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平成21年宝石学会(日本)「最近遭遇するいわゆるレアストーンの鑑別について(その1)」

間中裕二・尾方朋子

はじめに

コレクターズストーンとして人気のあるターフェアイトとさらに希少で近縁のマスグラバイトは10年以上前までは破壊検査であるX線粉末回折による手法以外区別できないとされていました。近年になってラマン分光法を用いることにより、非破壊で区別が可能であることが示されました(Kiefert and Schmetzer, 1998)。また、宝石学会(日本)においても平成18年度の神田氏らの発表、平成19年度の阿依アヒマディ氏らの発表等によりラマン分光や蛍光X線による両者の識別が報告されました。今回は現在鑑別に使用される機器として認識されている赤外分光光度計(FT-IR)やフォトルミネッセンス(PL)において両者の違いが見い出されたため、その差異を紹介します。

この他に、かつてポルダーバータイトとして認識されていたそのマンガン置換体であるオルミアイトが、2006年にIMA(国際鉱物学連合)で独立種として認証されたため鑑別結果も区別されることになったこと、さらにめったに遭遇することのない緑色を呈するマイクロライトおよびチカロバイトといった宝石種も採り上げましたので、これらは次号で報告致します。

ターフェアイト(Taaffeite)とマスグラバイト(Musgravite)

写真1:カット石と原石

写真1:カット石と原石

両者は、ラマン分光や正確な元素分析(EDS)および回折線により区別されることが発表されていますが、今回はこれに加え、赤外分光光度計(FT-IR)による差異が鑑別に有効であることが分かりました。その他にPLの違いも紹介します。写真1は当研究所に持ち込まれた石で、左がターフェアイトのカット石と原石で、右はマスグラバイトのカット石と原石です。なお、原石は両者とも一面が研磨され、屈折率も測定が可能な状態で、重量はターフェアイトが114.784ct(最大径 約30mm)と巨大で、マスグラバイトは4.819ct(最大径 約14mm)とマスグラバイトにしては、かなりの大きさです。

両者は現在鉱物名も改められ、ターフェアイトはマグネシオターフェアイト2N’ 2S (Magnesiotaaffeite-2N’ 2S / 理想化学式Mg3Al8BeO16)、マスグラバイトはマグネシオターフェアイト6N’ 3S(Magnesiotaaffeite-6N’ 3S / 理想化学式Mg2Al6BeO12)となっています。鉱物名に付随するNやSはそれぞれノーラナイト(Nolanite)とスピネル(Spinel)に由来するもので結晶構造の層の重なり方の違いを表していて、別種であることを示しています。また、近縁のペールマナイトも現在の鉱物名は鉄が主たる元素の一つであることを示すフェロターフェアイト6N’ 3S(Ferrotaaffeite-6N’ 3S)となっています。こちらは鑑別に来ることはまずありませんが、実際に遭遇しても屈折率が1.79付近まで上がるため、ターフェアイト・マスグラバイトと誤認することはありません(表1)。

表1:各宝石名・鉱物名・組成

表1:各宝石名・鉱物名・組成

EDSによる測定

よく知られているようにターフェアイトとマスグラバイトは屈折率・比重が重複し、同じ一軸性結晶のため、通常鑑別に限界があります。当然次に期待されるのは元素の情報で、その違いが安定的に測定できれば区別が可能です。もちろんEDSではBe(ベリリウム)の検出は不可能ですが組成比に差があれば識別できるはずです。ここでターフェアイトとマスグラバイトのモル比を考えると、ターフェアイトのMg(マグネシウム)とAl(アルミニウム)の比は3対8であり、マスグラバイトは2対6となり、比較しやすいようにAlの最小公倍数で同じにするとMgのモル比は9対8でターフェアイトの方が多いことが分かります。また、Mgを置換するFe(鉄)・Zn(亜鉛)を加え、Alを置換するV(バナジウム)・Cr(クロム)などを加えて計算すれば分けられることになります(表2)。

表2:モル比

表2:モル比

ところが理論的には上記の通りですが実際にはうまく合致せず、測定を繰り返すと数値的には似かよった値を示すことがあります。EDSはもちろん優れた機器で、質量比もしくはモル比で、ほぼ1対2や1対3であるといった大きな差がある場合、非常に良い情報として捕らえられますが細かい数値には限界があり、さらに、機械の状態や正確さ、回折線との重なりなどの様々な要因があるため、このことを十分に考慮しなければなりません。つまり、EDSで得られる値は常に同じとは限らないのです。そこで他に区別できる方法がないか考えてみました。

