行った結果、その石には高濃度のMg(マグネシウム)が含まれておりクリソコーラではないことが示唆された。この石の正確な鉱物種を明らかにするため、ラマン分光、赤外吸収スペクトル、粉末X線回折などの複合的な分析を行った。その結果、検査した石の主な組成はクリソコーラではなく、タルクであることがわかった。

背景と目的

クリソコーラは淡青色や青緑色を呈する銅を含むケイ酸塩鉱物の一種であり、マラカイトやアズライトなどの銅鉱物と同時に産出されることが多い。その化学組成は一般的にCu2–xAlxH2–xSi2O5(OH)4·nH2O(x<1)とされているが、結晶化度が非常に低く、原子座標まで明白な結晶構造はわかっていない。
最近、我々のラボに見た目にクリソコーラを含むと思われる石が鑑別依頼で持ち込まれた(サンプルB1〜B6、図1)。石は直径10 mm弱のビーズに研磨され、それぞれ淡青色、濃青色と緑色の箇所で構成されている。赤外反射スペクトル、ラマン分光分析と蛍光X線分析を行った結果、濃青色箇所はアズライト、緑色箇所はマラカイトであることが明らかになった。しかし、クリソコーラと思われる淡青色箇所には、クリソコーラにはほとんど存在しないはずの高濃度のMg(マグネシウム)が検出された(表1)。したがって、淡青色箇所は実際クリソコーラであるかどうか疑問が持たれた。そこで、本研究ではこの淡青色箇所の正確な鉱物種を明らかにすることを目的にした。

図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石
図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石

 

表1 クリソコーラの淡青色箇所を蛍光X線分析装置で測定した結果の平均値

表1

 

サンプルと測定方法

本研究には前述したビーズ石6点(B1〜B6)の他、比較するためクリソコーラ原石4点(R1〜R4)と、研磨された石2点(R5、 R6)を用意した(図2)。研磨された石はクォーツ中にクリソコーラが含まれているものになる。以下はこれら比較するための石をR組と呼ぶ。ビーズ石とR組石の重量、産地、蛍光X線元素分析によるmol濃度を表2に示した。

図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点
図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点

 

表2 本研究で用いたサンプルと元素組成

表2

赤外反射スペクトル測定は日本分光社製FTIR(FT/IR4100)、RamanスペクトルはRenishaw InVia Raman System、蛍光X線元素分析は日本電子社製JSX1000Sを用いた。その後、ビーズの石2点、R5以外のR組石をメノウ乳鉢で粉砕し、RIGAKU社製MiniFlex 600を用いて粉末X線回折分析、Bruker社製INVENIO Rを用いてFTIR透過スペクトル測定を行った。

 

分析結果と考察

本研究において実験結果の解析を正確に行うため、データベースRRUFFに収録されたスペクトルと回折パターンのデータを参考にした。RRUFFはアリゾナ大学が運営しており、5000以上の鉱物種で約10000のサンプルのラマンスペクトルやX線回折パターンなどを収録した最も権威のある鉱物データベースである。
ビーズ石はすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルB3を代表として示した。また、R組についてもすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルR2を代表として示した。

 

◆ラマン分光分析結果

それぞれのサンプルについてラマンスペクトルを取得した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図3に示す。サンプルR2とR060547のラマンスペクトルは一致し、両者とも3620 cm–1付近にピークが存在し、そのピークの低ラマンシフト側にブロードなピークが存在する。また、415 cm–1付近に連続したピークが存在する。一方、B3のラマンスペクトルは3676 cm–1付近に鋭いピークと369 cm–1付近に弱いピーク、195 cm–1付近に明瞭なピークが存在しており、R1、R060547のラマンスペクトルと一致しない。

図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

◆FTIR透過スペクトル

それぞれのサンプルについて,ATR法による赤外吸収スペクトルを測定した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図4に示す。サンプルR2とChrysocolla R060547のFTIR透過スペクトルはラマンスペクトル同様一致している(図4)。両者とも2800 cm–1から約3600 cm–1に不明瞭でブロードなピークが存在するが、ビーズ石B3のスペクトルには3676 cm–1付近に鋭いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるOHの存在形態に大きな差があると考えられる。また、クリソコーラのスペクトルには1000 cm–1付近の強いピークと675 cm–1付近の弱いピークが存在するが、ビーズ石のスペクトルには966 cm–1と667 cm–1付近にともに強いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるSi–O結合の振動に差があると考えられる。ラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルから、これらのビーズ石の淡青色部分はクリソコーラではない可能性が極めて高いと考えられる。

図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

◆X線回折パターン

粉砕したサンプルについて粉末X線回折パターンを測定した。ビーズ石B3淡青色箇所、原石サンプルR2に加え、RRUFFデータベースのChrysocolla R060547のX線回折パターンを加えたものを図5に示す。図5のChrysocolla R060547、原石サンプルR2のデータが示すように、クリソコーラは元来結晶化度が低く、X線回折パターンにおいては明瞭なピークは存在せず、いくつかのブロードなビークが存在するのみである。一方、ビーズ石B3のX線回折パターンには明瞭なピークが多く出現しており、結晶化度が高い鉱物であることを示唆している。蛍光X元素分析の結果と照らし合わせ、いくつかのケイ酸塩鉱物のX線粉末回折結果と比較した結果、ビーズ石のX線回折パターンはタルクのX線回折パターンと完全に一致することが明らかになった。図6には、ビーズB3のX線回折パターンと先行研究によるタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002)を示している。RRUFFに収録されているタルクのX線回折パターンにも一致しているが、先行研究による未処理のX線回折パターンとの一致性がより高いためここで表示した。

図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン
図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン

 

図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)
図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)

 

◆ビーズ石とタルクのラマンスペクトル、赤外吸収スペクトルの比較

ビーズ石淡青色箇所のラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルについて、RRUFF Talc R040137のデータと比較した結果、それらは一致することが明らかになった(図7、図8)。
図7に示しているように、両者のラマンスペクトルには195 cm–1付近、370 cm–1付近、678 cm–1付近と3676 cm–1付近のピークが一致している。また、赤外吸収スペクトルについても図8で示した通り668 cm–1付近、968 cm–1付近と3677 cm–1付近のピークが一致している。更に、タルクの化学組成はMg3Si4O10(OH)2であり、そのMg(マグネシウム)とSi(ケイ素)の比率は表1に示した組成と近い。以上のことから、ビーズ石の淡青色箇所の鉱物種はタルクであることが判明した。

図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

 

まとめ

今回持ち込まれたサンプル(B1〜B6)は、アズライトとマラカイトが同時に存在するものの、ビーズ石の淡青色の箇所はクリソコーラではなかった。その淡青色箇所のラマンスペクトル、赤外吸収スペクトル、X線回折パターンはすべてタルクのスペクトルや回折パターンと一致していることから、タルクであることが判明した。この青いタルクは外見的にはクリソコーラと区別が難しいため、正確な鑑別にはラマン分光分析などを用いた分析を行う必要がある。また、この淡青色のタルクにおける銅の存在形式などの問題はまだ解明していないため、今後は引き続き調査する予定である。

 

参考文献

[1] Lafuente B., Downs R. T., Yang H., & Stone N. (2015). The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
[2] Chen HF., Lin S., Li YH., & Fang JN. (2020). Dyed chalcedony imitation of chrysocolla–in–chalcedony. Gems and Gemology, 56(1), 188–189
[3] Temujin J., Okada K., Jadambaa TS., Mackenzie K. J. D., & Amarsanaa J. (2002), Effect of grinding on the preparation of porous material from talc by selective leaching. Journal of Materials Science Letters, 21, 1607–1609