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天然レッドスピネルの加熱実験報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士、岡野 誠
ジェムリサーチジャパン 福田 千紘

近年、レッド~ピンクの天然スピネルが人気を博している。同系色のコランダムのほとんどは色の改善のための加熱が施されているのに対し、スピネルは非加熱であることもその要因のひとつと思われる。しかし、これらの赤色系スピネルは一部で加熱が行われているとの懸念があり、その識別に関心がもたれている。また、これらの中にはフラックス合成スピネルがまぎれていることもあり、鑑別をより困難なものにしている。
本稿では天然レッドスピネルを600℃~1000℃まで100℃刻みで加熱処理を行い、温度の違いによるフォトルミネッセンススペクトルの変化を記録した。その結果、800℃以上で発光ピークの位置と半値幅(FWHM)が明確に変化し、加熱処理の痕跡を捉えることが可能であることが確認できた。しかし、加熱後の天然レッドスピネルの発光ピークは、フラックス合成のレッドスピネルのものと酷似するため、レッドスピネルの起源および加熱処理の検出は他の分析も組み合わせた総合的な判断が必要である。

 

背景

スピネルの語源はラテン語のspina(小さな棘)に因んでいる。和名は尖晶石といい、どちらも尖った結晶の形に由来している。一般的なスピネルの結晶形は棘のような針状ではなく、尖端の尖った八面体である。結晶が摩耗されず美しい形のものは“エンゼル・カット”と呼ばれ、原石のまま宝飾品に利用されることがある。
広義のスピネルの化学組成はX2+Y3+2O4で表される。Xには2価の元素であるMg、Mn、Fe2+、Zn、Co、Cuなどが入り、Yには3価の元素であるAl、Fe3+、Crなどが入る複雑な固溶体である。狭義のスピネルはMgAl2O4で宝石用スピネルのほとんどがこれに属する。
宝石用のスピネルには各色の変種が存在するが、概して青色系または赤色系に大別できる。これはMgの一部をFe2+が置換することにより青色系が、Alの一部をCrが置換することで赤色系となるためである。
スピネルは、18世紀頃まではしばしばコランダムと混同されてきた。レッドスピネルはルビーに、ブルースピネルはブルーサファイアに外観も宝石学的な特性値も近似しており、何よりも同一の産地から共生することも混同される大きな要因であった。歴史的に英国王室の正王冠に嵌め込まれていた黒太子のルビーがスピネルであったことは有名である。
さて、近年、市場に流通するレッドスピネルやピンクスピネルの数が増加している。ルビー、サファイアのほとんどが色の改善のために加熱されているのに対して、スピネルは非加熱であることも、ナチュラル嗜好を刺激するひとつの人気の要因らしい。しかし、一部のレッドスピネルは加熱処理が施されているとの懸念があり(文献1)、その識別に関心がもたれている。(文献2)(文献3)によると、加熱処理の前後でフォトルミネッセンススペクトルが変化することが報告されており、加熱の検出に有効とされている。
本研究では、先行研究の結果を確認するため、レッドスピネルの加熱処理を行い、その処理前後のフォトルミネッセンススペクトルを記録した。

 

試料と分析方法

試料はミャンマー産の天然非加熱レッドスピネル原石試料5個(①2.702 ct、②2.575 ct、③3.336 ct、④4.480 ct、⑤5.266 ct)を用いた(図1)。

 

図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル (下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。
図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル
(下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。

 

試料の加熱処理はジェムリサーチジャパンにおいてADVANTEC FUM312DAマッフル炉を用いて行った(図2)。試料は内径30 mm、容量10 mlのムライト製磁性るつぼ内にアルミナ粉末を充填し、その中に埋設した。磁性るつぼは底面炉材保護のため、さらにジルコニウムるつぼに入れて炉内に配置した(図3)。

 

図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)
図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)

 

図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ
図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ
とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ

 

加熱ピーク温度は、600℃~1000℃まで100℃刻みとし、同一試料を用いて低温から順に計5回熱履歴を与えた。温度調節はPID制御とし、室温からピーク温度までの昇温時間を2時間、ピーク温度の保持時間を2時間、ピーク温度から室温までの降温時間を4時間の3pathと設定し、炉内は酸化雰囲気(周囲雰囲気)で加熱した。設定温度と実測温度には必ず差異が生じるが、PID制御は単位時間当たりの温度変化の微分値をフィードバックすることで温度の変動を抑制し、かつ設定温度と実測温度の差を時間軸で積分した面積が最小になるように誤差を制御する方法で他の制御方法に比べると差異や変動を少なくすることができる。降温時間は実際には4時間では室温まで降下しないため室温に戻るまで十分な時間をおいてから試料を取り出した。室温は水銀温度計で実験ごとに校正しピーク温度は工場出荷時の校正設定とした。
宝石学的検査および分析はすべてCGLのリサーチ室にて行った。フォトルミネッセンス分光分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製Raman system–model 1000を用い、488 nmのレーザーを励起源として50倍の対物レンズを使用し、室温条件(約20℃)で測定を行った。

 

結果と考察

◆フォトルミネッセンス分光分析
すべての天然レッドスピネル試料について、加熱前、600℃~1000℃それぞれの加熱後において、フォトルミネッセンス分光分析を行った。図4に試料①のそれぞれの実験条件下でのフォトルミネッセンススペクトルを重ね描きしたものを示す。なお、試料②~⑤の分析においてもすべて試料①と同様の結果が得られた。

 

図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化
図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化

 

685.6 nmにおけるピークは通常R–lineと呼ばれ、レッドスピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlが規則正しく配置(秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(八面体サイトにAl、四面体サイトにMg)。一方、687.4 nmにおけるピークはL–lineと呼ばれ、スピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlがランダムに配置(無秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(図5)。また、690 nm〜730 nmのピークはフォノンサイドバンドと呼ばれるピークである(文献3文献4)。

 

図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。
図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。

 

非加熱の状態ではR–lineの強度はL–lineの強度よりも高いが、その強度比R–line / L–lineの値は800℃加熱において劇的に変化し(図6)、900℃以上の加熱においてL–lineの強度がR–lineの強度を上回ることがわかった。また、それぞれの試料について、R–lineの非加熱、各加熱条件後での半値幅を求めた(図7)。R–lineの半値幅は、800℃で大きく変化することが判明した。なお、900℃以上の加熱条件ではピークが重なり、分離が難しいため半値幅、強度比の計算を行うことはできなかった。

 

図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化
図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化

 

以上の結果をまとめると、(1)800℃の加熱においてR–line(685.6 nm)の半値幅が増加すると同時に、R–line/L–lineの強度比に変化が現れ、(2)900℃以上の加熱でL–line強度はR–line強度を上回ることがわかった。このことは天然でのCr3+周囲のMg、Alの秩序/無秩序状態についての平衡状態が800℃以上に加熱することにより相転移が起こり、Cr3+周囲のMg、Alの無秩序化がより進んだ結果であると言える。
この相転移温度は650〜700℃であると言われているが(文献5文献6文献7)、本研究では800℃の加熱において見られた。このことは、サンプルを各加熱条件で加熱後一度室温に戻し、再度加熱するという行程を経ていることによる影響か、加熱を行う際の最高温度保持時間の違い、である可能性がある。
加熱処理によりMg、Alの無秩序化が進んだレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、700℃および650℃で長時間(数日)におよぶ加熱を行っても可逆的に元の状態には戻らないことが確認されている(文献3)。したがって、フォトルミネッセンス分光分析によるスペクトル解析を行うことで800℃以上に加熱処理が施されたかどうかの履歴を検証することが可能である。
レッドスピネルの加熱処理については文献1により、2005年頃から商取引において懸念されていたと報告されている。筆者の1人(KH)も日常の鑑別業務において2006年には加熱されたと思われるレッドスピネルを確認している。文献1によると、タンザニア産スピネルの光を散乱させて石の概観を白っぽくさせるクラウド状の微小包有物は950–1150℃で軽減され、1200℃で完全に除去できるとしている。また、文献8によると、ベトナム産レッドスピネルのオレンジ色の色味は850℃以上で除去できるとしている。したがって、商業的にレッドスピネルの外観を向上させるためには少なくとも850℃以上の温度が必要と思われる。
本研究の対比実験として、フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンス分光分析を行った (図8)。フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、900℃以上で加熱された天然スピネルのスペクトルと酷似していた。これはフラックス合成時の温度は1200℃–900℃以上であり(文献1)、Cr3+周囲のMg、Alが無秩序化しているためと考えられる。
したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効であるが、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルは識別できない。フラックス法合成スピネルの識別には蛍光X線分析やFTIR分析など他の手法を併用する必要がある(文献9)。

 

図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル
図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル

 

まとめ

天然レッドスピネルに加熱処理を行い、フォトルミネッセンス分光分析での加熱処理の判定の可能性について調査を行った。天然レッドスピネルは、800℃に加熱するとフォトルミネッセンススペクトルで観察されるR–line(685.6 nm)の半値幅が増加し、R–lineとL–line(687.4 nm)の強度比が変化する。また900℃以上に加熱することでL–lineの強度はR–lineの強度に比べ強くなることが確認できた。したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効である。しかし、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルはフォトルミネッセンススペクトルでは識別できないため、両者の識別には他の手法を併用した総合的な判断が必要である。◆

 

文献

1.Saeseaw S., Wang W., Scarratt K. Emmett J. L., Douthit T. R.(2009) Distinguish Heat Spinels from Unheated Natural Spinels and from Synthetic Spinels – A short review of on–going research,
http://www.giathai.net/distinguishing–heated–spinels/

2.Sriprasert B., Atichat W., Wathanakul P., Pisutha–Arnond V., Sutthirat C., Leelawattanasuk T., Saejoo S., Jakkawanvibul J., Naruedeesombat N., Puangkaew K., Artsamang P., Sritunayothin P., Kunwisutpan C. (2008) The Heat–Treatment Experiments of Red Spinel from Myanmar. Proceeding of GIT2008, pp 278–282

3.Wang S. and Shen A. (2017) Reversibility of Photoluminescence Spectra of Spinel with heat treatment. 35th IGC 2017 proceedings, pp 67–70

4.Skvortsova V., Mironova–Ulmane N., Riekstina D. (2011) Structure and Phase changes in natural and synthetic magnesium aluminium spinel. Proceedings of the 8th International Scientific and Practical Conference Volume 11, pp. 100–106

5.Peterson, R. C., Lager, G. A., Herterman, R. L. (1991) A time–of–flight neutron powder diffraction study of MgAl2O4 at temperatures up to 1273K. American Mineralogist, 76, pp 1455–1458.

6.Slotznick, S. P. & Shim, S. H. (2008) In situ Raman spectroscopy measurements of MgAl2O4 spinel up to 1400 *C. American Mineralogist, 93, pp 470–476.

7.Redfern, S. A. T., Harrison, R. J., O’Neill, H. S. C., Wood, D. R. R. (1999) Thermodynamics and kinetics of cation ordering in MgAl2O4 spinel up to 1600°C from in situ neutron diffraction. American Mineralogist, 84, 299–310.

8.Malsy A.–K., Karampelas S., Schwarz D., Klemm L., Armbruster T., Tuan D. A. (2012) Orangey–red to orangey–pink gem spinels from a new deposit at Lang Chap (Tan Huong–Truc Lau), Vietnam. The Journal of Gemmology, volume 33, pp. 19–27

9.北脇裕士, 岡野誠 (2006) スピネル最新事情. Gemmology 2006年3月号, pp. 4–5

日本の国石−糸魚川のヒスイ:歴史と特徴

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

Tokyo Gem Science LLC and GSTV Gemological Laboratory

阿依 アヒマディ

日本産のヒスイは、やや透明度に欠けるものの、その希少性と美しい外観特徴により非常に貴重な宝石とされている。本研究の結果、新潟県糸魚川市の小滝川と青海川産のヒスイは発色元素及び鉱物相によって次のような種類に分類される;白色(ほぼ純粋なヒスイ輝石)、緑色(Feに富み、Crを含有)、ラベンダー(Tiを含有)、青色(TiおよびFeを含有)、黒色(黒鉛を含有)。白色のヒスイは組成的にほぼ純粋なヒスイ輝石であった(Xjd=98mol.%、すなわちヒスイ輝石成分が98%)。緑色のヒスイはXjdの値が98~82mol.%の範囲であった。緑色のヒスイにおけるCaOの最大濃度は5%、発色元素はFeおよびCrであった。ラベンダーヒスイの成分がXjd=98~93mol.%で、TiO2およびFeOtotに富み、そしてMnO成分に乏しい傾向があり、青色のヒスイは最も高いTiO2濃度0.65%を示し、Xjd範囲は97~93mol.%であった。

 

図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品
図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品

 

歴史的背景

およそ5500年前の縄文時代に日本の糸魚川地方でヒスイの彫刻が誕生した(図1)。日本の宝石の歴史はここから始まったと言っても過言ではない。縄文時代中期には大珠(たいしゅ)というペンダントのようなものが製作され、日本各地で取り引きされるようになった。弥生時代になると、勾玉や管玉の製作が盛んになった。8世紀頃の伝説によると、現在の福井から新潟にかけて「越(こし)」という古代国家があり、不思議な緑色のヒスイの彫刻を身に着けた美しい姫が国を治めていたという説がある(図2)。
数千年も続いたヒスイの文化は、古墳時代 (紀元3~7世紀)中期から後期にかけて衰退し、6世紀頃には姿を消してしまう。それから千年以上の後の1938年、ヒスイの探索を行っていた伊藤栄蔵氏により糸魚川市の小滝川で日本のヒスイが再び発見された(図3)。翌年これらの研究を行った東北大学の河野義礼博士らが論文を発表した(Kawano, 1939; Ohmori, 1939)。その後の調査により、日本海に注ぐ姫川上流の小滝地区以外に糸魚川市に属する青海川上流の橋立地区でも発見されている(図4)。糸魚川産の、特に海岸で採れるヒスイは原石の状態でも十分に美しいのも特徴の一つである。色は白、緑、紫、青、黒などがあるが、糸魚川のヒスイは保護地区にあり採取が禁止されているため、市場に出回っている量が少ない。2016年9月、日本鉱物科学会は糸魚川のヒスイを「日本の国石」に選定した。

 

図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川
図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川

 

図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地
図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地

 

図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地
図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地

 

ヒスイの地質

ヒスイは、低温高圧で変成した地質帯で発見される(Essene, 1967; Chihara, 1971; Harlow and Sorensen, 2005)。日本海溝は、太平洋プレートと日本列島を含むユーラシアプレートの境界で、冷たい太平洋プレートが日本列島の下に沈み込んでいる。この場所はヒスイができる低温高圧の条件に符合する。日本には8か所ほどのヒスイ産地がある(地図1)。日本海側に分布する蓮華帯および三郡帯のヒスイ(糸魚川、大佐、大屋、若桜)のほとんどは純度が高く、90%以上がヒスイ輝石(同類オンファサイトを含む)からできている。その他の地域では、ヒスイ輝石が80~50%を超える岩石は稀であり、ほとんどが曹長石、藍晶石、方沸石などを多く含む(Yokoyama and Sameshima, 1982; Miyazoe et al., 2009; Fukuyama et al., 2013)。

 

地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地
地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地

 

蓮華–三郡帯  糸魚川地区は蓮華帯に属し、蓮華帯は低温高圧の変成岩、変成堆積岩、角閃岩、ロジン岩など様々な構造岩塊を含む蛇紋岩メランジェである(Nakamizu et al., 1989)。宝石質のヒスイは小滝川流域と青海川の橋立地区でのみ、二畳紀-石炭紀の石灰岩と白亜紀の砂岩・頁岩との断層の境界に置かれた蛇紋岩の巨礫として産するのが見つかっている。ヒスイの巨礫は大きさが1~数メートルで、ほとんどが数百メートルの距離の地域に分布している。小滝地区のヒスイ岩石には、曹長石(石英を伴うまたは伴わない)、白色ヒスイ、緑色ヒスイ、水酸化ナトリウムに富むカルシウム含有角閃石、そして母岩である蛇紋岩が外縁に向かって同心の帯状に放射状になっているのが見られる。青海のヒスイ岩石は「独特の層状構造」を持ち、特に交互に粗と密になったコンパクトな層が見られることもあり、ラベンダーヒスイを含むことがよくある(Chihara, 1991)。