結晶モデル

図1はミネラルデータおよびアメリカンミネラロジストクリスタルストラクチャーから取ったものですが、左がターフェアイト、右がマスグラバイトで、上段はC軸に直交方向から、下段はC軸方向からの結晶図です。両者は近縁であっても全く別物であることが分かります。ですから、この違いを反映するデータが得られれば区別できるはずです。

図1:結晶モデル

図1:結晶モデル

ラマン分光

その方法の一つにラマン分光があります。これはすでに発表されていますが、現在信頼できるであろうデータとして認識されています。特にターフェアイトとマスグラバイトが示すそれぞれ415と412nmのピークの相違は日常の鑑別業務においても非常に有効であることが確認できています。ただ、ターフェアイト・マスグラバイトは共にラマンの発光ピークが他の鉱物種と比較してかなり弱く鋭いピークが立ちづらいという難点があり、測定にはそれなりの注意が必要です(図2)。

図2:ラマン分光

図2:ラマン分光

フォトルミネッセンス(PL)

今回、PLの測定を試みようと思ったのは、一つに前項の結晶構造の違いが反映されるであろうと考えたこと、二つ目はターフェアイト・マスグラバイトには副成分としてCrが含有されること、三つ目にはフォトルミネッセンスでのCr発光は非常に敏感でEDSで検出される程度の量があれば振り切れてしまう程のピークが立つこと、また、EDSでCrの存在を確定できない程度の量であってもフォトルミネッセンスならCrの発光を確実に検出できるためです。

実際に測定を行ってみると、2本のCr発光のピークは、図3のように0.3nmと0.2nmシフトすることが確認できました。これは一見わずかな差のように思えますが、機械を正確に調整し、鋭いピークであれば、514nmのレーザーで励起した時の700nm付近の分解能は0.1nmまであります(分解能についてはレニショー製ラマン分光器の納入元にも確認を取りました)。このように分解能以上の差異が確認されるため、有力な識別法の一つであることが分かりました。

図3:PL  Cr発光

図3:PL Cr発光

赤外分光(FT-IR)

図4は、ターフェアイトとマスグラバイトの赤外分光の違いを示したものです。両者は全く違うスペクトルが得られる事が分かります。ピークの重ならない所の数値を幾つか示しますが、マスグラバイトに注目してみると、ターフェアイトには現れない756cm-1の吸収、530cm-1付近にはターフェアイトとは全く逆転したピークが存在することが分かります。

実は、ターフェアイトもしくはマスグラバイトのいずれかであると決定されたものは、図のような2パターンしか存在しません。これらは全てラマン分光でクロスチェックを行い相違がことを確認しました。したがって、両者は赤外分光による確実なデータを得られれば識別が可能であると考えられます。

図4:FT-IR

図4:FT-IR

ピンク マスグラバイト

タイのGITでマスグラバイトと鑑別されている石が当研究所に確認のため持ち込まれました。

はっきりとピンク色を呈するマスグラバイトは今まで遭遇したことがなく、この手の色調であれば、まずターフェアイトであろうと思ってしまう程です(写真2)。屈折率において小数点以下第3位に不確実さがあるとしてもかなり低い値であり、比重において下二桁目に不確実性があるとしても、ここまで低いものに出会ったことはありません。ラマン分光では412および714nmの発光ピークが確認され、先に証明したマスグラバイトのデータと一致しました。続いてフォトルミネッセンスの測定でも先に見せた図に重ね描きしても相違がありません(図5)。そして赤外分光の測定においてもマスグラバイトのパターンとよく一致します(図6)。したがって当該ピンク色石はマスグラバイトであるという結論に達しました。(続く)

写真2:ピンクマスグラバイト

写真2:ピンクマスグラバイト

図5:PL比較

図5:PL比較

図6:FT-IR比較

図6:FT-IR比較

*鑑別結果については、それぞれ下記のように表記されます。
 鉱物名(Group / species);天然ターフェアイト / 宝石名(Variety);ターフェアイト
 鉱物名(Group / species);天然マスグラバイト / 宝石名(Variety);マスグラバイト