 

日本産ヒスイについて更なる研究

日本産ヒスイの歴史と地質産状についてこれまでに多くの研究が行われてきた。一部の研究報告では、糸魚川産の緑色ヒスイは鉱物学的にヒスイ輝石とオンファサイトから成り、緑色部はオンファサイトであり、緑色の主な原因はFeであると指摘されきた(Oba et al., 1992, 宮島1996, 2004)。筆者は世界的にヒスイの名産地であるミャンマー、グアテマラ、ロシアからのヒスイの光学的特性や岩石学的構造、および地球化学を学習すると共に、日本産ヒスイの色の種類、鉱物学的内部組織、化学成分の特徴などを宝石学的な観察と分光分析法、そして電子線マイクロプローブ(EPMA)およびレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA–ICP–MS)による定量分析を行ってみた。本稿では糸魚川産(小滝川および青海川)ヒスイに限定して、その宝石学的特徴と化学的性質を記述する。本研究に用いた糸魚川産ヒスイは、小滝川地域のものが32個、青海川地域のものが7個である(図5)。
これらは『フォッサマグナ・ミュージアム』http://www.city.itoigawa.lg.jp/fmm/と、

『翡翠原石館』http://www.hi–su–i.com/と、有限会社大江理工社から提供を受けた。

 

図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料
図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料

 

宝石学的観察

糸魚川地域で採れたヒスイの小石は、河食(河川作用による浸食)で丸みを帯びているものが多く、表層はきらきらしていて白っぽい。表面は風化しているが、原石に褐色の皮殻は見られない。これらの原石は全体的には白色で、淡緑色から緑色が不規則に混在し、非常に硬質・緻密で重量感がある。一部は緑色がかった白色の岩石のほとんどのものが巨礫、中礫、団塊状の形状で、透明から半亜透明や不透明、組織は微細で滑らかだが肉眼で確認できる単結晶の粗い部分も見られる。青海の橋立地区で発見された最大の原石は102トンもある。筆者はフォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ岩石も観察した(図6–1)。このヒスイの大きな巨礫は、白と緑色の大部分はヒスイだが、繊維質の黒色部分は角閃石から成る。一部には緑色の狭い領域が半透明できらきらしているのも見られる。また、いくつかの小規模な断層部には、地球深部の流体で形成されたブドウ石、ソーダ硅灰石、沸石グループなどの白色鉱物が充填されている。

 

図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩
図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩

 

青海川のラベンダーヒスイでは、白いマトリックスに紫色が不規則に分散しているようなものもある。こうした石の色は半亜透明から不透明で、微細~中程度の組織である(図6–2)。さまざまな美しい色で発見される青色ヒスイの試料は、丸みを帯びており半亜透明から不透明で、微細~粗い組織である(図6–3)。微小結晶の集合体はルーペで観察されたが、結晶形は確認できなかった。
屈折率はスポット法で1.65から1.66、SG値が3.10から3.35の範囲であった。緑色ヒスイ試料は長波紫外線(365nm)および短波紫外線(254nm)照射で不活性であった。ラベンダーヒスイは、長波紫外線に対して強い帯赤色蛍光を示した。青色ヒスイは長波および短波紫外線ともに不活性であった。吸収スペクトルを携帯型分光器で観察したところ、690、650、630nmに弱いラインが見られた。加えて、糸魚川産の緑色ヒスイには437nmに非常にシャープなラインが見られた。ラベンダーヒスイでは530と600nm付近に弱いバンド、および437nmに細いバンドが見られた。青色ヒスイは非常に幅広いバンドがスペクトルの黄色から赤色部にかけて見られ、437nmに弱く細いバンドも見られた。

 

図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石
図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石

 

図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料
図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料

 

岩石学的観察及びラマン分光分析

小滝川産の緑色ヒスイをスライスしたもの(図7a)を交差偏光下で観察すると、微細なヒスイ輝石の粒は高次および低次の干渉色を示した。これは各々の粒が異なる方位を向いているために生じる。マトリックス中に2mmを超える大きな結晶も観察された。これらは良形のヒスイ輝石の単結晶であり、明瞭な劈開が87°の角度で交差して入っており、輝石に典型的な特徴である。この緑色ヒスイの薄片は柱状の変晶組織があり、無指向性の応力下で変成を受けたことが示される。微小褶曲や細脈を顕微ラマン分光分析したところ、構成鉱物として微量のソーダ珪灰石及びブドウ石が同定された。

図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真
図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真

 

小滝川および青海川産ラベンダーヒスイの薄片は(図7b)、亜透明から半透明で主に0.1–0.3mmサイズほどの微小~ごく微小な粒子結晶で、柱状の変晶組織が表れている。この試料中には、ヒスイ輝石の細粒の放射状集合体を伴う超圧破砕帯がマトリックスを横断しているのが観察された。この組織は、この試料が変成作用において地盤圧力、そして恐らくはその後に方向性を持った圧力を被ったことを示す。このヒスイに熱水流体によって形成された細脈状のブドウ石と方沸石、そして長柱状のベスブ石の結晶も構成鉱物として見つかっている。

図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真
図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真

 

小滝川産青色ヒスイ試料では、半透明の粒状で、0.1〜0.5mmほどの微小な隠微晶質粒子(図7c)は花崗変晶質および圧砕岩の組織を示した。この試料においては、既存の鉱物が破砕され離脱して流動構造を作っている。構成鉱物としては、方沸石やチタン石の他、このタイプのヒスイにおいては青色の原因とはならない非常に微量な自形のチタン石結晶粒子がマトリックス中にある。

図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真
図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真

 

紫外–可視分光分析

緑、紫、帯紫青、青色の小滝川および青海川産のヒスイの板状試料に、紫外–可視吸収分光分析を行った。試料中の似たような色の領域で化学分析を行い、各発色元素の濃度を確認した。小滝川産ヒスイの緑色の部分は一般的にクロムと鉄で着色されており、691nmの吸収ライン(Cr3+のいわゆる「クロムライン」)と、437nmあたりにもう一つの吸収ライン(Fe3+のいわゆる「ジェダイトライン」)を示す(図 8)。

 

図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

検査を行った5mmほどの円の領域における発色元素の含有量を、LA–ICP–MSで分析し、レーザー照射した3~4か所での濃度を平均した。緑色の部分は比較的高いCrとFe(280および810ppma)を含んでおり、等原子価の発色元素Cr3+とFe3+は明らかに緑色に寄与している(Rossman, 1974; Harlow and Olds, 1987)。さほど重要ではない発色元素のTi、Mn、V、Coの濃度は低かった(それぞれ57、19、2.3、0.4ppma)。
青海川産のラベンダーヒスイのUV–Visスペクトルは、Mn、Ti、Feに相当する特徴を示した(図9)。

 

図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

530nmを中心にした幅広いMn3+関連の吸収バンドは、ミャンマー産ラベンダーヒスイに観察されることがよくあり(Lu, 2012)、610nmを中心としたTi4+–Fe2+ペアの電荷移動の特徴的な幅広いバンドとFe3+に関連した437nmの細い吸収バンドも同様である。可視分光で検査したラベンダー色の領域をLA–ICP–MSで詳細に分析してみた。その結果、Ti(平均534ppma)およびFe(平均550ppma)がその青の色相の原因となっていることは明らかであった。Mnの濃度の平均は18ppmaで、弱いピンクから紫色の色相を生じさせていた。日本産のラベンダーヒスイは紫青の色相を示すが、これはMn3+とTi4+–Fe2+の吸収により生じる弱いピンクと強い青色の組み合わせによるものである。
小滝川産青色ヒスイのUV–Visスペクトルは、500から750nmに非常に幅広いバンド、437nmにFe3+の弱い吸収、そして350nm以上のカットオフを示した(図10)。この吸収パターンはブルー・サファイアのスペクトルに似ており、Ti4+–Fe2+ペアの電荷移動に起因する。相当量のTi(1943ppma)とFe(4212ppma)が顕著な青色を生じている。それに比べ、Mnはピンク色の成分を生じさせるには低すぎる(64ppma)。

 

図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

化学分析

詳細な化学的データを得るためにEPMA分析とLA–ICP–MS分析を行った。
小滝川産試料から得たEPMAで測定した定量化学分析結果を表1にまとめた。白、緑、ラベンダー、青(帯紫青も含む)といった代表的な色別に結果を以下に述べる。Xjd、X(Ae+Ko)、XQuad(Dio+Aug+Hed)を、それぞれAl/(Na+Ca)、Fe3+/(Na+Ca)、Ca/(Na+Ca)のmol%として計算した。微量元素についてLA–ICP–MSで分析した。各試料について3か所から10か所のレーザー照射・スポットの測定値に基づいて平均を求めた。各元素の最高および最低濃度表に示されており、平均値は()内に記されている。

 

白色ヒスイ  小滝川産の白色ヒスイは、理想的なヒスイ輝石成分に近い(表1)。全ての分析箇所(5か所のスポット以上)で端成分に近く、最大Xjd–98mol.%であった。CaO、MgO、FeOtot成分は、検査を行った他の色のヒスイのいずれよりも低かった(それぞれ、0.26、0.12、0.44wt%)。Cr2O3、MnO、K2O、NiOの値は分析の検出限界値以下であった。TiO2(0.03wt%)は紫から青色ヒスイで検出されたどの値よりも低かった。この白色ヒスイは非常に純度の高いものであった。この白色ヒスイのLA–ICP–MS分析では19種の少量~微量元素(Li, Mg, K, Ca, Sc, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Cu, Sc, Ni, Zn, Ga, Se, Sr, Zr)が常に検出された。その他の微量元素(B, Rb, Y, Nb, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Lu, Hf, Ta, W, Th, U)は検出限界以上であった。小滝川産の「白色」ヒスイは通常は緑や青、黒の色のヒスイよりも低いMgおよびCa含有量(順に3841および8495ppmw)である。

 

表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)
表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)

 

緑色ヒスイ  小滝川産の4石の緑色ヒスイについてマイクロプローブ分析を行ったところ、Fe濃度は最低値が0.22wt%、最大が0.864wt%とかなり高く、Crはそれよりやや低く0.01–0.57wt%であった。MgO(0.16–2.83wt.%)および CaO(0.24–4.18wt.%)の値は比較的高かったが、成分的にはヒスイの範囲XJd = 98.7 to 82.4であった(図11)。小滝川の試料は、結晶の集合体と独立した単結晶との間で主要元素の構成にわずかに違いが見られた。この研究から、緑色のヒスイ結晶の集合体はかなり純度の高いものであるが、独立した単結晶はヒスイ輝石の範疇ではあるものの、オンファス輝石に近い化学組成を示した。

 

図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。
図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。

 

小滝川産緑色ヒスイ13石のLA–ICP–MS分析から、沈み込み帯にあるイオン半径の大きい親石元素(Li, B, K, Sr, Baなど)や、それよりも難溶性の元素(希土類元素–La, Ce, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Luや、Hf, Ta, W, Tl, Pb, Th, Uなど)が顕著に移動をしていることが分かった。MgおよびCaの濃度も比較的高く、Mgで2383から77100ppmw(平均19957)ppmw、Caで4400から82700ppmw(平均39206ppmw)であった。MgおよびCaの濃度は暗緑色の部分ではかなり高かった。これは、暗緑色のオンファス輝石成分はヒスイ輝石に比べより微量元素に富んでいる(LiおよびGaは例外)ことを示すものである。
オンファス輝石とヒスイ輝石を識別するために、微量元素および主要元素の組み合わせで化学成分フィンガープリント・グラフを作ってみた。図12に示すAl/Fe対Ca/Naのグラフでは、糸魚川産の明るい緑色を呈する試料はヒスイ輝石範囲に分類され、暗黒緑色の試料はオンファサイト輝石範囲にプロットされた。

 

図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示
図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示す。

 

ラベンダーヒスイ  小滝川産の紫色試料に、相当量のTiO2(最大0.362wt%)およびFeOtot(最大0.694wt%)が検出されたが、MnOは比較的低かった(最大0.019wt%)。
日本産ラベンダーヒスイの色も同様に発色元素のTi4+、Fe2+、Mn3+に相互に関連があると思われる。MgO(最大0.864wt%)およびCaO(最大1.879wt%)の濃度は比較的低かった。ヒスイの成分はXjd – 98.7~93.3で、純粋なヒスイ輝石に近かった。
LA–ICP–MS分析では、顕著に高含有量のTiおよびFeがすべての紫色ヒスイに検出された。Li, B, K, Sr, Baといったその他の金属元素や、あるいは希土類元素は、小滝川および青海川の同じ地質学的起源で産出した白や緑のヒスイよりも高かった。

 

青色ヒスイ  小滝川産の青色試料6個は、非常に高いTiO2値であった。それぞれ最大値は0.649および0.745wt%である。これはそれぞれの青色の濃い部分と対応している。CaOの濃度は、白い部分と比べて淡青色から青色の部分の方がやや高かった(0.6%から1.4wt%)。
帯紫青色および青色の領域では最も高いTiが測定され(最大4520ppmw)、また豊富なFe(最大11900ppmw)も測定された。希土類元素のほとんどはラベンダーヒスイのものよりも高かった。

 

コンドライト規格化希土類元素(REE)および、原始マントル規格化重微量元素パターン

日本産ヒスイのそれぞれの色について微量元素の組成を比較するため、それらのコンドライト規格化希土類元素(REE)パターンと原始マントル規格化微量元素パターンを調べた(図13および図14)。

 

図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す
図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す

 

日本産ヒスイにおける希土類元素(REE)は、緑・白・黒のヒスイよりも、ラベンダー色~青色の試料の方がより富んでいる傾向にある。すべての色において、軽希土類元素(LREE: La, Ce, Nd, Sm)の濃度は重希土類元素(HREE: Eu, Gd, Dy, Y, Er, Yb, and Lu)の濃度より高い傾向にあった。このコンドライト規格化希土類元素パターンから、日本産のラベンダー色~青色のヒスイは高いLREE/HREE比と、他のREEに比べて低いEu濃度を特徴とすることができる。
興味深いことに、すべての色の日本産ヒスイの原始マントル規格化微量元素パターンは、イオン半径の大きい親石元素(LILE)であるSrおよびBa、そして電荷の大きいな元素(HFSE)であるZrおよびNbの強い正の異常を示した。緑色ヒスイの希土類元素パターンはだいぶ少なく抑えられているようだが、白や黒のヒスイと比べるとかなり高く、Sr、Zr、Hfは強い正の異常を示す。この結果はMorishita et al.(2007)による結論とも合致し、それは、沈み込み帯における糸魚川-青海産のヒスイの形成に関連した流体は、珍しくも流体により沈み込み帯にもたらされたLILEおよびHFSEの両方に富んでいて、また、こうした元素は蛇紋岩化したかんらん岩にリサイクルされるというものである。

 

結論

糸魚川市の小滝川および青海川産のヒスイは、白色に緑色が混ざったものが特徴だが、他にもラベンダー、青、黒の色がある。当地の保護区域内でのヒスイの採取は1954年以降禁止されているが、川や支流に沿って小さな小石が見つかることはある。今回の研究では、多数の試料を分析し、それぞれの色のグループについて、発色元素、光学吸収特徴、主要元素及び微量元素の定量化学組成分析を行った。
1.小滝川および青海川産ヒスイは大きなものも小さなものも河食により角が丸みを帯び、きらきらと白っぽい表面であるが、原石には風化による褐色の皮殻は見られない。日本産のヒスイは主に白色で、淡緑から緑色やラベンダー~青色が不規則に散らばっている。
2.岩石学的な観察から、小滝川および青海川産ヒスイは細く半自形の柱状結晶の集合体と粒状の単結晶とで構成されていることが分かり、これらが合わさって柱~粒状変晶組織をなしている。ソーダ珪灰石、ブドウ石、方沸石は褶曲や断層、細脈によく見られるが、微量成分としての鉱物であるベスブ石やチタン石はマトリックス中に見られる。
3.電子線マイクロプローブによる定量分析からは、白色ヒスイは純粋なヒスイ輝石(Xjd=98 mol.%)に近いことが示された。緑色ヒスイはXjd=98-82 mol.%、XAug=2-8 mol.%の範囲で、オンファサイトではなく、ヒスイ輝石の範囲にあることが確認された。また、Feだけではなく、Crが緑色の原因となっていることも改めて確認できた。ラベンダー色は比較的高濃度のTiおよびFeと、低濃度のMnとの組み合わせにより生じる。青色ヒスイでは、Ti4+–Fe2+の電荷移動が発色に重要な役割を果たしている。
4.LA–ICP–MS分析で19の微量および遷移元素が検出された。すべての色のヒスイにおけるコンドライト規格化希土類元素および原始マントル規格化重遷移元素パターンは、軽希土類元素のほうが重希土類元素よりも高い値を示し、イオン半径の大きいな親石元素(LILE)と電荷の大きな元素(HFSE)の正の異常も見られた。ラベンダーおよび青色(帯紫青色も含む)のヒスイは、緑色ヒスイに比べて希土類元素が優勢であったが、白と黒のヒスイでは希土類元素濃度は低かった。◆

 

参考文献

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Morishita T., Arai S., Ishida Y. (2007) Trace elements compositions of jadeite (+omphacite) in jadeitites from the Itoigawa–Ohmi district, Japan: Implications for fluid processes in subduction zones. Island Arc, Vol. 16, No. 1, pp. 40–56.

Nakamizu M., Okada M., Yamazaki T., Komatsu M. (1989) Metamorphic rocks in the Omi–Renge serpentinite mélange, Hida Marginal Tectonic Belt, Central Japan. Memoirs of the Geological Society of Japan, Vol. 33, pp. 21–35 (in Japanese with English abstract).

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Yokoyama K., Samejima T. (1982) Miscibility gap between jadeite and omphacite. Mineralogical Journal, Vol. 11, pp. 53–61, http://dx.doi.org/10.2465/minerj.11.53

宮島 宏 (Miyajima, H.), 1996, ヒスイ輝石岩の色と構成鉱物。日本地質学会第103回学術大会講演要旨 (Abst. 103rd Ann. Meet. Geol. Soc. Japan), 295.

宮島 宏 (Miyajima, H.), 2004, とっておきのひすいの話[A story of the special jade]. フォッサマグナミュージアム (Fossa Magna Museum), 40p.

日本鉱物科学会 2018 年年会・総会参加報告

PDFファイルはこちらから2018年11月PDFNo.47

リサーチ室  江森 健太郎

去る 9月19日(水)から21日(金)までの3日間、山形大学小白川キャンパスにて日本鉱物科学会2018年年会・総会が行われました。弊社から2名の技術者が参加し、それぞれ発表を行いました。 以下に年会の概要を報告致します。

山形県を代表する戦国武将、最上義光
山形県を代表する戦国武将、最上義光

 

日本鉱物科学会とは

 

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、 研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に、一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びと なり、(1) 社会的及び学術界における信頼性の向上、(2) 責任明確化による法的安定、(3) 学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体として活動していくことになりました。2018年会・総会は、一般社団法人として前年2017年の愛媛大学での開催に続き2回目の年会・総会になります。

 

山形大学について

 

山形大学は明治11年(1878年)の山形県師範学校の開校にはじまり、昭和24年(1949年)に 山形高等学校、山形師範学校、山形青年師範学校、米沢工業専門学校、山形県立農林専門学校の5つの教育機関を母体に新制国立大学として設置されました。「地域に根差し、世界を目指す」をスローガンとしており、「自然と人間の共生」をテーマに掲げ、「学生教育を中心とする大学創り」「豊かな人間性と高い専門性の育成」「『知』の創造」「地域及び国際社会との連携」「不断の自己改革」の5つの使命を掲げています。教養教育を学士課程教育の基盤である「基盤教育」として重視しており、その運営・実施期間として「基盤教育院」が設置されています。学生支援では、学生と大学の関係を密接にすることを狙いとし、大学が直接学生をスタッフとして雇用するインターンシップ制度が創設される見込みだそうです。平成31年(2019年)には創立70周年を迎える歴史と伝統を受け継いでおり、優れた人材を社会に送り出しています。

日本鉱物科学会2018年年会・総会が行われた小白川キャンパスの他、米沢、鶴岡キャンパスがあり、 山形県全体としてみると、村山地方(山形市)、置賜地方(米沢市)、庄内地方(鶴岡市)それぞれに所在し、近年、最上地方に「エリアキャンパスもがみ」が設置され、県内4つの地区すべてにキャンパスが配置されています。

会場となった山形大学
会場となった山形大学

 

小白川キャンパスは JR 山形駅から巡回バスで10分程度、徒歩でも30分程度の距離となっており、 駅前からのアクセスは非常に良好です。
今年の年会では、3件の受賞講演、10件のセッションで114件の口頭発表、83件のポスター発表が行われました。

1日目、19日(水)の9時15分より小白川キャンパス基盤教育1号館で「結晶構造」、「地球表層」、「宇宙物質」、「深成岩・火山岩・サブダクションファクトリー」、「火成作用の物質科学」 の5つのセッションが行われました。
また、3日間ポスター発表が開催されており、12時〜14時がコアタイム(ポスター発表者がポスター の横に立ち、質疑応答を行う)として設定されていました。

総会の様子
総会の様子

 

2日目、20日(木)は、9時より基盤教育2号館で総会が行われました。総会は上にも記した通り、 一般社団法人化して2回目の総会となりました。総会は当日出席92名、委任状107名と定足数を満たしました。総会では、各種事業報告の他、役員承認や会員会費規定の改定等の決議事項、授賞式が行われました。総会の後、受賞講演が行われ、平成29年度第18回受賞者である金沢大学 海野進教授、 同第19回受賞者である学習院大学 糀谷浩氏、平成29年度第23回日本鉱物科学会研究奨励賞表彰の東京大学 新名良介氏による講演がありました。同日午後14時からは基盤教育1号館にて「岩水–水」、「岩石・鉱物・鉱床」のセッションが行われました(この2セッションは資源地質学会との共催セッションでした)。

 

受賞講演を行った 3 名(左から新名良介氏、海野進教授、糀谷浩氏)と 日本鉱物科学会会長土`山明教授
受賞講演を行った3名(左から新名良介氏、海野進教授、糀谷浩氏)と 日本鉱物科学会会長 土`山明教授

 

3日目、21日(金)は基盤教育1号館にて「鉱物記載」「変成岩」「高圧深部」のセッションが行われ、「鉱物記載」セッションで弊社研究者2名が「周囲圧力下で熱処理(LPHT処理)された褐ピンク色CVD合成ダイヤモンドの分光特性」「マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイア中に観察されるBe含有ナノインクルージョン」の発表を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への興味の強さを感じることができました。(なお、発表内容についてはCGL通信43号、45号に掲載されています。https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)

 

「鉱物記載」セッションで講演を行う筆者
「鉱物記載」セッションで講演を行う筆者

 

今回行われた発表の中で、宝石と関係の深い話で興味深いものが2点ありましたので紹介します。

 

「人工知能による深層学習を利用したヒスイ判別機の開発」

小河原孝彦(フォッサマグナミュージアム)

新潟県糸魚川市フォッサマグナミュージアムでは、開館当初から市民に広く開かれた博物館をめざし、海岸等で採取した石の名前の鑑定を窓口で学芸員が行っている。鑑定件数は年々増加し、この件数増加に博物館側は対応に苦慮している。発表者は、人工知能を用いた石の鑑別(ヒスイか否か)の可能性について研究を行った。本研究では画像の深層学習に2015年にGoogleが開発した機械学習ソフトウェアライブラリであるTensor Flowを利用し、画像分類と物体検出に適応したアーキテクチャのNASNetを転移学習に用いた。糸魚川の海岸で採取した礫の写真13,000枚を教師画像とし、ヒスイお よびヒスイ以外の2種類に分類し、NASNetに転移学習させた。結果として、20,000回の学習でヒスイとヒスイ以外の認識率は約96%になった。本研究から、人工知能を用いた画像の深層学習でヒスイの認識が可能であることが明らかになった。

 

「肥後および西彼杵変成岩中より見出されたダイヤモンド様物質の鉱物学的特徴」

大藤弘明、福庭功祐(愛媛大・GRC)、西山忠男(熊本大・先端科学)

日本の九州地方に分布する肥後変成岩および西彼杵変成岩中からもダイヤモンドと考えられる炭素物質が発見され、注目を浴びている。筆者らはこのようなダイヤモンド様物質の直接観察をめざし、コンタミの可能性などに注意を払いながら観察試料を作成し、電子顕微鏡観察を行った。ダイヤモンド様物質を含む肥後変成岩(クロミタイト)柱のダイヤモンド様物質は、クロマイト中に含まれる負結晶中に1μmほどの紡錘形粒子として観察され、ランダムに集合した径数十〜数百nmの極めて細粒なグラファ イトから成ることが分かった。西彼杵変成岩(泥質片岩)中のものは、基質を構成するフェンジャイトの空隙部に径0.4〜1μmほどの不定形から半自形(八面体様)の粒子として濃集しており、TEM下で電子線回折によって調べたところ、確かにダイヤモンドであるがコンタミの可能性も否定できず、今後の課題であると発表された。

 

毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加、聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は9月20日〜22日、九州大学で開催されます。◆

ポ ス タ ー セ ッ ション コ ア タ イ ム の 様 子
ポスターセッション コアタイムの様子

 

フォッサマグナミュージアム:「宝石の国」展に参加して

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リサーチ室 北脇 裕士

新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアムにて、2018年9月8日より10月28日までの予定で「宝石の国」展が行われていました。その関連イベントとして9月16日(日)に特別講演会が企画されhttp://www.city.itoigawa.lg.jp/7077.htm、筆者が「宝石の国の宝石学」というタイトルで講演させていただきました。

 

写真1:フォッサマグナミュージアム外観
写真1:フォッサマグナミュージアム外観

 

「宝石の国」は、月刊アフタヌーンで大好評連載中の市川春子氏原作の漫画です。昨年にはテレビアニメが放映され、その人気に拍車が掛かりました。登場人物が擬人化された宝石という斬新な内容で、ミネラルファン達をも取り込んだようです。
フォッサマグナミュージアムでは漫画世代の20–30代の若い男女に宝石や岩石鉱物(特に日本の国石となったヒスイ)の魅力を発信するために「宝石の国」展を企画しました。会場には複製原画や登場キャラクターに関係した宝石の原石、カット石、イラストを展示しており、宝石学会(日本)、日本鉱物科学会なども後援しました。

写真2:「宝石の国」展特別講演会会場
写真2:「宝石の国」展特別講演会会場

 

写真3:「宝石の国」展展示会場の様子
写真3:「宝石の国」展展示会場の様子

 

特別講演会当日は3連休の中日ということもあってか、県内だけでなく北海道から九州まで日本全国からの来場者がありました。特に関東近郊からのお客様が多く、新幹線の利便性が後押ししたようです。予定していた定員は80名でしたが、開始時刻の1時間前から人が並び始め最終的には124名の参加者で会場が超満員になりました。関係者の話によるとミュージアム史上最高の聴講者の数だったとの事で、アニメ化された漫画の人気に驚かされるばかりでした。この企画が次世代を担う若者たちに宝石の魅力を発信できる場になったことは間違いなさそうです。

 

【フォッサマグナミュージアム】

 

フォッサマグナミュージアムは、日本最大のヒスイ産地であり、世界最古のヒスイ文化発祥の地として知られる新潟県糸魚川地域にあります。現在は糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の重要な拠点となっています。
フォッサマグナ(ラテン語で大きな溝:大地溝帯)の成立や人間と地球史とのかかわりを示す資料を収集・保管・展示し、あわせて調査研究およびその成果の普及を通して、市民の教育・学術および文化の発展に寄与することを目的に1994年(平成6年)に開館しました。1982年(昭和57年)の糸魚川市の総合計画を発端に平成元年には博物館開設の基本計画が策定されました。そしてふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け、総工費17億円が投じられ、立派な施設が出来上がりました。
開館当初は年間来場者が10万人近くありましたが、徐々に減少傾向が続き平均して4万人程度となりました。しかし、2008年(平成20年)に日本ジオパークに選定され、翌2009年(平成21年)に世界ジオパークに認定されて以降、来場者が増加に転じました。そして、2015年(平成27年)の展示リニューアルにより再び10万人を突破することになりました。

 

写真4–a:ミュージアム館外に展示されているヒスイの巨礫と学芸員の竹之内博士
写真4–a:ミュージアム館外に展示されているヒスイの巨礫と学芸員の竹之内博士

 

美山公園の高台に立地するミュージアムへは糸魚川駅から車(路線バスあるいはタクシー)で10分ほどです。館外の敷地にはヒスイの巨礫がいくつも並べられ、ここがヒスイの産地であることを思い起こさせてくれます。その一角に人の背丈ほどのヒスイの巨礫がひとつ。これは2007年(平成19年)5月に設置されたものですが、盗掘の被害を避けるためにここに疎開させてきたそうです。ミュージアム学芸員の竹之内博士の話によると、この巨礫はもともと国の天然記念物として指定されている小滝川上流のヒスイ峡からさらに4kmほど上流にあったそうです。天然記念物に指定された場所からは外れているので、小礫を拾う程度なら良いそうですが(指定区域では採取はもちろんのこと、石を動かすことも文化財保護法で禁止されています)、この巨礫は削岩機を使って運び出されようとしたため保護の目的でここに運ばれてきたそうです。これも重要なミュージアムの仕事のひとつです。この巨礫には削岩機で開けられた複数の穴や突き刺さったままのタガネを見ることができます。

 

写真4–b:削岩機で開けられた2つの穴
写真4–b:削岩機で開けられた2つの穴

 

写真4–c:刺さったままのタガネ
写真4–c:刺さったままのタガネ

 

館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物、化石など2,000点以上に及びます。これらがテーマ別に非常に見やすく配置されており、観客の興味を満たしています。正面のエントランスから入ってすぐの休憩室のスペースでは学芸員による無料鑑定サービスが行われています。これは市民や観光客が海岸などで拾った石を鑑定してもらえるサービスで1人1回10個までだそうです。土日や夏休みになると鑑定を希望する人たちで行列ができるそうです。
展示コーナーに向かうと、まず大小のヒスイ礫が目に飛び込んできます。スクリーンに映し出された小滝川の風景とあわせて擬似的にヒスイ峡を訪れた気分を味わえます。来館者の心をつかむ演出です。

 

続く第1展示室は、「魅惑のヒスイ」コーナーです。糸魚川産のヒスイの逸品が展示されています。おなじみの緑色のヒスイ、ラベンダーヒスイの原石や遺跡から発掘された勾玉のレプリカなどが展示されています。

第2展示室は、「糸魚川大陸時代」がテーマです。糸魚川の地質がどのように形成されたのかを詳しく解説しています。さらにヒスイを科学的に詳しく紐解いています。
第3展示室は、「誕生日本列島」がテーマとして取り上げられています。フォッサマグナシアターと名付けられた大型スクリーンと床に広がるマルチ画面で雄大な地球創生の映画が上映されています。また、日本地質学の父と呼ばれるナウマン博士のドイツの自宅を模した展示で、フォッサマグナを発見した博士の生涯を紹介しています。
第4展示室は、「変わりゆく大地」をテーマに、日本海の海抜0mから白鳥山(1,286.9m)、犬ヶ岳(1,592m)を経て朝日岳(2,418m)を結ぶ北アルプス最北部の縦走路となる栂海新道(つがみしんどう)や標高2400mの活火山である焼山などの形成について紹介されています。
第5展示室は、「魅惑の化石」をテーマに日本国内や世界のいろいろな化石が時代別に展示されています。日本の名前がついた奇妙な形のアンモナイトのニッポニテスやシーラカンス、さらには草食恐竜の糞の化石などが興味をそそります。
第6展示室は、「魅惑の鉱物」をテーマに各種岩石・鉱物が展示されています。鉱物名になった日本人や日本で発見された新鉱物、新潟県の鉱床など、他の博物館では見られない展示が工夫されています。