小売店様向け宝石の知識「光り輝く宝石の島・スリランカ1」

光り輝く宝石の島・スリランカ1

スリランカはルビー・サファイアなど高級宝石の日本への供給国である。

世界のカラーストーン採掘地の生産統計を出すことはできないが、主要産地の相対的重要度はだいたい推定できる。世界で最も重要なカラーストーン産地は、スリランカ(セイロン島)、ミャンマー(ビルマ)のモーゴク地方、ブラジル及びマダガスカル島である。

スリランカでは、ほとんどの宝石が沖積鉱床から産出する。宝石の一次鉱床は発見されていない。当地では過去に宝石が相当量採掘されたので、鉱床が消耗して宝石がいずれ枯渇しないかと噂が流れたりする。しかし現状そんなことはなく採掘量に問題はないようだ。

スリランカで産出する宝石は、ルビー、サファイア、最高級クリソベリル(キャッツ・アイ、アレキサンドライトを含む)、トパーズ、トルマリン、ペリドット、ムーンストーン、ガーネット、ジルコンなど多くの宝石を産出する。

スリランカは、1948年2月4日イギリス連邦セイロン自治領として独立。1972年に共和国としてイギリス連邦から独立を果たした。その際に、「スリランカ」と改名した。

スリランカとは、スリ=光り輝く、ランカ=島という現地語で、住民が昔からも呼称していた。まさにスリランカ=光り輝く島=宝石の島と云える。

スリランカの世界遺産の一つに世界的に有名なシギリヤ・ロックがある。宝石を勉強した人、宝石に興味のある人には必見の名所である。このシギリア・ロックこそスリランカが世界に名だたる宝石の島として歴史的存在感をアピールしている名跡である。しかも世界で唯一宝石モチーフの壁画の世界遺産だ。

シギリヤ・ロックの壁面には王宮の美女が描かれている。その美女たちが皆そろって赤、青、黄緑の色とりどりの宝石を身に着けて美しく描かれている。その岩山はジャングルの中に突如として姿をあらわす。1875年イギリス統治下にあったとき、この岩山を望遠鏡で眺めていたイギリス人が目を奪うような鮮やかな色彩で描かれた宝石を身に着けた美女像群を見つけた。美女たちの妖艶な姿と神秘的な表情、美しい宝石が光り輝いて描かれている。“シギリヤ・レディ”、スリランカを代表する芸術として、また宝石を主題とした芸術として、今日世界に広く知れ渡っている壁画だ。1400年の歳月を経て眠りからさめた18人の美女たちは、多くの感動を人々に与えずにはおかない。宝石人必見の世界遺産だ。この遺跡には狂った王カッサパの物語が隠されている。埋没していたシギリヤ・ロックの宮殿が発見されたのはカッサパ王が死んで約1400年後イギリス植民地時代に入った19世紀後半のことである。シギリヤへは古都キャンディから直行バスが出ている。

ベルワラとニゴンボは南西海岸に位置する港町。ここは中世にアラブ商人が宝石を求めて来航した町として有名だ。とくにベルワラは、西暦800年頃スリランカに宝石や香辛料を求めてやってきたアラブ商人たちが開いた港。ラトナプラから運んだ宝石をここから広く世界に伝えた。当時のベルワラの賑わいはたいしたもので、宝石だけでなく、「シンドバットの冒険」の話など、この港町を始まりとして世界に知れ渡った。

マルコポーロは13世紀に中国からの「海のシルクロード」の帰途、このベルワラからスリランカに上陸した。彼の東方見聞録には、ベルワラの町で卵大の大きさの美しい青い石や目の覚めるような赤い宝石、貴緑色の輝石がたくさん見られたと記録されている。

この港町に面するスリランカ南西海岸は黄金海岸とも呼ばれる。インド大陸とセイロン島の海峡である。インド洋の透明で紺碧な海に色彩の強い太陽の光の見事なコントラストを見せる。この黄金海岸では美しい天然真珠が産出することで知られている。

アラブ商人たちは大航海時代にラトナプラ産宝石をベルワラの港から世界へ運んだ。しかし航空機時代に入った今日、ラトナプラ産の宝石はもうここから海を渡ることもなくなった。ベルワラの海岸入り江の突端には白いモスクが残存しているが、往時の宝石取引の賑わいもなく、静かに昔の栄華をしのばせている。宝石産地ラトナプラはベルワラの西方50kmに位置する。往年の昔ラトナプラ産宝石の取引は、近隣の港町ベルワラが中心だった。現在はスリランカ最大の国際都市コロンボが宝石取引の中心となっている。

「楽しいジュエリーセールス」 著者:早川 武俊
早川宝石研究所ホームページ