 

フォッサマグナミュージアムでは、このような魅力ある展示が多く成されており、特に糸魚川のヒスイについて理解を深めることができます。北陸新幹線で結ばれたことも有り、関東近郊からの日帰りさえも可能です。ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

※【ユネスコ世界ジオパークとは・・・】

ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」 と 「公園(パーク:Park)」 とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、まるごと楽しめる場所をいいます。大地(ジオ)の上に広がる動植物や生態系(エコ)の中で人間(ヒト)は生活し、文化や産業などを築き、歴史を育んでいます。ジオパークでは、これらの「ジオ」、「エコ」、「ヒト」の3つの要素を楽しく理解することができます。
ジオパークでは、見所となる地形・地質の場所を「ジオサイト」に指定して、多くの人々がその場所の魅力を知り、将来にわたって継続的な保護を行います。その上で、これらのジオサイトを教育やジオツアーなどの観光活動などに活かし、地域を元気にする活動や、その地域の素晴らしさを発信する活動を行っています。
ユネスコ世界ジオパークは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の定める基準に基づいて認定された質の高いジオパークで、2015年11月の第38回ユネスコ総会において正式プログラムとなりました。2018年4月現在、日本には、「日本ジオパーク」が44地域あります。そしてそのうちの9地域がユネスコ世界ジオパークに認定されています。世界的には38カ国、140地域にユネスコ世界ジオパークがあります。
糸魚川地域では2009年に日本のジオパークとして初めてユネスコ世界ジオパークに認定されました。この年には雲仙火山を擁する島原半島(長崎県)と洞爺湖有珠山(北海道)が同時にユネスコ世界ジオパークに認定されています。
ユネスコ世界ジオパークに認定されるためには、まず日本ジオパーク委員会の審査を通過した後、世界ジオパークネットワークの加盟申請をします。書類審査や現地審査を経た後合格すればユネスコ世界ジオパークと名乗ることができます。ユネスコ世界ジオパークに一度認定されても4年に一度の再審査に合格しなければ加盟を取り消されるという厳しい規則があります。◆

小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)を訪ねて

PDFファイルはこちらから2018年11月PDFNo.47

リサーチ室 北脇 裕士

【日本の石(国石)ヒスイ】

2016年9月24日、日本鉱物科学会平成28年度総会にてヒスイが日本の国石に選定されました。

図 1:日本の国石となったヒスイ(フォッサマグナミュージアム提供)
図 1:日本の国石となったヒスイ(フォッサマグナミュージアム提供)

 

日本の石(国石)は日本鉱物科学会の一般社団法人化の記念事業の一環として考案されたものです。「日本で広く知られて、国内でも産する美しい石(岩石および鉱物)であり、鉱物科学のみならず様々な分野でも重要性をもつものを、「国石」として選定することにより、私たち日本人が立っている大地を構成する石について、自然科学の観点のみならず社会科学や文化・芸術の観点からもその重要性を認識するとともに、その知識を広く共有する」 という趣旨のもと取り組まれてきました。日本鉱物科学会のホームページにはヒスイが国石に選定された理由を以下のように述べています。「ヒスイ輝石やこの鉱物からなるヒスイ輝石岩は、日本列島のようなプレート収束域(沈み込み帯)の冷たい地温勾配の環境下でのみ形成されると考えられ、特に細粒でやや透明感をもったヒスイは宝石として高い価値を持ちます。ヒスイの産出は約5.5億年前より若い時代の蛇紋岩分布地域に限られ、藍閃石片岩や超高圧変成岩と同様、地球の冷却を示す岩石の一つです。ヒスイを敲(たたき)石として使ったものが、糸魚川市の大角地(おがくち)遺跡から発見され、縄文時代前期前葉の利用例として知られています。縄文時代に国内で加工された大珠は人類初のヒスイ加工の証であり、以後奈良時代まで利用された勾玉と共に日本史で重要な石であります。その後、日本からのヒスイの産出は忘れ去られますが、1938年に新潟県でヒスイが再発見され、翌年に学術論文として公表されます。そして現在では、新潟県糸魚川市をはじめ兵庫県養父市、鳥取県若桜町、岡山県新見市、長崎県長崎市など日本各地において野外で観察できるとともに、法律により保護されているところもあります。ヒスイの名は一般の人にも広く知られており、まさしく日本のシンボルであり、国石としてふさわしい石と認められます。」(注:日本鉱物科学会のHPには「ひすい」とひらがな表記されていますが、本稿では「ヒスイ」とカタカナで統一しています)

 

【小滝川でのヒスイの発見】

 

図2–1:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置
図2–1:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置

 

図2–2:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置
図2–2:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置(詳細)

 

日本国内の縄文、弥生、古墳時代の各地の遺跡からヒスイ製の勾玉や大珠などが見つかっています。 これらのルーツは現在ではすべて糸魚川地域であると考えられています。しかし、以前は日本で見つかるヒスイは大陸から渡来したものと考えられていました。なぜならば日本国内にはヒスイの産地が見つかっていなかったからです。

1938年に小滝川の支流のひとつ土倉沢の出会い付近でヒスイが発見されます。この発見に大きな役割を果たしたのが相馬卸風氏といわれています。相馬氏は明治から昭和にかけて歌人、文芸評論家として活躍する糸魚川在郷の知識人です。一般には早稲田大学の校歌の作詞で知られています。相馬氏は高志の国(現在の福井から新潟にかけて)の姫である奴奈川姫がヒスイの首飾りをしていたという伝説から、そのヒスイは地元産ではないかと考えていました。奴奈川姫はあくまでも伝説の人物ですが、数多くの資料が残されており、糸魚川の人々にとって特別な存在です。市内には「奴奈川姫の産所」など奴奈川姫にまつわる伝承地も数多く、式内社(しきないしゃ)である「奴奈川神社」にも、奴奈川姫と八千矛命(やちほこのみこと=大国主命)がともに祀られています。市内各地には奴奈川姫にちなんだ地名とともに、いくつもの伝承も数多く残っています。また、『万葉集』に詠まれた「渟名河(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜(あたら)しき 君が 老ゆらく惜(を) しも」(作者未詳)の歌において、「渟名河」は現在の姫川で、その名は奴奈川姫に由来し、「底なる玉」 はヒスイ(翡翠)を指していると考えられ、奴奈川姫はこの地のヒスイを支配する祭祀女王であるとも考えられています。

このような相馬氏のヒスイが地元にあるのではないかという発想が知人に伝えられ、ヒスイの調査が行われました。そして小滝川でのヒスイの発見に繋がります。見つけられたヒスイらしき石は幾人かを介して東北大学に届けられ、研究者らによって詳しく調べられました。その研究成果が、昭和14年(1939年)岩石鉱物鉱床学という科学誌に河野義礼(かわのよしのり)博士による「本邦に於ける翡翠の新産出及その化学性質」として発表されます。このヒスイ発見の経緯については、フォッサマグナミュー ジアム上席学芸員の宮島宏博士が専門誌で詳しく解説されています(地質学雑誌 第116巻 補遺 pp143‒153、2010年)。

 

【ヒスイの保護】

ヒスイの発見が最初に発表されたのが岩石・鉱物の専門誌であったためか、考古学者たちが日本からのヒスイ産出の情報を知るまでには少し時間が掛かったようです。今なら新聞、テレビ、雑誌、SNSなどで一瞬にしてこの手のニュースは拡散すると思われますが・・・。しかし、戦後になってようやく郷土研究家、考古学者を中心にヒスイの文化的価値が急速に認識され、重要視されるようになりました。そしてヒスイ保護運動が高まり、昭和29年(1954年)2月に小滝川のヒスイが新潟県指定の文化財になります。このときの指定内容は「明星山下の硬玉岩塊」とされ、指定地域についてはあいまいでした。 県の文化財に指定された後も、県外の複数の者たちによって発破を仕掛けてヒスイ岩塊を持ち出そうと する騒動が起こりました。これを契機に地元でも保護か開発かでゆれる時期があったそうです。そして、 これらの騒動が収束し、昭和31年(1956)6月には国指定天然記念物「小滝川硬玉産地」となり、指定地域も明確にされています。

 

【小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)】

 

図 3:国の天然記念物であることを示す石碑
図 3:国の天然記念物であることを示す石碑

 

小滝川ヒスイ峡へのアクセスは自家用車がお勧めです。残念ながら直接ヒスイ峡まで行ける路線バス等の公共交通機関はありません。新幹線の停まる糸魚川駅にはタクシーがありますし、レンタカーも利用可能です。もし、徒歩で行く場合はJR大糸線小滝駅から片道およそ60分の行程となります。いずれにしても道路事情は必ずしもよくありませんので、ネット等で事前に情報収集することが必須です。 筆者はフォッサマグナミュージアム学芸員の竹之内博士の車で小滝川ヒスイ峡を訪れることができました。

 

図 4:明星山の大岩壁 ( 写真左のなだらかな斜面が蛇紋岩体 )
図 4:明星山の大岩壁 (写真左のなだらかな斜面が蛇紋岩体)

 

糸魚川は、過去に宝石学会(日本)の開催地になったことが2度あります(1992年と2002年)。 そのときのエクスカーションで小滝川ヒスイ峡を訪れる機会がありました。久しぶりではありますが、今回が3回目の訪問となりました。車で糸魚川市内から姫川沿いに国道148号線を南下し、JR小滝駅近くから県道483号に入り、山道を小滝川に沿って登っていきます。市内から小一時間走った頃、突然目の前に明星山の絶壁が現れます。明星山の岩壁は石灰岩からできており、ロッククライミングのゲレンデとして有名です。明星山は標高1188mで、岩壁の高さは500mもあります。明星山の西側にはややなだらかな傾斜の斜面があります。

 

図 5:小滝川ヒスイ峡(写真左が上流、右端がヒスイ産地の上流側境界)
図 5:小滝川ヒスイ峡(写真左が上流、右端がヒスイ産地の上流側境界)

 

図 6:小滝川ヒスイ峡のヒスイの転石(白っぽい岩がヒスイ)
図 6:小滝川ヒスイ峡のヒスイの転石(白っぽい岩がヒスイ)

 

植生も回りに比べてやや新しく緑鮮やかです。この部分は蛇紋岩です。蛇紋岩は水を吸うと膨張してもろくなる性質があり、この緩斜面は蛇紋岩の地すべりによってできた地形です。この緩傾斜地はその岩体の中にさまざまな種類の構造岩塊を含む蛇紋岩メランジュとなっています。小滝川ヒスイ峡のヒスイはこの蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれたものです。地すべりによって蛇紋岩岩体が小滝川に滑り落ち、その後の侵食によって蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられます。

図 7:天然記念物保護の注意書き
図 7:天然記念物保護の注意書き

 

図 8:天然記念物に指定される地域の上流側の境
図 8:天然記念物に指定される地域の上流側の境

 

ヒスイは低温高圧型の変成作用によって生成します。このような変成作用が生じるのは海洋プレートが 大陸プレートに沈み込んでいる場所(沈み込み帯もしくはサブダクションゾーンともいう)の地下20‒30kmと考えられています。沈み込み帯では冷たくなった海洋プレートが海溝の下に沈み込んでいくために、プレート同士が衝突して圧力が高いわりに他の場所より温度が低くなっています。最近の研究では、ヒスイの多くは橄欖(かんらん)岩が蛇紋岩化する際に関連した熱水溶液から生成したと考えられています。沈み込み帯では多量の海水を含む堆積物が海洋プレートとして地下深くに沈み込みます。 その際、橄欖岩が蛇紋岩へと変化する作用が生じます。それに伴って、局所的に蛇紋岩の割れ目に熱水溶液が発生し、ヒスイが生成します。このようなヒスイを含む蛇紋岩は回りの岩石よりも軽いため、大きな断層帯にそって上昇します。これが小滝川で見られるヒスイを伴う蛇紋岩メランジュなのです。◆

マントル深部からのダイヤモンド Diamonds originated from the lower part of mantle

PDFファイルはこちらから2018年9月PDFo.46

鍵 裕之
東京大学大学院理学系研究科

宝石の代表選手であるダイヤモンドは、砂川一郎先生(1924–2012)によって「地下からの手紙」と表現された。ダイヤモンドを入念に観察することで、ダイヤモンドの中に秘められた「手紙」を読み解き、地球深部の情報を知ることができると言う意味であろう。これまで天然ダイヤモンドの研究から、地球内部を構成する物質の理解が飛躍的に進展してきた。特に近年になって、マントル遷移層から下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究が盛んに行われている。天然ダイヤモンド、特に超深部起源ダイヤモンドに関連する地球内部科学の最近の研究動向について述べたい。
地球内部はどのような構造で、どのような物質でできているのか?教科書を開けば、地表から地殻、マントル(上部マントル、マントル遷移層、下部マントル)、核(外核、内核)という層構造をとると書かれている(図1) [1]。もちろんそれぞれの層に境界線があるわけではない。これらの層の境界では物質の密度が不連続的に変化しているため、不連続面とも呼ばれている。このような地球内部の密度構造は、地震波が伝搬する速度が地球内部で変化する様子から求められた。物質の密度は、物質を構成する元素組成によって変化する。重い元素(例えば鉄)が主成分になれば密度は高くなるし、比較的軽い元素(例えばマグネシウム)が主成分になれば密度は低くなる。一方、化学組成が同じであっても結晶構造が変化すれば密度も変化する。地震波伝搬速度の観測から地球内部の密度分布がわかっても、密度の変化が化学組成によってもたらされたのか、結晶構造の変化によってもたらされているかはわからない。地震波伝搬速度の解析に加えて、高温高圧実験、ダイヤモンドに代表される地球深部起源の天然試料の観察がまさに三位一体となって地球深部科学を発展させてきた。

 

図1-1:地球内部の層構造(図の作成は大学院生 福山鴻君による)
図1-1:地球内部の層構造(図の作成は大学院生 福山鴻君による)

 

図1-2:A,B, CはBass and Parise(2008)からの抜粋
図1-2:A,B, CはBass and Parise(2008)からの抜粋

 

高温高圧実験では、地球深部に相当する温度・圧力を実験室で再現して、地球深部に存在しうる鉱物を推定することができる。高温高圧実験には大型のマルチアンビル高圧発生装置(図2)やダイヤモンドアンビルセル(図3)を用いる。

 

図2:マルチアンビル高圧発生装置。愛媛大学地球深部ダイナミクスセンターに設置されているORANGE 3000
図2:マルチアンビル高圧発生装置。愛媛大学地球深部ダイナミクスセンターに設置されているORANGE 3000

 

図3:研究室で使用しているダイヤモンドアンビルセル。外形は約70 mm。(左)セルの外観。3本のネジで加圧していく。(右)セルの内部。上下に1対のダイヤモンドアンビルが装着されている
図3:研究室で使用しているダイヤモンドアンビルセル。外形は約70 mm。(左)セルの外観。3本のネジで加圧していく。(右)セルの内部。上下に1対のダイヤモンドアンビルが装着されている

 

高温高圧から急冷回収された試料を様々な手法を用いて分析することも多いが、常温常圧条件では不安定な鉱物もある。そのような場合はSPring–8やKEK Photon Factoryに代表される放射光実験施設で得られる指向性が高く、細いX線ビームを用いて、高温高圧の状態のままでX線回折を測定し、マントルに相当する条件で鉱物の結晶構造の解析が行われている。また、X線回折では決定することが困難な結晶中の水素原子の位置を決定するためには、中性子回折の測定が不可欠である。中性子回折の散乱強度は元素の電子数に依存しないため、水素を代表とする軽元素の位置決定やMg2+, Al3+, Si4+などの等電子数イオンを区別することが可能である。茨城県東海村に建設された大強度陽子加速器施設(J–PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に、超高圧中性子回折装置PLANET (Pressure–leading apparatus for neutron diffraction)が稼働している[2](図4)。

 

図4:大強度陽子加速器施設(J−PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された超高圧中性子回折装置PLANET (左)ビームラインの外観(右)PLANETビームラインに設置された大型マルチアンビル高圧発生装置(圧姫)
図4:大強度陽子加速器施設(J−PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された超高圧中性子回折装置PLANET
(左)ビームラインの外観 (右)PLANETビームラインに設置された大型マルチアンビル高圧発生装置(圧姫)

 

冒頭に述べたとおり、ダイヤモンドは地下からの手紙である。手紙に書かれた文字が、ダイヤモンドの結晶に取り込まれている鉱物や流体などの包有物(inclusion)と考えることもできる。包有物とはダイヤモンドが地球深部で結晶成長する際に周囲からダイヤモンドの結晶内部に取り込まれたものである。ダイヤモンドの熱力学的安定領域を考えると、ダイヤモンドは深さ150 km以上のマントルで生成したことになるので、ダイヤモンド中の包有物はマントルに存在している物質を取り込んだと考えられる。ダイヤモンドは最も硬い物質であるため破壊されにくく、また極端な酸化的条件でない限り反応することがないため化学的にもきわめて安定な物質である。したがって、天然ダイヤモンドは地球深部物質を包有物として安定に地表まで運ぶことができる頑丈なカプセルであり、貴重な研究試料である。地球深部で取り込まれた包有物の周囲にはギガパスカル(GPa)オーダーの圧力が残っている。図5に示すように地球内部でダイヤモンド中に包有物が取り込まれたときには、包有物と周囲のダイヤモンドは力学的につり合った状態にある。

 

図5:横軸に温度、縦軸に圧力を取った状態図。右上に位置する高温高圧状態にある地球深部でダイヤモンドが成長し、周囲に存在していた包有物を取り込む。地表に上がる過程で包有物とホストダイヤモンドの熱膨張係数、圧縮率の違いから包有物に圧力が生じる。
図5:横軸に温度、縦軸に圧力を取った状態図。右上に位置する高温高圧状態にある地球深部でダイヤモンドが成長し、周囲に存在していた包有物を取り込む。地表に上がる過程で包有物とホストダイヤモンドの熱膨張係数、圧縮率の違いから包有物に圧力が生じる。

 

地球深部から地表にダイヤモンドが上昇する際に温度が下がるため包有物もダイヤモンドも体積が減少する。また、圧力が低下するため包有物もダイヤモンドも体積が増加する。包有物とダイヤモンドの熱膨張率、圧縮率はそれぞれ異なり、地表に上がると包有物の方が周囲のダイヤモンドよりも体積が大きくなるため、包有物周辺には圧力がかかる。このことを初めて報告したのはNavon (1991)で、ダイヤモンド中の石英包有物に帰属される赤外吸収スペクトルが高波数側へシフトすることから残留圧力(約1 GPa)を求めた[3]。天然ダイヤモンドの包有物として、固体二酸化炭素[4]、氷VI相[5]、氷VII相[6]などいずれも常圧下では存在できない高圧相が報告されている。これらの包有物はダイヤモンドが生成したマントル中に二酸化炭素や水といった揮発性物質が存在した直接的な証拠となっている。図6と図7に筆者らが測定したダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを示す。包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。

 

図6:ダイヤモンド中に含まれるクロムスピネルとかんらん石の包有物。ダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを取ると包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。(Kagi et al., 2009より[21])
図6:ダイヤモンド中に含まれるクロムスピネルとかんらん石の包有物。ダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを取ると包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。(Kagi et al., 2009より[21]

 

図7:Sao-Luiz産下部マントルダイヤモンドに含まれるブリッジマナイト包有物(左)EBSDマップ。色の変化はダイヤモンドの結晶方位のずれを示している。(右)ラマンスペクトルの2次元マッピング (Cayzer et al., 2008より[22])
図7:Sao-Luiz産下部マントルダイヤモンドに含まれるブリッジマナイト包有物(左)EBSDマップ。色の変化はダイヤモンドの結晶方位のずれを示している。(右)ラマンスペクトルの2次元マッピング (Cayzer et al., 2008より[22]

 

このようにダイヤモンド中の包有物そのもの、あるいは周辺のダイヤモンドに蓄積された圧力を検出するにはラマン分光法が有益である。もちろんX線回折によって鉱物あるいはダイヤモンドの格子パラメーターを求めても良い。圧力がかかっていれば物質の硬さに応じて格子パラメーターが小さくなるはずである。しかし、圧力検出の感度、そして空間分解能という意味でラマン分光法の方が圧倒的に有利である。

ごく最近発見された氷VII相の包有物には10 GPaにも及ぶ圧力が残留しており、水が包有物としてダイヤモンドに取り込まれた圧力(ダイヤモンドが生成した圧力)を復元すると24 GPaとなり、このダイヤモンドが下部マントルに起源をもつことも明らかになった。下部マントルに水が存在していた直接的な証拠と考えることもできるが、取り込まれた包有物が地上に上昇する過程でダイヤモンド内部において脱水反応を起こして水を生成したという可能性も否定できない。2018年8月にボストンで開かれたGoldschmidt ConferenceでもTschaunerによる氷VII発見に関する研究発表があった。Navon教授(前述のようにダイヤモンド中の包有物に圧力がかかっていることを最初に報告した研究者)と意見交換を行ったが、ダイヤモンド中に純粋な氷が存在することはとても不思議(信じがたい)と感じた。ダイヤモンド中の流体包有物にはカリウムイオンや塩化物イオンが含まれていることが一般的であるからだ。
多くの天然ダイヤモンドは深さ150 kmから200 kmの上部マントルに起源をもつが、上に述べたようにマントル遷移層(深さ410 km〜660 km)や下部マントル(深さ660 km〜2890 km)に由来する包有物を取り込んだ超深部起源ダイヤモンド(英語ではsuper–deep diamondあるいはsublithospheric diamondとよばれる)に関する研究も最近は多数報告されている。高温高圧実験と地震波伝搬速度の観測から、下部マントルの主要構成鉱物はフェロペリクレース(化学式は(Mg, Fe)O)とブリッジマナイト(MgSiO3)であることがわかっているので、これらの鉱物組み合わせがダイヤモンド中の包有物として発見できれば、そのダイヤモンドは下部マントルに起源を持つと推定することができる。Scott Smith et al. (1984)は、最初にこれらの下部マントル鉱物を南アフリカのKoffifonteinキンバライトパイプから産出されたダイヤモンドから発見した[7]。その後1990年代に入り、ブラジルから多くの下部マントル起源のダイヤモンドが発見された[8]。超深部起源ダイヤモンドに関しては優れたレビュー論文がいくつか出版されているので、専門的な詳細についてはそちらを参照されたい[9, 10]。2018年に入って、これまで見つかっていなかったCaSiO3ペロブスカイトが天然ダイヤモンド中の包有物として発見された[11]。ホスト鉱物であるダイヤモンドの炭素同位体組成を二次イオン質量分析計で測定したところ–2.3 ‰から–4.6 ‰の範囲で分布し、特にCaSiO3ペロブスカイトが取り込まれていた部分の炭素同位体組成は–2.3 ‰で、典型的な上部マントル起源のダイヤモンドがもつ炭素同位体組成(約–5.5 ‰)と比べて有意に高かった(炭素の安定同位体には12Cと13Cがあり、炭素同位体比は標準物質の炭素同位体比からの相対値δ13C (‰) = [(13C/12C)試料/(13C/12C)標準 – 1] x 1000で表される。生物起源の有機物は軽い同位体である12Cに富むため−25‰前後であるのに対し、炭酸塩の炭素同位体組成は約0 ‰となる。)。このことは海洋地殻と炭酸塩起源の炭素が地表から下部マントルの深さまで沈み込んでいることを示唆している [12, 13]。CaSiO3ペロブスカイトはケイ酸塩の結晶構造に入りにくい不適合元素であるK, U, Thを高濃度で結晶構造中に取り込むことができる性質をもつ。Kは放射性同位体である40Kをもち、U, Thは放射性元素であるため、これらの元素は放射壊変の際に熱を発し、地球深部での熱源となる。地球内部の熱収支を議論する上でも重要な発見と言える。

 

マントル中の水(水素)に関連した重要な発見もダイヤモンドの包有物の研究から報告された。2014年にリングウッダイト(ringwoodite, かんらん石の高圧相で深さ500 kmから660 kmのマントル遷移層の領域で安定)の含水相がダイヤモンド中の包有物として見つかった [14]。マントル遷移層の主要構成鉱物であるリングウッダイトには、高温高圧実験から最大で2 wt.%程度の水が取り込まれることが既にわかっていた[15]が、実際に地球内部にこれだけの濃度の水が存在するかどうかは全くわかっていなかった。天然ダイヤモンド中から見つかった含水リングウッダイトは、高温高圧実験と同様の濃度レベル(1 wt.%)の水を含んでおり、このダイヤモンドが成長したマントル遷移層での水の存在を示す直接的な物証となる。今後、このような含水リングウッダイトの包有物がさらに発見されて、水素同位体組成が測定されれば、地球の進化過程で水がどのように地球深部に取り込まれたかが明らかになるだろう。
ところで、ダイヤモンド中の包有物として窒素が最近、注目されている。窒素はダイヤモンドの結晶構造に取り込まれる最も主要な不純物であることは言うまでもない。ダイヤモンドの赤外吸収スペクトルから決定される窒素の欠陥構造は天然ダイヤモンドが受けた熱履歴を知るうえで重要な情報をもたらす。窒素は大気の主要成分であるが、地球全体で考えると窒素の量は不足しており地球深部に現在でも取り残されている可能性がある。ダイヤモンド中に包有物として窒素あるいは窒素を主成分とする物質が発見されれば、地球深部に窒素のリザーバー(貯蔵庫)が存在する有力な証拠となりうる。KaminskyとWirthは透過電子顕微鏡(TEM)観察から下部マントル由来の超深部起源ダイヤモンドから鉄窒化物(Fe2N, Fe3N)と鉄炭化窒化物(Fe9(N0.8C0.2))の包有物を発見した [16]。これらの包有物はマントル最下部で液体の鉄と反応して生成したと考えられ、窒素がマントル最下部から核の領域に存在しうることを示唆している。また、TEM観察と赤外吸収スペクトルの観察から、乳白状のナノインクルージョンとしてアンモニアがダイヤモンドに取り込まれているという報告もある[17]。窒素は酸化状態に応じて窒素酸化物、N2、アンモニアといった分子形態を取り、アンモニアの存在はマントルの還元的条件での窒素の化学状態を反映していると考えられる。超深部起源ダイヤモンドからはマイクロインクルージョン(平均150 nm)とナノインクルージョン(20–30 nm)の存在が透過電子顕微鏡の観察から報告されている [18]。Navonらはこのような微小な包有物が固体結晶状の窒素(δ–N2)でできていて、その残留圧力が約11 GPaに及んでいることなどを報告している[19]。窒素の微小な包有物は、ダイヤモンド格子に不純物として含まれていた窒素原子が、地球深部の条件で離溶して生成したと解釈されている。

 

ごく最近になって、ホウ素を含む青色のtype IIbダイヤモンドが下部マントルに起源をもつという論文が発表された[20]。ホウ素は周期表上では窒素と同様に炭素に隣接する元素で、ダイヤモンド結晶中には窒素と同様に容易に取り込まれる。しかし、ホウ素は地殻に濃集している元素で、マントルにおけるホウ素濃度はきわめて低いと考えられていた。今回の発見はマントル深部(下部マントル)にもホウ素が豊富に存在することを示唆しており、これまでの地球化学的な常識を大きく覆した研究結果と言える。この論文では海洋堆積物が地球深部に沈み込んでリサイクルされる際にホウ素が一緒に地球深部まで潜り込んだと解釈している。一方で、地表からマントル遷移層・下部マントルまでどのような化学形態でホウ素が移動していったのか、特定のマントル構成鉱物にホウ素が安定に取り込まれることがあるのか、と言った研究課題に今後は取り組んでいく必要性を感じた。今後もダイヤモンドの研究が起爆剤となって、高温高圧実験とも連携しながら新たな地球内部の理解が進んで行くであろう。◆

 

【参考文献】
[1] J. D. Bass and J. B. Parise (2008) Deep earth and recent development in mineral physics. Elements,4, 157–163.

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【著者紹介】

1-図8鍵氏RGB72-2
鍵 裕之
1965年 生まれ
1988年 東京大学理学部化学科卒業
1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退
1991年 筑波大学物質工学系助手
1996年 ニューヨーク州立大学研究員
1998年 東京大学大学院理学系研究科講師
2010年 同 教授 現在に至る。
■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化

ダイヤモンドのインクルージョン・ギャラリー

PDFファイルはこちらから2018年9月PDFNo.46

リサーチ室

ダイヤモンドはきわめて高い物理的・化学的安定性を有しているため、インクルージョンにとっては非常に優れた保護容器(カプセル)となります。したがって、ダイヤモンド中のインクルージョンは地球深部の情報を直接提供してくれる優れた研究試料となります。
ダイヤモンド中のインクルージョンは鉱物の種類や化学組成からPタイプとEタイプに大別されています。Pタイプはオリビン、エンスタタイト、ダイオプサイド、パイロープなどを含み、Eタイプはパイロープ/アルマンディン、オンファサイト、ルチル、カイヤナイト、クロマイトなどを含みます。このようなPタイプとEタイプの相違は母結晶のダイヤモンドの生成起源に関連しており、インクルージョンの詳細な研究により、それぞれの成因が議論されています。いずれにしても、これまでの研究ではダイヤモンドのほとんどは地下150–200kmで生成したと考えられてきました。ところが、本誌掲載の鍵裕之教授の解説にあるように、最近では地下410–660kmよりも深い起源をもつ超深部起源のダイヤモンドの存在が明らかとなっています。
超深部起源のダイヤモンドには宝石ダイヤモンドとして良く知られているCullinanなどの大粒のⅡ型ダイヤモンドやホープなどで知られるⅡb型のブルーダイヤモンドも含まれます。
このように宝石ダイヤモンドでは“キズ”としてクラリティを下げる要因となるインクルージョンですが、地球科学の発展に寄与する重要な研究対象でもあります。

 

【Pタイプのインクルージョン】
PタイプはPeridotite(ペリドタイト)起源の鉱物インクルージョンを含みます。無色透明結晶はオリビンかエンスタタイトです。両者を視覚的に区別するのは困難ですが、顕微ラマン分光分析にて明確に識別することができます。鮮やかな緑色結晶はクロムダイオプサイドです。紫赤色の結晶はパイロープガーネットです。緑色と赤色の色彩のコントラストが綺麗です。

 

【Eタイプのインクルージョン】
EタイプはEclogite(エクロジャイト)起源の鉱物インクルージョンを含みます。橙色の結晶はアルマンディン/パイロープガーネットです。灰緑色の結晶はオンファサイトです。橙色と灰緑色の結晶の組み合わせはEタイプ起源の典型で、色彩のコントラストが鮮やかです。しばしば赤色の結晶が見られますが、これはガーネットではなくルチルの結晶です。頻度は低いのですが、青色の鮮やかな結晶が見られることがあります。これはカイヤナイトで、Eタイプの特徴となります。黒色の結晶は様々ありますが、クロマイトはEタイプに多く見られます。

 

【その他のインクルージョン】
いっぽう、インクルージョンには黒雲母、白雲母などのPタイプにもEタイプにも属さない鉱物も有ります。これらのインクルージョンもダイヤモンドの形成時に取り込まれたものと考えられており、キンバーライトのマグマ起源の可能性も指摘されています。また、何らかの結晶インクルージョンを取り囲むように黒色の円盤状のインクルージョンが見られることがあります。これらは宝石学では “カーボンブラック”と呼ばれることもあり、たいていは二次的に生成したグラファイトインクルージョンです。◆

 

 

【Pタイプのインクルージョン】

 

写真1:オリビン インクルージョン
写真1:オリビン インクルージョン

 

写真2:クロムダイオプサイド インクルージョン
写真2:クロムダイオプサイド インクルージョン

 

写真3:クロムダイオプサイド インクルージョン
写真3:クロムダイオプサイド インクルージョン

 

写真4:クロムダイオプサイド インクルージョン
写真4:クロムダイオプサイド インクルージョン

 

写真5:クロムパイロープガーネット インクルージョン(自然光下)
写真5:クロムパイロープガーネット インクルージョン(自然光下)

 

写真6:クロムパイロープガーネット インクルージョン(白熱灯下)
写真6:クロムパイロープガーネット インクルージョン(白熱灯下)

 

写真7:パイロープガーネット インクルージョン
写真7:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真8:パイロープガーネット インクルージョン
写真8:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真9:パイロープガーネット インクルージョン
写真9:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真10:パイロープガーネット インクルージョン
写真10:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真11:パイロープガーネット インクルージョン
写真11:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真12:パイロープガーネット インクルージョン
写真12:パイロープガーネット インクルージョン

 

【Eタイプのインクルージョン】

 

写真13:パイロープ/アルマンディンガーネットインクルージョン(赤橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰緑色)
写真13:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン(赤橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰緑色)

 

写真14:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン(橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰色)
写真14:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン(橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰色)

 

写真15:オンファサイト(灰緑色)とパイロープ/アルマンディンガーネット(赤橙色)インクルージョン
写真15:オンファサイト(灰緑色)とパイロープ/アルマンディンガーネット(赤橙色)インクルージョン

 

写真16:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン
写真16:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン

 

写真17:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン
写真17:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン

 

写真18:ルチル インクルージョン
写真18:ルチル インクルージョン

 

写真19:カイヤナイト インクルージョン
写真19:カイヤナイト インクルージョン

 

写真20:クロマイト インクルージョン
写真20:クロマイト インクルージョン

 

 

【その他のインクルージョン】

 

写真21:結晶インクルージョン(未知)と黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)
写真21:結晶インクルージョン(未知)と黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)

 

写真22:黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)
写真22:黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)

無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドへの電子線照射処理実験報告

PDFファイルはこちらから2018年9月PDFNo.46

リサーチ室 北脇裕士、江森健太郎

無色~ほぼ無色のメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドに電子線を照射する実験を行った。その結果、照射の強度に応じて蛍光および燐光が共に弱くなり、最終的には燐光がほぼなくなった。この際、照射強度を強くすると地色が淡青色に変化したが、見かけ上無色のままの照射強度において完全に燐光が消えたものは一部だけであった。

 

2015年頃から世界的な宝石市場において大量のメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドが流通を始めており、業界関係者はその対応に追われている。紫外線透過性、紫外線発光、赤外分光などを応用した各種の判別器機が開発されているが、装置の原理が未公表のブラックボックス的なものも販売されている。これらの中で紫外線下での燐光を検出する装置はルースでもジュエリーにセットされた状態でも短時間で検査できるという利便性があり、国内の輸入業者を中心に幅広く利用されている。
2018年4月、香港の器機開発業者から「HPHT–grown diamonds might escape detection as synthetics, once they are treated with irradiation」というアラートが配信された(Diamond Services, 2018)。HPHT合成ダイヤモンドは紫外線照射後、ミリ秒~数十秒の燐光があり、燐光を示さない天然と区別する事ができる。しかし、一旦照射処理が施されると室温で燐光を測定する装置では識別ができなくなるというものである。このアラートに呼応してIIDGRやGIAは自社製の判別装置における信頼性に問題はないと報告している(Rapaport News, 2018)。
さて、このような背景のもと、電子線照射により無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドの燐光が減衰するのかの実験を行った。実験に用いた試料は0.008–0.032ctの見かけ上無色の中国製HPHT合成ダイヤモンドで、それぞれ5個ずつAとBの2つのグループに分けて段階的に照射を行った。
電子線はコッククロフトウォルトン型の放射線発生装置を用いて、
試料Aグループには総線量:1.0×1015e/cm2、10.0×1015e/cm2、50.0×1015e/cm2
Bグループには総線量:5.0×1015e/cm2、25.0×1015e/cm2、100.0×1015e/cm2をそれぞれ照射した。
これらを国内での利用率の高い中国製の判別装置を用いて照射前後の蛍光と燐光の写真を撮影した。その結果を図–1と図–2に示す。試料Aグループにおいて総線量:1.0×1015e/cm2では燐光に減衰は見られないが、10.0×1015e/cm2では若干の燐光の減衰が見られた。50.0×1015e/cm2では明らかな減衰が見られ、②の試料では完全に消滅した。試料Bグループにおいては総線量:5.0×1015e/cm2で燐光に若干の減衰が見られ、25.0×1015e/cm2では明らかな減衰が見られ、①の試料では完全に消滅した。100.0×1015e/cm2では未処理で燐光の非常に強かった試料②を除いて他の4個はすべて燐光が消失した。図–3は試料Aグループの50.0×1015e/cm2照射後の試料と燐光の写真である。試料①③⑤は白色のグレーダーの上に乗せてルーペで観察するとわずかに青色味を感じる。これは電子線照射により、GR1センタが形成したためである。しかし、この程度の淡い色調はジュエリーにセットされてしまえばほぼ無色に見えると思われる。図–4は試料Bグループの100.0×1015e/cm2照射後の試料と燐光の写真である.グレーダーに乗せてルーペで観察すると、②の試料はほぼ無色のままであったが、他の4個は明らかなGR1センタに因る青色味が感じられた。このように照射する電子線の強度が強いとGR1センタに因り青色に着色する。青色に着色する程度の強度で照射されたものはほぼ燐光がなくなったが(5個中4個)、ほぼ無色のまま変化のない強度では燐光が完全に消滅したのは一部(5個中1個)であった。

 

以上のようにメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドに電子線を照射することで燐光を減衰あるいは消滅できることがわかった。しかし、ダイヤモンドを無色のままで燐光を完全に消滅させるのは困難である。したがって、燐光の画像を目視して観察者自身が判別する装置の信頼性は今後もある程度担保されるが、その解釈には慎重な対応が必要となろう。◆

 

図1:グループAの蛍光及び燐光画像
図1:グループAの蛍光及び燐光画像

 

図2:グループBの蛍光及び燐光画像
図2:グループBの蛍光及び燐光画像

 

図3:グループAに50.0 x 1015e–/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像
図3:グループAに50.0 x 1015e/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像

 

図4:グループBに100.0 x 1015e–/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像
図4:グループBに100.0 x 1015e/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像

 

【参考文献】
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Diamond Services, 2018. HPHT–grown diamonds might escape detection as synthetics, once they are treated with irradiation, Lab Alert 2018
Rapaport News, 2018. Labs Refute Claims HPHT Escaping Detection, Apr 25, 2018

Beを含む天然ブルーサファイアのナノインクルージョン

PDFファイルはこちらから2018年7月PDFNo.45

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

京都大学大学院理学研究科 三宅 亮

要約

コランダム中に天然由来のBeが存在することは知られているが、その起源についてはまだ解明されていない。本研究ではマダガスカル、ディエゴ産のブルーサファイアを用いてBeの起源を明らかにするための調査を行った。LA–ICP–MSで分析した30個のサンプルのうち、27個のコランダムにBeが検出され、Be、Nb、Taとの間に相関関係が認められた。さらに天然Beを多く含むサンプルについて透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行った。Beを含む領域では、幅10 nm、長さ40 nm程度のナノインクルージョンが観察され、それらはTi、Nb、Taを含む、コランダムではない結晶であることが判明した。このナノインクルージョンはBe、Ti、Nb、Taからなる未知の鉱物である可能性がある。

 

◆背景と目的

コランダムのベリリウム(Be)拡散加熱処理は2001年後半にタイのバンコクとチャンタブリで同時に開発された。このBe拡散加熱処理は後にコランダムをクリソベリルの粉末と一緒に高温で加熱し、クリソベリル中のベリリウムをコランダムに拡散し、色変化を起こしているものであることが明らかになった(文献1)
Be拡散加熱処理が出始めた当初は、天然コランダムにはBeは内在しないと考えられてきた(文献2)が、処理が行われていないコランダムからもBeが検出される事例が複数報告された(文献3)。その後、天然由来のBeか否かを判定する方法はある程度確立されたが(文献4)、天然Beの起源についてはいまだ不明のままである。
Shen et al.(2012)(文献5)はマダガスカル、イラカカ産の非加熱原石を調査し、その原石のクラウド部分にBeと同時にNb、Taを検出した。Beが検出されたクラウド部分を透過型電子顕微鏡(TEM) で調べたところ、長さ20–40 nm、幅5–10 nmサイズのTiに富み、TiO2のα–PbO2構造のナノインクルージョン結晶が見つかったと報告している。しかし、その報告ではナノインクルージョン結晶とBe、Nb、Taについての関係は明らかにされていない。
本研究は、コランダム中の天然由来のBeについてその起源となるナノインクルージョンを明らかにすることを目的とする。

 

◆サンプルと手法

本研究には、マダガスカル、ディエゴ産非加熱ブルーサファイア30個を用いた(図1)。分析には、LA–ICP–MS装置として、LA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP–213を、ICP–MSはAgilent 7500aを使用した。標準試料にはNIST612を用い、内標準として27Alを用いた。またTEM用試料作製の為、FIB(Focused Ion Beam、集束イオンビーム)装置としてFEI社(現Thermo Fisher Scientific社)Quanta 200 3DS、TEMとして日本電子製JEM–2100Fを用いた。それぞれの装置の分析条件は表1の通りである。

 

図1 分析に用いたサンプル(1個は破損のため未掲載)
図1 分析に用いたサンプル(1個は破損のため未掲載)

 

表1 分析条件
表1 分析条件

 

◆結果および考察

1. LA–ICP–MS分析結果

サンプル30個(diego01~diego30)について、LA–ICP–MS分析を行った。それぞれのサンプルにつき5点ずつ測定を行い、Beの最小値と最大値を求めた。結果を表2に記す。30個のサンプル中27個にBeの存在が確認され、Beの最大値は26.07 ppmwであった。

 

表2 ブルーサファイア30個の分析結果(bdlは検出限界未満)
表2 ブルーサファイア30個の分析結果(bdlは検出限界未満)

 

Beが検出限界未満~14.16 ppmw検出されたdiego10について詳細な検査を行った。レーザーアブレーションのスポット径80 μm、一定間隔で線分析を行った。分析点01–30、分析点31–57と2つの線分析を行った。それぞれのBe、Ti、Nb、Taの線分析結果を図2、図3に示す。

 

図2–1 diego10、分析点01–30の線分析結果
図2–1 diego10

 

図2–2 diego10、分析点01–30の線分析結果
図2–2 diego10、分析点01–30の線分析結果

 

図3–1 diego10、分析点31–57の線分析結果
図3–1 diego10

 

図3–2 diego10、分析点31–57の線分析結果
図3–2 diego10、分析点31–57の線分析結果

 

BeとNb、Taには非常によい相関関係が認められるが、Tiとは相関関係は認められない。また、分析点01–57について、Be–Nb、Be–Taの濃度プロットを行った結果を図4に示す。これらは筆者らの先行研究でカンボジア、ナイジェリア、ラオス等の玄武岩関連のブルーサファイアに見られた相関関係に一致する(文献4)。Be、Nb、Taの濃度関係からmol比を見積もったところ、Be : Nb : Ta ≒ 3 : 1 : 4の結果を得ることができた。

 

図4 diego10のBeとNb、Taの濃度関係
図4 diego10のBeとNb、Taの濃度関係

 

 

« FIB(Focused Ion Beam、集束イオンビーム)装置とは »

FIB装置は、集束したイオンビームを試料に照射することにより観察や加工を行う装置である。

 

図A FIB装置
図A FIB装置

 

図B FIB装置の概略図
図B FIB装置の概略図

 

図Aは本研究で用いたFIB装置、FEI社Quanta200 3DS(京都大学地球惑星科学科地質学鉱物学分野鉱物学研究室所属)の写真である。
SEM(Scanning Electron Microscopy、走査型電子顕微鏡)で観察しながら、所定の位置をnm〜μmの正確さで切り出すことが可能である。TEM(Transmission Electron Microscopy、透過型電子顕微鏡)観察試料には厚さ100 nm程度の薄膜に試料を切り出さなければならないため、TEM観察試料の作成にFIBを使用することが近年では一般的である。
図BはFIB装置の概略図である。
LIMSは液体金属イオン源(Liquid Metal Ion Source)の略であり、イオン材料として通常Ga(ガリウム)が用いられる。Ga(ガリウム)をイオン材料として使う理由には原子量が69.723と比較的重く、加工に十分なスパッタリング速度が得られること、また融点が29.8℃と低く、加熱後は過冷却減少で室温でも液体の状態を維持でき、針材料のW(タングステン)と反応せず流れが安定すること、が挙げられる。このLIMSから放出されたイオンを設定領域に照射し、加工を行うのがFIB装置ということになる。

 

本研究では、TEM観察のため、コランダム試料から15 μm × 10 μm × 0.1 μmのサイズの観察試料を切り出した。その手順を下図Cに記す。まず表面の赤く塗りつぶした部分をイオンで削り、(a)の右図の状態にする。その後、中央にできた板の部分の左右下を削り(b)、針で試料の上端を保持しつつ、切り離し、TEM試料を得る(c)。図DにFIB加工後のコランダムの表面の写真を記す。上部にある丸い穴がLA–ICP–MS分析でできたスポット(直径80 μm)であり、その下部にある四角い穴がFIB加工の穴である。非常に小さな加工痕しか残らないことがわかる。

 

図C FIBによるTEM試料作製の手順
図C FIBによるTEM試料作製の手順

 

 

図D FIB加工痕。中央部の丸い穴がLA-ICP-MS分析痕あ(直径80μm)、下部の四角い穴がFIB加工痕である
図D FIB加工痕。中央部の丸い穴が LA–ICP–MS分析痕(直径80μm)、下部の四角い穴が FIB加工痕である

 

2. TEMによる観察・分析結果

サンプルdiego10において、Be濃度が一番高く検出されたスポット、Beが検出されなかったスポットの2ヶ所の近傍でFIBを用いてTEMとして切り出し、TEM観察・分析を行った。両方の箇所のADF–STEM(環状暗視野走査型透過電子顕微鏡)像を図5に示す。ADF–STEM像はおおよそ平均質量数の軽い場所が暗いコントラスト、平均質量数の重い場所が明るいコントラストとして観察される像である。

 

図5–1 diego10のADF–STEM像。上像はBeが検出された箇所(x 100,000) 像の上部がコランダムの表面となる
図5–1 diego10のADF–STEM像。Beが検出された箇所(x 100,000)
像の上部がコランダムの表面となる

 

図5–2 diego10のADF–STEM像。下像はBe未検出の箇所(x 100,000) 像の上部がコランダムの表面となる
図5–2 diego10のADF–STEM像。Be未検出の箇所(x 100,000)
像の上部がコランダムの表面となる

 

Beが検出された箇所では周囲に対し白く小さなインクルージョン(周囲に対し白く見えるということは周囲の平均質量数よりその箇所の平均質量数が大きいことを示す)が観察されるのに対し、Beが未検出の箇所ではインクルージョンは見当たらないことがわかる。なお、表面に見える深さ200 nm程度の暗いコントラストはコランダムの表面を研磨したときにできた損傷由来のコントラストである。その他、Beが検出された部分では暗いコントラストのモヤのようなものが複数観察されている。
このインクルージョン(以下ナノインクルージョン)を拡大して観察したADF–STEM像を図6に示す。

 

図6 Beが検出された箇所に観察されるナノインクルージョンのADF–STEM像( x600,000)
図6 Beが検出された箇所に観察されるナノインクルージョンのADF–STEM像( x600,000)

 

このナノインクルージョンは長さ40 nm、幅10 nm程度であり、Shen et al. (2012)(文献5)で観察されたナノインクルージョンの観察結果と調和的である。このナノインクルージョンと、その外側部についてTEM付属のEDXを用いて化学分析を行った。結果を表3に示す。また、今回使用したEDXはBeの測定が行えないため、Beの濃度を得ることはできなかった。

 

表3 TEM–EDXによる分析結果 (GaはFBIのスパッタリング由来、Cuは試料を保持するホルダー由来の元素)
表3 TEM–EDXによる分析結果
(GaはFIBのスパッタリング由来、Cuは試料を保持するホルダー由来の元素)

 

ナノインクルージョン部分からはAl、Ti、Fe、Ga、Nb、Taが検出され、ナノインクルージョン外側からはAl、Feが検出されている。また、ナノインクルージョンとその周囲を元素マッピングした結果を図7に示す。

 

図7 ナノインクルージョンとその周辺の元素マッピング結果。左上から右にTEM像(明視野)、Al、Ti、左下から右にFe、Nb、Taをマッピングしたもの
図7 ナノインクルージョンとその周辺の元素マッピング結果。左上から右にTEM像(明視野)、Al、Ti、左下から右にFe、Nb、Taをマッピングしたもの

 

分析結果とマッピングを比較したところ、ナノインクルージョン部から測定されるAlとFeはナノインクルージョン外部にも含まれることから、ナノインクルージョンはTi、Nb、Ta、そしてわずかなFeを含む相である可能性が高い。また、分析結果から、TiとTaの比はおよそTi : Ta ≒ 4 : 1であることが明らかになった。
LA–ICP–MS分析の結果、BeとNb、Taの量には相関関係が存在し、Beが検出されない箇所からはNb、Taも検出されないことがわかっている。ナノインクルージョンにはNb、Taが存在し、ナノインクルージョン以外の場所からはNb、Taが検出されないことを合わせると、Beはナノインクルージョン中に含まれる元素であり、Beの濃度はナノインクルージョンの存在密度に比例するものと考えられる。また、LA–ICP–MSで見積もったBe、Nb、Taの比と併せると、Ti : Be : Nb : Ta ≒ 16 : 3 : 1 : 4という結果が得られた。
さらにこのナノインクルージョンの相を同定するため、TEMを用いて回折図形を取得した。結果を図8に示す。

 

図8 ナノインクルージョンの回折図形 (a)回折図形を得た箇所の明視野像 (b)得られた回折図形。強く光っているスポットはコランダムによるもの (c)『(b)』を拡大したもの。コランダムの回折スポットの間に別の回折スポットが観察される(矢印部)
図8 ナノインクルージョンの回折図形
(a) 回折図形を得た箇所の明視野像
(b) 得られた回折図形。強く光っているスポットはコランダムによるもの
(c)『 (b) 』を拡大したもの。コランダムの回折スポットの間に別の回折スポットが観察される(矢印部)

 

回折図形ではコランダムの回折スポットに加え、コランダム以外の回折スポットが観察される(図8 (c))。これはナノインクルージョン由来の回折スポットであり、コランダムとは別の相を持つ結晶であることを示す。しかし、今回の実験では1方向のみの回折図形しか得られなかったこと、観察試料が厚く明瞭なスポットが得られなかったため、構造解析は行えなかった。

 

◆結論

マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイアに含まれるBeの起源についてLA–ICP–MS、TEMを用いて検討を行った。LA–ICP–MS分析の結果、Beの濃度とNb、Taの濃度には他の玄武岩関係のブルーサファイアと同様の相関関係があり、それらのモル比はBe : Nb : Ta ≒ 3 : 1 : 4であることが新たにわかった。また、透過型電子顕微鏡観察の結果、Beが含まれる部分には幅10 nm、長さ40 nm程度のナノインクルージョンが存在することが判明し、Ti、Nb、Taが含まれており、Ti、Taのモル比はTi : Ta ≒ 4 : 1程度であることがわかった。回折像を調べた結果、コランダムとは相が異なる鉱物であることがわかったが、相は明らかにできなかった。LA–ICP–MSとTEMの結果を合わせると、ナノインクルージョンはBe、Ti、Nb、Taからなる鉱物であり、検出されるBeはナノインクルージョンの存在密度に比例すると考えられる。また、Be、Ti、Nb、Taのモル比はBe : Ti : Nb : Ta ≒ 3 : 16 : 1 : 4程度であり、本研究では構造を決定することはできなかったが、Shen et al. (2012)(文献5)の結果と併せて考慮すると、知られていない未知の鉱物である可能性がある。

 

◆文献

1.Emmett J.L., Scarrat K., McClure S.F., Moses T., Douthit T.R., Hughes R., Novak S., Shigley J.E., Wang W., Bordelon O., Kane R.E. (2013) Beryllium diffusion of Ruby and Sapphire. Gems & Gemology, 39(2), 84–135
2.Emmett, J.E., Wang W. (2007) The Corundum group, Memo to the Corundum Group: How much beryllium is too much in blue sapphire – the role of quantitative spectroscopy. 26 August 2007
3.Shen A., McClure S., Breeding C. M., Scarratt K., Wang W., Smith C., Shigley J. (2007) Beryllium in Corundum: The Consequences for Blue Sapphire. GIA Insider, Vol.9, Issue 2
4.Emori K., Kitawaki H., Okano M., (2014) Beryllium-Diffused Corundum in the Japanese Market, and Assessing the Natural vs. Diffused Origin of Beryllium in Sapphire. Journal of Gemmology, 34(2), 2014, 130–137
5.Shen A. and Wirth R. (2012) Beryllium-bearing nano-inclusions identified in untreated Madagascar sapphire. Gems and Gemology, 48(2), 150–151

平成30年度 宝石学会(日本)総会・講演会・見学会

PDFファイルはこちらから2018年7月PDFNo.45

平成30年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月9日(土)富山大学理学部多目的ホール、懇親会が富山大学カフェアザミにて開催されました。また、6月10日(日)には見学会が実施されました。
富山大学は平成17年に旧富山大学、富山医科薬科大学、高岡短期大学が再編・統合、12年目を迎えた大型総合国立大学です。地域と世界に向かい開かれた大学として、生命科学、自然科学と人文社会科学を総合した特色ある国際水準の教育・研究を行い、人間尊重の精神を基本に高い使命感と創造力のある人材を育成し、地域と国際社会に貢献するとともに科学、芸術文化、人間社会と自然環境の調和的発展に寄与することを理念としています。

 

写真1 総会・講演会を行なった富山大学理学部
写真1 総会・講演会を行なった富山大学理学部

 

<総会・講演会参加報告>

色石鑑別部 藤田 直也

富山大学理学部多目的ホールにて開催された宝石学会(日本)総会・講演会では、2件の特別講演、18件の口頭発表が行われ、聴講者は60名でした。本会で発表された20件のタイトル、発表者(口頭発表者の名前の前に〇がつけてあります)、内容は以下の通りです。

 

○特別講演

特別講演は会場をお借りした富山大学都市デザイン学部地球システム科学科の教授2名に講演をしていただきました。

 

特別講演1:富山県の鉱物
清水 正明(富山大学都市デザイン学部地球システム科学科)
富山県に産出する代表的な鉱物及びその産地について、産状別にまとめての報告であった。富山県には約30の代表的な鉱物産地があり、産状としては(1)スカルン鉱床(Pb–Zn–Cu型、Fe型)、(2)鉱脈鉱床(Au–Ag–Cu型、Mo型等)、(3)その他の3つに分けられる。富山県の鉱物として指定されている十字石は黒部郡宇奈月町明日谷、深谷で採掘され、(3)その他に分類されるとのこと。また、越中は、かつて黄金郷(エルドラード)であり、富山藩分藩の際、加賀藩の飛び地として加賀藩の領地があった(松倉金山)。佐渡金山より金の採掘量が多い時期があり、17世紀後半までは加賀藩財政のドル箱だったそうだ。

 

写真2 特別講演中の清水正明教授
写真2 特別講演中の清水正明教授

 

特別講演2:ジルコンという鉱物から見た日本列島形成の歴史
大藤 茂(富山大学都市デザイン学部地球システム科学科)
日本の中・古生界は、古くから層位、古生物学的に研究されていたにもかかわらず、堆積盆と大陸の位置関係(後背地問題)について諸説ある。近年、後背地問題の解決に有効な手法となっているのが、砕屑性ジルコン年代測定である。ジルコンは晶出時に少量のウラン(U)を含み、鉛(Pb)を含まないため、ウラン(U)の放射改変を利用したU–Pb年代測定が可能である。LA–ICP–MSを使用し、短時間で多くのジルコン年代を求めることが可能である。本講演では砕屑性ジルコン年代分布に基づく、シルル~下部白亜系、西南日本の下部白亜系手取層群(内帯)及び物部川層群(外帯)との後背地解析結果を紹介し、西南日本外帯が内帯とアジア大陸東縁に対し、相対的に北上したことを示した。

 

写真3 特別講演中の大藤茂教授
写真3 特別講演中の大藤茂教授

 

 

写真4 一般講演会の様子
写真4 一般講演会の様子

 

 

○一般講演

1.TYPE Ⅱa天然ピンクダイヤモンドのフォトルミネッセンスピーク H3 535.8 nm
上杉 初、 〇斉藤 宏、小滝 達也(AGTジェムラボラトリー)
ピンクダイヤモンドとブラウンダイヤモンドの半値幅については2017年度宝石学会一般講演にて発表を行っていたが、データにオーバーラップする部分が多かった。本研究は昨年の研究をさらに進めた内容であった。
本研究では535.8 nmピークの強度について検討していた。535.8 nmピークは帰属不明ではあるが、ピンクダイヤモンドとブラウンダイヤモンドで検出されることが多い。高温に加熱すると、このピークは消失するが、比較的低温の加熱であれば残ることが多い。また、このピークは歪みによる影響はなく半値幅はほぼ一定である。また、HPHT処理を施したピンクダイヤモンドにも検出されることがある。
535.8 nmのピーク強度に関し、ダイヤモンドの2次ラマン線596 nmのピークとの強度比I535.8 nm/I596 nmを強度比較の指標として用いていた。また、本研究においてNVセンタの発光が強いサンプルについては除外したとのことである。結果、I535.8 nm/I596 nmが1.5未満のピンクダイヤモンドは30個中20個、1.5未満のブラウンダイヤモンドは30個中8個、その半分以上は2.0以上であったとの報告であった。
また、576 nmピークについても調査を行った。576 nmと535.8 nmのピークが両方存在するブラウンダイヤモンドはピーク強度が高く、I576 nm/I596 nm、I535.8 nm/I596 nm共に1.5以上であった。ピンクダイヤモンドは両方のピークが存在していても、強度が強いものと弱いものがあり、576 nmピークを検出したのはピンクダイヤモンドが30個中13個、ブラウンダイヤモンドが30個中25個であったと発表した。

 

2.LPHT処理がされたピンクCVD合成ダイヤモンド
〇北脇 裕士、江森 健太郎、久永 美生、山本 正博、岡野 誠(中央宝石研究所)
この研究内容についてはCGL通信のNo.43に掲載されている。

 

3.ルビー、スピネル、ガーネット結晶に添加したCr3+イオンからの蛍光の温度変化
○勝亦 徹、相沢 宏明、小室 修二(東洋大学理工学部)
温度計や圧力計等のセンサーとして合成結晶が用いられている。Cr3+を少量添加したルビー、スピネル、イットリウムアルミニウムガーネット、イットリウムオルソアルミネートの結晶は赤色の蛍光材料であり、これらの結晶から発する赤色の蛍光寿命や強度は温度や圧力によって変化するため、温度計のセンサーとして使用することができる。本研究では蛍光温度センサーとして使用する際の特徴について調査を行っていた。励起スペクトルと光源の発光スペクトルの差から、ほとんどの可視光が光源として利用可能であるという発表であった。しかし、光源の波長と蛍光の波長が近い場合、分解能が高い分光器、もしくは時間分解測定が必要となるであろうとのことである。

 

4.紫水晶とシトリンの色の起源について
荻原 成騎(東京大学大学院理学系地球惑星)
紫水晶、シトリンの色について具体的な鉄イオンの濃度と色の関係についてのデータが明らかにされていない。本研究は紫水晶とシトリンについて色の起源と考えられている全鉄、各イオンの種類と濃度の関係を明らかにすることを目的とする。ブラジル産紫水晶を用い、EPMAで微量元素測定をした後、紫外線による照射処理(800時間)、加熱実験(350℃、400℃、450℃)、γ線照射(16kGy)といった処理を施し、分光分析、XAFS(X線吸収微細構造)法を用いた分析を行っている。結果として紫水晶はFe(vi)が着色に関与していることが判明したとの報告であった。今後は単色の紫水晶について色変化前後のイオン状態を分析する予定だそうだ。

 

5.カンボジアで遭遇した合成ブルーサファイア
○林 政彦、安井 万奈、山崎 淳司(早稲田大学)
カンボジアの店で合成ブルーサファイアがブルージルコンとして売られていたとの報告で、その合成ブルーサファイアはベルヌイ法で合成されたものであったとのことである。

 

6.カンボジア・パイリン産のブルーサファイア
小川 日出丸(東京宝石科学アカデミー)
カンボジアのパイリンでコランダム採掘の現地調査を行った報告である。タイの宝石産地であるチャンタブリ~トラートに隣接地域であり、(1)国境地域の産地、(2)火山岩が露出する独立丘陵、(3)平野部の田園地帯、(4)南部の産地より流れ出る大小の河川、といった採掘場がある。(1)ではトラックや動力機器等、重機を用いた大規模採掘を行っていたが、多くの地区ではスコップや棒を使用した人力に頼った小規模なものが多く、手作業採掘は深度5 mまでの採掘のみ許可という規則があるため深い縦穴は見られなかったそうだ。また、(3)ではサファイアよりルビーが多く産出、(4)ではサファイアが多く産出していたとのこと。
元素分析を行った結果、パイリン産のブルーサファイアはFe2O3が0.303~1.099 wt%と、Fe2O3の含有量が非常に多いという特徴があった。また、Fe2O3が多いことと関係して、Fe3+、Fe2+–Fe3+、Fe3+–Fe3+による吸収が大きく、暗色の原因となる。また通常光と異常光方向の色調の差が大きいのが特徴である。インクルージョンは有色結晶のパイロクロアに微小インクルージョンが伴っているもの、クラウド状の色帯、鉄さびがしみ込んだ膜、二相インクルージョン、黄色の結晶等が存在した。1600℃で6時間、還元雰囲気で加熱実験を行った結果、赤外領域のOH吸収が消失した。クラウド状の色帯はクラウドがなくなり、鉄さびも消失した。二相インクルージョンの変化はあまり見られなかったが、黄色の結晶は白濁し、ヘイローを伴っていた。

 

7.Beを含む天然ブルーサファイアのナノインクルージョン
○江森 健太郎、北脇 裕士(中央宝石研究所)、三宅 亮(京大院理)
この研究内容については本号(P1〜P8)に掲載されている。

 

8.ナイジェリア産サファイアの微量元素比較
桂田 祐介(GIA Tokyo)
ナイジェリアでは、今世紀初頭に南東部マンビラ高原から濃色のブルーサファイアが産出、2014年ごろからは淡色で高品質のブルーサファイアが産出され、主にバンコクの宝石市場で注目されてきた。本発表は、ナイジェリア産サファイアは産地によってバナジウムと鉄の含有量が異なる、という内容であった。ジョス高地のカドゥナ州アンタンでは主にブルーサファイアとグリーンサファイアが産出され、バナジウムが多く、鉄が少ない傾向にある。アダマワ高地のゴンベ州フトゥクおよびクラニでは、イエローサファイア、バイカラーサファイアが産出され、ブルーサファイアの産出量は少なく、色が暗い傾向にある。この産地のサファイアはバナジウムが少なく、鉄が多い傾向にある。また、マンビラ高地で産出するサファイアは微量元素の分布が広いが、バナジウムの量は少ない傾向にあるとの報告であった。

 

9.ゴールドシーンサファイアの化学的特徴
○三浦 真、桂田 祐介、猿渡 和子(GIA Tokyo)
ゴールドシーンサファイアは、ケニア北東部が唯一の産地とされており、流通量が少ないと言われている。本研究では研磨石18石、原石5石の計23石について検査を行った結果が報告された。
色については「青色と黄色が混在するもの」「黄色単色のもの」「インクルージョンで色が不明瞭なもの」が存在した。主たるインクルージョンはヘマタイト、イルメナイトの針状結晶があり、これがシーンを形成する原因となっている。他、ヘマタイト、マグネタイト、マスコバイト、パラゴナイトがインクルージョンとして存在し、ゲーサイトとヘマタイトが共生する結晶も存在した。
ケニアのコランダム産地はアルカリ玄武岩起源のLake Turkanaとサイヤナイト起源のGraba Tulaがあり、ゴールドシーンサファイアはGraba Tulaの成分に近い。鉄の量が多く、紫外可視分光スペクトルが非玄武岩型になるものがサイヤナイト起源の特徴であり、産地鑑別の重要な手がかりとなるとの報告であった。

 

10.トラピッチェパターンの形成過程
○川崎 雅之(狭山市)、長瀬 敏郎(東北大・学術博物館)
トラピッチェ構造を持つ宝石にはエメラルド、コランダム、ガーネット、トルマリン、スピネル、水晶、アンダリュサイト(紅柱石)―キャストライト(十字石・空晶石)などがある。トラピッチェ構造は(a)セクター境界に沿って異種鉱物が樹枝状に配列しているものと、(b)柱面から垂線方向に結晶自身が成長、または異種鉱物・欠陥が集中して柱状模様を示すもの、の2つに大別される。(a)は高飽和条件下での樹枝状成長とそれに続く低飽和条件下での多面体成長の二段階を経ていると説明されているが、(b)については十分な検討がされておらず、本発表は(b)の構造を示すトラピッチェ・エメラルドについて形成過程の検討についての発表であった。小枝成長と成長面の方位は垂直であり、同時成長したと考えられ、変成岩中の成長であり、また成長に際して余剰なスペースが存在しない為、樹枝状結晶は形成されない。柱面セクターにはインクルージョンを起源として成長方向に伸びた細かい模様(第二種不純物縞)が存在し、不純物が継続的に取り込まれることでトラピッチェパターンが形成されたと発表者は考察している。なお、インクルージョンはアルバイト、クォーツ、パイライト、炭酸カルシウムだったらしい。

 

11.570 nm付近の吸収によるガーネットの様々な変色性とブルーガーネット
○中嶋 彩乃(株式会社彩)、古屋 正貴(日独宝石研究所)
1998年にマダガスカル南部のBekelyから発見されたパイロープ/スペサルティンガーネット、いわゆる「マラヤガーネット」は帯緑青~青緑色から赤色に変色し、分光はV3+による575 nmの吸収が確認される。スリランカ産のガーネットで紫色から赤色に弱く変色するものは、分光はCrの影響が強く、572 nmに吸収が存在する。南アフリカ、スリランカで産出するガーネットで帯緑褐色から赤色になるものは、570 nmに弱い吸収とMnによる460 nm、483 nmの吸収が存在する。タンザニアやケニアのUmba渓谷等から産出するロードライトガーネットで“ピーチカラー”と呼ばれているものは、褐色からピンクに極めて弱く変色するが、Fe2+による570 nmの吸収をはじめ、506 nm、526 nm、696nmの吸収が存在し、Mn2+による青色域の吸収も弱い。青色域の透過が多いため570–506 nm付近の吸収の谷があり、変色性があるとされている。Bekely産のガーネットはVを多く含むため、紫~青色域のみ透過するスペクトルになるものがあり、青色から赤色に変化するガーネットになるとの報告であった。

 

12.アクワマリンの加熱処理について
○藤原 知子、岩松 利香、難波 里恵(東京宝石科学アカデミー)
アクワマリンの色因は鉄のイオンであり、その大半は加熱処理により緑味や黄色味を取り除いて青色に変化させている。この加熱処理は、コランダムのような高温の加熱処理ではなく、300〜500℃程度の低温で加熱されているとされており、現状では処理の看破は難しいとされている。本研究では、5つの産地(ブラジル、ナイジェリア、ナミビア、パキスタン、マダガスカル)の原石を集め、還元雰囲気で加熱処理前後の分光データを比較していた。
加熱処理前後で色の変化が見られた石について分光分析を行ったところ、427 nm、370 nmの吸収は弱くなり、820 nmの吸収が強くなった。赤外領域では水に関する吸収7306 cm−1、7105 cm−1、5270 cm−1、5441 cm−1が弱くなる傾向にある。また、フォトルミネッセンス分析を行ったところ、加熱後に帰属不明の581 nmのピークが出現するものがあり、560〜650 nmの部分が加熱前に比べ盛り上がることから、フォトルミネッセンス分析は加熱の痕跡を見つける上でひとつの手掛かりになるのではないかという発表であった。

 

13.近代に生産された特殊な外観を呈するガラスについて
福田 千紘(ジェムリサーチジャパン株式会社)
19世紀~20世紀に作られていた特殊な外観を持つガラスがあり、それらについての化学組成と特徴についての報告であった。
サフィレットは19世紀チェコで製造されていたが、いったん途絶え、20世紀に入ってから旧西ドイツで復刻された。復刻されたものはサフィリーンとも呼ばれ区別がされている。色は青色透明、フォイルバックはあるものとないものがある。基本的にカットではなく鋳造されており、強い自然光や人工光で褐色にみえるので一見変色性に見えるという特徴がある。化学組成はSi、K、Pbが多くFe、Cuを含む。B、 Alは少ない。Alは耐食性を付与するために添加するのだが、当時は入れていなかった。褐色の色因は銅のコロイドではないかと推測される。フォイルバックは、表側は銀、裏側は真鍮の粉末と鉛を混ぜたものであった。
アイリスガラスはアイリスクォーツを模して作られた。無色のガラスに赤、青、緑の各色ガラスが混入している。フォイルバックはあるものとないものがあり、鋳造で作られている。化学組成はSi、K、Pbが多くTi、Cu、Asも含む。BとAlは少ない。青、緑の色因はFe、Cuであり、橙色の色因はSeによるものであった。赤色部分の分光結果は金コロイドのプラズモン吸収と一致した。EDSでは検出しなかったが、LIBSで10ppm程度の金を検出し、金のコロイドによる着色ではないかという考察であった。
ドラゴンブレスは赤~オレンジ色を呈するガラス中に不規則な青色の干渉色を呈する。表層と下層でガラスの性質が違い、オレンジのガラスの上に無色のガラスが貼り合わせてあり、間に皮膜がある。この皮膜は火炎によって発生する変質層と思われる。フォイルバックもされている。オレンジの下層はPbが多くSiが少なく、無色の上層はPbが少なくSiが多いという特徴がある。他に含まれている元素はH、B、Ti、Fe、Cu、Zn、As、Seであった。2種類の異なるガラスを用いることで青色の干渉が起こっているのではないかと考察していた。

 

14.教材としての宝石活用の試み 真珠を例として
嶽本 あゆみ、田邊 俊朗(沖縄工業高等専門学校)
沖縄工業高等専門学校生物資源工業科は沖縄の生物資源の産業化を目標の一つにしている。主に食品や有用微生物の探索がおこなわれている。生物スケッチの基礎を学ぶ実験の授業があるが、そこで真珠貝を用いた。本発表は真珠貝を用いた解剖実験の実施報告であり、男子と女子で真珠に対する興味の違いを明らかにした。

 

15.マーケットに流通している有核のアコヤ養殖真珠のサイズについての一考察
渥美 郁男(東京宝石科学アカデミー)
真珠振興会では日本で養殖しているアコヤ真珠は2~11mmと公表している。本発表は有核のアコヤ真珠の最小サイズ、最大サイズ、養殖地についての調査報告であった。なお、ケシ真珠、ジェル核は除外している。三重県の神明と長崎県の五島列島では大粒のアコヤ真珠が養殖されている。アコヤ真珠の有核で最小のものは日本産ではなくベトナム産であり、1.7mmのものが存在した。ベトナムのどこで養殖されているかは不明である。最大のアコヤ真珠は五島列島の奈留島で養殖されている14mmの真珠であり、自生の12cmぐらいあるアコヤ貝を18~24ヶ月かけて養殖しているそうだ。

 

16.例外的にみられた干渉色と輝度の関係性について
○南條 沙也香、鈴木 千代子、小松 博(真珠科学研究所)
テリが良いのに干渉色が弱い真珠についての調査報告であった。そのような真珠の断面を観察したところ、結晶層の乱れは認められなかった。弱い干渉色の原因として考えられるのは(1)結晶層の厚さが均一ではないこと、(2)0.3μm未満の結晶層があること、(3)0.5μm以上の結晶層があること、の3点が挙げられる。(1)に関しては干渉色がお互い打ち消しあってしまうことが干渉色の弱さの原因であり、(2)(3)に関しては2次の干渉色が可視光外になってしまい、干渉の次数が高くなるので干渉色が弱くなることが判明した。

 

17.ゴールド系シロチョウ真珠に及ぼす稜柱層の影響
○大巻 裕一(㈱桑山)、矢崎 純子、小松 宏(真珠科学研究所)
本研究では、ゴールド系シロチョウ真珠の一部が褪色してしまう原因について考察していた。 (1)色素の変化による褪色、(2)亀裂が入ることで見た目の色が変わって見える、の2点が原因として考えられる。日光に40日あてる褪色実験をおこなったが、色素の褪色は認められなかった。また、経験的に褪色が起こりやすいと考えられる緑味が強く、暗い色の珠を切断して観察した。これらの珠のうちのいくつかは稜柱層が大きく、大小さまざまな亀裂が稜柱層に入っており、これが褪色の原因ではないかと推察していた。しかし稜柱層が入っているかどうかは軟X線では判断が難しく、対策としては稜柱層、混在層が含まれないようなピースの取り方を検討する必要があるとのことであった。また、養殖所と協力し、ピース貝とピースを取る箇所、生成真珠の相関など、研究を進める必要があるとのことである。

 

18.サンゴパールとその色の起源
猿渡 和子(GIA Tokyo)
サンゴパールはピンクサンゴを核にして養殖されたアコヤ真珠で、愛媛県宇和島市の松本真珠で養殖されている。核は高知県産のCorallium elatius(モモイロサンゴ)を用いていると推測される。本研究ではサンゴパールのピンク色がサンゴの色を反映したものなのかどうかについて考察していた。穴口に色だまりはなく、真珠層の厚みは0.12–0.40ミリであった。真珠層が厚いと真珠全体のピンク色が淡く、真珠層が薄いとピンク色が濃く観察される。反射型紫外可視分光光度計で反射率を測定したところ、真珠層が薄い試料の反射率はピンクサンゴ核の反射率に近く、低めの反射率を示したのに対し、真珠層が厚い試料の反射率はより高くなる傾向を示した。また、モモイロサンゴの色は、カロテノイド系色素のカンタキサンチンが原因といわれており、ラマン分光分析を行うと1129cm−1、1517cm−1の炭素結合のピークが出てくる。今回の真珠にもそのピークが弱く認められた。以上の結果より、サンゴパールのピンク色はピンクサンゴ核の色を反映している可能性が高いことを示した。

 

○懇親会

6月9日(土)、総会・講演会終了後、富山大学構内カフェアザミにて、懇親会が行われました。47名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。

 

写真5 懇親会の様子
写真5 懇親会の様子

 

 

<見学会参加報告>

 

教育部 野田 真帆

6月10日(日)、総会・講演会の翌日に見学会が実施され、 (1)富山県立山カルデラ砂防博物館、(2)魚津埋没林博物館、(3)ルビカ工業株式会社、合計3件の見学を行い、41名が参加しました。

 

(1)富山県立山カルデラ砂防博物館
カルデラとはポルトガル語で「大鍋」を意味する単語で、立山カルデラは火山活動と侵食作用で形成された日本最大規模の崩壊地形として知られています。この土地に住む人々が歩んできた道は「土砂との闘い<砂防>の歴史」そのものであり、当博物館はテーマ展示(大型地形模型、立山砂防のトロッコ列車を実車展示したもの等)を通して地質や、人々の自然との向き合い方について展示しています。
1858(安政5)年、跡津川断層の活動により推定M7.3~7.6の安政飛越地震が発生し、大鳶山と小鳶山が崩れ、数億立方メートルの土砂が立山カルデラとその出口付近に堆積し、天然のダムが形成されました。この天然ダムは2週間後と2か月後の2回決壊しますが、勢いを増した大土石流が下流部に到達し甚大な被害をもたらしました(安政の大災害)。その後も度重なる常願寺川の氾濫に人々は苦しみました。1906(明治39)年、富山県は砂防工事に着手し、1926年(大正15)年より国に引き継がれています。自然との共存が本来いかに困難で、試練の連続であるかを物語る展示は防災教育にも役立つものだと再認識しました。

 

写真6 立山カルデラ砂防博物館
写真6 立山カルデラ砂防博物館

 

 

写真7 同博物館で地形を確認する見学者
写真7 同博物館内で地形を確認する見学者

 

 

(2)魚津埋没林博物館
同博物館には特別天然記念物である埋没林が展示されています。埋没林とは「埋まった林」を意味し、魚津埋没林は約2000年〜1500年前、弥生時代から古墳時代の頃にできたと考えられています。魚津埋没林は、湧水によりスギ林が湿地化し、川の洪水によって埋まってできたと考えられています。埋没林で見られる樹木はほとんどがスギの木で、他にミズキ、トチノキなど50種類以上の植物が発見されています。立木の根元部分は埋まったことで原形を維持していますが、幹は地上に出ていたため腐敗してしまいました。根のまわりが約2000年も経った今も保存されているのは地下水による影響であると考えられているようです。埋没林水中展示は今でも地下120mからポンプアップされた片貝川の伏流水を流し込み、常に水が入れ替わるように整備されています。また、自然の湧水も利用するため、底張りはしていません。
乾燥展示館に展示されている埋没林は1930(昭和5)年の魚津漁港工事の際に発見されたものです。
埋没林展示以外に、同博物館エリアでは蜃気楼(海の上に冷たい空気と暖かい空気の層ができ、その間で光が屈折して遠くのものが伸長したり反転したりする現象)の観測が可能で(気候・気温状況による)、関連する展示がされています。

 

写真8 埋没林水中展示
写真8 埋没林水中展示

 

写真9 埋没林乾燥展示
写真9 埋没林乾燥展示

 

(3)ルビカ工業株式会社 <株式会社 信光社関連企業> 見学
見学会では主にルビカ工業株式会社工場内での合成サファイア結晶の製造を見せていただきました。
ルビカ工業株式会社の名前は「ルビー」と「カーバイド」を合わせたもので、日本カーバイド工業株式会社との合併で同社は1980(昭和55年11月)に設立されました。
参加者一行はまず信光社の沿革、合成コランダムの製造方法、技術革新について説明を受け、後に工場内へ案内していただきました。

写真10 会議室で説明を受ける様子
写真10 会議室で説明を受ける様子

 

 

写真11 工場見学の様子(写真提供:ルビカ工業株式会社)
写真11 工場見学の様子(写真提供:ルビカ工業株式会社)

 

 

工場内は撮影禁止でしたが、多くの合成サファイア製造装置が立ち並び、工場内は合成装置の発する熱で真夏のような暑さでした。夏場の工場内は50度にもなるそうで、高品質サファイア結晶完成品の涼しげなまでの透明度の高さからは想像もつかない大変な仕事を見てとることができました。技術の向上により現在は大型の結晶製造も可能です。

 

写真12–1 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶 
写真12–1 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶

 

 

写真12–2 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶 
写真12–2 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶

 

同社製造品は工業用品から装飾品、文房具やノベルティーグッズ等と幅広く用いられています。著名な高級ブランド時計の窓材受注も多いとのことで、日本の技術力の高さが評価されていることの好例として印象的でした。同社の製造現場最前線に多くの参加者が感動し興味深く解説を受けていました。
合成コランダムの結晶育成ではベルヌイ法(原料材料がハンマーで砕かれ、その粉末が上部から降下する際に水素ガスや酸素ガスを用いて溶融し、下部に用意される種結晶上に成長される方法)が量産に向いていると広く知られておりますが、上述のように大型結晶で尚且つ高純度の成長となると独自の技術開発が必要になります。
同社で一行は到着時より温かく迎えられ、多くの質問にもお答えいただきました。ここに改めて謝意を表します。◆

 

写真13 ルビカ工業、工場前にて集合写真
写真13 ルビカ工業、工場前にて集合写真